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19.頑固者

 夜遅くに出発するというニコラの考えはよかったようだ。

 誰にも気づかれずに林を抜け、パルブの村から遠ざかることができた。


 ユニィがいたのも大きいかもしれない。

 この摩訶不思議な生き物は、あの老人よりも素早く、そして正確に魔獣を察知することができる。それは人に対しても同様らしく、おかげで誰もいない道を行くことができた。

 初めて意思の疎通ができてよかったと思った瞬間だ。


 月明かりのみが輝く中、どこかで何かがホォーホォーと鳴いている。

 その鳴き声は嫌に耳につき、ニコラの操る馬車に揺られつつも、キラはどこにいるのだろうかと探さずにはいられなかった。

 先ほどから左手に見える森の方から聞こえる気がする。


「フクロウ……珍しいですわね。何かいいことが起こるかもしれませんわ」


 小さく、それこそ耳を澄まさなければならないほどかすれた声で、リリィは呟いた。

 キラも、ニコラに勘ぐられないように、できるだけ声を抑えて聞いた。


「それって、どういうこと?」

「キラは、野生の動物を見たことは?」

「グストの村でヒツジとかなら見たことあるけど……」

「それは家畜ですわね。人の手によって絶滅を免れた動物ですわ」

「ってことは、野生の動物は絶滅したの?」


 そういうものだと思って大して疑問を抱かなかったが、確かに村の外で動物を見たことはない。ムカデやら毛虫やら、身の毛のよだつような虫なら幾度も見た覚えがあるが。


「魔獣によって大昔に滅ぼされたという話ですわ。しかし、ほんのわずかではありますけれど、今も生き残り、身を隠している野生動物がいますの。そのうちの一種が、フクロウなのですわ」

「へえ……だから珍しいんだ? フクロウがいるのって」

「ええ、とても。野生の動物を見つけ、観察することを目的とした冒険者もいるくらいですから」


 キラはそっと幌をめくり、外を覗いてみた。

 辺りは月に照らされていて案外明るいが、鳴き声が聞こえる方をじっと目を凝らして見てみても、どこにいるのか見当もつかなかった。


「冒険者の中でもフクロウは一番人気らしいですわよ。その姿を間近で見た人には幸運が訪れると。ただ見つけるのは大変で、夜の山奥でしか発見例がありませんの」

「そっか……」

 ユニィならば、あるいは簡単に見つけることができるのではないか?

 キラがそんなことを思っていると、リリィが後ろから抱き付いてきた。そうしておいて、ぴたりと頬をひっ付け、同じように外を観察する。


 彼女もフクロウがいるのか気になるようだったが、おかげでキラは、それどころではなくなった。

 そんなどぎまぎした様子を悟られなくて、また、気を紛らわせるためにキラは少し早口で言葉をつなげた。


「ど、どんな見た目なんだろ? ここから見てすぐに区別できるかな?」

「どの報告書にも、小さい、小柄、と記されていますわ。あとは……角が生えているだとか、膨らんだ身体をしているとか、あるいは枝のように細かったとか。報告ごとにその姿が違うんですの。鳴き声も様々で、きっと、フクロウといってもいくつかの種類に分かれているのでしょう」

 それではこうして遠目で見つけ出すのは至難だろう。


 何より、これほどリリィがくっついてきている中で、集中などできない。

 せめて、背中に伝わる柔らかい感触がなければ……この時ほど、彼女の胸当てを恋しく思ったことはない。

 キラは小さく頭を振るい、会話を続けようと努めた。

 沈黙が怖い。静寂はすべての感覚を強固なものにする。柔らかさだけではなく、彼女のいい香りやら、どこか色気のあるため息などを深く感じてしまう……。


「あ、あのさ。何でフクロウがいるんだろうね?」

「え?」

「だって、ここは山奥じゃないじゃん」

 ホォーホォーという鳴き声は、いまだにやんでいない。

 すぐ近くに平原がある森に住むこともあるのだろうか?

 それには、


「皮肉なことに、エマール領内に野生動物がいることなど珍しくはないんだ、キラ殿」


 今まで沈黙を守っていたニコラが答えた。

 いつの間にか、普通の声で話していたらしい。

 キラは内心焦りながら、居住まいを正した。リリィも慌てて『恥ずかしがりやな妻』の仮面をかぶる。ぎゅっと、右腕に抱き付いて。

 これが『リリィの夫』という役でなければ、どれほど……?

