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3.決意

「それはどういうことかね?」


 リリィは黙っていた。言うべきかどうなのか、迷っているようにも見える。

「彼が足手まといだからというのは、理由にはならないよ」

「……記憶喪失で、病もちで、体調がすぐれなくて。そんな人が本当に弟子に最適とお思いですか? この先起こる戦争で、本当に生き残ってゆけると?」


 その言葉はキラの胸に刺さった。

 すべてがリリィの言う通りだ……。否定する余地などない。

 だが老人は、朗らかな笑みを崩さなかった。


「確かに他人からしてみればそうだろうが……だが君こそ、本当にそんなことを思っているのかね? 私には疑問に思えるが」

 キラには意味がよく分からなかったが、リリィは違ったみたいだ。言葉が見つからないようで、何も言い返せずにきょろきょろと青い瞳を泳がせている。

 老人は穏やかな表情のまま、

「どんな弟子でも、師匠はこれを守り育てる義務があるんでね」

 そう言って話を終わらせ、背を向け家に入っていった。


 一方、リリィは立ち尽くしたままでいた。

 キラはどう声をかけようか困ってしまった。

 先ほどのは彼女の意思表示というべきものだろう。

 あの怪物を一振りで薙ぎ払い、王都から使いとしてランディに助けを求めに来たくらいだ。戦場や戦争をいくつも体験しているに違いない。だからこそ、不安定な状態の人間を連れていきたくはないのだ。


「えっと、リリィ……」

「……キラは、なぜついてきたいと返答を?」

「え?」

「なぜわたくし達についてくることを決めたのです? ランディ殿に、弟子だと唐突に認められたからですか?」

 リリィはまっすぐに青い瞳を向けてきた。そこには相手を侮辱したり見下すようなものは一切ない。


 だからキラも、正直に答えた。

「んと……な、なんとなく?」

 美人な紅の騎士はぽかんとしていた。

「い、いや、だって……この村は居づらいというか……」

 キラは頬を掻きながら、周りに誰もいないのを確認してから、しどろもどろに言った。

 目が覚めてからずっと、自分が村にいるという感覚がいまいち持てずにいた。

 ランディ一家はよくしてくれるが、ほかの皆はどこかよそよそしく、疎外感というものを感じることが多くある。これまで、ランディたち以外とは言葉を交わしたこともない。


 この村には居場所がないような気がしたのだ。

 記憶を取り戻すうんぬんよりも、第一にこの落ち着かない気持ちをどうにかしたかった――村を出ると、どうにかなる気がするのだ。

「だから、まあ……ランディさんやリリィについて行った方がいいかもって思っただけだよ」

 そして、何も知らないからこそ、世界に広がる多くのことを――ランディが教えてくれたことを――実際にこの目で見てみたいという気持ちもあった。

 それがたとえ戦争であったとしても……。


「……はあ」

 まるで聞き分けのない子供を前にしたかのように、リリィは大きくため息をついた。

 綺麗な黄金の髪の毛をくしゃくしゃとかき回し、

「わたくしは、あなたが剣を持つのにも反対ですわ。……だって、いい剣士になるとは思えませんもの」

「……否定できないよ、それ」

 自覚しているが、真正面から言われると傷つく。


「ですが、騎士として、その程度の理由で旅の同行を拒否するわけにはまいりません。ですから、一つだけお約束していただけますか?」

「約束?」

 リリィが頷き、ぐっと近寄ってくる。


「わたくしのそばから、絶対に離れないことですわ。何があっても」


 詰め寄ってきた彼女からは、何やらいい香りがしてくる。

 キラは頬が熱くなるのを感じながら、コクコクと頷いた。

「今から、ですわよ?」

「へ?」


 するとそこで、ランディが玄関から出てきた。老人が不思議そうに見てきている。

「二人とも何しているんだい?」

 キラはさっとリリィと距離を取る。誰かに見られたら何かを勘違いされそうなぐらい、密着していた……。

「ランディ殿、わたくしの寝るところは……?」

「ああ、それなら、リリィ君はユースと同じ部屋に……」

「あの。キラと共に寝てもよいですか?」

 彼女の言葉に、キラもランディも目を丸くした。




 どうしてこんなことになったんだろう……?

