第三話:祐樹の速さと勇者様
ぐるるる……と唸り声を上げる人狼型のモンスターと、その横で怯える村人らしき女性。
さらにその横では、現状についていけず、ポカンと口を開けた祐樹が突っ立っていた。
「ユウキ! 今の速さ……一体どういうことなんだ!?」
一瞬にしてモンスターとの距離を詰めた祐樹のダッシュ力に驚き、声を荒げる勇者。
祐樹はその方角へと顔を向けると、相変わらず呆然とした様子で言葉を返した。
「あ、いや、その、俺にも何がなんだか……」
「くっ……とにかく、そのモンスターは素手じゃ倒せない! 離れるんだ!」
勇者はモンスターへと駆け寄りながら、祐樹へと声をかける。
祐樹はハッと目を覚ますと、目の前のモンスターを見つめた。
「あ!? そ、そうだ。逃げなきゃ……! 逃げるぞねーちゃん!」
「え、あ!?」
祐樹は女性を抱きかかえると、一瞬にして村までUターンする。
そしてその間に、勇者がモンスターの下へと到着した。
「せああああああああああああああ!!」
勇者は剣を抜き、人狼型モンスターへと切りかかる。
モンスターはその剣を避けると、勇者へとその爪を立てた。
「ぐっ……!? まだまだぁ!!」
勇者はそれでも怯まず、モンスターへと立ち向かっていく。
祐樹はその間に一息つくと、女性へと声をかけた。
「えっと、ねーちゃん、もう大丈夫か?」
「あ、は、はい。ありがとうございます」
女性は少し震えながらも、どうにか祐樹の言葉に頷いてみせる。
祐樹はその様子を確認すると、再びモンスターに向き直った。
「あいつ……確か序盤中ボスのワーウルフじゃねえか!? なんだってこんな最初の村に……」
祐樹の頭の中にはゲーム自体はおろか、攻略本、説明書の一語一句全てが入っている。
モンスターの姿を見た祐樹は、一瞬にしてその正体、出現タイミング、弱点を思い出した。
「勇者!! そいつの弱点は首の裏だ!! あと、スピードがあるから気を付けろ!!」
「ぐっ! わかっ……た!」
勇者はワーウルフ相手に善戦するも、明らかに押されている。
それも当然。いくら勇者でも、序盤の中ごろに出てくるボスに一人で勝てるわけがない。
「あああああああ。どうしようどうしよう。どうすりゃいーんだ……」
祐樹は苦戦する勇者の姿を見て、頭を掻きむしって考える。
ただのモブである今の自分に出来ること、今の自分に……
「!? しまった!!」
『グアオオオオオオオオ!!』
「!?」
一瞬の隙を作ってしまった勇者に、ワーウルフの牙が襲い掛かる。
今度は鎧で守られていない頭を狙われ、もはやどうしようもない。
その瞬間―――気付けば祐樹は、走り出していた。
「勇者あああああああああああああああああああああああああ!! ああっ!?」
祐樹は一瞬にしてワーウルフとの距離を詰め、突然どアップになったワーウルフの顔に驚く。
しかしその瞬間、祐樹にはワーウルフの動きが、スローモーションに見えていた。
『な、なんだ……これ。助けて、いいのか?』
祐樹は目の前の現実が信じられず、思考が追い付かない。
そうしている間にもワーウルフの牙は、勇者の首へと近づき続けている。
「あ、えっと、ええと……」
慌ててコントローラを探す祐樹だったが、これはゲームではない。
反撃する方法は、たった一つしかなかった。
『な、殴って、いいのか? いいんだよ、な?』
突然のスローモーションの世界に戸惑い、何が何だかわからない。
だが一方で、変に頭がスッキリしている。
わけがわからないまま、とにかく祐樹は、叫んだ。
「あーもう!! 考えるのめんどくせえええええええええええええええ!!」
『ギャイン!?』
祐樹はワーウルフの顎めがけてアッパーカットを繰り出し、それが見事命中する。
ワーウルフはその衝撃を受けると、『ギャイイイイイイン!?』と喚きながら、空中へと吹き飛んだ。
「はあっはあっはあっはあっはあ……」
「え……?」
勇者は両手で剣を持ったまま、ポカンとして祐樹を見つめる。
祐樹はアッパーを繰り出した体勢のまま、息を切らせていた。
「や、やった……のか? ていうかあいつ、どっかに吹っ飛んだぞ?」
祐樹に殴られたワーウルフは哀れにも、空の彼方へと吹き飛び、もう二度とその姿を見ることはできないだろう。
しかしそれをやった当の本人は、頭に疑問符を浮かべ、ワーウルフの飛んでいった方角を見つめていた。
「…………」
勇者はポカンとしていた口を締め、やがて俯く。
金色の長い髪は顔を隠し、その表情を読み取ることはできない。
祐樹はそんな勇者の様子に気付くと、慌てて駆け寄った。
「ゆ、勇者! 大丈夫か!? 俺、間に合ってたよな!?」
