第九十七話:ニャッフルの気持ち
テラスからは、夜の王都セレスティアルの街並みが一望できた。
オレンジ色の優しい色の街灯が並び、市場付近にはまだ活気があるようにも見える。
しかし、空には多くの星が輝き、現実世界よりも大きい月のような星が、青白い光を眩く放っていた。
その光景は幻想的で、しかし同時に、何よりも現実感があった。
『守ったんだ……よな。俺たちが。この光、ひとつひとつを』
祐樹は飲み物を片手に持ちながら、その幻想的な風景を眺めながら夜風に当たる。
しかしそんな祐樹の背中に、突然柔らかな衝撃が走った。
「ふぉ!?」
「にゃはは! びっくりしたかにゃ?」
祐樹の背中にひっついたニャッフルは、少し赤みがかった顔で悪戯に笑う。
祐樹は両手で飲み物の入った容器を持つと、噛み付くように反論した。
「びっくりするわい! てか零したらどうすんだよ!」
「にゃはは! ごめんだにゃ!」
祐樹のツッコミに対して、ぽりぽりと頭をかきながら答えるニャッフル。
祐樹は反省の色のないニャッフルの様子にため息を吐きながら、言葉を続けた。
「それより、どうした? みんな広間で盛り上がってるぞ」
「あー、まあ、そうだにゃ……」
「???」
珍しく煮え切らない態度を取るニャッフルに対し、頭に疑問符を浮かべて首を傾げる祐樹。
ニャッフルはばたばたと両手を動かすと、慌てて言葉を紡いだ。
「あ、あれだにゃ! おれい! 戦場で助けてもらったおれいをまだ言ってなかったにゃ!」
ニャッフルは自分の発言に満足したのか、両手を胸元に合わせてふんふんと頷く。
祐樹はニャッフルの言葉を受けると、少し困った様子で眉をひそめた。
「お礼って言われてもなぁ……俺は俺で単独部隊だったわけだし、サポートするのは当たり前だろ」
祐樹はテラスの手すりに体重を預けながら、ニャッフルへと返答する。
ニャッフルは祐樹の返答を受けると、ぷりぷりと怒りながら返事を返した。
「うるさいにゃ! とにかく、もらえるものはもらうのが礼儀ってもんにゃ!」
「いや、それなんか違うだろ……」
祐樹はニャッフルの滅茶苦茶な理論に、思わずクスッと笑う。
その笑顔を見たニャッフルは、急に俯くと、テラスの手すりへと歩みを進めた。
祐樹は気付いていないが、その耳はほんのりと赤く染まっている。
「考えてみれば……ここは、ニャッフルと祐樹がはじめて会った場所だにゃ」
ニャッフルは手すりに両手を置くと、セレスティアルの街を見下ろしながら言葉を紡ぐ。
祐樹は同じようにニャッフルの視線を追って街並みを見つめると、ゆっくりとした口調で返事を返した。
「そうだな……最初はBIGになるにゃ! なんて言ってきて、大変だったっけ」
祐樹は当時のニャッフルの登場シーンを思い出し、歯を見せて悪戯に笑う。
ニャッフルはそんな祐樹の横顔を見ると、自身も同じように歯を見せて笑った。
「ふふっ……今も、その目的は変わってないにゃ。ニャッフルは魔王をワンパンで倒して、伝説になるのにゃ」
「はははっ……確かに、そりゃすげえ。できたら確かに伝説だぜ」
祐樹は無謀な目標を語ってみせるニャッフルに対し、笑顔で答える。
ニャッフルはその笑いを馬鹿にされているととらえたのか、頬を膨らませながらぽこぽこと祐樹を殴った。
「あー! その顔は馬鹿にしてるにゃ!? ニャッフルはやると言ったらやるのにゃ!」
「いててっ。叩くなって。零れるだろが」
ぽこぽこと殴ってきたニャッフルに対し、楽しそうに笑いながら返事を返す祐樹。
しかしやがて夜空を見上げると、祐樹は小さくため息を落とし、言葉を続けた。
「しかしまあ……俺たちの旅は辛いことや大変なこともあったけど、ずっと笑顔でいられたのは、お前のそういう馬鹿があったおかげかもな」
「馬鹿とは何にゃ!? 馬鹿にするのもいい加減に―――」
馬鹿にされたと感じたニャッフルは、さらに声を荒げて抗議しようと言葉と紡ぐ。
しかし次の祐樹の表情を見た瞬間、次の言葉をニャッフルは完全に忘れ、沈黙した。
「ありがとな、ニャッフル。お前がいてくれて、本当によかった」
「―――っ!」
穏やかな笑顔を浮かべながら言葉を紡ぐ祐樹の顔を見たニャッフルは、両目を見開いて固まる。
祐樹はそんなニャッフルの様子に疑問符を浮かべ、ニャッフルの目の前で手をふらふらさせた。
「??? ニャッフル? 聞いてっか?」
「ふにゃ!? き、聞いてるにゃ! 馬鹿にするにゃ!」
「いや、馬鹿にしてはねえけど……」
またしてもぷりぷりと怒り始めてしまったニャッフルに対し、困ったように眉毛をハの字にする祐樹。
やがてニャッフルは俯き、小さな声で言葉を紡いだ。
「……瞑るにゃ」
「え? な、なんだ?」
祐樹はよく聞こえなかったニャッフルの言葉を引き出すため、一歩ニャッフルに近づいて言葉を紡ぐ。
ニャッフルはその分一歩後ずさると、今度は大きな声で言葉をぶつけた。
「いいから、目を瞑るにゃ! さっさとするにゃ!」
「ええっ!? わ、わあったよ……これでいいか?」
ニャッフルに言われた通り、両目を瞑る祐樹。
そんな中響いてくる、小さな足音。それは次第に祐樹に近づき、すぐ横で止まった。
「……これが、さっき言った“おれい”にゃ」
「へっ?」
ニャッフルは祐樹の肩に両手を乗せると、背伸びをして祐樹の頬にキスをする。
祐樹は思わずその頬を押さえ、ぽかんとした表情でニャッフルを見返した。
「じゃ、じゃあ、ニャッフルはお肉を食べに行くのにゃ!」
「あ、おい!?」
ニャッフルは俯いたままネコミミを真っ赤に染め、広間に向かって駆け出していく。
祐樹は危うく落としそうになった容器を慌てて両手で掴むと、ため息を吐きながら星空を見上げた。
「あれは……いや、マジか。現実感が、まるでねえよ……」
現実世界では女子と会話したことすら皆無である祐樹にとって今の出来事は衝撃的すぎて、現実感がまるでない。
そうしてぼーっと星空を見上げている祐樹に、今度は別の声が響いた。




