表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/51

24.宣誓

 客席の上部から階段を下ってくるリリィを見て、キラは驚いた。


「裏切り者が良い御身分ですわね。娯楽とあれば、あなたを焼き払うことも一興ではありませんか?」

 彼女はマントを紅の炎で燃やしながら、ぱっとフードを取っ払った。

 黄金色の髪が陽の光で美しく輝き、しかしその一方で、透きとおった青い瞳には暗い影が落ちていた。眉間に一つ、しわが寄るたびに炎が大きく燃え上がる。


 そこに、昨日は見せた幸せそうな表情はない。嫌悪、憤怒、怨念……ありとあらゆる負の感情が詰まっていた。

 炎はあっという間にマントを焼き尽くし、紅のコートにまで燃え移る。コートは特別な作りらしく、燃やされずに、その表面にゆらりとした陽炎を作るのみだった。

 やがて行き場をなくした炎は、ボウッ、と天高く燃え上がった。

 露わになった彼女の素顔に、そして突如として現れた火柱に観客たちは逃げることもできず、ただおびえているのみであった。


「おやおや、これはリリィ様。いらしたのですか?」

 エマール領現当主、トレイトが杖をガツンと突き、即座に反応した。

 まるでこうなることが分かっていたかのように、ひどく冷静だ。

「ええ、あなたにとって都合の悪いことに。きっとこれ以上に醜いものがあるのでしょうね。騎士団の視察を何かと理由をつけて断っているくらいですから」

「それは誤解というものでしょう。私はですな……」

「わたくしにあなたを信用しろ、と? 冗談が過ぎますわね」


 リリィがぴしゃりといいつけ、とん、と闘技場に降りた。ぶわりと紅の炎が舞い、血の混じった砂地を黒く染める。

 だけでなく、辺りへ熱気をまき散らした。汗も一瞬で蒸発するほどだ。高貴なる観客の中には、それだけで気を失ったものもいる。


 しかしエマールもラスティも、そしてそのそばに控えている白髪赤眼の男、ブラックも、平気そうな顔をしていた。彼らのいるあたりだけ、影が濃い。

 魔法か何かを使っているのだろうと見当がついたが、キラはそれどころではなかった。

 今のリリィの雰囲気は、ドラゴンを前にした時よりもなお悪い。

 何よりキラは恐怖に縛られていた。どくりと、心臓が蠢く。


「まあまあ、父上。そう尖った態度はよしましょう。ほら、リリィも」

 ラスティが穏やかな口調と顔で、激化しそうな両者の間に割って入った。

 そこに、キラに向けた冷徹な侮蔑は一切存在しない。


「『リリィ』……? あなたに親しく呼ばれる覚えはありませんわ」

「はは、イイじゃないか。僕たちは結婚する運命なんだし」

「……へえ? 妄想に取りつかれたにしては、愉快な言葉ではありませんわね」

「そう言えるのも今の内だよ。ねえ、父上?」


 そんなやり取りを聞いているうちに、キラはリリィへの恐怖が微塵もなくなった。取って代わった、と言うべきかもしれない。


「大昔から国の大黒柱として君臨し続けたエマール家と、縁の下の力持ちとして基盤を支えてきたエルトリア家。ふふ、これからの国を担う結婚だ。しかも美男美女と、お似合いだ!」

 にやけて将来を語るなよなよ髪のラスティと、

「だがお前の嫁となるならば、少々しつけが必要だな。跡継ぎを作らせるのは、そのあとだ」

 こう言う肥えたエマールに、キラもカチンときたのだ。

 剣を握る手に、力が入る。


「女は何より慎ましくあらねばならん。許可もなく勝手に忍び込むなど、もってのほかだ」

「お黙りなさいな、エマール。あなた、本気で国王陛下に信任を得ていると、本当にお思いで? かつては先代国王陛下に追い出された身で?」

 これに太った領主は、初めて冷静だった表情を動かした。ピクリと眉を上げ、再びガツンと杖を突く。


「……お言葉が過ぎますな。あなたの母上は、何も教えてくださらなかったので? それほどに無知で無能で無礼あったと?」

「――豚風情が。つけあがるのもいい加減になさい」



 リリィの怒りが頂点に達した。



 黄金の髪の毛一本一本にも炎がまとわりつき、全身が紅のベールで包まれる。リリィを中心として渦巻く熱気は一気に最高潮に上り詰め、ただそこにいるだけで砂利を焦がし、あるいは溶かしていく。