 いつもならば、あの老人と同室で寝るはずだった。一つのベッドを交代で寝て、たまに少女を交えて老人の昔話を聞く楽しい時間でもあった。


 だが今は少々違っていた。

 リリィが、ランディを追い出してでも一緒に寝るといって聞かなかったのだ。

 結果、部屋の持ち主である心優しい老人は、ユースとユースの母の部屋に行ってしまった……。


「明日はきっと野宿になりますわ。しっかりとお休みになられた方がよろしいですわよ」

 魔法で作り出した小さな光玉の下で、リリィの姿が確認できる。蝋燭の小さな光とは段違いに明るい。

 それだけに、キラは少し緊張していた。

 リリィは、あの紅の騎士然とした格好ではなく、無防備な寝間着姿……。露出は少ないが、先ほど風呂に入った分、髪の毛が湿っていてとても色っぽい。


 彼女は自分の荷物を広げて整理したり、キラの分の荷物を用意したりしていた。

 そのぐらいは自分でできるのにと思い、声をかけたが、

「何でしょう?」

 リリィは、見向きもせずに手を動かしていた。

「あ……うん、なんでもない」

「おかしな方ですわね」

 ふり向き、クスリと笑うリリィ。その笑顔はとても可憐で、そして上品に見えた。


 ……ランディから聞いたが、彼女はお嬢様だという。

 しかし、お嬢様にとってはこれが普通なのだろうか――人のお世話をすることが? 

 老人から王都のことを教えてもらったときに、メイドという職業の人たちが、リリィのような身分ある主人の身の回りの世話をすると聞いたが……。

 そこでキラはハッとした。

 もしかしたら、あの老人が間違っているかもしれない。

 彼が王都にいたのはもう十五年以上前のことだという。その長い年月の間に、王都の風習とやらが変化したのではないだろうか?


 そんなバカげたことを延々と考えていると、キラは混乱してしまった。

 だから、

「このベッドなら、一緒に寝ても問題はありませんわね」

 リリィがそう呟いたことも聞きのがしていた。

 キラが反応したのは、この次からだった。


「そういえば、王都までの道のりをランディ殿から聞いていますの?」

「え? あ……聞いてないや」

「ではざっくりと説明しますと、オービットという町に向かいますわ。山の麓にある町でしてね、北へ進んで三日か四日ほどの場所です。ここにわたくしの所属する騎士団の支部がありますので、そこから王都へ」

 キラは納得しかけたが、首を傾げた。

「どうやって? 王都ってそんなに近いの?」

「〝転移の魔法〟ですわ」

「あ……確か、だいぶ特殊な魔法だったよね」


 〝転移〟とは人や物に限らずあらゆるものを、ある場所からある場所へと一足飛びに移動させてしまう魔法だ。

 別の名を〝神の魔法〟。

 大昔に神から人間に授けられた魔法だという伝説があるらしい。過去のある時、突如としてこの魔法に関する文献が出てきて、そういう定説が生まれたのだという。


「騎士団の支部に〝転移〟の魔法陣がありますから、それで王都にある本部へ跳ぶのですわ」

「ああ、なるほど。……ちなみに、〝転移〟を使わない場合は?」

「二か月はかかりますわね。山から王都まで川が流れているのですが、それを下っても一か月をきることはありませんわ」

「結構かかるね……」

「けれど、幸いなことですわよ? 王都は大陸の中心に位置しますから。魔法陣を作りさえすれば、国内ならばどこからでも跳ぶことができますわ」


 大陸の中心ということは、すなわち世界の中心だ。

 誰が調べたかは不明だそうだが、大陸は一つながりであるらしい。地図上でつながりの薄い部分で区切り、〝西方大陸〟〝中央大陸〟〝東方大陸〟の三つの大陸であるともされている。

