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第二話:モブから始まる物語

「どこだこりゃあああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 崖から叫んだ青年の声が、山彦となって広い森林地帯に響き渡り、やがて奥の山へと反響する。

 その声が消えた頃、青年は膝から崩れ落ちた。


「い、一体、どうなってんだ? 俺、部屋にいたんだよな?」


 青年は辺りをきょろきょろと見回すが、うっそうとした森林地帯が広がっているだけで、特に何があるわけでもない。

 しいて言えば、数冊の漫画本が落ちている程度だ。


「まさか俺、画面の中に吸い込まれた? ってんなわけねーか!」


 あっはっはと笑いながら、ボリボリと頭を掻く青年。

 人間、現実にありえない状況になると、すぐには受け入れられないものだ。


「…………うん、ちょっとほっぺつねってみよ」


 青年はしばしの沈黙の後、自分のほっぺたを思い切りつねる。

 するとその瞬間、頬に激痛が走った。


「いっでえええええええ!? 夢じゃねえ! つうか変にいてえええええええ!!」


 青年は想像以上の激痛に身悶えし、ゴロゴロと地面を転がる。

 何はともあれ、目の前の風景と自らの置かれている状況は、どうやら現実のものであるらしい。


「待て、待て待て落ち着け。まさか、ゲームの中に入ったーとかいうあれか? 小説とかでよくあるアレか? いやしかし……」


 青年は腕を組んでうろうろしながら、考え込むようにうーうーと唸る。

 しかし次の瞬間、青年はある事実に気付いた。


「!? そうだ! そういやさっき、自分の力じゃないみてーに握力があったぞ! もしかしてあれ、俺の最強セーブをロードしたからじゃねえのか!?」


 青年は珍しく冴え渡った頭脳をフル回転させ、ぽんっと両手を合わせる。

 そうと分かれば、やることは一つである。


「よ、よ、よし。ならあの木を殴ってみよう。それで全てわかるはずだ」


 青年はすーはーと深呼吸を繰り返し、目の前に見える大木を見上げる。

 普段の青年が殴ったとすれば、当然拳が痛み、木は少しも揺れはしないだろう。特別鍛えてもいない虚弱なゲーマーの腕力など、たかがしれている。

 しかし……もしも。もしも青年のセーブデータ通りのステータスなら、大木くらい一撃で破壊できるはずだ。


「い、いくぞ。いく、ぞ~」


 青年はビクビクしながら、大木へとジリジリと近づいていく。

 やがて覚悟を決めると、拳をギュッと握り締め、ついでに両目も瞑ると、大木めがけて拳を突き出した。


「とう……りゃああああああ!」


 青年が拳を突き出した瞬間、大木の横に衝撃波が走り、大木の後ろにあった木々が全てなぎ倒されていく。

 それだけに留まらず、その木々の先にあった山は割れ、山の先にあった湖を半分に切り裂いて滝を生み出した。


「……って、思い切り外しちまったああああああ! 大木ビクともしてねーじゃん!」


 青年は目を開けると、目の前の大木を目にして頭を抱える。

 大木は悠然とその姿を残し、穏やかな風に吹かれていた。


「つうか、さっきの轟音なによ!? まさかモンスター!? やだこわい!」


 青年はビクビクしながら周囲を警戒し、辺りを見回す。

 しかし、幸いながらモンスターの気配はないようだ。


「はぁ~……とりあえず安全だけど、俺のステータスが上がってるなんて、やっぱそんな上手い話あるはずないわな」


 青年は大木の後ろには目を向けず、そのまま大木へと背を預けて座り込む。

 空を見上げると、眩いほどの青空と、謎の惑星。

 少なくとも地球ではないこのどこかは、地球のどこよりも穏やかな空気に満ちていた。


「しっかし、マジでどうなってんだ? 俺、これからどうなんだ?」


