第九十話:祐樹の奮闘
祐樹が魔法を発動させた瞬間、二人の体は指令台の上に降り立つ。
フレイは突然目の前の光景が変わったことに驚き、足元を見ながら声を荒げた。
「おわっ!? な、なんだこりゃ。指令台!?」
「ひゃあ!? ふ、フレイ殿!?」
驚いているフレイと同様に、突然現れた司令官の存在に動揺する参謀。
祐樹はそんな二人に対し、間髪入れずに声を荒げた。
「んなことより指示指示! フレイ、早く指示出してやれよ!」
「はっ。そ、そうか。そうだな」
祐樹の言葉に我に返ったフレイは、落ち着いて周囲の様子を見回す。
そしてそのまま、各部隊に指示を出し始めた。
「右側の弓部隊に矢が足りてねえ! 矢製作部隊はそっちに向かえ! 左側の守りが手薄だ! 左は比較的低空飛行だから、槍部隊をそっちに回せ!」
「りょ、了解! 全軍に伝えます!」
参謀はフレイの言葉を受けると、全部隊に命令を伝えるべく走り出す。
本来は参謀の役割では無い気がするが、各部隊の司令官が決まっている以上、各自が今出来ることをするしかないのだろう。
事実フレイも、参謀に命令を伝えた後、注意深く各部隊の様子を確認し、次の指示を考えている。
「さて、と……俺もこっそり手伝いますか。クリティカルジャンプ」
祐樹は人差し指と中指を立てると、再び魔法を発動させる。
そしてそのまま、矢の補給部隊の元へと移動した。
「ぐずぐずすんな! どんどん矢を作れ! 敵は待っちゃくれねーぞ!」
「わかってますよお! でも、作っても作ってもキリがねえ!」
「おーおー、大変そうだなこりゃまた」
飛行モンスターに対抗しうる戦力としては、矢と槍が有効であるが、矢は敵に突き刺さってしまえば回収は難しい。
結果、矢の補給部隊は大忙しとなるわけだが……いかんせん敵の数が多すぎるせいか、うまく機能していないようだ。
『……仕方ねえ。ちょっと手伝うか』
祐樹は矢の材料が置いてある倉庫まで移動すると、大きく深呼吸を繰り返す。
そのままわきわきと両手を動かすと、作業を開始した。
そして、その数分後―――
「お、親方ぁ! 矢が、矢が大量にできてます!」
矢の補給部隊員は、倉庫の前に山積みにされた矢の山を見ながら、矢の補給部隊をまとめる親方へと声を荒げる。
親方は矢を作る手を止めて、返事を返した。
「何ぃ!? どこの職人だそいつは!」
「そ、それが、どこにも姿がなくって……」
矢の補給部隊員は、どこかバツが悪そうに返事を返す。
親方は山積みになっている矢を手に取ると、両目を見開いた。
「驚いた……どいつも一級品じゃねえか。まあいい、とにかくこれ使うぞ! で、俺たちも弓部隊に合流だ! 司令官に伝令を送っとけ!」
「へ、へい! 親方!」
矢の補給部隊は、山積みの矢を手土産に、弓兵部隊へと合流する。
恐らくこれで、戦場には矢の雨が降ることになるだろう。
「ふう、クラフトのスキルもマックスで助かったぜ。ま、ここはこんなもんだろう。次は左側……だな」
祐樹は人差し指と中指を立て、クリティカルジャンプを発動させる。
その後左側に到着した祐樹の眼前には、地獄絵図が広がっていた。
「敵の数にひるむな! 全軍、進めぇ!」
「ぐああああああああ!」
「治療部隊はまだか!? 負傷兵が多すぎる!」
低空飛行するモンスターに槍を持った槍兵部隊が戦っているものの、相手モンスターの圧倒的物量の前に、苦戦を余儀なくされている。
それは、誰の目から見ても明らかだった。
「みんな、最後まで諦めるな! さっきの増援で多少はマシになっただろうが!」
「おう!」
「ぶっとばしてやるぜえええ!」
さすがに荒くれ者の集まりだけあって血気は盛んだが、それで劣勢がひっくり返るわけではない。
祐樹はその様子を冷静に観察し、小さくため息を吐いた。
「仕方ねえ。こっちも手伝うとすっか。とはいえあんまり目立ちたくないから、こっそり……」
祐樹はこそこそと槍が立ててある樽の影に隠れ、人差し指と中指を立てる。
そしてそのまま、魔法を発動した。
「……ヴォルテックス・ディザスター」
魔法が発動した瞬間、周辺を大量の雨雲が取り囲み、一瞬日の光が閉ざされる。
交戦していた槍兵部隊はその光景に驚き、一瞬その手を止めた。
「な、なんだ!? 一体何が……」
『ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』
しかし次の瞬間、暗雲から大量の雷が降り注ぎ、モンスター達だけを黒焦げにしていく。
その勢いは凄まじく、先ほどまでの敵兵力の半数以上を壊滅させた。
「やべ、ちょっとやりすぎた。……まいっか。これで五分五分だろ」
祐樹はその様子をこっそり覗き込むと、ボリボリと頭を搔く。
そして槍兵部隊の兵士達は、一斉に決起した。
「か、神だ! 神の雷だぁ! 俺たち、勝てるぞ!」
「うおおおおおおお!」
敵の数が減ったことで士気の上がった槍兵部隊は、そのまま敵モンスター群へと突撃していく。
祐樹はその様子を見ると、満足そうにうんうんと頷いた。
「よしよし。じゃ、帰るとしますか。……クリティカルジャンプ」
祐樹は人差し指と中指を立て、再び魔法を発動させる。
すると眼前には指令台からの光景が広がり、懸命に指示を出すフレイの姿があった。
「よっ、フレイ。頑張ってんな」
「おわっユウキ!? おめえ今までどこ行ってたんだよ! 戦況が変わってすげえことになってんだぜ!?」
フレイは笑顔になりながら、嬉しそうに祐樹の両肩を掴む。
祐樹はうんうんと頷きながら、「おう。そりゃ何よりだ」と能天気な返事を返した。
「なんだか知んねーけど、敵の数が減ってんだよ! このまま行けば勝てるぜ!」
「お、おお! フレイの指示の賜物だな!」
ガッツポーズをするフレイに対し、同じくガッツポーズをして返す祐樹。
フレイは悪戯に笑うと、再び戦場へと視線を戻した。
―――そして、その瞬間、状況が変化していることに気付いた。
「おい、ユウキ。あいつは……」
「ああ、どうやらお出ましみてーだな。ボスモンスターってやつが」
両目を見開いて前方を見つめるフレイの隣で腕を組み、笑いながら言葉を返す祐樹。
そんな二人の視線の先には、青白く美しいドラゴンが、その姿を現していた。