 ふと思い浮かんだことを振り払い、キラはニコラに聞き返した。


「皮肉なことに、ですか?」

「うむ」

 ニコラには、どうやらリリィの声は聞こえていなかったで、そのまま続けた。

「野生動物が最も好む環境は、魔獣がいないという点に尽きるだろう」

「天敵ですもんね」

「このエマール領がまさにそうだ。領内に多くのさばっている傭兵が、金欲しさに魔獣を狩りつくしたからな。だから、どこからかやってきた野生動物が住処を作るようになる」


 確かに皮肉な結果だ。

 悪さをする傭兵たちに野生動物は助けられ、彼らから被害を受けている村人たちでさえも、魔獣に恐怖することはなくなるのだ。

 魔獣狩りに関しては、傭兵が竜ノ騎士団支部の代わりを担っているということだ。


「……納得のいかないことですわね」

 その証拠に、リリィが不機嫌になった。野生動物を発見できるのは喜ばしいことだが、やはり彼女としては、それ以上に領内の治安の悪さは目に余るのだろう。


「でも傭兵たちが野生動物を狩ろうとすることはないんですかね?」

「まあ、高値で取引されることは確かだろうが、今までにそういう話を聞いたことはないな。魔獣から生き延びた動物の知恵というものは、人間の想像を上回るんだろう。魔法も使わず、全身を周囲の景色と同化させるという動物もいるそうだからな」

「へえ……」

「ところでキラ殿。これからの行動についてだが……」

「はい」


 キラは自然と気を引き締めた。

 今から向かうのはエマールも住んでいる街、タニアだ。傭兵を募集しているということもあって、多くの荒くれ者がいることだろう。

 それに……。

 キラはちらりとリリィを窺った。


 タニアには彼女の婚約者候補の一人である、エマールの子息もいるはず。正体がバレでもすれば、とても面倒なことになる。

 王都につくことが――ランディやセレナやグリューンを助けることが出来なくなるかもしれない。

 もっと夫らしくあらねば。ぼろが出ては、それこそ終わりだ。

 キラは躊躇いつつ、リリィの手を握ってみた。ぴくんとわずかな反応を見せたリリィは、しかし嫌ではないらしく、そっと頭を肩にのせて来る。

 別の意味で心臓が弾けそうだ。


「このまま休まず行けば、昼過ぎにはつくことになる。そこで、ひとまず宿を取って休憩することにしよう」

「そのまま探さないんですか?」

「そうしたいところだが、手続きが厄介でな」

「手続き? タニアに入るのに、ですか?」

「いや……まあ、それもあるが、街に入ってからが少し問題なんだ。タニアは大きく分けて二つの区域で構成されている。貴族街と貧民街だ」


 ニコラの説明を聞いて、リリィが反応した。つないだ手をぎゅっと握ってくる。

 少し痛いぐらいに。

「……貧民街? なんと時代錯誤な……」

 リリィのそのつぶやきは耳を澄ませてようやく聞き取れるもので、なおも続く愚痴は、ニコラの声によってかき消されていた。


「エリックがいるのはおそらく貴族街だ。傭兵の募集と採用の試験はすべてエマール城内で行われるそうだからな。となると、許可状の申請をしなければならないのだが、発効までに一日かかるんだ」

「い、一日? そんなにかかるんですか」

「うむ。あのエマールが何を考えているかは知らないが、こればかりはどうすることも出来ない。……すまないな」

「あ……いえ」

「まあ、キラ殿はまだ傷が癒えていないことだし、そもそも朝からまともに寝ていないだろう? そこで休んでおいた方がいい」

 そういえば、結構眠い。


 あの気まずい決闘のあと、セドリックたちが自分たちのテントに戻ったのを見計らって、キラはこっそりと素振りをしていた。

 といってもリリィ監視の下で、五分ごとに休憩をはさみ、リリィのマッサージもある緩い特訓となったが。……セレナ直伝らしく、とても気持ちが良かった。


 そうして、やはりリリィによって強制終了させられた後は、湖でニコラたちに釣りというものを教わった。

 魔法で作った半透明の魔力の球体に小魚やミミズを入れ、それを糸の先につけて水面へと放り投げる。このエサ玉に魚が食いついた瞬間――竿がしなったところで一気に引き上げるのだ。


 この魚との駆け引きにキラは興奮したのだが、リリィのほうが熱狂していた。

 最初は『恥ずかしがり屋な妻』らしく控え目に釣竿を握っていたリリィだが、徐々にのめりこみ、ついには「ひゃっ」とか「ほっ」など、真剣だが可愛らしい掛け声も飛び出していた。

 どうやら王都には釣りのできるような河や湖や海がなく、そのため今まで釣竿も握ったことがなかったらしい。

 その内、いつの間にかリリィと競争をすることになり、キラは出発前に休むタイミングを失ったのだった。ちなみに、陽が落ちるまで競い合って、二人とも二匹と言うしょっぱい結果に終わった。


