第三十四話:レオナのピンチ
「ちょっと! 何なのよあんた達! しつこいわよ!」
「へへ、いーじゃん別に。一緒に遊ぼうって」
一方レオナは、数人の男達に囲まれ、明らかにからまれていた。
いつのまにか腕を捕まれていたレオナは思い切り抵抗してみせるが、ヒーラーの腕力でどうにかなる相手ではない。
まるで腕を離そうとしない男に、レオナは苛立っていた。
「離せって、言ってんでしょ!?」
「ぐっ!?」
レオナはローキックを、腕を掴んでいた男へと浴びせる。
しかしその威力は頼りなく、男にダメージはないようだ。それどころか、逆上の機会を与えてしまった。
「いってえ……こいつ、調子乗んなよ!」
「!?」
男はレオナの腕から手を離すと、その手でレオナの顔を平手打ちしようとする。
それを悟ったレオナは避けようとするが、ギリギリで間に合わない。
そんな男の手がレオナの顔に触れようという刹那、その手を、二本の指が静止させた。
「ぜいっぜいっ……どうにか間に合った、か」
「ゆ、ユウキ!? あんた、いつのまに!?」
祐樹は人差し指と中指の二本で男の平手打ちを受け止め、息を切らせる。
さすがに砂場上のダッシュは、祐樹でもきつかったようだ。
レオナは突然現れた祐樹に驚き、目を丸くした。
「ま、俺のことなんてどうでもいいだろ。それよりどうするよ、この状況」
祐樹は指二本でビンタをはじき返すと、レオナへと言葉を返す。
レオナはこの状況でも飄々としている祐樹を、まるで呆けるように見つめていた。
「おーい、聞いてっか?」
祐樹はぼーっとしているレオナの前で、ぶんぶんと手を振ってみせる。
レオナは祐樹の手に気付くと、言葉を紡いだ。
「あっ!? え、えっと、来るのが遅いのよ! どうせならもっと早く来なさいよ、馬鹿!」
「しょうがねえだろ!? このイベントがあるの忘れてたんだよ!」
「い、いべんと!? 何よその言い訳! わけわかんない!」
二人はいつのまにやら、口論を始める。
完全に放置された男達は、苛立った様子で言葉を紡いだ。
「おいおい兄さん、あんたこの子の彼氏? だったら不釣合いだねえ。俺らに譲らね?」
ビンタを弾かれた男とは別のリーダー格の男が、祐樹たちへと言葉を紡ぐ。
レオナは反抗的な視線を男へと向け、祐樹はというと―――
『やばい。やばいやばいやばい。一般男子にでこピンなんてしたら、間違いなく死ぬぞ。あれより弱い攻撃なんか存在すんのか?』
テンパっていた。しかも思い切り。
一般男子への攻撃手段を、祐樹は持っていない。というより、攻撃即死を意味する。
普通とは逆の理由で、祐樹は男達に攻撃出来なかった。
「おい、聞いてんのかって! 答えねえなら、勝手に貰ってくぜ?」
「!? ちょっと、離しなさいよ!」
男はレオナの腕を掴み、ニヤニヤと下種な笑みを浮かべる。
それを見た祐樹は、咄嗟に、男の腕を指二本で挟み込んで、豆腐を掴むくらいの力加減で力を込めた。
「い、いで、いでででで!?」
「わりーけど……そいつ、俺たちの仲間なんだ。だから、勘弁してくれねーかな」
祐樹は真剣な表情で言葉を紡ぎ、レオナはそんな祐樹の表情を見ると、驚いたように両目を見開く。
男はバタバタと暴れると、祐樹の指から逃れた。
「いってえ……てめえ、喧嘩売ってんのか!?」
「あー、いやいや、そんな、滅相もない。戦う気なんかねーって」
祐樹はバタバタと両手を横に振り、情けない笑顔を見せる。
レオナはその隙に、男との距離を取った。
そして祐樹の頭は、高速回転を始める。