 三つの内でも一番大きな〝中央大陸〟をレピューブリク王国のみが支配しており、その中心に王都イルドが据えられたという。

 グストの森は、中央大陸東南の端に位置するらしい。


 リリィは準備のできたカバンを壁際に並べ、指をくるくると振って光玉を消した。

 部屋が一気に暗くなり、音までも消えたような気がした。とても静かだ。

「さ、お話はこのぐらいにして、早く寝ましょう?」

「え? あ、いや、あの……あれ?」

 言うや否や、キラの言葉を聞かずにベッドに引っ張り込んだ。

 彼女相手にはどうにも強気になれず、キラは反論の言葉をひっこめ、背を向けて寝転がる。

 明日からはまた別の世界に飛び込もうとするのだ。早く寝て、英気を養った方がいい。

 だが……。


 とてもドキドキする。


 目をつむれば、より彼女の存在に意識を向けてしまう。

 その吐息、女性らしい香り、背の一部に伝わるほんわりとした温かさ。

 キラはギュッと目をつむることでしか、それらに対抗する術はなかった。


 ――ドクン、と。


 胸のあたりに違和感ができ始める。

 ドクドク脈打つ鼓動が、次第に早まっていく。

 ベヒモスの時ほどではないが、全身が軽く痺れだした。


「うぅ……」


 キラは軽く呻いた。

 大丈夫。いつものことだ。しばらくすれば収まる。

 自分に強く暗示をかけているとそこに、

「キラ? 大丈夫ですか?」

 背中からリリィが声をかけてきた。すりすりと、背中を撫でてくれる。


「な、なにが?」

「苦しそうに呻いてましたわ」

「う……ま、まあ平気だよ。ランディさんから、持病みたいなもんだって教わったから」

「ランディ殿から? では、これは――」

 その時、一段と大きな痺れが体を駆け巡り、リリィが何と言ったかは聞き取れなかった。

 息が詰まり、呼吸がつらくなる……。


「わたくしが医者だったら、もっと楽に……」

 だが、彼女のそんなネガティブな言葉は耳に入った。

 だからキラは、いつになく軽い調子で言う。

「う、ぅ……ぎゃ、逆に言えば、こんな美人さんに心配してもらえるんだから……儲けもんだよ、うん。捨てたもんじゃないね」

「……ふふ。こんなもの捨ててしまいなさいな」

 その夜は、いつもより早く心臓が落ち着いた気がした。





 剣士であるならば、剣は常に腰に携えておくべきだ。

 そう教えてくれたのは、リリィだった。

 剣帯の巻き方とさやの掛け方を手とり足とり。おかげで朝から胸がドクドクしっぱなしだった。

 彼女の着替え・・・も直視してしまったのだから、なおさらだ。その時はさすがのリリィも恥ずかしがり、思いっきりひっぱたかれた。


 朝食を終えようとしている現在も頬は赤いまま。ひりひりというよりも、骨が小刻みに揺れている感じがする……華奢な見た目と美しさからは想像もできない、強烈なビンタだった。

 ランディにもユースにもユースの母にもまじまじと見られることとなった。


「……おじいちゃん、ほんとに行っちゃうの?」

 ユースが箸をおき、寂しそうに言った。俯き、じっととテーブルを見つめている。

 老人は優しい目つきで、ただ一言だけ、

「わるいね」

 そう静かに返したのみだった。

「ユースも知ってるでしょ? おじいちゃんは〝不死身の英雄〟なの。この国を守るために旅に出るの。だから、ね?」

 ユースの母でありランディの娘であるエーコが、ユースの頭を撫でながら付け加える。やがて、震える娘に気づいて、そっと抱きしめた。

 小柄な少女は、少ししてからゆっくり頷いた。


 不死身? 英雄?

