第六十三話:波乱の大宴会
ゴブリンの大群を退けた冒険者たちを待っていたのは、ギルドの中に用意された宴会の準備だった。
普段は無骨な冒険者たちで埋め尽くされているギルドが、今では料理と酒で埋め尽くされ、華やかに彩られている。
「うおー! 宴会の準備できてるじゃん! 気が利くなぁおい!」
「いててて! 何で俺の背中を叩く!?」
フレイは料理と酒の山を見ると、嬉しそうにバンバンと祐樹の背中を叩く。
祐樹はそんなフレイに、不満そうに文句を返した。
「ひゃっほー! 宴会にゃー! さっそく始めるにゃー!」
「でもほれ、さっそく盛り上がってる奴もいるぞ」
ニャッフルは酒の入ったグラスを片手に掲げ、大勢の前で大声を張り上げる。
冒険者達は戦闘が無事終わった事もあってか、ハイテンションで「おおー!」と同じように返事を返していた。
「ニャッフルウウウウウ! お前はいつでも先行しないと気がすまないの!? そういう病なの!?」
既に盛り上がっているニャッフルに対し、ツッコミを入れる祐樹。
ちなみに開始の挨拶をしようとしていた主催者らしき男は、隅っこで少しいじけていた。
「ま、まあまあ師匠。せっかくの宴ですし、ここは穏便にいきましょう」
「そりゃそうだけどよ……いや、あいつには一度しっかり言っとかないとダメだ」
アオイの言葉を受けながらも、ニャッフルへと近づいていく祐樹。
やがて目の前まで近づくと、腕を組んで言葉を続けた。
「いいか? ニャッフル。先手必勝は確かだが、なんでも先行すればいいってもんじゃねえ。例えば―――」
「ぐー」
「寝とるー!? どういう神経しとんじゃコラァ!」
祐樹はすっかり寝ているニャッフルの肩を掴み、ガクガクと前後に揺さぶる。
ニャッフルはむにゃむにゃと口を動かすと、祐樹へと寝言を返した。
「にゃむ……もう食べられないにゃ」
「ベタな寝言吐いてんじゃねー! 起きろコラァ!」
祐樹はひたすらニャッフルを揺さぶるが、起きる気配はまったくない。
不思議に思ったアオイは、ニャッフルの手に握られているグラスに注目した。
「あ、し、師匠! ニャッフルちゃん、お酒飲んじゃってますよ!」
「何ぃ!? アホかこいつは! 開始の挨拶した奴が真っ先に潰れてんじゃねえよ!」
「あっはっは! お前ら面白えなぁ!」
二人の様子を見ていたフレイは、酒を片手に豪快に笑ってみせる。
レオナは片手で頭を抱えながら「いつものことながら、ダメダメね」と呟いていた。
「それよりユウキぃ。おめえも食え! 飲め! せっかくの宴だぞ!?」
「わぷ!? だから当たってるっつーの! ていうか俺酒は飲んだことねえし!」
フレイは祐樹の肩に腕を回すと、グラスをぐりぐりとその頬に擦り付ける。
アオイはハッと何かに気がつくと、酒の瓶を持って祐樹へと駆け寄った。
「師匠! 師匠の分は私がお注ぎします!」
「アオイさん!? お前だけは味方だと信じていたのに!」
アオイのまさかの裏切りに、声を荒げる祐樹。
レオナはゆっくりとした動作で優雅に酒を楽しみながら「諦めなさいよ」と最後通告を祐樹へとぶつけた。
「レオナ! お前人事だと思ってむぶっ!?」
「ほれほれ、アタシが飲ましてやるよ!」
レオナへと反論しようとした祐樹の口に、フレイの持っているグラスがねじ込まれる。
そのグラスに入れられていた酒は、自然と祐樹の中へと入っていった。
「ごほごほっ! いきなり飲ますなっつうの!」
「あっはっは! 悪い悪い!」
むせる祐樹に対し、その頭を乱暴に撫でながら謝るフレイ。
その様子を見ていたアオイは、すぐに声を上げた。
「フレイさん、ずるいです! 師匠へのお酌は弟子である私の役目です!」
「そういう問題じゃないよアオイさん!? 俺飲む気ねえっつうの!」
反論する祐樹だったが、いつのまにかその手にはグラスが握られている。
アオイは嬉しそうに笑うと、そのまま祐樹にお酌した。
「はいどうぞ♪ 師匠♪」
「まったく。何がそんなに嬉しいのか……」
嬉しそうにお酌するアオイに対し、ため息を吐きながら対応する祐樹。
フレイはそんな祐樹の肩に、再び腕を回した。
「おーおー、熱いねご両人! 式の日程はいつだい?」
「ちょ!? アオイは一応男勇者で通ってんだから、そういうことでかい声で言うなっつうの!」
フレイの言動に対し、ツッコミを入れる祐樹。
しかしそんな祐樹に対し、相変わらず落ち着いた様子で酒を飲みながら、レオナが冷静に言葉を返した。
「大丈夫でしょ。もうみんなかなり出来上がってるわよ」
『わははは! 一番! 裸踊りいきまーす!』
『うおー! いいぞいいぞ!』
『汚ねえもん見せんなよ! わはははは!』
冒険者達は皆酔っ払い、もはや祐樹たちの言動に耳を傾けている者などいない。
というか、今晩のことを覚えている人間すらいないかもしれない。
「あーあー、まったくだらしねえな。なあ、アオイ?」
祐樹はグラスを片手に、アオイの方へと視線を向ける。
するとアオイは真っ赤になった顔で、どこか虚ろな目をしながら、ふやふやと返事を返した。
「ふぇ? ししょー。なんかいいましたかぁ?」
「……ん?」
祐樹は様子のおかしいアオイの様子に固まり、言葉を失う。
宴の夜は、波乱の様相を見せ始めていた。




