33.王都
先の襲撃で、帝国の魔の手が迫ってきているのは明白だった。
巨大なゴーレムに、黒づくめの刺客たち。この二つの存在で、オービットで襲撃に参加した者たち――ドラゴンも含めて――は、何らかの方法を使い、すでに王都近くに潜伏していると考えて良いのだ。
互いに互いの状況を話し合ったキラとリリィは、この事実に一層の警戒と焦りを強めたが、どうしても無視していられないことがあった。
オービットに続き、第二の襲撃の舞台となったバンリューの町。この小さな町にはゴーレムの痕跡が残され、死人やけが人はいなかったものの、落ちた『腕』によって家をつぶされた町民にとっては、悲惨な一晩となったのだ。
彼らが途方に暮れる中、背中を向けて立ち去るのはしのびなく、ともに片づけを手伝おうとした。が、一人の男性がリリィの正体に気づき、町人たちから感謝されるとともに、追い立てられるように町を発つこととなった。彼らは……彼らも、突如襲ってきた者たちの正体を薄々と感じていたのだ。
そうしてキラとリリィは、感謝のしるしとしてもらった食糧を白馬の鞍に引っ掛け、王都を目指した。
太陽が遠い。そう思えるほど、頭上から降り注ぐ日差しは弱弱しかった。グストの森では汗をかきっぱなしだったというのに……。
キラはそれを懐かしく感じながら、腕に目を落とした。ミレーヌから貰った長袖は、はじめは手首まで覆いかくしてくれていたが、今は膝にかかるくらいにまで短くなっている。裾が、燃えたように焦げて黒くなっていた。
何があったかは忘れてしまったが、タニアの闘技場でこうなったのだ。
思い出そうとすると、陽の光を浴びているというのにブルリとしてしまう。寒気にも似たその感覚はしばらくたっても収まらず、キラは目の前の彼女を抱きしめた。
こうして相乗りをするのも、ずいぶんと久しい気がした。これまで慌ただしい思いをしてきたのか、リリィが腕の中にいると心が安らいでいく。
が、少しおっかなびっくりだった。気恥ずかしい、と言い換えることもできるかもしれない。闘技場でラスティ・エマールと対峙したとき――それだけは覚えている衝撃的な宣言が――ちらちらと脳裏をかすめるのだ。
キラはリリィを抱きしめる力を弱め――すると、リリィがその微妙な変化をすぐさま感じ取り、密着させるように背中を預けてきた。
突き放すこともできず。キラは、ただただ自分の右肩に乗ったリリィを……その美しい横顔を凝視する。それも恥ずかしくなって、今度はタニアであつらえたピカピカの胸当てに視線を移した。
彼女は気にした風もなく、右耳のイヤリングに指を当て、独り言のように会話を繰り返している。
「――ええ。もう王都に向かっているわよ。シスのおかげで何とかなったの」
遠くにいるセレナと、リンクイヤリングで連絡を取り合っているのだ。
今までの話の流れからして、オービットで〝転移の魔法陣〟を無理やりにでも成功させてくれた彼女は、一人王都に落ちていたらしい。大きなけがもなく無事だということも、ほっとするリリィの様子からわかった。
だが、ランディは? グリューンは? 彼らの居場所はつかめないのだろうか?
