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6.苗と芽

 

 太陽が頂点にのぼりはじめていた。雲に遮られているというのに、じりじりと照り付けて来る。

 川に沿っていけば、デフロットの村につくらしい。それを示すように、良好な視界には早くも村と思われる影が見える。


 だが……。


 キラはちらりと隣に並ぶ馬上をうかがった。

 栗毛の馬には当然リリィがまたがっているが、彼女の前には少年が相乗りしていた。

 まだ声変わりもしていない高い声の持ち主の少年は、グリューンという名だ。

 彼はその年にもかかわらず国を転々として旅をしているという。

 自分は冒険者だとグリューンは高い声で言うのだが、それはキラにではなく、ランディやリリィに向けてのものだった。


 どうやら、ユニィがゴブリンを蹴りつぶしたのは、キラの指示だと思ったらしい。

 それは違う、ユニィが勝手に行動したのだと弁解したが、どちらにしても問題だと切り捨てられ。その上、当然のようにリリィとの相乗りだ。

 色々な意味で年下の少年に敗北したキラは、もはや拗ねるしかなかった。

 リリィとグリューンが相乗りしているのを見ると、とても絵になっていると思ってしまったのだ。絶世の美女に、美男子と言えなくもない顔立ちの少年。せいぜいが姉弟であるが、それでもなんとなくキラは気に入らなかった。


「ねえ、グリューン。わざとじゃないのですから、許してあげたらどうです?」

「馬の制御もできない奴に?」

「ほら、ユニィは……少し特別ですのよ。ね、キラ?」

 ちらちらとその様子をうかがっていたキラだが、リリィに視線を向けられてそっぽを向いてしまった。

 すねた顔を見せるのは恥ずかしかった。気に入らない相手ならともかく……。

 なにより、前にいる老人がくすくすと笑っているのだ。ちらりと振り返って、そういう表情になっているのを見たに違いない。


 ――災難だな

「まったくだよ」


 キラは疲れたように返したが、ハタと気づいた。

 さっきのは誰の声だ? 今朝聞こえた幻聴の声にも似ていた。

 自分を乗せている白馬をまじまじと見降ろす。さわやかな風でなびく綺麗なたてがみを撫で、まさかと思いながらも、

「あー……聞こえてる?」

 恐る恐るユニィに声をかけてみる。

 だが――やはりというべきなのか――幻聴による返事はない。ただ普通の馬のように、ヒヒィン、と長く嘶くだけだ。


「キラ? 聞こえてますわよ?」

 どうやらリリィは、先ほどの問いかけを自分に向けたものと思ったらしく、不思議そうに言ってきた。

 その声にキラは少し動揺してしまい、ぱっと彼女の方を見る。

 相乗りをしている姉弟のような二人組は、そろっていぶかしげにしていた。先ほどの声は聞こえていないみたいだ。

 だとすれば、やはり幻聴なのだろうか?


「キラ?」

「ああ、いや……あ、冒険者って何?」

「……ハッ」


 小ばかにしたように鼻で笑ったのは、もちろんグリューンだ。

 とっさに口にしたとはいえ、事情・・を知らない――特にこの小生意気な少年の前で言うべきではなかった。これからはもっと気を付けなければ。

 キラが反省していると、リリィが懇切丁寧に教えてくれた。


「冒険者というのは、世界各地を旅する人のことを指しますわ」

「それって……た、旅人とどう違うの?」

 またグリューンが生意気な碧眼を向けてきたが、キラはあえて無視した。

「世界にはまだ見たことのない土地や魔獣がいるはず――それを信条にして、未知の発見を自ら率先していくのが冒険者ですわ。もちろん、援助や支援のある中で。より詳しい地図の作成などに協力するため、生涯を通して国に雇われることもあると聞きますわ。ね、グリューン?」

「ま、それぐらい常識だけどな」


 キラはぐっと歯を食いしばり、リリィに礼も言わずに顔をそむけた。

 本当に生意気な少年だ。その高い声が余計にイラつかせる。

 ここで胸を抑えたりなんかしたら、彼女は心配してくれるだろうか……?

 そんな、悪い考えが頭をよぎった時だった。


 ――オイ、あんま興奮するな!


