第九十一話：フレイＶＳアイスドラゴン
『ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアア！』
ドラゴンの咆哮が、戦場全体へと響き渡る。
その声を聞いた兵士達は背中に冷たい何かを感じ、震え上がった。
「ちっ。ありゃ、これまでの雑魚とは格が違えな。このままじゃ全軍の士気が下がりかねねえ」
フレイは怯えた様子の冒険者達を見渡し、小さく舌打ちを打つ。
祐樹も想いは同じで、腕を組んだままドラゴンを睨みつけていた。
「あれがボスモンスター。アイスドラゴンだ。丁度お前の対極にあたる属性だから、竜変化して―――」
「しゃらくせえ！ あんな野郎、この槍一本で充分だぜ！」
「ちょおおおおおおお！？ 無茶すんなぁ！」
フレイは突然指令台から飛び降りると、アイスドラゴンに向かって一直線に走り出す。
祐樹はそんなフレイを止めようと右手を伸ばすが、その手がフレイの体に触れることは無く、フレイはどんどんアイスドラゴンへと近づいていった。
『ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアア！』
「おっとぉ……へっ。ブレスが出てくるタイミングなんざ、アタシに分からないわけねーだろうが！」
近づいてくるフレイに対しアイスブレスで対抗するアイスドラゴンだったが、紙一重のタイミングでかわされてしまう。
フレイとてドラゴンブレスを扱うことはできる。ブレス攻撃を行う前の独特の呼吸を、彼女は知っているのだろう。
「！？ フレイの奴、まさかあれを！？ ちょっと待てえええええ！」
祐樹はフレイの真意に気付き、両手をメガホンのように使ってフレイへと言葉をぶつける。
しかしフレイは構わず、己の動作を続けた。
「待たねえよ！ お前に貰ったこの槍で、終わりだあああああああ！」
フレイは駆け抜けてきたその勢いごと、思い切り己の槍をアイスドラゴンに向けて放り投げる。
その速度は凄まじく、アイスドラゴンも回避しようとするが、その胴体を見事に貫通してしまった。
『グギャアアアアアアアアアアアアアア！？』
アイスドラゴンは力無くその羽ばたきを止め、地面へと落下していく。
その後、フレイの勝利の咆哮が響いた。
「おっしゃあ！ 勝ったぞおおおおおおおおおお！」
「オオオオー！」
フレイの咆哮に誘われるように、各部隊の冒険者達もそれぞれの武器を天に掲げる。
どうやら軍の士気は、最高潮にまで高まったようだ。
「は、ははは。あいつ、裏技知ってたのか？ ……いや、そんなわけねーか」
祐樹はぺたんとその場に尻餅をつくと、雄たけびを上げているフレイを呆然と見つめる。
フレイは多くの冒険者達に囲まれ、そして賞賛の声を浴びていた。
祐樹はそんなフレイの笑顔を見ると、穏やかに微笑んだ。
「ほんとすげーよ、お前は。本当、すげえ……」
祐樹はフレイの満面の笑顔を遠目に見ながら、微笑みながらゆっくりと立ち上がる。
しかしその刹那、嫌な予感が祐樹の頭を過ぎった。
「！？ くそっ！ クリティカルジャンプ！」
祐樹は一瞬にしてフレイの隣へと移動し、そして眼前を睨みつける。
そこでは倒れたアイスドラゴンが、口を開いてフレイを狙っていた。
「フレイ！ あぶねえ！」
「！？」
即座にフレイに声をかける祐樹だったが、すでにアイスドラゴンは、アイスブレスをフレイに向けて放出している。
そしてそんなフレイとアイスドラゴンの間に、祐樹が一瞬にして割って入った。
「ユウキ！？」
「おおおお……らああ！」
祐樹は握りこんだ拳を体の後ろまで移動させると、そのままアイスブレスに向けて乱暴に振り回す。
その風圧はアイスブレスを容易に吹き飛ばし、アイスドラゴンの巨体をも、彼方へと吹き飛ばした。
「やべ……咄嗟のことだったから、やりすぎた」
「…………」
フレイはそんな祐樹の姿を見つめ、ただポカンと口を開ける。
祐樹はバツが悪そうに頭を搔きながら振り向き、フレイへと話しかけた。
「フレイ……無事で、本当によかった」
「っ！？」
祐樹は穏やかな微笑を浮かべると、真っ直ぐにフレイを見つめ、言葉を紡ぐ。
フレイはそんな祐樹の笑顔を見ると、みるみるうちに顔を紅潮させた。
「なっ……あ……」
助けられ慣れていないのか、ぱくぱくと口を動かすフレイ。
しかし祐樹はそんなフレイの様子に構わず、人差し指と中指を立て、魔法を発動させた。
「じゃあ俺、行くぜ。またな、フレイ！ クリティカルジャンプ！」
祐樹は最後に悪戯な笑みを見せると、そのまま一瞬にして姿を消す。
フレイは「なっ……！？」と目を白黒させ、周囲を見回すが、そこにはポカンとした表情をした冒険者達がいるだけだった。
「だああああ、もう！ 何なんだよあいつはよおおおおおお！」
フレイは高鳴る自らの胸の鼓動の意味が理解できてしまい、頭を抱えながら、大空へと咆哮する。
その竜の咆哮は、相変わらず晴れた戦場の空に、鋭く突き刺さっていった。
