第五十八話:オークションの戦い
商業都市トライロード。その裏通りでは、今日も司会者の声が響いている。
『さあ! 例の龍族の娘のオークションだぁ! 果たしてゲスティル氏の提示額5000万ボルドを超える者は現れるのかー!?』
司会者は魔力機構を利用した拡声器を使い、裏通りに集まった人々へと声をかける。
しかしそのほとんどが野次馬で、ゲスティルへ対抗しようなどと言う者は現れなかった。
「ぶふぅ! き、決まりのようだな。ぐひ、これであの娘は私のものだ」
「…………」
ゲスティルはその不細工な顔を娘へと近づけ、鼻息を荒くする。
娘は両手を鎖に繋がれた状態でぶら下げられ、力なくうな垂れていた。
『どうやら、対抗馬は現れないようです! では、落札者はゲスティル氏で決定―――』
「ちょーっと待ったあ! 対抗馬ならここにいるぜ!」
司会者の声を遮り、広場に男の声が響く。
司会者がその方角に顔を向けると、そこには息を切らせた祐樹が、アオイの手を引きながら立っていた。
「ふぅっ。なんとか間に合ったみてーだ。な? アオイ」
「はぁっはぁっ……は、はい。師匠」
アオイは祐樹以上に呼吸を乱しながら、祐樹の言葉に答える。
その後ろから、ニャッフルとレオナも走ってきた。
『おおっと! これは一週間前に手を上げた青年です! 彼が帰ってきました!』
「ぶふぅ! ちょこざいな! 貴様ら、1億ボルドは用意できたのか!?」
ゲスティルは怒りに震えながら、祐樹たちを指差し、声を荒げる。
祐樹はもう一つの手に持っていた鞄を開くと、1億ボルドをゲスティルと司会者に見せ付けた。
「おおよ! ほれ、この通り1億ボルドだ!」
「な、何いいいいいいい!?」
『ほ、本当です! 確かに1億ボルドあります!』
司会者は鞄の中を確認すると、確かに1億ボルド入っていることを確認し、拡声器で会場全体に伝える。
それを聞いた野次馬達は、一斉に歓声を上げた。
「ぶ、ぶふ、ぶふふ……」
「ん? どうしたおっさん。おかしくなっちまったのか?」
ゲスティルは肩を震わせ、俯きながら小さく笑う。
その様子を見た祐樹は、頭に疑問符を浮かべながら首を傾げた。
「ぶはははは! 私がこの1週間、何もしていなかったと思うのか!? おい司会者! 私は2億を提示―――」
「あ、そ。じゃあこっちは3億出すぜ」
「なにいいいいいいい!?」
祐樹はゲスティルの言葉を遮り、遅れてきたニャッフル達に目配せする。
二人はこくりと頷くと、持っていた鞄を司会者へと手渡した。
『た、確かに3億ボルドあります……ゲスティル氏、どうしますか?』
「ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬ……っ!」
ゲスティルは怒りに顔を真っ赤にし、アオイ達を睨み付ける。
しかし祐樹には、全てわかっていた。
『出せるわけねーよな、ゲスティル。お前の総資産は2億5000万ボルドだ。2億だって無謀なのに、それ以上の額を提示できるわけがない』
「わ、私は、降りる……くそっ!」
ゲスティルは悔しそうにその辺りにあった椅子を蹴飛ばし、悔しさを全身で表す。
そのままアオイ達に一瞥をくれると、そのまま会場を後にした。
『と、いうことは、この龍族の娘は彼らが競り落としました! その額なんと3億ボルド! これはこのオークション会場最高額となります!』
司会者の声に反応し、歓声を上げる野次馬達。
しかしアオイ達はそんな司会者の声も聞かず、龍族の娘へと駆け寄った。
両手を鎖で縛られてぶらさげられたその姿は痛々しく、炎のように赤い髪もまるで燃え尽きる前のようにうな垂れてしまっている。
アオイはすぐに鎖の拘束を解き、娘を解放した。
「もし! 娘さん! 大丈夫ですか!?」
アオイは倒れてきた娘を抱き抱えると、そのまま声をかける。
祐樹達はその様子を、固唾を飲んで見守った。
「は、腹が……」
「おなか!? お腹が痛いんですか!?」
アオイはかろうじて紡がれた娘の言葉に反応し、言葉を返す。
娘は光を失った瞳でアオイの方を向き、さらに言葉を続けた。
「腹が……減った」
「……え?」
娘の言葉に、ポカンとするアオイ。
それはニャッフルとレオナも例外ではなく、その意外な一言に、言葉を失っていた。
そんな中祐樹は腕を組み、そして考える。
『さて、これで移動手段は問題ない……けど、こいつの腹を満たせる店に行かねえとなぁ』
祐樹はポリポリと頬を搔きながら、ぐったりとしている娘を見つめる。
その後助けを請うような視線をアオイが祐樹に向けるまでに、それほど時間はかからなかった。