第五話:二人の主人公
「……で、一体全体どういうことさ? なんで女が勇者やってんだ?」
風呂場から上がった二人は、再び食卓を囲み、勇者の入れたお茶を飲みながら話をしている。
勇者は申し訳なさそうに頭を垂れ、返事を返した。
「申し訳ありません、師匠。私は女であることを隠し、旅をする必要があったのです。ある目的のために」
「ある目的……? ああ、魔王討伐か」
祐樹は少し退屈そうにしながら、旅の目的を話す。
勇者は目を見開いて驚き、声を荒げた。
「な、何故それを!? 魔王の誕生はまだ一般公開されていないはずです!」
「え、そうだっけ!? あ、そうだった!」
祐樹は攻略本の内容を思い出し、あちゃーと頭を抱える。
そう、序盤のストーリーではまだ、魔王の存在は仄めかされておらず、主人公である勇者とその仲間しかその情報を知らない。
無用な混乱を避けるため、魔王誕生というバッドニュースは、一般に公開されていないのだ。
「えーっと、あーその……し、師匠の勘ってやつ? なんちゃってー……あはは」
「…………」
祐樹の言葉を受けながらも、真っ直ぐにその目を見返してくる勇者。
やがて勇者は、勢いよく椅子から立ち上がった。
「師匠!」
「ひぃっ!? すんませんごめんなさい! 自分とんだゲーム脳野郎で―――」
「さすがです、師匠! 師匠には何もかもお見通しなのですね!」
「へっ?」
勇者は祐樹の両手をがっしりと掴み、感激した様子で言葉を紡ぐ。
そしてその瞬間、祐樹は悟った。
ああ、この娘は勇者じゃなかったら、きっと悪い男に引っかかってただろうなぁと。
「……私の家は代々、勇者の家系なのです。しかし男児に恵まれず、魔王も誕生してしまった今、長女である私が旅立つことになった……という訳です」
「なるほどなぁ……勇者も苦労してんだ」
祐樹はうんうんと頷き、勇者の言葉を聴く。
勇者の言葉に、嘘は無いだろう。何せ性別以外は全て攻略本に載っているのだから。
『そういや、主人公の性別だけは書いてなかったな……勝手に脳内で男に補正してたけど、まさか女の子だったとは』
祐樹はゲームをプレイする際には、端正な顔立ちの美青年としてプレイしており、説明書や攻略本にも、性別は書いていなかった。
恐らくスタッフの遊び心であえて公表していなかったのだろうが、もしかしたら今頃現実の世界では、性別が明らかになっているのかもしれない。
「私の苦労など……大したことはありません。むしろ苦難は、これから始まるのです」
「んー……まあ、そうだろうなぁ」
祐樹はお茶をすすりながら、勇者の言葉に頷く。
何せ今はスタート地点とも言える最初の村だ。苦難がこれから始まるというのは、決して間違っていないだろう。
「そこで、大変厚かましいお願いなのですが……」
「ん? なんじゃい。言ってみそ」
勇者はモジモジと人差し指を合わせながら、チラチラと祐樹の表情を窺う。
祐樹はお茶をすすりながら、そんな勇者に返事を返した。
「お願いです! 私の仲間……いえリーダーとして、魔王討伐の旅に同行してください!」
「ぶぅううううううううう!? けほっ! けほけほっ!」
「し、師匠! 大丈夫ですか!?」
勇者の爆弾発言に驚き、お茶を吹きだす祐樹。
勇者は慌てて祐樹に駆け寄ると、その背中をゆっくりとさすった。
「お、俺はただのモブキャラだぞ!? モブをパーティに入れる勇者がどこにいる!」
「”もぶ“というのはよくわかりませんが、えーっと……こ、ここにいますよ?」
勇者は困ったように眉をハの字にしながら、首を傾げた状態で自分を指差す。
祐樹はその仕草に一瞬見とれるが、すぐに我に返り、言葉を返した。
「可愛く言っても駄目だからね!? 可愛く言っても駄目だからね!? 大事な事なので二回言いました!!」
「じゃあ、三回言ったら仲間になって頂けるのですね!?」
「どこのルールだよそれ!? いやだから、モブをパーティに入れるのは無理だって!」
これが俗に言う、ゲーマーのほとんどが体験する「このキャラ仲間にならねーのかよ現象」である。
システム上、祐樹を仲間に出来るわけがないのだ。少なくとも祐樹は、そう考えている。
「師匠の実力なら大丈夫です! なんだかわかりませんが、大丈夫です!」
「結構頭悪いのね君!? だからモブキャラの俺じゃ無理―――はっ!」
「師匠???」
突然その動きを静止した祐樹に対し、首を傾げる勇者。
その時祐樹の脳は、フルスピードで回転していた。
『よく考えたらさっき俺、モンスターを倒したよな? モブキャラにそんなん無理じゃね? ていうかこの誘いを断った時こそ、マジで俺モブキャラ確定なんじゃね?』
「えー……こほん。勇者よ」
「は、はい! 師匠!」
勇者は師匠の言葉を一語一句聞き逃さぬよう、椅子に座り直す。
祐樹は文字通り勇気を振り絞り、やがて言葉を紡いだ。
「気持ちはわかった。是非俺を仲間にしてくれ。いやして下さいお願いします」
「ほ、本当ですか師匠!?」
「お、おう」
勇者は再び椅子から立ち上がり、祐樹の目を見ながら言葉を紡ぐ。
祐樹はそんな勇者の勢いに押され、かろうじて返事を返した。
「やったやった! 百人力ですよ師匠!」
「ほあああああ!? く、くっつくな!」
勇者は祐樹を胸の谷間に埋め、嬉しそうに飛び跳ねる。
女子に免疫のない祐樹は真っ赤になりながら、かろうじて言葉を返した。
「そうだ! 申し遅れました。私、名をアオイ=フィルソードと申します」
アオイは祐樹から一歩下がると、深々と頭を下げて自己紹介する。
何百回とプレイしたゲームの主人公の名だ。思わず祐樹の口から言葉が突いて出た。
「ああ、知ってるよ」
「えっ?」
「あー! いやいやなんでもない! こっちの話!」
「???」
あわてて両手を横に振る祐樹と、不思議そうに首を傾げるアオイ。
二人の“主人公”が紡ぎ出すこの物語は、まだ、始まったばかりである。