第五十三話:移動手段の確保
「さて、無事情報屋も助け出したし、魔王の居場所もわかった。しかし―――」
「問題は、どうやって空中に浮遊している魔王城に行くか……ですね」
一行は情報屋であるルーシュを助けた後、ギルドへと戻ってきていた。
依頼は成功したものの、一行の表情は明るくない。
それもそのはず。上述した通り、魔王の居所がせっかくわかったのに、そこに行くための移動手段を持っていないのだ。
どこぞのセレブでもあるまいし、飛空艇など持っているはずもなく、一行は途方にくれていた。
……正確に言えば、祐樹以外は。
『ま、移動手段はこの後すぐどうにかなるんだけど……そろそろかな』
祐樹は腕を組みながら、時間が経過するのを待つ。
すると一行の沈黙を劈くように、一緒に戻ってきたルーシュが声を発した。
「あのー、空への移動手段をお探しッスか?」
「!? ルーシュさん! そっか、ルーシュさんなら何か心あたりがあるかもしれないですよね!」
アオイはキラキラとした瞳で、ルーシュの両手を取る。
ルーシュは「もちッス! 任せてくださいッス!」と、ドヤ顔で答えて見せた。
「えーっと、空への移動手段。何かないか、何かないか……」
「……なんか、例のネコ型ロボットみたいだな」
「???」
リュックからぽいぽいとメモ帳を放り投げ、何かないか探すルーシュの姿を見て、ぽつりと呟く祐樹。
アオイはそんな祐樹の言葉の意味がわからず、不思議そうに首を傾げた。
「あったぁ! 今この街の裏通りで、ドラゴンの競売がやってるッス! そのドラゴンに乗って行けばいいッスよ!」
リュックから一冊のメモ帳を見つけ出したルーシュは、満面の笑顔で一行へと意見する。
祐樹はその言葉を受けると、返事を返した。
「決まりだな。俺たちに飛空艇を買う金があるわけないし、ドラゴンなら空も飛べる」
「にゃ! さっそく競売所へレッツゴーにゃ!」
「それに新しい―――ちょ、ニャッフル! だから先行すんなって言ってんだろがあああああああああ!」
話の途中で走り出したニャッフルを、祐樹は追いかける。
それを見たアオイとレオナは、互いに顔を見合わせ、やがて走り出した。
「あ、あの、ルーシュさん! ありがとうございました! それでは私たちはこれで!」
「ちょっとあんた達! 待ちなさいよ!」
アオイとレオナは、駆け出していくニャッフルと祐樹を追いかけてギルドを飛び出す。
ルーシュはそんな一行に「いってらっしゃいッス~」と能天気な笑顔で手を振っていた。
「ここが競売所……ですか。なんだか想像していたのと少し違いますね」
「なんかガラが悪いにゃ~」
アオイとニャッフルはガラの悪い面子の揃った競売所の雰囲気に面食らい、口々に感想を述べる。
祐樹は腕を組み、そんな二人に答えた。
「元々この辺りは裏通りだからな……トライロードの影の部分、とも言えるだろう」
「トライロードの影? 師匠、それは一体どういう意味なのでしょうか?」
「すぐわかるさ。ほら、競売が始まるぞ」
祐樹は腕を組んだまま、顎で人々が集まっている方角を指し示す。
アオイはその動きにつられて、指し示された方角に視線を移した。
『さあさあ! 今日の目玉はなんと龍族の娘! しかもこの美貌だ! これはいい値がつくぞー!』
「なっ!? これは……人身売買ではないですか!」
「言ったろ、影の部分だって。まあ、警備も厳重だし、滅多に人が出品されることはないんだが……今日は特別らしいな」
実はイベント上龍族の娘が売りに出されるのは知っていたため、祐樹は平静を装いアオイへと答える。
しかし内心、実際にその現場を見てみると、なかなか惨いものだと考えていた。
司会者の男らしき人物の背後では、一人の女性が両手に枷を繋がれ、ぶら下がるようにしてうなだれている。
髪は少し短めの赤。何より豊満な体が視線を奪う。下種ではあるが、司会者の言っていることもあながち間違ってはいない。確かに良い値がつくのは間違いないだろう。
「そんな……許せません! 叩き切ってきます!」
「突然の殺害宣言!? お、落ち着けアオイ! 勇者が市民を切るのはまずいって!」
剣の柄を握り、競売者へと近づこうとするアオイを、体を入れて止める祐樹。
アオイは悔しそうにしながら、そんな祐樹へと声を荒げた。
「しかし師匠! あんな、可愛そうに……見ていられません!」
「……ああ、そうだな。それは俺も同感だ」
「えっ?」
アオイの真剣な眼差しを受け、コクリと頷く祐樹。
そんな祐樹の態度に驚き、アオイは頭の上に疑問符を浮かべた。
「要するに、平和的に解決しようってことでしょ? 私たちが競り落とせばいいことじゃない」
「さっすがレオナちゃん! 察しがいい!」
胸の下で腕を組みながら、冷静に言葉を紡ぐレオナに対し、嬉しそうに両手で指を挿す祐樹。
ニャッフルはそんな三人のやりとりを見ながら、「でも、いくらくらいするのかにゃ~?」と、核心を突く一言を発していた。
『さあ! 500万ボルドまで値が上がっています! 他にどなたかいらっしゃいませんか!?』
「ご、ごご、500万ボルド!? 師匠! そんな大金、私たち持っていません!」
「焦るなよ、アオイ。大丈夫だから」
「???」
冷静な祐樹の態度に、疑問符を浮かべて首を傾げるアオイ。
祐樹は腕を組んだまま、その時を待った。
「ぶふう。5000万だ! 5000万出すぞ司会者!」
競売所に集まっていた者達の間から、一本の太い腕が天に伸ばされ、衝撃の一言を放つ。
その人物の見た目はお世辞にも良いとは言い難く、ぶくぶくと太った体と、濁った瞳、そして全身に付けられた派手な装飾品が、その者の品性の低さを物語っていた。
『おおーっと! これは凄い! トライロードきっての大富豪、ゲスティル氏が5000万ボルドを提示だぁ! これは決まりかー!?』
「ここだな……よし、アオイ。俺の言う通りに行動してくれ」
「え? あ、はい。……ええっ!?」
祐樹の言葉を受けたアオイは、大声で叫び、その驚きを表現する。
祐樹は「しーっ! 声がでかいって!」と、アオイを注意した。
「ご、ごめんなさい。ですがそんな事言って、本当に大丈夫なのですか!?」
「大丈夫だ、アオイ。俺を信じろ」
祐樹はここ一番と考え、がっしりとアオイの両肩を掴むと、その目をじっと見つめて真剣な表情で言葉を紡ぐ。
アオイはその顔を見るとみるみる頬を赤らめ、「は、はひ」と返事を返した。
「ふっ!」
「にゃっ!」
「いたひ!? なんで君達ケツ蹴るの!?」
その様子を見たレオナとニャッフルは、それぞれ一発ずつ祐樹の尻に蹴りを入れる。
文句を言う祐樹に対し、二人は同時に答えた。
「「なんとなく(にゃ)」」
「ファンタジスタかよ! これほど納得できない理由も珍しいわ!」