 そんな幻聴と同時に、嫌な違和感が始まった。冷や汗がこめかみを伝う……。

 ドン! と。今までにないくらいの派手な合図だ。

「うぅ!」

 キラはどうしてもその巨大な気持ち悪さに耐え切れず、白馬のたてがみに顔をうずめた。


「キラっ?」

 リリィが呼び掛けてくるが、こたえる余裕はなかった。

 熱い。ひたすらに体が熱い。

 心臓はわけもなく暴れまわり、それに呼応するかのごとく全身がしびれていく。息をする暇もない。

 何かで気を紛らわせなければ、すぐにでも気絶しそうだった。


 ――オイ、オイッ! たてがみをつかむな、抜くな!

「ごめんよ……仕方ないんだ……」

 ――何がだよっ?


 正気を保ちつづけているのは、身体の強靭さと不思議な幻聴と、

「キラ、キラ! 大丈夫ですか、しっかりしてくださいな!」

 リリィの美しい声があったからだった。

 何度も何度も名前を呼び、その声はついに涙声になり、鼻をすする音まで混じっている。


 何がどうなっているのか分からないが、リリィに後ろから抱きしめられていた――その前に白馬から降ろされたような気もする。

 まだ体が熱く、心臓が暴れまわっていたが、キラは軽い口調で言ってみた。

「むう……胸当てが痛いんだよね……」

「胸当てですわね? わかりましたわ」

「いや、あの……冗談」

「まだ落ち着いていないのですから、しゃべらないでくださいまし」

 カチャリカチャリと音がしたあと、背中に柔らかい感触が広がる。

 その感触を堪能する暇はなかった。ますます全身の痺れが強くなり、耳元ではビリビリと小さな音がはじける。


 ――タフだなあ


 幻聴が聞こえ、ユニィが顔を寄せて鼻先で小突いてくる。

 やはり白馬からは降ろされたらしい。近くから川のせせらぎも聞こえていることにも気づいた。風の靡く音も耳に入ってくる……。

 するとなぜだか、少し楽になった。依然として全身が焼けるように熱いが、息苦しくはない。


「大変そうだな」

 生意気な冒険者が見下ろしてくる。

 こんな状態だが、やはり彼のことは好きになれず、

「君は……生意気だねえ……」

 キラは憎まれ口をたたいた。

 グリューンは端麗な眉を顰め、むすっとして川のほうへ歩いていく。

 それと入れ違いに、老人が濡れた布を手にして寄ってきた。

「強靭な体が救いをもたらしたかね?」

 少ししわがれた深い声は、キラが〝グストの村〟で目覚めたときと同じものだ。だからキラは、とてもほっとした。


「気絶した方がましだったかも……リリィがいなきゃ、ですけど……」

「キラ……」

 リリィがランディからタオルを受け取り、キラの汗まみれの額を拭う。

 その冷たさにキラは思わず気の抜けた声を出した。とんでもなく気持ちいい。

「ふふ……キラ、この状態じゃあわたくしと相乗りですわね」

「だねえ……あとは、僕をひもで括り付けるとか……」

「そんなことは致しませんわ」

 体の辛さが多少抜けて、リリィと笑いあっていたキラには、ランディのつぶやきが聞こえていなかった。

「気絶、か……この頑丈さはもしや、副作用と言うべきものなのかな……?」



 心臓も落ち着き、いつまでも心配しているリリィと相乗りをして、旅を再開した。

 だがキラは、早くも後悔していた。

 彼女は後ろから抱き付き、落馬しないようにしてくれている。要望通り、固くて痛い胸当ては外して。

 デフロットの村の門番が見えてきて、はたと気づいたのだ。

 ――こんな姿を、これから村の人たちに見られるのか?

 ――リリィのメイドだという人も、小隊と共に村にいるかもしれないのに?


