表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/51

14.隠された村

 エマール領パルブ。はずれの方に小さな林を抱える村は、月明かりに照らされて、とてもさびれた姿を見せた。

 馬もいなければ家畜も見えず、井戸も壊れ、人がいるかも怪しい。廃屋となった枯れた家々には、人の気配などなかった。


「これが村かいな……廃墟よりも雰囲気あるで、こりゃ」


 エヴァルトが唖然として呟いた。

 彼以上に言葉を失っていたのは、キラの後に続いて荷台から降りたリリィだった。

「こんなことって……」

 暗闇でもわかる村の惨状を目視することに戸惑っているのか、彼女の手の中で紅の光がちらちらと輝いている。


 パルブの村のこの状況は、騎士団の支部がないためなのだろうかと、キラはふと思った。

 支部は王国内の流通の大部分を担っているという。飢饉の可能性のあるところには国中から食料を送り届けてこれを防ぎ、疫病が発生すれば医者を派遣する。こうした対策によって、国内では病や食糧不足が原因で多くの人が死んでしまうことはないそうだ。

 リリィが誇らしそうに教えてくれたのだ。

 同時に、胸がザワリとざわついた。

 帝国に襲撃され、魔法陣が無くなった支部の周りには、このパルブと同じような状況の町や村があるのだろうか?


 しばらく立ち尽くしたままでいると、背後が急にぱっと明るくなった。

 キラもリリィもビクリとして、ただ一人エヴァルトがすばやく剣を抜き去り、光の元へ突きつけた。


「おっと……さすが傭兵だな。全く反応できなかった」


 そこにいたのはあの門番だった。隣に馬を連れ、指先に淡い光の玉を浮かべている。

 夕方に会った時とは少し様子が違う。兜がなく、少し柔らかい声音だからだろうか。

「なんやいな。もう少しマシな近づき方をしてくれんか」

「声をかけたとしても同じだろう」

 エヴァルトは文句を垂れながら剣を収め、門番と同じように手に光を宿した。ただリリィだけは、うつむいたままキラにぴったりとくっついて、光玉の魔法を使うことはなかった。

 それだけショックだったに違いない。すがるようにマントをつまんでくる手を、キラは強く握った。


「案内しよう、ついてきてくれ。ここは元パルブの村だ、今は皆が違うところに移り住んでいる」

「そうか。ほな、おじょ……あんたらもはよ乗り」

 キラはひどく落ち込んだリリィの肩を抱いて、できるだけ門番の視界に入らないようにして荷台に座る。

 彼女の顔を覗いてみると、目を閉じて瞼を震わせていた。キラはなんといって声をかければいいのかわからず、ただ彼女を抱き寄せて、いつもしてくれるように背中を撫でてあげた。


「そういえば、あんたの名前を聞いとらんかったな」

「ニコラだ。妻と、十五になる息子がいる。お前は……エヴァルト、だったか?」

「そや。後ろのんはキラ夫婦や」

 エヴァルトと門番――ニコラの会話が聞こえてくる。


「あんな暗いところで立ち止まっていたということは……やはり驚いたんだな」

「まあな。王国でこんな光景見んのは初めてや」

「領内じゃ普通だ。むしろパルブはまだましな方さ。疫病で全滅しないだけな」

「ほんなら、飢餓かいな?」

「畑持つだけでも税がきつくてな、それが嫌で手放した奴は、次々に死んでいった。だが幸いなことに、村のはずれには林と湖がある。少ないが、村の皆は今そっちに隠れて暮らしているんだ」

