第二十七話:流行り病の蔓延
海の玄関と言われていた港町、シーシャイン。
繁栄していた当時の姿はどこにもなく、街中では苦しそうに呻く人々と、絶望に顔を両手で覆った人々で溢れかえっている。
今この街は、ある流行り病に襲われ、街に暮らす人々のほとんどに感染していた。
そんな街の惨状は、地獄と称しても良いほどの凄惨さで、やっとのことで到着したアオイとニャッフルの心に、複雑な感情をもたらした。
助けてあげたいが、その力も知識も自分たちは持ち合わせていない。二人は複雑な表情で、苦しむ街の人々を見つめていた。
しかし、この非常事態に、一越祐樹は全く別の事を考えていた。
『やっべええええええええええ! 流行り病イベントってことは、あいつが仲間になっちゃうじゃん! 確か名前は―――』
「あんたたち、ここの人間じゃないわね。旅人?」
「oh……もう来ちゃったよこの子」
祐樹は背後から現れた少女の姿を見ると、頭を抱えて天を仰ぐ。
アオイとニャッフルは少女の声に反応し、後ろを振り返った。
「あ、はい。旅の途中でこの街に寄ったんです。私はアオイ、こちらが―――」
「ニャッフルにゃ! よろしくにゃ!」
アオイの紹介を待つことなく、自らの自己紹介をするニャッフル。
元気のよいその姿に、少女は無愛想な表情で言葉を返した。
「ん、よろしく。私はレオナよ」
レオナと名乗った少女は、褐色肌をした白髪のサイドテールで、赤い瞳と、控えめな胸が特徴的な女の子だった。耳が尖り、肌が褐色であるところを見ると、恐らくダークエルフなのだろう。
ホルターネックシャツにプリーツスカート、そして胸に付けられたロザリオと、何より背中に背負った長い杖は、彼女の職業が魔法使いかヒーラーであることを物語っていた。
祐樹はあからさまにレオナと目線を合わせないよう横を向きながら、言葉を紡ぐ。
「俺、祐樹! よろしく! じゃあ行こうか二人とも! 次の大陸にレッツゴーだ!」
祐樹はぐいぐいとアオイとニャッフルの背中を押し、港の方へと歩かせようとする。
しかしニャッフルは、噛みつくように言葉を返した。
「何を言うにゃユウキ! こんな苦しそうな人たち放っておけないにゃ!」
「大丈夫だよ死なないから! それより次の大陸行こう! なっ!?」
祐樹は必死になってニャッフルの両肩を掴み、力強い声で言葉を紡ぐ。
ニャッフルは「ふにゃっ!?」と驚き、両目を見開いた。
「ですが、師匠! 困っている人を放ってはおけません!」
「おだまりぃ! このイベント消化すると、とんでもないことが起きるんだよ!」
祐樹は反論するアオイに対し、何故かオネエ口調で反論する。
レオナはそんな三人の様子を見ていたが、やがて厳しい口調で言葉を紡いだ。
「ちょっとあんた! この街の人たちを放っておく気!?」
レオナは眉間に皺を寄せ、鋭い口調で祐樹へと言葉を紡ぐ。
そんなレオナの言葉を受けた祐樹は、頭をフル回転させて事態を回避する方法を模索していた。
『やばい。やばいやばいやばい。このままではレオナが仲間になってしまう。それは悪夢だ。ナイトメアだ。この街で仲間にするなら、魔法使いのムキムキなおっさん、“ガンツ”だ。これ一択だというのに』
港町シーシャインでは、二人のうちどちらか一人を仲間にするイベントが発生する。
一人は今話をしているレオナ。そしてもう一人は、ムッキムキでパッツンパッツンのローブを身に着けた、筋肉系魔法使いのおっさん、ガンツである。
そして、流行り病イベントが発生した場合、100%仲間になるのはレオナの方になってしまう。全プレイヤーはそれを恐れ、全力でこのイベントを回避しているのだが―――
『もうこうして発生しちまった。ってわけか。これはもう、詰んでるかもわからんね』
祐樹は光を失った瞳で、レオナを見つめる。
レオナは怪訝そうな頭に疑問符を浮かべ、「何よ、どうしたの?」と首を傾げていた。
「あ、ああ、いや、なんでもない。もう俺も諦めかけてるんだけどさ……ちょっと二人に質問する時間をくれないかな?」
「はぁ!? 一刻を争うこの時に何言ってんの!?」