 キラはジリリと焼ける肌に、オービットに現れたドラゴン以上のものを感じた。

 やはりエマールとラスティとブラックは平気そうであったが、彼らの足元にある濃い影は徐々に削れていっている。紅の熱気を阻む何かが、崩れていっているのは違いない。


 そのまま、とも思ったが、気絶したエリックが心配だった。どんな苦しみにも耐えうる強靭な体を持つキラとは違い、彼は少し鍛えただけの少年だ。

 ちらと見ただけでも、すでに右腕が真っ赤になっている。


「やはり、今ここで、躾が必要のようですな」

「豚が躾とは、何とも皮肉なことで」


 さらにキラは、彼女の背後に忍び寄る危機を見た。

 リリィは怒りに一直線になって、気づいていないのだ。

 その後ろで、やけどでただれた肌にもかかわらず、エキシビションマッチで枯れた花を添えた男が剣を構えていることに。


 ガツン、と再びエマールが杖を突くと、傭兵は一気に躍りかかった。

 危ない!

 そう警告する暇もなく、キラは飛び出した。

 息をするたびに肺は焼けそうで、リリィがいるにもかかわらず心臓が不安定なままであったが、構わず割って入る。

 間一髪のところで〝預かり傭兵〟の剣を弾き飛ばし、キラはそのまま男を蹴飛ばした。


「キラ……!」

「リリィ、大丈夫?」

 その一言で、彼女は自分を取り戻したらしい。

 膨らみつつあった紅のベールが急激にしぼんでいき、所々炎を宿しているものの、渦巻いていた熱気は瞬く間に無くなった。

「すみません……わたくし、わたくし……」

「いいよ、平気さ。大したことないよ」


 キラはリリィの燃える頬を撫でた。熱さはなく、彼女の正常な体温が手に伝わる。

 ほっとした。あの我を失った状態のままだったら、彼女は炎に呑まれ、よくないことが起こっていたかもしれない。

 雰囲気が似ていたのだ。まるで、

〈ドラゴンのよう……〉

 その通りだった。

 そうなっていたなら、打つ手はなかった。


 キラ自身、紅のベールが収まるまでのわずかな間で、足が震えてかなりガタが来ていたのだ。

 いまも彼女の目の前でいい恰好がしたいがために、気合で立っている状態だ。高貴なる観客たちと同じように、みじめに気絶などしたくなかった。

 ひたすらリリィの頬を撫でながら、彼女の身体に一切の傷がないことに安堵して、キラはエマールとラスティを睨み付けた。

 全く持って不愉快な存在だった。どれほど下劣な言葉を並べても足りない。


 だが不快な思いをしていたのはキラだけではなく、

「俺様のリリィに何をしている?」

 婚約者候補のラスティもまた、父親より一歩前に出て苛立ちを表していた。なよなよとした髪の毛を払い、牙をむき出しにしている。

 美男が笑えるほどに崩れていた。


「返答によってはただでは済まさんぞ、野蛮人!」

 彼がパッと手を振るい、すると、柄の長く三又にわかれた槍が現れた。

 魔法だろうか?

 落ち込んでいたリリィがさっと顔色を変え、かばうように体を近寄らせるのを見ると、かなり厄介なものだということが分かる。

「――なるほど。父上の言う通り、リリィ、君には少し調教が必要のようだ。伴侶となるならば、他の男と接してはならん!」


 ピクリ、とこめかみが動いた。

 調教? 伴侶? 他の男?