 意識すると猛烈に眠気が襲ってくる。

 キラはついあくびを連発した。

「ねえ、眠ったらどうです?」

 リリィに小さく尋ねられて、キラは無理やり首を振った。

「へーきさ。何かあったら僕とニコラさんで対処しないといけないんだし」

 リリィが動くような事態は、極力避けなければならない。

 彼女もそれが分かっているから、少し不満げだったが、それ以上食い下がろうとはしなかった。


「……キラ殿。少し訊いてもいいか?」

 不意に、ニコラが声をかけてきた。彼にしては小さく、控え目なものだった。

「何です?」

「戦争に参加するのは、怖くないのか?」

 今度はその声が、闇夜に妙にひどく響く。

「俺たちパルブの村の人間は、あの惨状を見て分かる通り、どこで戦争をしていようが、そんなものに関係なく生きるのに必死だった。だが……村が安全になった今、そうではなくなった……そうじゃなくなったんだ」


 きっとニコラは恐れているのだろう。

 あの隠された村が戦争に巻き込まれることに。

 パルブの村は――エマール領は王都にほど近い。

 戦火が広がり、帝国が王都以外へ進軍を始めたら、攻め込まれる可能性が大いにある。

 キラはちらりとリリィを見た。フードで隠れて表情は見えないが、きっと緊張した顔つきであろうことが、ぎゅっと握った手から伝わった。


「僕は……怖いから戦います」

「怖いから?」

「その、妻を失うこととか、彼女が悲しむこととか……。僕自身、戦争がどんなものかはよくわかっていないのが事実ですけど……怖いものは怖いですから。死ぬことよりも。だから、そんなことにさせないために戦えるんです。それは、ニコラさんも同じなんじゃないですか?」


 ニコラは、エマール領を解放しようと計画を立てていた。

 今は保留となってしまったが、それでも彼は計画を実行することに……そしてその計画が完遂するまで体を張って村を守ることに、微塵の恐怖もなかったはずだ。

 水汲みの時、率先して傭兵たちと対峙したのを見れば、すぐにわかる。


「……そうだな」

 ニコラが少し元気を取り戻したことにホッとし、キラはリリィがじっと見つめてきていることに気が付いた。微笑むのでも睨むのでもなく、真剣な表情だ。

 曇りのない青い瞳は暗闇の中でも輝き、キラには彼女が何を考えているのかよくわからなかった。


「キラ殿。確か、『戦争をさっさと終わらせて見せる』と言っていたな?」

「う……え、ええ、まあ」

 リリィの瞳に見入っている時にニコラにそんなことを聞かれたものだから、キラは彼女の目に宿る感情ががらりと変化するのを見て取った。

 いったい何の話ですの?

 そんなことを聞いてきそうな、疑惑の目になっている。

 今になって、あんなことを言ったのを後悔した。


「『さっさと終わらせたなら』……セドリックとドミニクを、本当に君の弟子にしてやってくれないか?」

「え?」

「二人は……俺たちの命の恩人だ。飢餓でパルブの村が壊滅しなかったのは、傭兵や役人たちから見つからないように食糧を蓄えてくれていた、二人の努力のおかげなんだ」

 キラはリリィの瞳から視線を外し、ニコラの背中を見た。

 彼女も、同じようにじっと見つめる。


「そんな役目を小さいころから負わせてしまったせいで、二人とも、今までやりたいことをやったことがない。だが、セドリックは少し前から剣を持つようになったし、ドミニクも……。だから……」

