第四十五話:レオナの覚醒
「ほ、本当に、発動、した……」
レオナは思わずぺたんとその場に尻餅をつき、杖を握りながら呆然と焦るギャレットの姿を見つめる。
そんなレオナを見たアオイは、興奮した様子で祐樹をガクガクと前後に揺すった。
「し、しししし、師匠! 今レオナさん、魔法を使いましたよね!? 見間違いじゃないですよね!?」
「ゆ、揺らすなアオイ。喋れねえって」
アオイは祐樹の言葉を受けると「し、失礼しました」と反省し、体を揺すっていた両手を離す。
祐樹は体勢を整えると、アオイに対して説明を始めた。
「まあそもそも、あいつにヒーラーなんて向いてなかったんだよ。そういう家柄に産まれたからヒーラーなんてやってたんだろうが……あいつが持っている才能は、そんなんじゃない」
「レオナさんが持っている……才能?」
アオイは祐樹の言葉をすぐに納得できず、頭の上に疑問符を浮かべる。
しかし祐樹はアオイのそんな様子を意に介さず「お、ほら、ギャレットが動くぜ」と言葉を紡いだ。
「は、ははは。偶然とは恐ろしいな、レオナ。君が攻撃魔法を使うなんて、驚きだよ」
ギャレットはやれやれといった様子で、肩を竦めて見せる。
レオナはそんなギャレットの言葉を受けると、ようやく正気に戻ったのか、杖を使って立ち上がった。
「しかし、次で終わりだ。炎の槍よ、今神の元より舞い降りて、眼前の敵を貫かん。そこにいたるは、一瞬の炎撃。”フレイムランサー”」
ギャレットは再びスティックの先端をレオナに定め、呪文を詠唱する。
すると炎で出来た複数の槍が、レオナに向かって放たれた。
「あれは、Bランク魔法のフレイムランサー!? あれって、学園の先生レベルが使う高ランクの魔法ですよね!?」
「おーおー、やるねえギャレットちゃん。もう勝負を決めにきたか」
動揺するアオイの言葉を受けつつも、ぱちぱちと呑気に拍手をしてみせる祐樹。
アオイはそんな祐樹の姿を見ると、驚愕に両目を見開いてぽかんとした。
そしてレオナは、向かってくるフレイムランサーを視界に入れると、大声を張り上げた。
「!? ああ、もう、どうにでもなれ!」
レオナは杖をかざした状態で、眉間に皺を寄せる。
そのまま、レオナもギャレットと同じように、全く同様の呪文を詠唱した。
「炎の槍よ、今神の元より舞い降りて、眼前の敵を貫かん。そこにいたるは、一瞬の炎撃。”フレイムランサー”」
詠唱が完了すると再び杖の先端のリングが回転し、ギャレットのそれより超巨大な炎の槍が出現し、ギャレットに向かって放たれた。
「何いいいいいいいいいいいい!? そんな、そんな馬鹿な!」
さすがのギャレットもこれには驚いたのか、無様に地面を転がりながらかろうじてその槍を避ける。
炎の槍は会場の壁に激突すると、施されていたはずの防御呪文を打ち消し、頑丈なはずの会場の壁を粉々に破壊した。
「すごい……これが、あたしの力?」
レオナは杖の先端を見つめ、ぽつりと呟く。
祐樹はそんなレオナを見ると、右手をメガホンのように使い、声をかけた。
「レオナー! 俺の言った通り、魔法使えたろ!? 遊んでねえで、さっさと終わらせちまえー!」
「ちょ、師匠! 何を言うんですか!? 遊んでるって……」
祐樹の言葉に驚き、声を荒げるアオイ。
しかし祐樹は落ち着いた様子で、言葉を返した。
「遊んでるさ。今のあいつのレベルなら、フレイムランサーなんてケチな魔法使う必要ねーんだ」
「ええええええええええええ!?」
アオイは祐樹の信じられない言葉に驚き、感嘆の声を上げる。
ちなみにニャッフルは「よくわかんにゃいけど、いけー! れおにゃー!」と元気よくレオナを応援していた。
「は、ははは。そんな、ありえない。この僕が、成績トップのこの僕が、レオナに負ける? そんなのあってなるものか、そんなの、許されるはずがない」
ギャレットは土ぼこりに塗れながらゆっくりと立ち上がり、両目を見開いて狂ったように笑う。
レオナはそんなギャレットを見ると、落ち着いた様子で言葉を返した。
「……降参しなよ、ギャレット。あたしも今、わかったんだ。あんたじゃ、あたしに勝てない」
「―――っ!」
レオナの言葉を受けたギャレットは、見開いていた目を更に見開き、その瞳孔を完全に開く。
そして、頭を掻き毟りながら言葉を返した。
「ふざけるな……ふざけるなよ成績ドベのレオナが! 待ってろ、この一撃で終わりにしてやる!」
「おっとぉ……ギャレットのやつ切れちまったな。こりゃ、俺の出番か」
祐樹はゆっくり観客席から立ち上がると、両手をポケットに入れながらギャレットの近くへと歩み寄っていく。
しかしギャレットはそんな祐樹に構わず、呪文を詠唱した。
「はぁぁぁぁ……全てを塵に帰す紅蓮の炎。眼前の敵を焼き尽くせ。”アース・フレイム”!」
「そんな、あれはSクラスの魔法!? 学生の身分で使えるなんて!」
アオイはギャレットの呪文を聞くと、驚いて思わず席を立つ。
Sクラスの魔法は本来、国王に仕えるレベルの魔法使いが複数集まってようやく使える、超超高レベルの魔法である。
それをギャレットは、たった一人で発動させたのだ。
気付くと空は炎の塊で多い尽くされ、その巨大な炎の固まりは、ゆっくりと会場にいるレオナへと落とされていった。
「はぁ……仕方ないわね。全てを塵に帰す紅蓮の炎。眼前の敵を焼き尽くせ。”アース・フレイム”」
レオナは真剣な表情で杖を空にかざし、ギャレットと同じように呪文を詠唱する。
すると再び杖の先端のリングが回転し、ギャレットの生成したそれよりはるかに大きな炎の塊が、ギャレットの生成した炎を飲み込んだ。
「は、ははは……あり、あ、ありえない。こんな、こと……」
ギャレットは両目を見開き、ケタケタと不気味な笑いをしながら、炎に覆い尽くされた空を見上げる。
祐樹は右手をメガホンのようにして使うと、レオナへと言葉を紡いだ。
「おーいレオナ! お前やりすぎー! 会場消し炭にする気かー!?」
「あっ!? ご、ごめん! どうしよう!」
レオナは事の重大性に気付くと、わたわたと杖を持ちながら右往左往する。
その様子を見た祐樹はため息を落としながら、言葉を紡いだ。
「まあいいや! 客席は俺が守るから、お前はギャレットの様子だけ気にしてろー!」
「!? わ、わかったわ!」
レオナは祐樹の言葉を受けると、ギャレットの方へと視線を向ける。
しかしそこには、呆然と空を見上げ、完全に戦意喪失しているギャレットの姿があっただけだった。