 青年は自らの手をじっと見つめ、ため息を一つ落とす。

 都会っ子が突然森の中に放り出されたら、出来ることは一つ。途方に暮れることだけである。


「まてよ? ゲームの世界に入ったんなら、俺、魔法とか使えるんじゃね?」


 青年はピンと閃くと、再び両手をぽんっと合わせる。

 ずっと憧れていた世界にようやく来られたのだ。魔法の一つも使ってみたい。青年は早速立ち上がると、右手を前に突き出した。


「よぉし。集中、集中……」


 青年は両目を瞑り、全神経を右手に集中させる。

 やがて眼を見開くと、大声で叫んだ。


「出でよ、炎!」


 青年の声が再び森に響き渡り、山彦となって返ってくる。

 青年の右手にはなんの変化もなく、煙一つ出ていなかった。

 恥ずかしさでみるみる赤くなる青年の顔は、まるで炎のようであったが、実際炎は出ておらず、青年が右手を突き出しただけだ。


「かぁぁぁぁ……やっぱそりゃそうだよなぁ。俺が魔法なんか使えるわけねーか」


 がっくりと肩を落とした青年は、再び大木へと背を預け、腰を落とす。

 見上げると、大木の葉の隙間から程よい日差しが青年を照らし、なんだか元気付けてくれているように思えた。


「……よぉし、落ち込んでても仕方ねえ。とにかく村を探すぞ、村を!」


 青年は立ち上がると、大木を後にして森の中を進み出す。

 しかしその足取りは、慎重そのものだった。


「森の中はエンカウント率(敵遭遇率)が高いのが相場だからな……落ち着いて、身を隠して行動するんだ」


 青年は用心深く森を進み、やがて一本の煙が上っているのを発見する。

 それを見た青年は歓喜に震え、走り出した。


「煙!? ってことは人がいんのか!? おおーい!」


 青年はテンションが上がり、ぶんぶんと手を振りながら煙の方角へと駆け寄っていく。

 すると本当に建物が見え、森の中のちょっとした集落のような村が見えてきた。


「いよっしゃああ!! 村発見!! おおーい!! 助けてくれえ!!」

「???」


 村へと駆け寄っていくと、農夫風の男が頭に疑問符を浮かべて青年を見返す。

 青年は慌てて駆け寄ると、早口で事情を説明した。


「お、おっちゃん! 助けてくれ! ゲームしてたらいきなり画面に吸い込まれて、ここどこだかわかんねーし、魔法は使えねえしステータスは低いし最悪なんだ!」

「はぁ? す、すていたす? 何言ってんだべおめえ」


 農夫は困惑した様子で、青年の声に答える。

 青年はそんな農夫の様子を見ると、ハッとして深呼吸を繰り返した。


「はっ、そ、そうか、こういう場合主人公の言っている事って伝わんねえよな。落ち着いて一つずつ話すんだ。すー……はー……」

「??? 何言ってんだかわかんねえけども、落ち着くなら早く落ち着け」

「無茶言うなよおっちゃん! こちとらカルチャーショックのバーゲンセールなんだ!」


 早く落ち着けという矛盾した言葉に対し、反論を返す青年。

 しかし、この問答に意味がないことを悟ると、深呼吸を繰り返してどうにか落ち着きを取り戻した。


「ふう……とりあえず、教えてくれ。ここは一体どこなんだ?」


 青年は真剣な表情で、農夫へと質問する。

 農夫は下ろしていた鍬を抱えると、汗を拭きながら返答した。


「はぁ? ここはザルニア村だべ。何言ってんだおめえ」

「へー……ザルニアね。ザルニアザルニア……はあああああああああああああああああああああああ!?」


 農夫の言葉に驚いた青年は、大きく口を開けて農夫へと声をぶつける。

 農夫はその大きな声に、思わず耳を塞いだ。


「うるせっ!? なんだべ一体!」

「ざざざざ、ザルニアって、あのザルニアか!? “グラディス”の主人公が最初に訪れる村じゃねーか!」


 青年は動揺した様子で、言葉を続ける。

 農夫は迷惑そうな顔になりながらも、その言葉に返事を返した。