 キラはむっとして唇を曲げ、何か言い返そうとしたリリィの――今だけは『妻』の――肩を抱き寄せた。



「僕は彼女と将来を誓い合った正式な婚約者さ。勝手なことを言ってると、ただじゃすまさない」



 極端なことをいえば、キラの人生はリリィで占められている。

 他人からすればたかが二週間だが、キラにとってはこれがすべてだった。

 リリィは最初から変わらず体のことを心配してくれていた。

 だから、彼女のことを気にかけるようになった。

 だから、傷つく姿も心痛める姿も、誰かの――例えば他の男・・・の隣で笑う姿など、想像するだけでも嫌だった。

 これは演技でも何でもなく、そうであるからこそ、最後まで声を張っていいきることができた。


「キラ……」

 そのあとで、キラは奇妙な感覚に陥った。

 恥ずかしくないが、恥ずかしい。

 堂々としていたいが、どこか胸を張れない。

 何よりリリィの視線が、気になって仕方がなかった。



「戯言を……命乞いをすればさらし首だけは勘弁してやる!」

 

 ラスティの金きり声を聞いてキラは頭を振るい、集中した。剣を構える。

 どう反応するか。今までの横暴な態度から予想するのは、簡単だった。

 だが、ずいぶんと距離が離れていたはずなのに、いきなり憎き顔面が目の前に現れたのには息を飲んだ。

 三又の槍をぐっと握り、投げんばかりに鋭く突いてくる。


 キラはとっさにリリを突きとばし、剣で防ぐ。鼻の先ギリギリのところで、受け止めた。

 刃を合わせながら、とても不利な状況であるとすぐに悟った。

 剣の間合いに、ラスティがいない。踏み込もうとしても、この憎き男は即座にそれを察知して、力の入れ具合を変えて簡単に弾けないように抑え込んでくる。

 傲慢なだけの一応の力量はあった。


 キラは耐えて耐えて――しかし耐え切れなかった。

 全身の傷が、疲れが、痛みがはい回り、何かを壊した音がした。


 頭が真っ白になる。視界もゆがむ。体に力が入らない。

 押し返すどころか、こけないようにするだけで精いっぱいだった。

 心臓の妙な蠢きも、リリィがいるというのに、急に増してきている。


「はっ、所詮はその程度。貴様のような雑魚が婚約者を名乗るなど――」

 キラが屈しかけたその時、ラスティの後ろから白銀の芯を持つ紅の柱が襲い掛かる。

 リリィだ。再び怒りを瞳に宿した彼女は、躊躇なく剣を振り払った。

 完璧な不意打ちで、紛れもなく避けられない一撃だった。


 だが、ラスティは消えた・・・。避けるでも、防ぐでもなく。

 危うくキラは剣の炎に呑みこまれそうになり、何とか一歩後退し、尻餅をつくことで直撃を免れた。

「す、すみません、キラ」

「大丈夫。それより、あれは……」


 ラスティは、少し離れてリリィの背後に現れた。ぬっ、と地面から湧き出るようにして。

「リリィ、危ないじゃないか。僕はまずは君に引っ付く害虫を……」

「それを言うならば、あなたの方でしょう」

 ラスティが眉を顰め、再び何か言おうとしたのをことさら無視して、リリィは白銀の剣を高々と天に掲げた。



「わたくしもこの剣と、そして母に宣言いたしましょう。誰に反対されようが、わたくしの未来はこの方と共にありますわ。永遠に」



 リリィの凛とした宣告は、先のキラのそれと同じように、辺りに響き渡った。

 キラはぽかんとして彼女を見上げた。陽の光に照らされ、剣を掲げる彼女の姿はとても神秘的で、ピカピカの胸当てを付けた紅の騎士は、戦の最中に現れた女神様のようだった。


「ふ、はははっ! 冗談が過ぎるぞ、リリィ。そこの害虫に何かそそのかされたんだろう? 許可状もなく――違法行為に走ったのは、そいつがいるからだろう?」

「わたくしはいつも自分の意思に従って動いておりますわ。でなければ宣言もできませんし――」


 と、リリィは剣を鞘に納めて、キラの目の前で膝を折り、顔を近づけた。