 運の悪いことに、ユニィは稀に見る美しい白馬。そして村人の格好のキラに尽くしているのは、紅のコートを着た美麗な騎士だ。

 そこに英雄であるランディも加われば……。

「あ、あのさ、リリィ。もう大丈夫だから……」

「いけませんわ。まだ熱も下がっていませんし、息も乱れているじゃありませんか」

「で、でも……ほら、デフロットの村についてもまたすぐ出発しなくちゃいけないし……」

「理由になりませんわね。わたくしがずっと相乗りしていればいいことでしょう?」

「う……」

 キラは敗北した。グリューンに続いて二敗目だ。

 しかしこの敗北は悔しいものではなく――どころか背中の柔らかな感覚が続くことに、果てしない安心感を覚えた。


「ところでグリューン君。君はこの後どうするつもりかね?」

「オービットに行くつもりだけど?」

「なるほどね……。ならば行先は同じだ。同行するかい?」

「あんたらが良ければな」

「旅は道ずれと言いますし、わたくしはいいですわよ」

「……ランディさんとリリィがいいなら」

 グリューンがじっと見てきた。その眼にはどこか見下すようなところがある。

 それに気づいたキラは、やっぱり気に入らない奴だと思った。





 間もなくデフロットの村についた。

 グストの村とは段違いな規模だ。あの森の中の小さな村が、一体この村にいくつ入るんだろう。

 村はいくつも積み上げられた丸太に囲まれ、それが防壁の役目を果たしているらしく、その内側からいくつかの櫓が見える。

 横に広がる外壁の一か所がくりぬかれ、そこがデフロットの村への入り口だった。


「グストの村のランディという者だが」

 老人が馬を下りて門番に伝える。

 派手にガシャリとならして姿勢を正す門番の男――幾分緊張しているようだった。全身を鎧で固めていたが、やはりリリィとは違い、所々が錆びついていたり修繕されていたりしている。

「ハッ、英雄さまでしたかッ」

「普通に名前で呼んでくれると嬉しいんだがね」

「失礼しました、ランディ様。――そちらの方たちはお連れ様ですか?」


 グリューンも馬を下り、それを見てでキラは気づいた。

 なにも村の中までユニィに乗っている必要はないのだ。

 キラは歓喜し、さっそく降りようと思ったが、リリィに抱きとめられる。

「あ、あの……?」

「いけませんわ」

 頑固な声で否定するリリィ。キラはうなだれた。


 いつまでたっても降りてこないことに、門番がいぶかしげに見てくる。そのうち、英雄やらランディやらという単語に反応した村人たちがこそこそと群れを作っていた。

 キラは、そっと顔を背ける。人々の視線が痛い。

「こっちはグリューン君といって冒険者。馬上の少年のキラ君は怪我で動けない状態でね、後ろで彼女・・が介抱しているんだ」

彼女・・……なるほど。そういうことでしたか」

 何か勘違いしている気がする。



 これもランディの影響力か、門番は自分の持ち場を他の人に押し付けて、率先して村を案内してくれた。

 村は川を中心として広がり、木製の建物が多く見えた。

 どこか既視感を覚えるような風景だったが、ランディによると、〝グストの村〟と同じくあの危険な森の木を使用しているという。

 グストの村とデフロットの村は、頻度は少ないながら交流があるらしい。

 その大半が互いの村で不足した物の物々交換なのだ。デフロットの村は木や鉄などの原料を確保できる環境がないため、グストの村から森の木を買い取っているという。


 川に沿って歩く白馬の後ろには、子どもやら老人やらがぞろぞろと興味津々についてきていて、しかしランディもリリィも、グリューンでさえもそのことに動揺した様子はなかった。

 自分がおかしいのかと思いつつ、キラはユニィのたてがみを撫で――ふと思い立って、ぷつっと一本その真っ白な毛を抜いてみる。

 期待していたあの幻聴は聞こえてこなかった。


「キラ? 具合はどうですか?」

 リリィがキラの肩に顎をのせ、小さく聞く。

 後ろから回した手でおなかを撫で、ぎゅっと抱き付いてくる。

 完璧に子ども扱いだ。それとも弟だろうか。

「べつに。平気だよ」

 どちらにしろ、それを悟ったキラは面白くなくなり、ぶっきらぼうに返した。

 ぷつっ、と。もう一本ユニィの毛を引っこ抜く。

 すると、ユニィが首を振るって苛立ちを訴えた。ただ、やはり幻聴は聞こえてこない。

「ごめんよ、ユニィ」

 幻聴が聞こえるのは、やはり気のせいなのだろうか?

 それとも何か条件のようなものがあるのだろうか?


「キラ……?」

 どこか悲しげなリリィの声がした。とても心に刺さるほど、か細い声だ。

 キラはさっきの返事がそうさせたのだと気づき、

「平気だよ。僕、身体丈夫だし」

 おなかの上に載っているリリィの手をポンポン叩きながら言った。

 すると、周囲のざわめきが一段と大きくなった。

 やはり馬上では一挙一動も注目されるのか?