リリィの次の言葉をしっかり聞こうと耳を澄ませると、意外な単語が出てきた。
「え? タニアに……ドラゴン?」
ドラゴン! やはり、パルブの村での幻視は、本物だったのだ。
キラはどうにかしてセレナの声を聞き取ろうと、夢中でリリィと頬を合わせてみる。
が、全くわからない。少しの声も聞こえない。
「あっ、き、きら……――え? ええ、何でもありませんわよ?」
それどころか、セレナとの会話を邪魔したようで、キラはそっと顔を離した。すると、リリィは上半身を反らして猫のようにすり寄り、わざわざ変な恰好で会話を続けた。
「――そう……まあ、街を離れるのが賢明ね。エマールが裏切り者である以上、戦火の降りかからない最も安全な土地はエマール領ということになるでしょうから。これほどの皮肉ないけれどね」
脳裏に、鬱屈とした林の中で、しかしそれに負けないほど強く生きる村人たちが思い浮かぶ。
皮肉でも何でも、テントをぎゅうぎゅうに敷き詰め、皆で寄り添って必死に毎日を生きている彼らに――エリックやセドリックやドミニクたちに、これ以上の厄災が降りかからない。
柔らかい頬がすりすりとこすりつけられるのを、変な顔をして受け止めながら、キラはほっとした。
「――襲撃は間近……ということは、早ければ、今夜のうちに全てを整えて進軍してくるのでしょうね。七年前と同じように」
リリィの言葉には、緊張が宿っていた。
戦争が、始まる。
キラにはそれが、とても不思議なことに思えた。
今、白馬にまたがり、リリィと身を寄せ合いながら、静かな原っぱの丘を行っている。魔獣たちに邪魔されることなく、風にとけた草のかおりを感じている。そうして、緩やかの家の頂点に立ち、遠くのほうに巨大な壁に囲まれた丸い街を見ることが出来た。
この静かで、何ともない光景が消えてなくなるのだ。
オービットの時のように、唐突に。
――暗闇の中、突如として敵が現れた。
それをいち早く察知した友が――グリューンが襲われた。
そしてドラゴンが現れ、気づいたときには街が火の海となっていた。
キラは目を閉じ、身震いした。
恐ろしかった。足が震えていた。背中を向けて逃げ出したかった。
だが、それは許されない。失いたくないものを失うほうが、よっぽど怖かった。
――オービットでは巻き込まれた形となったが、この王都ではそんな状況へ身を投じるのだ。
リリィも、セレナも、ランディも。おそらく、あの小生意気な友人も。
細く、長く、消え入るような息をつく。
覚悟を決めなければ。
恐怖と向き合う覚悟を。
恩人たちと共に戦う覚悟を。
敵であるヒトを殺める覚悟を。
「……?」
とくん、と鼓動が早くなる。
〈さて。あなたにそれができるのかしら?〉
「――ラ?」
〈――いまの状況に甘んじているあなたが?〉
どくん、どくんと心臓が波打つ。
「キラ?」
そして、彼女の滑らかな一言で、すべてがおさまった。
「ん? どうかした?」
キラはゆっくりと目を開け、身をよじって心配そうに見つめてくるリリィを見た。
彼女は緊張して張りつめていた息をほっと吐きだし、
「この分ですと、陽が落ちるころには王都につきますわ」
たわいもないことを話すように、努めて普通に切り出した。
「わかった。……セレナはランディさんやグリューンのことについて何か言ってた?」
「いいえ。残念ながら、今のところお二人の所在はつかめないと」
「そっか……」
キラもリリィも、それきりしばらく黙っていた。
多くの雲で阻まれながらも、天上では太陽が寒さに負けじと懸命に照っている。それでもその熱は緩やかに吹いていく風にさらわれ、草原には光を届けることしかできていない。
キラは、白馬が柔らかな土を蹄で踏みしめるわずかな音を耳にしながら、ふと思い出した。
グストの村で目覚めて間もないころ、ランディが世界の地理について少し教えてくれた。
レピューブリク王国は、草原の国とも呼ばれているという。この国が支配する〝中央大陸〟は全体的に起伏が緩やかで、山や谷などは『端っこ』あたりにしかない。そのため、村や街などを築きやすく、随所に森や川も適所に存在するため、世界でもっとも豊かな国となっているのだ。
一方で、帝国の土地事情についても詳しく教えてくれた。今になって思えば、戦争をしている相手なのだから、これを知ることに大きな意味がある。
