第八十七話:現れる黒い影
「……確かに、他のモンスターとはオーラがまるで違うわね。ここは、アタシがやるしかないか」
レオナは杖を構え、ごくりと喉を鳴らす。
その瞳には覚悟の炎が宿り、真剣な眼差しに、祐樹は両目を見開いてそれに見惚れた。
「はーっはっは! どうやらボスモンスター登場のようだな! ここは僕に任せてもらおう!」
「ギャレット!? 無茶しないで!」
ギャレットは手柄を独り占めしたいのか、杖を片手に黒い影へと突進していく。
すると黒い影はギャレットが呪文詠唱を始めようとした瞬間、一瞬にして距離を詰め、裏拳でギャレットの顔面をぶん殴った。
「ほぶふぅ!?」
「ギャレットおおおおおおお!?」
ギャレットは裏拳に殴られた衝撃に耐えられるはずもなく、そのまま面白いくらい綺麗に横に吹っ飛んでいく。
そしてそのまま藪の中に頭から突っ込み、その運動を静止した。
「……あれが、あいつの強さだ。厄介なことに結構武闘派なのよね、あのモンスター」
祐樹はボリボリと頭を搔きながら、面倒くさそうにため息を落とす。
レオナはしばらく呆然としながらも、やがて我に返り、声を荒げた。
「き、救護班! ギャレットにヒールを!」
「りょ、了解!」
レオナの声を受けた救護班らしき生徒は、敬礼を返して藪に突き刺さったままのギャレットに駆け寄っていく。
食らったのは一撃だし、恐らく死んではいないだろう。
……恐らく。
「それにしてもあいつ、近接攻撃タイプとなると、遠距離戦をしかけるしかないわね……」
「んー……いや、まあ、そうなんだけどね……」
レオナの呟きに対し、ポリポリと頬を搔きながら返事を返す祐樹。
しかしレオナはそんな祐樹の言葉をスルーし、呪文詠唱を開始した。
「一気に決めるわ! 全てを塵に帰す紅蓮の炎。眼前の敵を焼き尽くせ。”アース・フレイム”!」
レオナは杖を構え、遠距離から黒い影をターゲットに、大魔法を発動する。
すると黒い影の上空に、巨大な炎の塊が出現した。
「いっけええええええええええ!」
レオナが杖を振り下ろすと、その炎の塊は、黒い影に向かって落下していく。
しかし次の瞬間、黒い影の口元が、微かに動いた。
そしてその刹那、落下していた炎の塊が、完全にその姿を消失した。
「なっ……!?」
レオナは目の前の光景が信じられず、杖を握ったまま、呆然と立ち尽くす。
祐樹はそんなレオナの隣で、ボリボリと頭を搔きながら面倒くさそうに言葉を紡いだ。
「あいつ、魔法防御も結構いけるんよ。本当、厄介な奴なんだよなぁ……」
祐樹は黒い影を見つめ、ボリボリと頭を搔きながら、思考を回転させる。
黒い影はその間にも、段々とこちらへと近づいてきていた。
『さて、正攻法なら攻撃魔法を打ち続けて相手のスタミナ切れを待つんだけど、フレイたちも気がかりだし……しょうがねえか』
祐樹は一瞬にして先ほどの木まで戻ると、再び一本の小枝を折る。
精神を集中させ、そのまま呪文詠唱に入った。
「全ての英知を切り裂くは、絶対の剣。創生せよ、絶縁の時を。”キャンセラー・ブレイド”」
祐樹が呪文詠唱を終えた瞬間、指で摘んでいた枝は焼き消え、その代わりに、手頃な長さのキャンセラーブレイドが現れる。
祐樹はそれを掴むと、二、三回ぶんぶんと振り回した。
「んー……ま、こんくらいのサイズでいいかな。じゃ、戻りますか」
祐樹はキャンセラーブレイドを腰のベルトに挿しこみ、人差し指と中指を立てる。
そしてそのまま、呪文を詠唱した。
「……クリティカルジャンプ」