 そう思ったが、それが違うことはリリィが教えてくれた。


「ん……。ちょうどセレナもついたようですわね」


 前からまた違う集団が来ていたのだ。

 それは少し妙な光景だった。

 九、十人くらいだろうか、鎧で身を固め、青いマントを羽織った騎士がそれぞれ馬を率いている。先頭では、紺色のメイド服を着た赤毛の女性が歩いている。

 その集団も同じように村の人たちに囲まれていたが、彼女――セレナだけは眉ひとつ動かしていなかった。

 おそらくは村中の人たちが集まっているであろう中で、キラたちはセレナと彼女率いる小隊と合流した。



  ●    ●    ●



 レピューブリク王国には、〝二大騎士団〟ともいうべき、『矛』と『盾』の二つの騎士団がある。


 一つは『矛』の役目を担う〝王国騎士軍〟。国王指揮の元、戦争の先陣を常に務める精鋭たちの集まりだ。近年はもっぱら、王国と帝国の国境付近で戦いに明け暮れている。

 ただ、こんな無茶なことは王国の誇る『盾』があるからこそだ。


 それがもう一つの騎士団、リリィの所属する〝竜ノ騎士団〟。国内で『騎士団』といえば、この組織を指すことになる。何せ、その起源は千年も昔のことになるのだ。

 王国を守ることを義務とし、王都イルドに本部を、国内各地に支部を置いてその務めを果たしている。

 騎士団の守護は絶対であった。特に〝不死身の英雄〟がいた三十年間は、神でさえも難攻不落と言わしめたほどだ。


 だが彼の者がいなくなり、雲行きは怪しくなった。

 指導でも才覚のあった英雄がいなくなったことで、指揮系統の詰めが甘くなり、たびたび帝国の魔の手が王都に伸びるようになったのだ。


 その象徴ともいうべき出来事が、七年前の『王都防衛戦争』。当時の世情もあり、不意を突かれたとはいえ、騎士団は帝国の策に完璧に踊らされた。

 王国騎士軍と竜ノ騎士団の連携で、何とか王都陥落という悪夢を防ぐ事が出来た。が、王都市民に消えることのない不安を植え付けてしまった。


 以来、王都の守護に力を入れてきたのだが、今度もまた、帝国の手によって七年前と同じ――いや、それよりも最悪な状況へ導かれている。

 しかも悪いことに、今回は王国騎士軍がいない。件の領地の制圧で、ほとんどが出払っている。


 救いがないわけでもなかった。

 〝三人のキサイ〟の内の一人が、騎士団に所属しているのだ。

 天才を超えた天才と称される人物が。



「……大元帥が聞いてあきれるよ」

 ベランダに出て風を正面から受け止める男は、ため息をついていた。眼下にはすばらしき王都の町並みが広がっているが、彼の瞳にそれは映っていない。

 七年前の戦争で妻を亡くし、娘二人・・・を今も苦しめていることに後悔していた。

 彼には英雄に認められるほどの剣の腕があったが、〝竜ノ騎士団〟ほどの大きな組織を指揮する才能がなかったのだ。


「この策がうまくいけばいいと願うしかないとはね……」

 ふうっと再度ため息をつくと、ノックの音がした。

「大元帥さん、ちょっといいかな?」

 ノックしてからすぐに顔をのぞかせたのは、眼鏡をかけた女性だった。

 一般にも珍しい白衣を着た彼女の行動は、少々異常だ。

 部屋の主は、彼女を指揮する立場にある男であり、それ以前に王国でも大きな発言力と影響力を持つ男であるのだ。

 ベランダに立っていた彼――シリウスは、先ほどまで纏っていた陰鬱の空気を打ち払い、威厳のない優しげな声音で答えた。


「うむ、いいよ。――ああ、だがその前に、エマ……」

「りょーかい」

 白衣を着たエマは中に入り、閉めた扉に手を当てた。

 ジュッ、という音と共に焦げた匂いが漂う。

 魔法陣の〝焼き付け〟だ。

 だが彼女の手には陣を描いた〝陣札〟がない。〝防音〟の魔法陣を完ぺきに身に着けているあかしだ。


 第九師団の師団長エマ。彼女こそが〝キサイ〟の一人だった。


「……どうでもいいけど、扉、付け替えたほうがいいんじゃないかい?」

 幾度も焼き付けられたせいで、質のいい木から作られた扉は、焦げた魔法陣だらけになっていた。

