第二十六話:“海の玄関”シーシャインへ
「さて、ピッグベアだが……これ、誰が料理する? ニャッフルできるか?」
祐樹は2匹のピッグベアを目の前に、ニャッフルへと言葉を紡ぐ。
ニャッフルはドンと胸を張りながら、言葉を返した。
「まったくできないにゃ!」
「何故威張る……どうするよ、俺もできねえぞ」
家事の手伝いすらしたことのない祐樹に、料理などできるはずもない。
実は料理スキルステータスもマックスなので、包丁さえ握れば自然とできるのだが、祐樹自身それに気づいていない。
そんな祐樹の背後から、控えめな声が響いた。
「あのぅ……師匠。よろしければ、私が料理しましょうか?」
「おお!? 料理できんのかアオイ! あなたが神か!」
祐樹は救いの手が差し伸べられた亡者のように喜び、感動の涙を流す。
正直言って頭の中は結構テンパっていたのだ。祐樹の豆腐メンタルを舐めてはいけない。
「ふふっ、神は大げさですよ。幼いころから色々と叩き込まれてきましたので、多分大丈夫だと思います」
「!? ちょ、ちょっと待ったアオイ!」
「はい?」
さっそく料理にとりかかろうとするアオイに対し、言葉を紡ぐ祐樹。
ゲーム+料理で、祐樹の頭にはある料理が思いついていた。
「ま、マンガ肉……作れないかな? そのピッグベアの肉で」
「マンガニク? えっと、それはどういった料理なのでしょう」
キラキラとした瞳で言葉を紡ぐ祐樹に対し、頭に疑問符を浮かべて回答するアオイ。
祐樹はアオイの言葉を受けると、言葉を続けた。
「いや、そんな大層なもんじゃなくてさ。こう骨があって、肉がまるまるついてて、丸焼きになってるんだ」
祐樹は地面に絵を描き、なんとかアオイへとマンガ肉を伝える。
要するにマンガ等で良く見る骨付き丸焼き肉なのだが、アオイは祐樹の絵を見て、即座に理解した。
「あ、丸焼きのことなんですね。ポピュラーな料理ですし、簡単ですよ」
「うっひょーマジかよ! やったぜ!」
「わーい! ニャッフルもマンガニク? 大好きにゃ! なんかうまそうだにゃ!」
アオイの言葉を聞いた二人は嬉しそうに飛び上がり、言葉を紡ぐ。
アオイはクスッと笑い、言葉を続けた。
「では、調理に入りますね。少々お待ちください」
「「はーい♪」」
祐樹とニャッフルは声を合わせ、嬉しそうにアオイへと返事を返す。
アオイはそんな二人を笑顔で見つめると、鎧を脱いで袖をまくり、調理を始めた。
「にゃああああ! またニャッフルの負けにゃ! この“アッチムイテホイ”ってゲーム、難しいにゃ!」
「ぷっくくく。ニャッフルは俺の指追いかけちまうもんな。そりゃ勝てねえわ」
祐樹とニャッフルの二人はアオイの料理を待つ間、あっちむいてホイをしながら暇を潰す。
そんな二人を、細く綺麗な声が届いた。
「二人ともー! 出来ましたよー!」
アオイは出来上がった料理を前に、満足そうに頷き、右手をメガホンの代わりにして二人を呼ぶ。
祐樹はその声に反応し、アオイの方へと返事を返した。
「おう! おつかれ! 今いくぜ!」
「にゃ! ユウキ! ご飯食べたらまた勝負にゃ!」
立ち上がってアオイの元に向かう祐樹に、噛みつくように言葉を紡ぐニャッフル。
祐樹は「一生勝てねえと思うけどな」と言いながら、ニャッフルとの再戦を約束した。
「おおおお! こりゃうまそうだ! まさにマンガ肉!」
「にゃああああ! おいしそうにゃ!」
アオイの作った料理を見た二人は、感激して思わずガッツポーズを取る。
アオイはそんな二人を、微笑ましく見つめていた。
「さ、どうぞ、冷めないうちに」
「おう! じゃ、みんなで食べような!」
「にゃ! 食べまくるにゃ!」
アオイの言葉に反応し、返事を返す祐樹とニャッフル。
三人はそれぞれの席に座ると、それぞれマンガ肉を手に取った。
「「「いただきまーす!(にゃ)」」」
三人はその声を皮切りに、ただ無心で目の前の料理へとがっつく。
美味しそうに食べる祐樹とニャッフルを、アオイは密かに、微笑ましく見つめていた。
「にゃー……もうダメにゃ。何も入らないにゃ」
「おう……俺も限界だ」
ニャッフルと祐樹の目の前には、空になった皿が並び、二人は仰向けに寝転がって夜空を見上げる。
木々の間を通る風は心地よく、夜風が二人の体を冷たく撫でた。
「おそまつさまでした。お二人とも、美味しそうに食べてくれて嬉しかったです」