 そして……。

 たっぷりと十秒。空気の通り道もないほど濃密であった。

 キラはやはりぽかんとして、少し離れたリリィの青い瞳を見つめた。彼女のいろっぽい声が耳について離れない。

 するとリリィは、頬を赤らめながらにこりと笑って、ラスティと向き直った。


「そもそも、夫婦になろうとも思いませんわ」


 キラも彼女の突然の行動に衝撃を受けたが、ラスティはその比ではなかったらしい。わなわなと口を震わせ、顔を真っ青にして槍を取り落し、膝から崩れ落ちた。


 エマールもショックを受けたようで、呆然としたのち、

「私たちの前でそのような行為に出るとは……このエマールを愚弄する気ですかな? あなたは、国王陛下により正式にエマールの名を背負うことが確定しているのですぞ? これがどういう意味かお分かりか?」

「いろいろと問いただしたいところですが……先ほど誓ったでしょう? 誰に反対されようと――たとえ国王陛下やお父様でも、例外ではありませんわ」

「なんと! そんな害虫と時を共に過ごすなど……エルトリア家の生まれた者としての恥をなんとお思いかっ?」

「……先ほどから害虫害虫と……わたくしの夫をどれほど愚弄する気なのです?」


 リリィはいらだったように剣をはらい、その白銀を紅に染めた。炎を纏うのではない、しみこませている。

 しかしエマールはおびえることなく、むしろ楽しむように口を歪めていた。何かに気づいたようで、怒りさえもなくなっていた。


「とすると、あなたは反逆罪に問われることになりますな。貴族同士――それもエマール家とエルトリア家のような上流の家同士の結婚の場合、どちらかが陛下の同意を得ずにこれを棄却したならば、その者は国への責務を放棄したとみなされ、投獄される。無論、ご存じでしょう? あなたのわがままは通用しないということを」

 ガツンガツン、とエマールは杖を突く。


「悪しき習慣ですわね。このタニアの現状と合わせて、国王陛下へ申告することにしましょう。陛下もあなたを――いえ、エマール領の貴族たちが裏切り者の集団ということを察知しているようですから、要求は容易にとおることでしょう」

 いつの間にか、ブラックがいなくなっている。ラスティもいない。


「……ほう。では、やはりあなたをすごすごと返すわけにはいきませんな。我らエマール家の悲願が達成しようというときに、邪魔が入っては困るので」

 準備は整った。

 そう言わんばかりに、エマールが牙をむいた。


「再度警告しましょう。私たちの身内になる気がないのならば、ここで命を落としてもらうほかありません」

「お笑い草ですわね。言うに事欠いて警告とは」


 リリィが言い終わらないうちに、エマールがガツンと杖を突く。

すると握り手の水晶玉がカッと光り――何十人もの傭兵に囲まれていた。


「さあ、私の忠実なる野蛮人ども! とらえろ、そして殺すのだ!」


 目の前で起こったことが、尻もちついて成り行きを見送っていたキラにも説明がつかない。

 ただ分かるのは、この状況がいかに切迫したものかと言うことだけだ。気絶するまで動き続ける〝預かり傭兵〟がこれほどいると、いくらリリィだってさばききれない。

 それに――。


「リ、リリィ……」

「キラはそこにいてくださいな。わたくしがお守りしますわ」


 そうじゃない、とキラはいいたかった。

 最初から感じていたことだ。


 〝預かり傭兵〟の目は虚ろで、痛みに対しても決して屈しない。ただひたすら敵を睨み続け、身体が動く限り攻撃をやめない。

 だがそれは、『屈しない』ではなく、『屈せない』ではないのか? 

 『やめない』のではなく、『やめられない』のではないのか?

 誰かに……例えばエマールに無理強いされて。


 ――前にセレナがいっていた。

 『帝国では魔獣を操る魔法が発明されたのではないか』と。

 もし、その魔法を人にも掛けることが出来たならば?