「それはそれで味があっていいと思わないか? 私は結構気に入ってるんだが」

 肩をすくめるエマ。

 〝焼き付け〟の多く残る扉は、これまで幾度も作戦を練ってきた証拠だ。指揮に関しては一切の自信のないシリウスが、唯一慰めになるものでもあった。


「ちょっとお話しようよ、大元帥さん。ほら、座って座って」

「そうまで非常識な行動をとられると、逆に子供に見えて仕方がないね」

「おやおや。そんな未発達な脳みそと比べられちゃあねえ」

 今度はシリウスが肩をすくめる番だった。


「――で、話というのは?」

 エマが頷き、テーブルに王国の地図――正しくは〝支部の場所を示した地図〟を広げる。

 シリウスは前かがみになってよく見た。襲撃された支部がバツ印を付けられ、ひときわ目立っている。

「割り出しが出来たよ」

「ほう? では早速……」

 エマは眼鏡を掛け直し、それまでとは一転し、真剣な声とまなざしで地図を指さしながら説明していく。


 騎士団の支部というのは、国王とシリウスの指示の元、師団長それぞれが設置するものだ。

 例えば、エマの率いる第九師団の場合、配下二千人のうち、本部配属を五十名として、百五十名ずつ支部へ送っている。

 支部配属とはいえ、町や村や流通、そして転移の魔法陣を守るための措置であるため、一定以上の実力の持ち主たちばかりだ。


 だが、この半分を壊滅状態まで追いやられた。他の師団の支部も似たような状況に陥っている。

 徐々に王都が、ひいては王国が帝国に蝕まれていく――そんな状況を打破しようと、エマがとある策を講じたのだ。

 今はその最終調整といったところだ。


「――で、現状の最大の問題点は?」

「問題じゃなくて不確定要素だけど……大元帥さんも聞かなくても分かってるんじゃないかい?」

「はあ……娘たちだね……」

 シリウスはため息をついて、頭を抱えた。

 子煩悩な父親として、いかんともしがたいものであった。

 策を説明しても、これが王都を守る手段だといっても、娘たちが猛反発してくるのは明白だった。しかも、その時になるとあまり時間がないかもしれない。


「……まあ、大丈夫だ。二人とも馬鹿じゃないんだ、分かってくれるだろう」

「その二人だけど、さっき短い連絡があったよ。無事合流だって」

「おお、それはよかった」

「〝不死身の英雄〟さんもいるけど、もう二人ほど少年を連れてたってさ」

「ほう?」

「一人は、まあ何ともない冒険者らしいけど……もう一人は……」

 エマはずれてもいない眼鏡を掛け直し、言いづらそうにした。

「うん? なんだね?」

「リリィ元帥と白馬に相乗りしてたって……恋人みたいに」

「……ほう?」

 それまでずっと穏やかな表情をしていたシリウスに、大きな影が落ちた。


「まあ、見た感じがそうだってだけで、相乗りしてた少年はすんごく顔色が悪かったらしいけど」

「だが……少年には話を聞く必要がある」

「……もしかしたら、セレナ元帥にも手を出すかも。リリィ元帥が落ちちゃうんだから、きっと相当な色男なんだろうねえ」

「何ィ……?」

 エマも少し焦るほどに、シリウスの背中からオーラが出ていた。幻覚でも何でもない、無意識の魔法行使によって引き起こされた炎だ。ボッ、ボッ、と炎がはじけている。


「そ、それはそれとして。ヴァン師団長はどうするつもりなのかな?」

「……次にどこが襲撃されるかは?」

 シリウスの背後にある魔法の炎が掻き消え、エマはほっとした様子で告げる。

「いくつか明確なところが――分かっているように、転移の魔法陣のある支部だよ」

「ならばそこへ送ろう。奴らのポイントからはずれた支部に……」

「あ、ごめん、大元帥さん。ちょっと提案があるんだ」

 手を上げて遮ったエマに、シリウスは言葉を譲った。

 彼女は地図上にある〝第一師団支部〟を指でたどり、とんと叩く。

「鉄鉱の町、オービット。ここは帝国側にとって一番の狙い目となるだろうから、ちょうどいいと思うんだけど」


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