アオイはお腹をぱんぱんにした二人を見て、嬉しそうに言葉を紡ぐ。
祐樹はそんなアオイに、寝転がったまま言葉を返した。
「おっぷ……いや、ギリギリだぜ、もう何も食えねえや」
祐樹は二カッと笑いながら、アオイへと言葉を返す。
アオイはそんな祐樹の姿に目を細めて微笑み、嬉しそうに「そうですか」と返事を返した。
「にゃー……いい気持ちだにゃー……」
ニャッフルは気持ちよさそうに目を瞑り、祐樹と同じように仰向けで寝転がる。
このままでは寝てしまいそうな気配だ。
「ニャッフルちゃん。そのまま寝たら風邪をひきますよ。ほら、テントに入って」
「にゃー……わかったにゃ」
アオイはニャッフルの手を引いて立たせると、そのままテントの中へと連れ込んでいく。
祐樹は横になり、「ほんと、姉妹みたいだな」と独り言をこぼしながら、そんな二人を微笑ましく見つめた。
「ふぅ……師匠ももう、お休みになられますか?」
「おう。アオイももう寝とけ。食事の後片付けは明日手伝うからさ」
祐樹は自分の力で立ち上がると、ニャッフルとはまた別のテントへと入っていく。
テントは男女別になっており、祐樹のは少し小さめだ。
「はいっ。ありがとうございます。では、おやすみなさい」
祐樹は「おやすみぃー」と返事を返し、欠伸をしながらテントへと入っていく。
アオイはそんな祐樹を見送ると、一度だけ空に輝く星々を見つめ、ニッコリと微笑むと、自らもテントに入っていった。
「にゃー……ユウキぃ。まだ着かないのにゃー?」
ニャッフルはだるそうに平原を歩き、祐樹へと質問する。
ちなみにこの質問は、本日28回目である。
「もうちょっとだよ、もうちょっと」
「もうちょっとって、ユウキのもうちょっとは一体どんだけあるのにゃ」
ニャッフルはぶーぶー言いながら、両手をぶらぶらさせて歩く。
昨日のキャンプから一夜明け、再び出発した一行だったが、目的の港街“シーシャイン”は一向に見えてこない。
ニャッフルももう、我慢の限界だった。
「にゃー! もう! この大陸広すぎにゃ! テントくらいに圧縮するにゃ!」
「無茶言ってんじゃねえよ…………あ」
ニャッフルの無茶振りにツッコミを入れた祐樹は、何かを見つけ、声を漏らす。
その声に「どうしたにゃ?」と反応したニャッフルは、同じように祐樹の視線の先を見つめ、声を漏らした。
「にゃ」
ニャッフルは視線の先にあったものを見つめると、声を漏らしたまま固まる。
密かに疲れていたアオイは、ニャッフルの視線の先を追うと、同じように声を漏らした。
「あ」
アオイは視線の先にあるものを見つめ、声を漏らして同じように固まる。
そしてしばしの沈黙の後、祐樹がその沈黙を破った。
「あったぁー! 計算通り!」
祐樹は嬉しさのあまり声を上げ、人差し指を進行方向へと指し示す。
その指の先では、白い石作りの家が立ち並ぶ港街“シーシャイン”がその姿を見せていた。
「やったにゃ! ニャッフルが一番乗りにゃ!」
「あっこらニャッフル! 一人で先行するんじゃねえ! 追うぞ、アオイ!」
「あ、は、はい! 師匠!」
先行してしまったニャッフルを追い、駆け出す祐樹とアオイ。
しかしシーシャインへと到着した三人の目の前には、信じがたい光景が広がっていた。
「な、なんだ……こりゃ」
「ひどいにゃ……」
「…………」
三人の目の前には確かに、シーシャインと書かれた門と、その奥に白い建物を基調とした街並みが広がっている。
シーシャインは元々、活気ある街として有名である。
海の玄関とも呼ばれるそこは、当然人と物の出入りが激しく、当然物と人が多ければ、自然と活気が生まれる。
しかし、今その街の至る所では、人が倒れ、うめき声をあげて、苦しみの声を三人の耳に響かせていた。
「あの、どうしたんですか!? 一体何があったんです!?」
アオイは近くに倒れていた女性を抱きかかえると、懸命に声をかける。
女性は苦しそうな表情で、言葉を返した。
「に、逃げて……下さい。今この街では、流行り病が蔓延しているのです」
「は、流行り病……?」
アオイは困惑した様子で、女性の言葉を頭の中で反芻する。
一方祐樹は冷静な目で街の人々を見つめ、ひとりごちた。
「くっそ……間に合わなかったか」
「???」
祐樹の独り言を聞いたニャッフルは、頭に疑問符を浮かべ、不思議そうに首を傾げる。
祐樹はギリ……と奥歯を噛み締め、凄惨な街の惨状を、ただ静かに見つめていた。