第三十五話:フラン登場
「さて、と。充分遊んだことだし、そろそろギルドの依頼でもやってみるか」
水着から普段着(戦闘服)に着替えた一行は今、シーサンセットのギルドの中に集まっている。
シーサンセットがリゾート地とはいえ、モンスターが周辺に生息していないわけではなく、当然ギルドも必要となる。
もっとも南国気分の抜けきっていないどこかゆんわりとした空気のこのギルドは、他の都市のギルドと雰囲気こそ違うのだが。
「そうですね、師匠! モンスター討伐して、修行&路銀稼ぎです!」
「その通りだアオイ! 成長したな!」
「えへへぇ……」
アオイは祐樹に褒められたのが嬉しいのか、頬を赤く染めて頭をポリポリとかく。
ニャッフルはそんな二人を見ると、はいっ! と元気良く手を上げた。
「モンスター討伐飽きたにゃ! もっと他の依頼を受けたいにゃ!」
「ばかん!」
「ふにゃふ!?」
手を上げて発言したニャッフルに対し、軽く頭にチョップを入れる祐樹。
ニャッフルは涙目で「なにするにゃ!」と噛み付くように声をぶつけた。
「他の任務なんて百年早いわ! まずはレベル上げ……もといモンスター討伐! それが終わればまた討伐だ!」
祐樹は腕を組むと、うんうんと頷きながら言葉を紡ぐ。
しかしレオナはそんな祐樹を無視して、ギルドに貼ってある張り紙を見つめた。
「あ、ニャッフル。これなんかいいんじゃない? “護衛任務”だって」
「スルー!? ちょっとレオナさん、話聞いてました!?」
自分の言葉を無視して討伐任務以外を探すレオナに対し、鋭いツッコミを入れる祐樹。
レオナは胸の下で腕を組み、言葉を返した。
「あたしも、ニャッフルと同意見だからよ。モンスター討伐ばっかりしてても仕方ないじゃない」
「さっすがれおにゃ! 話がわかるにゃ!」
「んだああ! 誰がれおにゃよ!」
引っ付いてきたニャッフルを、懸命に引き剥がそうとするレオナ。
それを見た祐樹は、さらに言葉を続けた。
「いやいや、討伐任務をなめるなよ君達。今の内にレベルを上げておかないと、後々ひどいことになるぞ」
「私も、師匠と同意見です。やはり、修行は大事かと……」
祐樹の言葉に同調し、おずおずと手を上げながら意見を述べるアオイ。
レオナはそんなアオイを見ると「まあ、確かにそうなんだけどね」と、ため息混じりに言葉を紡いだ。
レオナも本心では、修行の大切さはわかっている。しかし、せっかくリゾート地に来ているのだから、そこでしか受けられない依頼を受けてみたいという好奇心も同時にあった。
そんなレオナの本心を見透かしたように、祐樹は口を開いた。
「ま、安心しろよ。一通り修行が終われば、それ以外の依頼も受けるさ。それまでは我慢―――」
「みんにゃー! 護衛任務受けてきちゃったにゃー!」
祐樹の言葉を最後まで待たずに、ニャッフルは依頼書を片手に笑顔で駆け寄ってくる。
祐樹はそんなニャッフルに、渾身のチョップをお見舞いした。
「ばかぁん!」
「にゃふう!?」
祐樹のチョップを受けたニャッフルは、再び涙目で「なにするにゃ! ばかになっちゃうにゃ!」と文句を返した。
「もう充分馬鹿でしょうが! 何勝手に依頼受けてんの!?」
祐樹は奪い取るように、ニャッフルから依頼書を受け取る。
ニャッフルは頭に出来たこぶをアオイにさすってもらいながら、涙目でぶーぶー言い続けていた。
「えーと何々……げぇっ!! “令嬢護衛任務”……だと?」
祐樹は依頼書を読み上げると、プルプルと震える。
その震えに応じて、依頼書もプルプルと震えた。
「師匠。その任務はそんなに難しそうなものなのでしょうか?」
アオイは尋常ではない祐樹の様子を不思議に感じ、祐樹へと言葉を紡ぐ。
祐樹は依頼書を持った手をだらんと力無く下げると、言葉を返した。
「ああ、いや、この依頼が難しいって言うか。依頼者に問題が―――」
「おーっほっほっほっ! どうやら、このわたくしの依頼を受けた者が出たようですわね!」
「ああ、もう、来ちゃったよ……」
突然開かれる、ギルドの扉。
その扉の向こうでは、紫色のドレスに身を包み、茶色の縦ロールが印象的な少女が、高笑いと共に立っていた。
やがてその少女の前に赤いじゅうたんが敷かれ、その周りにバラの花が撒かれた。
「このわたくしに出会えた皆様に祝福を! あ、わたくしを見たこと自体が祝福ですわね! これは間違えましたわ!」
少女は高笑いをしながら、ゆっくりとギルドの奥、祐樹たちのいる場所へと近づいてくる。
レオナは引きつった笑顔を浮かべながら、祐樹へと声をかけた。
「ゆ、ユウキ。この依頼の依頼者ってまさか―――」
「察しがいいな、レオナ。そう、彼女だよ」
祐樹もまた、レオナと同じくらい引きつった笑顔を浮かべながら、レオナの質問に答える。
レオナは「そう……」と言葉を返し、がっくりと肩を落とした。
「あ、あの、お二人とも、どうされたのですか? あの方が何か?」
アオイは不思議そうに首を傾げ、二人の様子を見つめる。
祐樹はがっくりと肩を落としながら、顔だけアオイに向け、言葉を返した。
「いや、何かっていうか、明らかに面倒くさそうじゃん。まあ、すぐにわかるさ」
「???」
祐樹の言葉の意味がわからず、頭に疑問符を浮かべるアオイ。どうやらあまり、察しが良い方ではないようだ。
そうこうしているうちにドレスの少女は、勇者様ご一行の目の前に立っていた。