プロローグ
王都に混乱が渦巻いていた。
家々が燃え上がり、人々が逃げ惑う。
悲鳴が途切れることはない。
そんな中、人の波に逆らうように、一人の少年が走っていた。
マントを翻し、常に腰の剣に左手を添え、視線をあちこちにとばす。所々に包帯を巻いている彼は、緊迫した面持ちをしていた。
「みんなは、無事に王城についたかな……?」
少年はつぶやき、足を緩めた。
城を見ると、そちらもやはり黒煙があがっている。
嫌な状況だった。
仲間たちはバラバラになり、さらにはこの大きな混乱。
加えて、
「あッ、いたぞ! あいつだ、あの黒髪だ!」
時間をかけていられない時に、帝国軍兵士が取り囲んでくる。
数にして十。
少年はさっと確認して、剣を抜き放った。
「押し通るしかない……!」
降伏を迫る兵士に対して突進、鎧の隙間を狙って脇腹を裂く。
腕をそのまま振り切り、勢いを乗せたまま、ぐるりと後ろを振り向く。音もなく襲い掛かってきた次なる兵士の剣を弾き飛ばし、腰元を突き刺した。
仲間があっという間にやられたことで、帝国軍兵士たちは警戒を強め――その隙に、少年は包囲網を脱出した。
ぞわりと首筋を伝う感覚に従いながら、後ろから放たれる魔法を紙一重でよけていく。
目指すは王城。皆との合流だ。
だがそこに、大きな大きな乱入者が現れた。
地を揺るがすほどの雄たけびとともに。
――ォォオオオオオオ!
家々に燃え広がる炎をかき消しながら着地したソレ。
鱗でおおわれた大きな翼に、炎をチラチラと漏らしている凶悪な口元。
長い尾はまるで鞭のようで、少し触れただけでも周りの家を崩してしまう。
「こんな時に……!」
少年の目の前に降り立ったのは、黒い竜。
すべてを破壊しつくす災厄の魔獣だった。
――歴史上、最も偉大な英雄は、記憶をなくした少年だった。
騎士という単語も忘れてしまった彼には、人が人らしくあるために必要なものが残されていなかった。
両親も、友人も、故郷も。そして、自分の居場所さえも。
すべてを白紙に戻された少年は、海岸に打ち上げられたところを、とある老人に拾われる。
過去に華やかな活躍を残した、老いた英雄に。
世界でも類を見ないこの稀有な出会いが、すべての始まりであった――。