『どうする。いっそ土下座でもすっか? いや、そんなんじゃ収まらないだろこの場は。じゃあ力ずく……いや、まだくさい飯は食いたくねえし……ん?』
祐樹は視界の隅に、鉄で出来た容器に入ったジュースを見つける。
それは、レオナがみんなのために買ってきたジュースで、レオナの手に握られていた。
「……レオナ、ちょっとそのジュース貸してくんねーか」
「え? あ、うん……」
手を出した祐樹に、素直にジュースを渡すレオナ。
祐樹はそれを受け取ると、男達へと向き直った。
「兄さん達……俺、ちょっと腕力には自信があってさ、だからここは、穏便に済ませないか?」
祐樹はにっこりとした笑顔で、内心震えながらも、言葉を紡ぐ。
男達はそんな祐樹の言葉を受けると、一様に笑い始めた。
「はぁ!? 腕力ぅ!? お前、何人相手にすると思ってんだよ!」
「ぎゃはははは! こいつ馬鹿じゃね!?」
男達は異様とも思える祐樹の発言に、馬鹿にしたような言葉を浴びせる。
祐樹は一度ため息を落とすと、持っていたジュースの容器にほんの少しだけ力を込めた。
「はぁ……仕方ねえ。ジュース勿体ねえなあ、もう」
「???」
残念そうにため息を吐く祐樹に、頭に疑問符を浮かべるレオナ。
やがて祐樹の両手に握られていた容器はみるみるうちに圧縮されていった。
「ははは……はああ!?」
祐樹の両手に握られていた鋼鉄製の容器は、今やビーズ玉ほどの大きさまで圧縮されている。
それは、驚異的、いや異常とも言える腕力の賜物だった。
「まあ、こうなりたくなかったら、お兄さん達も身を引いちゃくれねえかなぁ?」
「ひっ……!?」
祐樹は精一杯の祐樹で、ギロリと男達を睨み付ける。
男達はその異常事態を本能で察知し、恐れた。
「わ、わかったよ! 行くぞ、お前ら!」
「あっ!? お、おい! ちょっと待てよ!」
「お、覚えてやがれ!」
男達は捨てゼリフを吐くと、その場を立ち去っていく。
やがその場には、レオナと祐樹だけが残された。
「ふぅっ……ま、なんとかなった、か?」
祐樹は塊になってしまった元容器をゴミ箱に捨てると、レオナへと向き直る。
ポカンとしているレオナへと、祐樹は言葉を紡いだ。
「で、大丈夫かよ? レオナ」
「へぁ!? う、うん……」
祐樹の言葉を受けたレオナは、驚きながら言葉を返す。
そして「あーもー、ジュースだってリゾート価格で安くねえのによぉ」と呟く祐樹を見ながら、先ほどの出来事を頭の中で反芻した。
『わりーけど……そいつ、俺たちの仲間なんだ。だから、勘弁してくれねーかな』
その時の、真剣な祐樹の顔。
それを思い出したレオナは、みるみるその顔を赤くしていった。
「レオナ? おい、どうかしたか?」
「っ!」
「いたひっ!?」
急に顔を覗き込んできた祐樹の尻に、思い切り蹴りを入れるレオナ。
そのまま顔を背けると、祐樹へと言葉を紡いだ。
「いっ、いいから、あんたはジュース買ってきてよ! 一つダメにしちゃったんだから!」
レオナは自分の顔が赤くなっていく理由がわからず、頭が混乱しながらも声を荒げる。
祐樹はその声を受けると「いちいち蹴んなよ、もう! 肉体言語フェチが!」と文句を垂れながら、ジュースを買いに走った。
残されたレオナは、バクバクと胸打つ心臓の鼓動に驚きながら、両頬に手を当てた。
「なんなのよ、もう……」
レオナはやがて、ぺたんと地面にお尻をつけて座り込む。
その後戻ってきた祐樹に「あれ。何してるん?」と聞かれ、再び祐樹の尻が蹴られることになるのは、もう少し先のお話。