「お願い! 一生のお願い! 後生だから!」
激しく罵倒してくるレオナに対し、すがりつくように言葉を紡ぐ祐樹。
その両目は必死さがにじみ出ており、強気だったレオナも少し覇気を削がれた。
「はぁ……もう、わかったわよ。でも、早くしてよね!」
レオナは頭を抱えながら、祐樹を睨み付けて言葉を紡ぐ。
祐樹は「ありがとう! ほんとありがとう!」と、涙ながらに感謝し、やがてアオイとニャッフルへと言葉を紡いだ。
「作戦ターイム! ちょっと二人とも集合!」
「えっ!? 突然どうしたんですか師匠!?」
「一体なんなのにゃ?」
祐樹に呼ばれた二人は、祐樹の周りへと集まる。
祐樹はレオナに聞こえないよう小さな声で、言葉を紡いだ。
「あのさ……ムッキムキでめちゃくちゃ強い魔法使いのおっさんと、ぜんっぜん。もう本当ぜんっぜん使えないヒーラーの女の子、どっちを仲間にしたい?」
祐樹は右手をメガホンの形にして、ひそひそと二人に相談する。
二人はそんな祐樹の言葉を受け、首を傾げた。
「??? ごめんなさい、師匠。ご質問の意図がわかりません」
「右に同じにゃ」
祐樹の意味不明な質問に対し、頭に疑問符を浮かべる二人。
それも当然だろう。祐樹の質問は、ストーリーを全て把握していなければ意味が分からない質問だ。
「いいから答えてくれ! ムッキムキのおっさんのがいいよな!? な!?」
祐樹は二人の肩をそれぞれがっしりと掴み、言葉を紡ぐ。
やがて二人は、質問の意図がわからないながらも、簡潔に答えを述べた。
「「ヒーラーの女の子がいいです(にゃ)」」
「ですよねー! やっぱおっさんは嫌ですよねー!」
祐樹は血の涙を流しながら、二人の答えを受け取る。
いずれにせよ道は一つしか残っていないのだが、祐樹の最後の抵抗も、無意味に終わったようだ。
「よぉし、俺も男だ! さあレオナさん! ご用件をどうぞ!」
祐樹はばっと右手をレオナの方へと突き出し、レオナの言葉を促す。
レオナは驚きながら、返事を返した。
「はぁ!? もう、なんなのよ……まあ、いいわ」
レオナは胸の下で腕を組むと、痛々しい姿になった港町を見渡す。
苦しそうに呻く人を見ると、眉間に皺を寄せ、奥歯を噛み締めた。
「見ての通り今この街では、流行り病が蔓延してるわ。あたしはその疫病を治療できる薬を調合するために、この街で調合作業をしてたんだけど……ちょっと問題があってね」
レオナはポリポリと頬を掻きながら、大きくため息を落とす。
どうやら、相当に深刻な問題のようだ。
「なるほど……調合が出来るのですね。立派な行動と思いますが、問題と言うのは?」
アオイは真剣にレオナの言葉に耳を傾け、続きを促す。
レオナはアオイの方へと向き直ると、言葉を続けた。
「薬の材料が足りないのよ。ここから南東に行った洞窟にある薬草があれば、この街の人たちを助けることができると思うんだけど、あたし一人じゃちょっと、取りに行けなくて」
レオナは真剣な表情で、しかし悔しそうに奥歯を噛み締めながら、言葉を紡ぐ。
それを聞いたアオイとニャッフルは、両手をぎゅっと握りしめ、祐樹へと言葉を発した。
「そんな薬草があるなんて……やりましょう、師匠! 困っている人は放っておけません!」
「にゃ! あのおねーさん甘い匂いがするから、ニャッフル好きだにゃ! だからたすけるにゃ!」
若干ニャッフルの理由が意味不明だが、ともかくアオイとニャッフルの二人は、レオナの手伝いをしたいと考えているようだ。
祐樹は瞳の光を失いながら、そんな二人に答えた。
「アハハハ……マ、イインジャナイッスカネ」
祐樹はカタカタと笑いながら、アオイとニャッフルの言葉を肯定する。
祐樹の心はもはや、壊れる寸前だった。
「じゃ、早速行きましょう。道案内はあたしがするわ」
「あはははは……もう、どうにでもなーれ」
「???」
レオナについていく、勇者様ご一行。その中で一人だけ、瞳に光が無い祐樹。
アオイはそんな祐樹を不思議に思い、頭に疑問符を浮かべつつ、レオナの後ろをついていった。