「よう隠し通せるなあ」


「〝流浪の民〟に教えてもらったんだ。村の存在を隠す術を」


「ほんまかいなっ? 王国内じゃあ、目撃したっちゅう話すら聞いたことないんやが……」

「〝流浪の民〟そのものじゃなく、その出身の旅人にさ。変わった奴でな、詩人で、剣の腕も達者だった」

「はあん……。幸運やなあ、うらやましいわ」

「本当に。おかげで村の皆はのびのびと暮らしているし、他の村の者を誘い入れることもできている。限りがあるのが心苦しいがな……」

「十分ええやないか。そんな好転した環境で、なんで家族そろってエマール領を出ていきたいんや?」

「……金もそうだが、食糧不足でな。村にいる皆を養うには、今ある畑では小さすぎる。一人でエマール領を脱出するのは簡単だが、何しろ俺は剣しか握ってこなかった人間だ」

「奥さんはそういうの得意なんか?」

「王都出身で商人の子だからな。少しくらい伝手はあるだろうし、そのうち行商人の風通しだって……ん、ついたぞ」


 キラはリリィの背中を撫でながら、馬車の行く先を覗いてみた。

 三頭の馬の先には、木の密集地帯があった。月明かりに照らされているというのに、妙に暗い。まるで、訪れる者に恐怖を抱かせ、追い返そうとしているようだ。

 ――〝限定結界〟か……確かに奴らが来たみたいだな。だがこの気配……似ているな

 そんな幻聴が聞こえ、キラも確かに感じるものがあった。暗い林は、言葉では表現しにくいが、雰囲気がどこか覚えのあるものだ。誰かに似ている……。


「普通の林やんか」

「傍からはな。だが、驚くぞ」

 ニコラは躊躇なく林へ入っていき、エヴァルトも馬たちを操り後につく。


 いくら腕が良くても、林の中はデコボコな道のりだ。葉っぱの積もる柔らかな地面もあれば、木の根でぼこりと突き出た硬い地面もある。

 さらには背の高い木々が行く手を遮り、そのたびに迂回しなければならなかった。

 今まで以上の横揺れと縦揺れに、キラはリリィを膝の上に載せるようにして抱え込み、じっと耐えていた。何度も尻が荷台のいろんな場所に当たり、めちゃくちゃに痛い。涙が出る。

 いつの間にか月明かりが無くなり、辺りが真っ暗になったところで、ようやく馬車が止まった。


「うん? ニコラ、あんた杖も持ってたんかいな?」

 見ると、馬から降りたニコラは杖を懐から取り出し、青白い光をその先端に宿していた。

「これが結界の鍵だからな。無ければ入れない」

 言いながら、光る杖の先を何もない空間へそっと突き刺す。


 すると、まるで水の中へ入ったかのように、光がぼうっとぼやけた。同時に、何もないはずのその空間が緩やかに波打つ。

 波紋は徐々に大きく広がり、そしてねじれていく。

 やがて杖のぼんやりとした光が弾け飛び――周りの景色を塗り替えていった。


「うわ……」

 キラは思わずエヴァルトの隣から顔を出し、我が目を疑った。


 空中にはまばらに光の玉が浮かび、時折、色とりどりの炎が上がってはじけ飛ぶ。ぱっと散らばる様は、綺麗な花のようだった。炎の花びらが夜空に上がるたびに、子どもたちの嬉しそうなはしゃぎ声が聞こえてくる。