 もちろんいい、とキラは即答したかったが、言葉がのどに詰まった。

 セドリックとの決闘を思い出してしまった。

 あれほど後味の悪いものを感じたことはない。結局、出発までセドリックやドミニクとは、言葉を交わすどころか、顔も合わせていないのだ。

 キラが黙ったままでいると、


「大丈夫です。夫なら、きっと立派な師になってくれます」


 リリィが少し声を張って言った。静寂も沈黙もものともしない、力強い口調だった。

 まさかニコラの前で言葉を発するとは思わず――それ以上に、彼女が剣に関して肯定するとは思わず、キラは『恥ずかしがり屋な妻』をまじまじと見つめた。


「驚いたな。まさか奥さんが答えるとは……」

「夫のことは、一番知っていますから……」

 リリィは一切目を合わせようとしなかった。わざわざフードをかぶりなおしたせいで、表情も全くわからない。


 だが、

「キラ殿、頼めるか?」

「はい、もちろんです」

 『妻』に信頼されているのならば、それに応えなければならない。

 戻ったら二人と仲直りしなければ。

 キラはそんなことを思いながら、力強く返した。



  ●   ●   ●



 エヴァルトがパルブの村を出発したのは、おとといの夜。

 半日ほど馬を飛ばしてタニアにつき、いざ傭兵の募集に行こうと思ったら、貴族街への立ち入り許可状発行に半日かかった。

 結局一日以上経って、ようやくエマール城で組み分け試験を受けることができた。そのかいあってか、なかなか良い評価で正式に一年契約を結んだわけだが……。


「せやからな? お前さんやと力不足なんやて」

「そんなのやってみねーと分かんねえじゃん」


 エリックの説得に、とても手間取っていた。

 ニコラに似た少し不愛想な金髪少年は、ふらりとエマール城の門の前に現れたのである。他の志願者たちとは違って、鎧も着ていない少年は、門番にいじられていたこともあり、とても目立っていた。