 キラはランディをちらりと見た。そんな話は聞いたことがない。

 彼はその視線に気づくと恥ずかしそうに頬をかく。

「さあて、行くとするかな。エーコ、留守を頼むよ」

 どうやらあまり語りたくないことらしい。

「ええ、もちろん。英雄の娘として村もユースも守るんだから。任せて頂戴」

 家族の旅立ちの言葉はそれだけであった。





 馬小屋の隅にあった鞍をユニィにとりつけ、昨晩用意してもらった鞄も取り付ける。

 隣ではすでに準備を済ませたリリィが、愛馬の毛を梳いていた。綺麗な栗毛の馬は、耳を寝かせて気持ちよさそうにし、しっぽをぶんぶん振っている。


「キラ、この森はとても危険ですわ。それはもう知っていますわよね?」

「うん」

「村を出たら左手へ全力で駆けることになりますわ。わたくしもランディ殿も気にかけておくとはいえ、はぐれぬように注意してくださいまし」

「……わかった」

 緊張のために、キラは遅れて返事をした。


 世間の常識の次に教わったのが、〝グストの森〟の危険性だ。

 大きな魔獣や強力な個体が出ない代わりに、小型の魔獣――例えばゴブリンなどが、群れをつくっていろんな場所に住み着いている。

 これに囲まれると厄介なことこの上なく、死を覚悟した方が良いらしい。

 そんな危険な状況を回避するには、音を立てずに移動するか、一気に突っ走るか。今回の場合、時間が有限であるということを考えると、最短距離を一気に駆け抜けるのが安全だという話だ。


「何なら相乗りしましょうか? ユニィならば人の手がなくともついて来れるでしょうし」

 リリィは冗談めかして言い、白馬もそれに賛成するように嘶いた。

 それがなにより現実的で確実だと思ってしまい、キラは乾いた笑いで反応するのが精いっぱいだった。


「まあ、そう心配することもないでしょう。騎士と英雄が傍にいるんですから」

「そういえば、エーコさんも英雄って言ってたけど……」

「生まれる前の出来事ですから、わたくしも詳しくは知りませんが……それでも、ランディ殿が王国を救った英雄ということは、小さいころからよく聞いていましたわよ」

「へえ……そんなすごい人なんだ」

 あまり実感がわかなかった。

 ランディはどこまで行っても心優しい老人だ。そんな雰囲気や威厳のようなものもないために、そこまですごい人だとは思えなかった。


「二人とも、準備は出来たかい?」

 小屋をのぞいたのはランディだった。和やかな表情を浮かべる老人は、やはり英雄らしさは出ていない。

 その足元にはユースもいた。たたっ、と小走りで寄ってきたかと思うと、ぎゅっと抱き付いてくる。


 彼女は黒い目をうるうるとさせ、小さな声で聞いてくる。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 そういえば、この小柄な少女にもたくさん世話になった。

 初めて心臓がうずき、ランディもいなくてどうしようもならなかった時、彼女が背中をさすったり水を飲ませてくれたりしたのだ。


 キラはユースの目の高さに合わせ、笑って見せた。この少女相手には作り笑いは通用しないから、できるだけ自然な笑みを心掛けて。

「発作にも慣れてきたし、リリィもランディさ――君のおじいちゃんもいるからね。大丈夫さ」

 黒髪の少女に、目いっぱいの笑顔が悟られたのかはわからない。

 ただ、ユースはしばらくしてコクリと頷いた。


「さ。今生の別れでもないんだ、さっそく出発するとしよう」

 ランディの言葉にキラは頷き、ユニィにまたがる。

 白馬のきれいな毛並みを撫でて、声をかけた。

「頼りにしてるよ」

 すると、きっと幻聴だろう。


 ――まかせろ

 

 そう元気よくユニィが答えた。


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