 昼のように明るい夜空の下には、多くのテントが敷き詰められていた。麻布の簡素なものではあったが、光に照らされて様々な模様を映している。

 幻ではないかと疑うほど、派手で、色鮮やかだった。


「リリィ、リリィ!」

 しょぼくれた『恥ずかしがり屋な妻』を抱き寄せて、その顔を正面に向けさせる。

「これは……夢?」

「正真正銘、エマール領だよ。パルブの村人がいなかったのは、こっちに移っていたからなんだ」

「そう、でしたか……」

 目をぱちぱちさせるリリィ。青い瞳には宙で踊る炎が映っては消えていた。

「綺麗ですわね……」

「うん、本当に」

 呆けたように目の前の光景に見入る彼女は、とてもかわいらしかった。


 どうやらニコラは村の中で人望があるようで、一歩歩くたびにいろんな人たちに声をかけられていた。

 「ニコラ、遅かったな――」「なあ、畑のことで――」「それより、クッキ焼いてみたんだけど――」「そっち馬車は?」「行商人か? 行商人なのか?」

 さらに、子どもたちや、犬やら猫までもが足元をちょろちょろと動き回り、彼の背中に飛びついたりもしている。


 キラは彼を羨ましく思った。同時に、このパルブで住んでみたいとも。

 彼らの身なりを見ても、決して裕福な暮らしをしているわけではないことは分かる。

 だが、誰もが笑っている。死の瀬戸際で手を取り合って協力し、幸運を勝ち取ったからなのだ。

「キラ?」

「ん?」

「ここにいたいですか?」

 リリィが見透かしたように小さく尋ねてきた。彼女のきれいな瞳が、じっとこちらを見つめている。

「いや。この人たちからすれば僕は余所者だろうし……それに、まだランディさんやリリィに恩返ししてない。セレナやグリューンにも」


 ――俺が入ってねェぞ。どんだけ助けたと思ってる


 同じ数だけ迷惑を被っている気がする。

 キラは鼻を鳴らして振り返ってくる白馬に苦笑して、呟くように続けた。

「リリィとの約束もあるしね」

 フードに隠れていてよく見えなかったが、リリィは微笑んでいるように思った。




 その場所は、テントの集まる村の中心とは少し離れていた。夜空に炎の花が咲くことはなく、子どもたちや動物たちのはしゃぎ声も聞こえることがなく、とても静かだった。

 目の前には湖が広がり、穏やかな水面の上にはたくさんの光の玉が浮かんで、底まで照らしている。

 そこに、水草が緩やかに揺れ、その間を魚たちが楽しそうに泳ぎ回るのが見えた。たまに光につられた魚が飛び出て水しぶきを上げ、月明かりに照らされた姿を見せることがある。

 色鮮やかなものの中にはない、幻想的な風情があった。


「あそこだ」

 そんな、光景を背景にして、ニコラ家族のテントがたっていた。他の村人のものよりも少し大きい。

 そのテントの前に、一人の女性がいた。

「ん……ミレーヌ?」

 長いブロンドを編んで肩から流し、質素なドレスを着ている彼女がニコラの妻であるらしく、彼は近寄って親しげに声をかけた。

「どうした?」

 荷馬車をテントの隣につけ、キラがリリィと揃って降りた時には、ニコラは深刻な顔つきになっていた。


「どないしたんや?」

「ん……ちょっとな」

「あなた、こちらの方々は?」

「これからお世話になるかもしれない人たちだ。わけは中に入ってから話す」


 ニコラ夫妻に招かれ、キラたちは中に入った。少し元気を取り戻したリリィは、『恥ずかしがり屋な妻』になりきり、フードを目深にかぶってキラの後ろにぴったりと引っ付いていた。

 テントの中は、物が少ないからだろうか、外から見るよりも広い。目立つ家具と言えば、真ん中にある低い丸テーブルに、支柱に引っ掛けられたランプだけだ。食器や服などは、端の方でまとめられ、布をかけられていた。


 どの調度品も使い古されてぼろぼろで、リリィはまた心痛めたようだった。まるで子どものように、そっと腕にしがみついてくる。

 ニコラが妻のミレーヌに訳を説明するのを横に聞きながら、キラは彼女の手を撫で――おや、と思った。

 ニコラは確か、息子がいると言っていたはず。なのに、どこにもその姿がない。


「――そういうわけで、この方たちの力を借りて、エマール領を出たいんだが……」

「でも、エリックは……」

 夫妻の顔に陰が落ちた。うつむき、沈黙が降りる。

 エリックとは彼らの息子のことだろう。いないのには、理由があるのだろうか?