 慌ててほとんど無理矢理に宿まで引っ張っていき、話をしてみたのだが、


「冗談やなく、ホンマに死ぬぞ」

「死なねえよ! 俺はそんなヤワじゃねえ!」


 エリックは果てしなく聞きわけがなかった。

 取りつく島もない。

 だが正直なところ、エヴァルトはニコラの願いを叶える必要はないと考えていた。もしかしたら、このまま放っておいても構わないかもしれない。


 約束を反故にする云々の話ではなく、あれほど廃れた村で育った子供――しかもずっと剣を握っていたならば、傭兵としてもそれなりの危険をかいくぐる事は出来る。

 傭兵に一番大事なのは、何があっても――たとえ誰かを裏切ったとしても、絶対に生き延びてやるという執念だ。

 そういう点ではエリックは傭兵としてぴったりだ。何を思って志願したにせよ、こうして一人で飛び込んできた以上、そうした生への執着は最大の武器となる。


 エヴァルトとしては、傭兵の先輩として面倒を見てくれ、と言われた方がしっくりくる。

 だが……。


 エヴァルトはキラとリリィを思い浮かべた。約束を重く見るあの二人は、間違いなくニコラかミレーヌを連れてきて、エリックの説得をする。

 そうなると、とても厄介な気がした。

 エリックは親の言うことを聞きはしないだろう。逆に決意を固くするかもしれない。


 そして、キラとリリィ――今の状況ではキラが対立することになる。

 キラはエリックとは真逆の存在だ。全く傭兵に向いていない。

 命をかける対象が異なるのだ。


 キラは、他者を生かすことに重きを置いている。意識している、していないに関わらず、そのように考えることができるのは、彼が圧倒的な強さを持っているが故だ。

 そう言う考え方自体は嫌いではない。むしろ好むべきものだ――が、傭兵の世界で、それほど傲慢で、それほど綺麗ごとで、それほど世間知らずな考えはない。

 騎士の鑑のような心意気は、傭兵の理念とは相反するのだ。


 ぶつかれば必ず反発することは目に見えている。必死で説得する姿も。

 となると彼らは貴重な時間を失い、途方に暮れるだろう……。

 そんなのを見るのは、エヴァルトとしても遠慮したかった。

 何だかんだ言って、あの二人組は気に入っている。綺麗ごとを言えるその世間知らずさも、他人を思いやる甘ちゃんな考えも。

 〝選ばれし者〟ともいえるぐらい――本当に羨ましいぐらいに、二人とも持っているのだ。


 エヴァルトは赤いバンダナの上からぼりぼり頭を掻き、じっとエリックを見た。

 この貝殻のように頑固な少年は、目の前にある飯をガツガツとむさぼるように食べている。それはまるで、これ以上話はないとでも言っているようだ。

 食堂のおばちゃんどころか、この場にいる全員が聞こえるぐらいに「おかわり!」と叫んでいる。


 奢ってやっているのに、なんと厚かましい。

 エヴァルトは出かけた説教の言葉をぐっと飲み、別の言葉を投げかけた。


「正直に聞こうか。どうしたら村に帰るんや? 言うてみ」

「……俺も聞くけど、何でそんなに帰れ帰れっていうんだよ。ってか、あんた誰だよ」

「あ~……」


 思わず目を泳がせた。

 下手に本当のことを言うこともできず、かといって何も言わないのも怪しまれる……。

 エリックの目がだんだん怪訝なものになっていくのが分かって、さすがにエヴァルトも焦り始めたそんな時、


「少年、彼はあなたのことを心配しているのだと思いますよ」


 いつの間にか見知らぬ男が一緒にテーブルで食事をしていた。

「へ、はっ? なに、誰っ?」

 エリックは大げさに驚き、がたりと椅子を鳴らす。もう少しで転げ落ちそうで、男に支えられていた。

 エヴァルトはとっさのことに剣を抜こうかと思ったが、すんでのところでとどまった。

 男には、気配というものがなかった。影が薄いのではなく、かといって気配を抑え込んでいるのでもない。

 まるで何かが覆い隠しているような、そんな感じがした。

 すぐに剣を突きつけるのは得策ではない。


 落ち着いて、しかし気を抜かずにエヴァルトは声をかけた。

「あんた、誰や?」

「ああ、これは失礼しました。あなた方の会話が聞こえてしまったので、つい……」

「名を聞いとるんや」

「シスと言います。あなたと同じく、ここの傭兵ですよ」

 エヴァルトは胡散臭げに、シスと名乗る男を観察した。


 耳まで隠すほどの長い黒髪に、病気かと思ってしまう白い肌。にっこりと笑っているような目つきや薄い唇を見ると、とても同業者には見えない。魔法使いを目指している青年、と言った方がまだしっくりくる。

 そう思ったのはシスの格好が原因でもある。

 真黒なマントで全身を覆い隠していたのだ。それこそ足の先まですっぽりと。大きすぎるフードも、人目が苦手な魔法使いが好んで使用する物に似ている。

 要は、シスという人物は周りから浮いていた。


「話を戻しましょうか。失礼ながら少年、あなたがこの場に来るのはまだ早いかと思いますよ」

「そんなことねえから来てんだよ!」

「でしょうね。では、志願するといいでしょう」


 エヴァルトはびっくりした。

 いきなり首を突っ込んできて、まともに説得せずに傭兵を勧めるとは。


「ちょい待ち! でしょうね、やないやろが!」

「しかし、少年は頑固ですよ?」

 シスはにっこりとして言った。エリックも味方を得たことで、大きくうなづいている。


 腹が立つ。


「何を勝手に……!」

「おや、勝手でしたか?」

「当たり前や! 試験は一対一の決闘やぞ! こんなはなたれ小僧が勝てるわけ――」

「勘違いしないで下さい。志願するのと実際に傭兵になれるのはまた別の話です。挑戦し、自分の力をはかるということも必要でしょう」


 最も過ぎる言い分に、エヴァルトは言葉が詰まった。

 確かに、命の危険がない時に自分の力を推し量れるとしたら、それほど幸運なことはないが……。


「負けやしねえよ! 絶対に!」

 少年は俄然やる気になったようで、目に炎を宿して叫んだ。

 そんな姿を見て、エヴァルトはがっくりとうなだれるしかなかった。

 もう止めることは不可能だ。


「よし、じゃあさっそく……!」

「待ちなさい」

「なんだよ、まだ時間間に合うだろ?」

「少年は傭兵の証を持っていないでしょう。その場合、申請時刻に制限があり、飛び込みで、というわけにはいかないのです。早く受けれて、明日の昼です」

「え~?」

「それ以前に、準備をしなくてはなりません。このバンダナの彼ではありませんが、未熟なあなたが何の装備もなしに決闘に挑むのは大変危険です」


 どうでもよくなって皿の上の肉をつついていたエヴァルトだったが、シスに腕を引っ張られて無理矢理席を立たされた。

 意外に力が強い。

 エヴァルトはぱっと手を振り払い、シスを睨んだ。


「なんやねん、一体」

「何があったかは知りませんが、あなたが保護者のようなものでしょう。放っておいてもよろしいのですか?」

「放って……?」

 エリックはいつの間にか姿がない。

 見ると、さっそく宿を飛び出していっていた。

「……ちったあ勘弁してくれや」

「大変ですね」

「他人事やない、あんたもついてくるんやで。焚き付けたんやから……」


 シスも姿を消していた。


 どっと疲れて、エヴァルトは肩を落としてため息をついた。

 なぜだか、あの村に関わった時から面倒事が続いている気がする……。


○二人の釣り<パルブの村編>○


「ま、魔法でつくる……?」

「わたくしがやってあげますわ。――はい」

「ありがとう。――で、これにミミズを……突っ込む? う、わあ……」

「うぅ……。キラ、やってくださいな……」

「やっぱ苦手だよね、これ」


 ~一時間後~

「ひゃっ、ほっ!」

「……」

「ふっ、ひぁっ」

「……リリィ?」

「ん……! なんですの?」

「いや……あのさ。食いつく寸前に奇声あげてるから、魚が逃げてくんじゃ……」

「え……?」


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