「何言ってんだかさっぱりわかんねーが……とにかくここはザルニア村だ。間違いねえべ」

「ま、待て、待ってよおっちゃん。てことは……」


 主人公は農夫を手で制すると、片手で頭を抱えて考え込む。

 ザルニアは主人公が訪れる村。自分は最初にザルニアを見つけた。つまり……


「つまり、俺が主人公!! 俺が勇者ってことじゃねーか! いやったぜええええ!!」


 青年は歓喜のあまり飛び上がり、キラキラとした光を纏って天に向かってガッツポーズをする。

 しかし間髪容れずに、農夫は口を開いた。


「いや、お前が勇者様はねえべ」

「おぶふぉ!? なんでだよおっちゃん! 俺が勇者だって!」


 青年はまるでボディブロー食らったようによろめくと、農夫に対して必死に言葉を紡ぐ。

 農夫は呆れ顔でため息を吐くと、村の方角を指差した。


「勇者様ならほれ、さっきこの村にいらっしゃったべ」

「……は?」


 農夫の指差した方角を見ると、そこには信じられない光景が広がっていた。


『キャー! 勇者様ー!』

『勇者様ばんざーい!』

『ようこそ我が村へ!』


「いえいえ、どうぞおかまいなく」


 ロングの金髪に、全身に纏った銀の鎧が太陽の光を反射する。ガントレットとグリーブまで装備されたその装いは体の線を感じさせないが、身長が少し高いため、全体的には細身に感じる。

重厚さと軽やかさを併せ持ったその美しい装いと、それに見合った端正な顔立ちの青年が、村人達から手厚い歓迎を受けていた。

 金髪の青年は少し困ったようにしながら、村人一人一人に返事を返している。


「……アレ、ユウシャ?」

「だべ」


 青年は何故か片言になりながら、農夫へと質問する。

 農夫は青年の言葉に対し、満足した様子で深く頷いた。


「……ジャ、オレハ?」


 青年は震える指先で、自らを指差して質問する。

 農夫は青年の身なりを上から下まで見つめ、その顔をじっと見つめた。


「見たところ……“目付きの悪い学生”だべ」

「思いっきりモブじゃねえかああああああああああ!!ちくしょうめ!!」


 青年は膝を折り、ガックリとうな垂れる。

 そんな青年を不憫に思ったのか、農夫はこれまでにない優しい笑顔で、その肩をぽんと叩いた。


「大丈夫……おらの中では、おまえが勇者様だべ」

「嫌ぁ!! 農夫の優しさが痛い!!」


 青年はついに涙を流し、その場に突っ伏する。

 せっかく大好きなゲームの世界に入れたというのに、まさかのモブ役。

 青年は人生で一番じゃないかというくらい泣いた。


「ちっくしょおおおお!! 神様なんか大っ嫌いだ!!」

「まあまあ、落ち着くべ。おめえさんの仕事をしてくるといい」


 突っ伏する青年の肩をポン……と叩くと、農夫は相変わらずの穏やかな笑顔で言葉を紡ぐ。

 青年は顔を上げると、ぐしゃぐしゃの顔で農夫へと言葉を返した。


「お、俺の、仕事? 俺にも何か、役割があんのか!?」


 青年は一瞬にして笑顔になり、農夫の顔を見つめる。

 農夫は穏やかな笑顔のまま、言葉を続けた。


「ああ……勇者様に“ようこそ。ここはザルニアの村です”って言ってくるんだ」

「それ思い切りモブの台詞じゃねえかコラァ!! どちくしょうめ!!」


 一瞬の希望を粉砕された青年は、農夫へと言葉を返す。

 しかし農夫はいつのまにか青年の背中に手を当て、村の方角へと突き出した。


「ほれ、観念して言ってくるべ! “ようこそ。ここはザルニアの村です”だぞ!」

「お、押すなおっちゃん!! あぶねーって!! ちっくしょおおおお!!」


 農夫に押された青年は、半ば強制的に勇者の前へと飛び出す形となる。

 顔を上げた青年の視界には、勇者の姿が目に焼きついた。

 長い金髪に、青い瞳。まるで女性のような端正な顔立ちに、腰には豪華な剣。どこからどう見てもそれは勇者。森の探索で衣服がボロボロになり、元々目付きまで凶悪な自分とは正反対だった。