 キラはリリィと顔を合わせた。彼女も何か嫌な予感を感じているようで、眉をひそめている。

 ニコラ夫妻に何があったか聞こうと思ったが、ビシリとエヴァルトに足を叩かれ、


「少年は黙っとき。芝居がうまいわけやないんやから」


 と小声で注意された。リリィも同感なのか、コクコクと小さくうなづいている。

 ニコラと会ったときに噛んだのが、よほどいけなかったらしい。

 キラはちょっと落ち込んだ。


「もしかして、あんたらの息子さんが行方不明なんか?」

 エヴァルトが聞くと、ニコラは首を振った。ため息交じりに、重く告げる。

「それよりももっと悪い。村を出て、タニアへ向かったんだ……傭兵になりに」


 キラはちらりとエヴァルトを見た。

 タニアで傭兵といえば、彼もその用事で向かうことになっている。

 頭に巻いたバンダナの上から頭を掻きながら、エヴァルトは厳しい表情で言った。


「そらあかんなあ。タニアの募集はアホみたいに破格の報酬が支払われるみたいやし……エリックは剣の腕はあるんかいな?」

「十五にしては腕がある方だと思う。二年前、〝流浪の民〟の詩人に剣術を教わって以来、一日と欠かさず稽古を行ってきたからな」

「実戦経験は?」

「ほんの少しだけだ。エマール領内には魔獣がいないし、何より村が安全になった」

「そうか……天才やったらまだよかったんやけどなあ」


 ややあって、意味ありげにエヴァルトが視線を向けて来る。

 キラにはその意図が分からなかったが、リリィは理解したらしく、「まったくですわね」と小さく呟いていた。


「あの……エヴァルトさん。やっぱり、傭兵は危ないんでしょうか?」

 ミレーヌは目に涙を浮かべていた。彼女もその答えぐらい想像できているだろうが、息子のことが心配で聞かずにはいられないのだ。

「詳しいことは実際に行ってみんと分からんけど……何や今回は報酬がえらい破格やからなあ」

「破格?」

「傭兵の危険度っちゅうんは報酬と比例しよるんや。高い金が支払われれば、その分、死ぬ危険も高まる。ハイリスク・ハイリターンっちゅうわけやけど……」

「けど、なんです?」

「リスクだけの場合もある。可能性として、汚いことに関わるかもしれん」


 エリックと言う会ったこともない少年を想像するのは、とても簡単なことだった。家族のため、ひいては村のために、エリックは傭兵になる決心をしたのだろう。

 そんな思いやりにあふれた少年が、とにもかくにも、危ない目にあうかもしれない。

 キラは夫妻をじっと見つめた。

 ミレーヌは泣き崩れ、そんな妻の背中を、ニコラが唇をかみしめながら撫でている。

 何とかしてあげたいと思った。人が悲しむのを目にして、素通りするというわけにはいかない。

 どのみち王都へ行くにはタニアを通る必要があるのだ。


 彼らが恐れる最悪の状況を打破する手が、思いつくのが一つある。

 リリィだ。王国の貴族で、同時に名高い竜ノ騎士団の元帥である彼女ならば、名乗り出たらエマール領内の現状がどうにかなるかもしれない。

 だがそれは、リリィにとって想像したくない未来を呼び寄せることになる。こうしている間にも、王都が陥落している可能性もあるのだ。ニコラ夫妻の悩みを解決したときには、すべてが終わってしまっているかもしれない。


 キラは無責任にも口を開く事は出来なくて、リリィをそっと窺った。

 だがどうやら彼女は、どこまでも騎士で、どこまでも貴族であったようだ。

 フード深くに隠れた青い瞳が、決意で輝いていたのだ。

「あの――」

 リリィが声をかけ、フードを取ろうとした時、


「しゃあないなあ。一応エリックの特徴を教えてくれんか。ついでやし、戻るように説得してみるわ」


 そうエヴァルトが訛りの強い口調で切り出した。

「エリックは鎧を着ていないだろうが……今からか?」

「何にしても早い方がええやろ。もともと今日着く予定やったんやし」

「……すまない」

 エヴァルトは軽く笑いながらテントを出ていった。


 機を逃したリリィは所在なさげに視線をきょろきょろとさせ、しばらくしてから、キラにそっと耳打ちをした。

「今日は外で寝ましょう?」

「へぇっ?」

 聞こえるのは、いつになくぼそぼそとした綺麗な声。耳をくすぐるようなそれに、キラはびくりと肩を震わせてしまい、ニコラ夫婦に見つめられる羽目になった。


「あ……えっと……」

「長旅で疲れたから、もう寝ますと。そう言って立ち上がってくださいな」

 キラは小さくうなづき、なるべく夫婦に見えるように彼女の手を取って立ち上がり、

「あ、あの。僕たちは疲れたので、もう寝ます」

「ならば、ここで眠ればいい」

「そのぉ……な、長く旅をしてきたんで、馬車のほうが落ち着くというか……」

 自信がなくて尻すぼみになってしまったが、それでニコラは納得したようだ。

 キラはぼろが出ないうちに、頭を下げて素早くテントを出た。



 馬車に戻ると、エヴァルトが一頭の栗毛に鞍を取り付けているところだった。

「エヴァルト。どういうつもりですの?」

 つかつかと詰め寄り、リリィが小さな声で問い詰めた。

「お嬢さんこそ、あほなことしたらアカンで。綺麗ごとを実現させるんは結構やが、そこに付きまとう犠牲を考えて行動せな。あんた、王都に急いどるんとちゃうんかいな?」

 紅の騎士はむっと眉を寄せたが、何も言い返さなかった。彼女も考えなしではなかったのだろうが、それを言うわけにはいかないようだった。


「ついでにあの夫婦に伝えてくれんか? 脱出はちょいと無理そうや、今回はあきらめとき、てな」

「な……! そんなことを、キラの口から言わせるおつもりですかっ?」

「え、僕っ?」

「だって、わたくしは恥ずかしがり屋さんですもの」

「う……そっか。でもエヴァルト、何で……」

 エヴァルトは頭のバンダナをぎゅっと締め直し、さらりと馬にまたがった。

「いろいろ穴だらけな計画の上に、あの二人の息子がエマールんとこに首突っ込んどったら、もう破綻しまくりや。また次の機会に回さなしゃーないやろ」

「でも……」

「ま、最終的な判断は任せるけど、タニアになるべくはよ来るんやで。そん時までに、俺もあの二人の息子を説得しとくさかい」

 一方的にそう言いきると、エヴァルトは馬の腹を蹴って駆けていった。

 