帝国は王国と打って変わって、人が住むには厳しい、でこぼこな地形が多いらしい。地面がむき出しの大地に、切り立った山、断崖絶壁の峡谷。〝西方大陸〟を一国で占領しているというわけではなく、その北側に位置しているため、環境的にも過酷なのだ。
もしかすると、王国と帝国の〝不屈の戦争〟は、『仲が悪い』という理由だけで起こったものではないのかもしれない……。
「あの……」
おなかの上に軽くのせたキラの手を握り、リリィがうつむき加減に聞いてきた。
「王都の防衛戦とはいいますが、これはれっきとした戦争ですわ。人殺しではない人殺しをするのです」
「うん」
「王国と帝国の、いつまで続くともしれない戦争です」
「うん」
「キラは……以前、『まだ恩返ししていない』とおっしゃっていましたわ。けれど実際は、わたくしが助けられてばかりで……そんな、何もしていない人間への恩返しのために、関係のないこの戦争に巻き込まれてもいいのですか? 抜け出したいと思っても、決して逃れることのできない大きな渦ですわよ?」
キラは思わず微笑んでしまった。
そんなことは考えるまでもなかった。
「僕はもう関わり合ってるよ。到底見過ごすことなんてできない」
重なった手を握り返し、少し強く抱きしめて言う。
〈――自分からも逃れることはできないわよ。決して〉
記憶の中でかすんでいくその言葉を、苦々しく思いながら。
〝中央大陸〟支配国、レピューブリク。その中心都市たる、王都イルド。
この都は、心臓と呼ぶにふさわしい場所であった。
統治者シャルル三世の住まう『シャヴォンヌ宮殿』。その宮殿と敷地を共にする王国騎士軍司令部。王都の『盾』である竜ノ騎士団本部と〝転移の大魔法陣〟。王都在住の騎士たちが生活する北の城下町、通常『騎士街』。
他にも、聖母崇拝教の『マリス・ステラ大聖堂』や何十万と数えきれないほどの蔵書を誇る『国立大図書館』、少年少女が騎士や魔法使いを夢見る『大学校』など、大きな意味を持つものが多く点在している。
住民の数も膨大だ。約三十万人という、他の町と比べれば――他国の都市と比べても、途方もない人々が暮らしている。
ある地区の家々は改築や増築を重ね、人の行きかう狭い道の上にまでせり出し、あるいは向かい側とくっついてトンネルをつくっている。広大な敷地を持つ貴族の邸宅には、身分にかかわらず雇われた使用人たちが寝食をともにしている。
場所や身分によって差はあれども、王都の人口密度は濃密であり、今もなお増え続けている。勉学のため、商売のため、夢の実現のため。このままいけば、王都外周の防壁を一部取り壊して、地区を増やさねばならないほどに。
王都内に帝国が攻めてくれば、王都民たちにはほとんど逃げ場はないのだ。
実際に七年前もそうであり、『影から湧き出た』魔獣や帝国兵士たちに、王都内は蜂の巣をつついたような状態になって大パニックとなった。帝国兵士の手にかかった一般市民もいたが、その防衛戦で亡くなった市民の多くは、このパニックの中で人の波にのまれたためだった。騒動を鎮めようとして、亡き者となった騎士もいる。
その苦い教訓を生かし、レピューブリク王家の避難用に造られていた王都地下を、蟻の巣のように掘り進めて改築したが、到底、すべての人間を収容できるものではない。それどころか、空気の通りが悪い密閉した地下空間では、全員が窒息死する可能性もある。
このため、『帝国騎士を街中に侵入させない』というのが、王都に残った騎士たちの最大の役目だった。
外の守りを固めるのはもちろん、内側の警戒も最大限に。日が沈む前に警戒態勢に入り、夜空に光玉をいくつも浮かばせ街中を照らし、影という影をなくすのだ。
そうはいっても、王都に残る戦力は心もとない。王国騎士軍は帝国との諍いの最前線へとおもむき、竜ノ騎士団の師団長たちもほとんどが出払っている。
しかも、帝国の侵略方法は確定していない。街中を照らすといっても、影をなくすだけで本当にいいのかどうか。タニアに現れたドラゴンという懸念材料もある。
この数的不利を覆すには、個の圧倒的な力が重要となる。今のところ頼りになるのは、大元帥のシリウスと元帥のセレナ、第九師団長エマ、そして唯一王国騎士軍幹部で王城に残っているクロエ・ド・ラクールのみ。
この気が抜けない状況で何とか王都が生き延びるためには、〝竜殺し〟や〝不死身の英雄〟といった絶対的戦力が必要だった。