「ん? 君は?」


 勇者は突然目の前に飛び出してきた青年に驚き、少し目を見開く。

 青年はモジモジしながら、どうにか台詞を脳内で反芻した。


『ここはザルニアの村ですここはザルニアの村ですここはザルニアの村です……よし!』

「……よ、ようこそ。ここはザルニアの村でしゅ」

「えっ?」

「噛んだあああああああああああああ!! モブすらできねーのか俺はああああ!!」


 青年は再び膝を折り、がっくりと地面に突っ伏する。

 もう何が何だかわからなかった。


「ふふっ、いや、歓迎ありがとう。噛んだことなんて気にするな」


 勇者は膝を折り、しゃがみこむと、青年の肩をぽんと叩く。

 その笑顔は穏やかで、まるで聖母のようだった。


「ううっ……あんたいい人や。さすが勇者」


 青年は袖で涙を拭うと、その場から立ち上がる。

 勇者は少し困ったように笑いながら、言葉を続けた。


「ふむ……勇者というのはちょっと大げさなのだがな。私はただ、モンスター討伐の旅をしている旅人に過ぎないのだから」

「いや、そのビジュアルで旅人は無理があるだろ」


 思いっきり一般的な勇者像に当てはまるその姿に、ツッコミを入れる青年。

 勇者は一瞬ビクッとすると、恐る恐る青年に返答した。


「えっ!? き、君には私が、どう見えているんだ?」


 勇者は明らかに動揺しながら、青年へと質問する。

 青年は光を失った瞳で、言葉を返した。


「イヤー、ドッカラドーミテモ、ユウシャサマデスヨー。アハハハハ」

「そ、そうか! 私、勇者に見えるか!? 勇敢な男に見えるだろうか!?」


 勇者は瞳を輝かせ、青年へと質問を続ける。

 青年は逆に光を失った瞳のまま、言葉を続けた。


「モチロンッスヨー。アハハハハ」

「そ、そうか。そう見えるか。よかった……」

「???」


 安心したように胸に手を当て、ほっと肩を撫で下ろす勇者に、不思議そうに首を傾げる青年。

 しかし次の瞬間、青年の脳に電撃が走る。


『はっ!? そ、そうだ! ここで名乗っちまえば、少なくともモブから脱出できるんじゃねえのか!?』


 昨今のRPGでは村人一人一人に名前がついている場合が多いが、少なくとも現段階での青年の立場は、良くて“村人E”である。

 それなら“主人公”である勇者に名乗ってしまえば、少なくともモブではなくなるだろう。


「ゆ、勇者! 聞いてくれ!」

「ひゃい!?」


 青年はがっしりと勇者の肩を掴み、言葉を紡ぐ。

 突然肩を掴まれた勇者は咄嗟の事に反応できず、変な声を出した。


「あ、い、いや、なんだ?」


 勇者は態勢を立て直すと、こほんと咳払いをして、凛々しい表情で青年を見返す。

 青年はその端正な顔立ちに一瞬見惚れるが、やがてぶんぶんと顔を横に振ると、大声で叫んだ。


「俺の名前は、一越祐樹いちごえゆうきっていうんだ! 覚えてくれ!」

「あ、ああ。イチゴエユウキ……変わった名前だな」


 勇者は必死の形相になっている青年に不思議そうに首を傾げながらも、返事を返す。

 しかし勇者の言葉を受けた祐樹は、嬉しそうに飛び上がった。


「いよっしゃあああああ!! モブ脱出確定キター!!」

「???」


 嬉しそうな祐樹の様子を見て、頭の上に疑問符を浮かべる勇者。

 しかしその時、劈くような女性の悲鳴が村の奥から聞こえてきた。


「悲鳴!? まさか、モンスターか!?」


 勇者は腰の剣に手を当て、悲鳴のあった方角へと走っていく。

 その足は速く、とても鎧を着込んでいるとは思えなかった。


「あ、おい! ちょ、待てって!」


 祐樹は走り去ってしまった勇者を追いかけようと、両足に力を込め、ダッシュする。

 その刹那―――


「……へ?」

「……は?」


 祐樹はいつのまにか勇者を追い抜き、モンスターに襲われている女性の真横へと立っていた。

 驚いた勇者と祐樹は顔を見合わせ……やがて、同時に声を出す。


「「いつのまに!?」」


 ―――これは。まだ自らがチートであることに気付いていない青年と、謎の勇者が織りなす、新しい物語。

 一越祐樹の冒険は今まさに、始まったばかりである。


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[一言] ここの主人公の勘違い?無理ありすぎ。
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