祐樹は勇者の両肩に手を乗せ、慌てた様子で言葉を紡ぐ。
何が何だかわからないまま殴ってしまったので、攻撃が遅かったのではないかと心配したのだ。
「……し」
「し?」
勇者は俯いたまま、ただ一言、ぽつりと呟く。
祐樹はそんな勇者の様子に疑問符を浮かべ、首を傾げた。
「師匠と呼ばせて下さい!! 師匠!!」
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
勇者は顔を上げると、驚愕の一言をぶっ放す。
祐樹は驚きのあまり大口を開けて叫んだ。
「あの素早い身のこなし、そしてパワー! かなりの手練れと感じました! 是非弟子にして下さい!!」
勇者はその場に跪くと、土下座の体勢で声を荒げる。
祐樹は慌てて両手をぶんぶんと横に振ると、勇者へと言葉を返した。
「無理無理無理無理!! 弟子とか無理だって!! 大体俺から何教わるんだよ! 教えられるの攻略法くらいだぞ!?」
「コウリャクホウ……? それがあなたの流派なのですか?」
勇者は跪いたまま小首を傾げ、祐樹へと質問する。
祐樹は頭を掻きむしりながら、言葉を返した。
「流派っつーかまあ広い意味ではそうなんだけど、そうじゃないっつーか……とにかく、師匠なんて柄じゃないし、絶対お前の方が強いって! 何せ勇者様なんだから!」
「いえ! あなたの方が強いです! 先ほどの一撃、あなたがいなければやられていました!」
「いやだからそれは多分何かの間違いで、偶然の一発っつーか、俺にそんな腕力ある訳ないんだって!」
今までの人生、サンドバッグどころかコントローラより重い物なんて通学鞄くらいしか持ったことがないのに、腕力などあるわけがない。
祐樹は全身全霊を以って、勇者の弟子入りを拒否した。
「いいえ!! あなたこそ師と仰ぐべき方です!! 命の恩人でもあります!!」
「う……いやまあ、結果的にはそういう見方も出来るけどさ……ラッキーパンチって知ってる?」
「らっきぃ……? すみません師匠。わかりません」
「早速師匠って呼ぶのやめてくれる!? なんか背中がかゆくなる!」
今まで人から尊敬されることなど無かった祐樹にとって、師匠はあまりにも重い肩書である。
祐樹は背中に手を伸ばし、ボリボリと掻き毟った。
「背中が痒いのですか!? よかったら私がかきましょう!」
「結構だよ! 何が嬉しくて野郎に背中を掻いてもらわなきゃいけないんだよ!!」
祐樹は背中を掻きながら、勇者から一歩後ずさる。
勇者はそんな祐樹の様子に、シュン……と頭を垂れた。
「はぁ……私は、師匠のお役には立てないのですね」
「そんな顔しないでよもう!! いいよ!! 好きなだけ掻けばいいじゃない!!」
祐樹は落ち込んでしまった勇者を見ると、ヤケクソ気味に言葉を返す。
勇者はぱぁぁ……と笑顔になると、早速祐樹の背後に回った。
「師匠! ここですか!? ここが痒いんですか師匠!」
「そこだけど違うよ!? 今君痒みの原因を連呼してるからね!? それやめてくれるだけでいいから!!」
師匠呼びをやめてくれない限り、痒みは続くだろう。しかし勇者は、それを理解してくれそうもない。
そんな勇者に、さらに声を掛けようと口を開いた瞬間―――
「あのー……お取込み中すみませんですじゃ」
「はい?」
一人の老人が、二人へと声をかける。
祐樹は勇者に背中を掻いてもらっている状態で、返事を返した。
「あ、いえ、あなたではなく、勇者様に……」
「ア、ソッスヨネ、スンマセン」
老人の言葉にショックを受けた祐樹は、自らがモブであることを思い出し、片言で返事を返す。
勇者は老人の声に気付くと、祐樹の背中から老人の前へと移動した。
「あなたは確か、ここの長老殿ですね? どうかなさいましたか?」
勇者は身なりを整えると、長老の前に立ち、言葉を紡ぐ。
長老は少し緊張した様子で、言葉を続けた。
「あ、いや、暗くなってきましたので、今晩の宿に我が家を使われてはいかがかと思いましてな」
「!? それはありがたい!! 師匠もそれでよろしいですか!?」
勇者は嬉しそうな笑顔を見せると、祐樹へと向き直る。
祐樹は先ほどのショックから立ち直れないのか、片言のまま言葉を返した。
「アー、ハイ。イインジャナイッスカネ」
「???」
カタカタと話す祐樹を不思議に思い、首を傾げる勇者。
長老はさらに、言葉を続けた。
「実はもう、夕食の準備も出来ておりますですじゃ。ささ、お連れの方もどうぞ」
「ハーイ。アハハハハハ」
「???」
どこかおかしい祐樹の様子に、疑問符を浮かべる勇者。
祐樹は精神的ダメージを背負ったまま、長老の家へと招かれていった。