大きな溝を挟んで向かい側。左手から差し込む黄金の夕日に照らされ、白亜の防壁がきらきらと輝く。常ならば冷たく重いものに思える巨大な鉄門でさえも、暖かく感じられる。
門には二対の竜が彫られていたが、微妙に入る光量に応じて、一方が紅に変色した。リリィによれば、『エマによる実験という名の芸術』だという。もう一方の竜も、朝になれば青色にかわるらしい。
リリィの手を借りて白馬から降りたキラは、この光景を前にして、ぽかんと丸く口を開けていた。
「予定より早くついてよかったですわ。ユニィに感謝ですわね」
安堵の息をつき、リリィは溝の端に立つ。そして、門の両側にある尖塔のような物見やぐらに手を振り、人差し指をぴんとたててくるくる回した。
すると、右のほうの櫓から野太い声が響き、かと思うと鉄門が――鉄門だと思っていた跳ね橋が、がらがらと音を立てており始めた。
鎖が伸びきった時には、彼女はすでに歩き始めていた。到着する前からそうだが、何事かを深く考えているようだ。
キラもユニィを連れて、慌ててその後を追う。ちらりと橋の下を見てみると、落ちたからといって怪我をするような高さではなかったが、人が這い上がれるものでもない。
ふと顔を上げてみると、王都を外敵から守る防壁の上に、すでに武装した騎士たちが配置されていた。皆引き締まった面持ちで、弓や杖を持ち、突然何があってもいいようにしている。
戦争という足音が近づいている――遠くから静かな場所で王都を見た時とは違う、予感のようなものを感じた。
と、皆の視線が一点に――自分に集まっていることに気づいた。
キラは突き刺さるような視線に思わず立ち止まり、はたと思い出した。
王都に来たのは、これが初めてだ。エマール領のタニアのように、何か許可状のようなものが必要なのだろうか?
大きく口を開けている門の向こう側へ足を踏み出そうか迷っていると、
「あら? どうしましたの?」
一人で先を行っていたリリィが、隣にいないことに気づき、ふり向いてきた。
「あ……いや、大丈夫なのかなって」
「? ……ああ、平気ですわよ。事前に伝えておいてくれていますし。そうでなくとも、わたくしと一緒ならば、この王都では何の問題もありませんわ」
本当にそうらしく、キラが恐る恐る足を踏み出しても、騎士たちが矢を射るようなことはしてこなかった。刃のような鋭い視線は変わらないが。
おどおどとしながらリリィの隣に立ち、彼女がにっこりとして手を握ってくれてから初めて、周りをゆっくりと見回すことが出来た。
どこまでも続いていくようなまっすぐな道の幅は、何台もの荷馬車が行きかうほどに広く、両側にはのしかかるように家々が立ち並んでいる。赤茶けたレンガ建てや、橙色やクリーム色の塗り壁材を使った家があり、控え目ながらもカラフルだった。
その光景は、どこかタニアの〝貴族街〟にも似ていて――実際にはタニアのほうが王都をまねたのだろう――、しかし、そのほとんどが同じような造りの建物で、全体的な景観が整っていた。
見るだけでも楽しかったが、キラは残念に思った。
戦が控えているためか、がらんとして静かなのだ。道に面する建物のほとんどが鎧戸までがっちりと閉め、さらに魔法で細工をしているのか、そこここに淡いオーラが見えた。
もしかしたら、この歩いている石畳の奇麗な道が、人の血で塗れるのかもしれない……。そう思うと震えてしまった。
「大丈夫ですわよ、キラ。わたくしもランディ殿も……そしてなにより、ユニィもついていますから」
キラが今になっておびえているのが分かったのか、リリィはより強く手を握って、微笑みかけてくる。
……彼女の中では、どうやらユニィのほうが戦力になると思っているらしい。
少し情けない気分だったが、こわばった心がほぐれた気がして、キラはそのついでに微笑み返した。
「僕も一応は英雄の弟子だからね。かんばるよ」
……少し、頬がひきつっていたかもしれない。ユニィは強いが、馬に敗北するとは……。
ちらりと白馬を見てみると、関心なさそうにそっぽ向いていた。他の何かに気を取られ、集中しているようにも見えた。
そういえば、タニアに着く直前も似たようなしぐさをみせていた。
この得体のしれない白馬は、ドラゴンがいたことを知っていたのだろうか……?