 全く新しい従者……確かに、他人を自分の意のままにできたなら、それは野心家にとっては最も価値のある従者だ。

 これらがすべて・・・・・・・本当ならば……。


 リリィに彼らを斬らせてはならない。


 彼女は〝預かり傭兵〟のことを知らない。伝え忘れたばかりに、彼女があとになって悔やみ心を痛めるなんてことは、絶対にあってはならないのだ。

 手を伸ばして止めようとして――ゾクリとした感覚に全身を冷たくした。


 後ろだ。後ろに、突如としてあの白髪赤眼の男の殺気が膨れ上がった。

 キラは身を固めるばかりだったが、リリィは瞬時に反応した。ほとんど消えるようにキラの背後へ回り、白銀の剣を振るう。

 金属同士がかち合う音が、辺りに響いた。


「夫に何か御用が?」

「ふん。最初から・・・・そいつに用事があった。邪魔者は排除する」


 キラがようやく振り向いたときには、リリィとブラックは幾重にも剣を交えていた。

 紅と黒が、白銀と鈍色が、衝突し合う。

 双方譲らない――いや、リリィがわずかながら押されている。驚くべきことに、白髪の男は息も乱さず、彼女の剣の腕を上回っていた。


 助けなければ。

 だが、今のキラに、二人の間へ割って入る事は出来ない。

 できることは……。


 キラはよろつきながら立ち上がり、剣を構え、さっと辺りを見渡した。

 ぐるりと周りを囲んだ〝預かり傭兵〟たちの動きは鈍い。狂っているからか、エマールのいう『忠実な僕』へと堕ちきれていないからか……。それとも魔法が未完成であるからか。


 ただ、そんな中でも突っ込んでくる者もいた。

 涎を垂らし、濁った眼をしたその男の突進を受け止める。工夫も何もない、振り下ろすだけの単純な剣撃。

 受けきり、弾き、斬りかかる。それだけで決着がつく相手だった。

 が、今はいなすこともできない。力任せのその剣に、キラは膝を屈した。

 気持ち悪い。心臓が不気味に動き、吐きそうだ。

 だめだ……無理だ……。


「キラ!」

「貴様に他を気にしている余裕はあるのか?」

 リリィに助けを求めることはできない。

 なぜだかわからないが、骨をも焼き斬る白銀の剣を、普通とは変わらない剣でさばききっている。刃こぼれもしていなければ、熱で折れる気配もない。


 だが……もう……。



 ――しゃんとしろ、弱気になんじゃねえ! 折れてんじゃねえぞ!



 ……そうだ。

 彼女の集中を妨げ、負けさせるわけにはいかないのだ。

 キラは震える身体を無理矢理抑えつけ、ぎらりと〝預かり傭兵〟を睨み付けた。


 気迫で負けてはだめだ。

 この虚ろで濁った眼に屈服してはだめだ。

 『妻』を無事に王都へ届けるまでは、何者にも負けることはあってはならない。


 この場にいる全員に――何より陰に隠れてニヤついているエマールと、リリィを追い詰めているブラックに、決意を決めた人間の恐ろしさを見せつけてやりたかった。


〈――〉


 すると、不思議なことが起こった。

 体の重みが、苦しみが、不気味な心臓の鼓動が気にならなくなった。体から消えたわけではないが、深く眠り込んだときのように何も感じない。

 キラはほとんど何も考えず、〝預かり傭兵〟が押し付けてくる剣を払いのけ、その膝を横なぎに斬りつけた。そうしてバランスを崩したところに、立ち上がりながら剣の腹でみぞおちを叩く。

 この不可思議な状態は、本当に一瞬のことであった。


 〝預かり傭兵〟が白目をむいて倒れると同時に、キラの身体には重みが蘇っていた。

 ただただ辛く、再び膝を地面につけて荒く息をしているそんな時に、



「すごい迫力やったなあ、少年。鬼みたいやったで?」



 エヴァルトが剣を首に突き付けてきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