 



 キラは、真っ暗な荷台でリリィに背を向けて横になり、眠れないでいた。

 ドラゴンの急襲、半ば無理矢理な転移、リザードマンとの戦い、慣れない馬車での移動。

 一通り寝て、途中でリリィの『全身抱き付き治癒術』があったものの、所詮は気休め程度だ。極度の疲労はやがて傷の痛みを増加させ、ついには体中の骨を折れんばかりに締め付けて来る。どうやってニコラたちの願いを断るか、考えることもできない。

 唯一、心臓が暴れていないことが救いであったが、辛いことには違いなかった。

 キラはうめき声を何とか抑えながら、リリィを起こすまいとしていたが、


「セレナならば何とかできると思うのですが……わたくしにはこういうことしかできませんの。許してくださいな」


 心配性な彼女はとても過敏だったようだ。

 お腹の方に腕を伸ばし、ギュッと抱き付いてくる。

 治癒術をかけているのか、ほんの少し苦しみが和らいだ。

 やめてくれ、と言うのも違う気がして、代わりにキラはリリィの友のことを聞いてみた。


「セレナって、名医なんだっけ……?」

「ええ、そうですわ。今のキラの怪我だって、心安く眠れるぐらいには痛みを和らげてくれます」

「じゃあ、治癒術とかは使わないんだ?」

「セレナが言うには、治癒術には使いどころと言うのがあるらしくて。ある状況で治癒術が有効な時もあれば、また別の場合には薬草の効能が抜群に効くのだと。状況によって正確に見極め治療ができる者こそ、医師の資格を持つといっていましたわ」

「じゃあ……すごく頭が良いんだね、セレナは」

「ふふ。〝鬼才〟と称されるエマにも並びますわ」


 リリィは本当に、セレナに全幅の信頼を寄せているのだと、改めて感じる。

 それが何だかとてもうらやましくなって、キラはついポロリとこぼした。

「友達か……いいなあ……」

 とても小さなつぶやきだったが、暗く狭い空間に異常に響いた。

 当然リリィの耳にも入り、


「キラは、友人がいないとお思いなんですか?」


 彼女はそう聞いてきた。

「……まあ」

「では、わたくしとの関係はどうお考えで?」

 心なしか、リリィの声は悲しそうだった。

 キラはうんと考え、少ししてから口を開く。


「姉……かな? 迷惑ばっかりかけてるし」


 思い描く友人関係とは、いつも互いを信頼しているような、まさにリリィとセレナの関係だ。

 むろん、キラはリリィを信頼している。

 だが、彼女がそうであるかはよくわからない。

「……キラのばか」

「えっ?」

「迷惑なんて今まで掛けられたことありませんわよ。それに、弟扱いするなら『離れないでいる』なんて約束しませんでしたわ」

「そうなの?」

「そうですわ」


 それきりリリィは黙ってしまった。

 しかし抱き付く力は緩めず、逆に一層距離を縮めて来る。彼女の吐息が首筋に当たって、少しくすぐったい。

 全身をむしばんでいた痛みがほとんどなくなり、そのせいか少し眠くなってきた。


 まどろむ中、バラバラになったみんなの顔が浮かんだ。

 ランディはきっと無事だろう。何しろ腕が立ち経験豊富な英雄なのだ。最強の恩人が、あれくらいでたじろぐわけがない。

 だがセレナは? グリューンも大丈夫だろうか? ヴァンだって、ドラゴンと戦ってどうなったのだろう?

 特にあの甲高い声の少年は心配だ。毒を盛られていた上に、彼には突っ走る癖がある。出会った時も、デフロットの村の時も、オービットでも、いつも一人で戦っていた。

 ランディかセレナのどちらかといてくれればいいのだが……。

 キラは友人のことを思い浮かべながら、眠りについた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