そして今回も、それに似た何かを感知したのだろうか?
リリィの目を盗んで、ユニィに声をかけようとした時、
「リリィ様! キラ様!」
聞き覚えのある声が、前方からとどろいた。
セレナだ。リリィの親友でメイドで、騎士団の元帥である彼女が、小走りに駆け寄ってくる。
はぐれる前と全く様子が変わっていない。揺れる肩までの赤毛も、紺色のメイド服も、色白な肌も。治癒の魔法で治したのかもしれないが、転移の失敗による目立った怪我はないようだった。
失敗したときの悲惨さを――セレナが常の無表情で「何かが無くなるといったのだ」――聞いていたため、その無事な姿を見てキラはほっとした。
リンクイヤリングで無事であることを知っていたリリィも、親友の姿を見て、安堵の息をついていた。目じりには涙も出ている。
「お二人とも、大丈夫でしたか?」
セレナも、この時ばかりは無表情を崩して、可憐な笑顔を見せていた。
「ええ。いろいろあったけれど、キラがいてくれたおかげで」
リリィの言葉に頷きながら、セレナは無表情に戻り、ぐるりとリリィの周りをまわった。眉を少しひそめ、魔法族の特徴を受け継いだライトブルーの瞳孔がちらちらと明滅している。
「むう……。怪我をされましたね? それに激しく魔力を消耗したようですし……これは、『色々』で片づけられる問題なのでしょうか?」
「う……」
「え、何でわかったの、セレナ?」
反射的に聞いてしまい、キラは「しまった!」と思った。リリィがさっと目を向けて、恨みがましく――とてもかわいらしく――睨んできていたのだ。
そんなことを聞いたら、リリィがそんな状態になってしまった原因がある、といっているようなものだ。
セレナはキラの身体にも目を向け、ぺたぺたと触りながら、
「魔法族の持つ『魔瞳』です。魔力や魔力の残滓、自然界に浮遊する魔力の源である〝マナ〟を、〝視る〟ことが出来るのです。人体には特にそういった類の証拠が残りやすいですから、魔力がどのように消費されたのかも、どこにどのような魔法を使ったのかも、丸わかりなのです」
早口にそう言いきり、またもむっと眉を寄せていた。さして変わらない表情の中にも、不機嫌な感情があることが分かる。
「キラ様……あなたも無茶をしましたね? いくらなんでも、傷の治りが遅すぎます」
「う……」
今度はキラが視線を逸らす番だった。
シスの治療と、バンリューの町を出てから一度も魔獣に遭遇しなかったおかげで、全身に包帯を巻くようなことはなくなった。
だが、オービットでドラゴンから受けた肩の傷は、いまだに完治する気配をみせないのだ。ところどころの火傷も同様だ。
返す言葉もなく、リリィもフォローしてくれず、キラはしばらくセレナのジトッとした視線に耐えなければならなかった。
「……まあ、いいでしょう。今は無事を喜ぶべきですから」
「ふふ。セレナも無事のようでよかったわ」
セレナはいつもの無表情に戻り、じっとリリィを見つめた。ライトブルーの瞳孔が特徴的なその瞳には、色々な感情が混ざっているように思えた。
「さあ、お二人とも。シリウス様がお待ちです」
「二人って、僕も?」
「はい。リリィ様の良き理解者であり、ランディ様の弟子でもあるからと」
そっか、と納得しかけて、キラは思い出した。
シスの忠告だ。とてもまじめな顔をして「単なる親バカと思っていたら、命を失う」といっていた。
さあっ、と血の気が引いていく。
先に歩いていくリリィとセレナのあとを、キラは重い足取りでついていった。




