第二十話:デートデートデート
王都セレスティアルの宿屋のベッドに座る一越祐樹は、真剣な表情で、対面のベッドに座るニャッフルへと質問する。
その表情は真剣そのものだった。
「ニャッフル……聞き間違いか? もう一度言ってほしいんだが」
祐樹は真剣な表情のまま、ニャッフルへと言葉を紡ぐ。
ニャッフルは頭に疑問符を浮かべ、首を傾げながら言葉を返した。
「??? だーかーら。ニャッフルとデートしてほしいのにゃ」
「あー、はいはい。デートね。デートデート……はぁああああああああああああああ!?」
ただのゲーマーだった俺が異世界では無敵だった件
「待て、落ち着け俺。惑わされるな。きっとこれは幻覚だ」
「幻覚じゃないにゃ! 失礼にゃ! ニャッフルはただ、デートしてほしいと言っているだけにゃ!」
「おだまりぃ! ただでさえ豆腐メンタルの俺に、女子がそんなこと言うんじゃねー! 心臓爆発すんだろが!」
「どんな奇病にゃ!? さっきから祐樹おかしいにゃ!」
ニャッフルはプリプリと怒りながら、祐樹へと言葉を紡ぐ。
祐樹は心を落ち着かせ、頭をフル回転させた。
『落ち着け。王都でのイベントの中には仲間とのデートイベントもあったはずだ。それは問題ない。ただ……相手が俺だってのが問題だ。確かあれ、勇者とニャッフルのイベントだろ』
祐樹は言葉を落ち着け、再びニャッフルへと向き直る。
そしてゆっくりとした口調で言葉を紡いだ。
「あー、ニャッフルさん? アオイと行ってくればいいんじゃないかな?」
「どういうことにゃ!? それじゃデートにならないにゃ!」
ニャッフルは祐樹の言葉を受けると、再びぷりぷりと怒って言葉を返す。
祐樹は「こんな時だけ正論吐くなよ……」と呟き、頭を抱えた。
「とにかく、おでかけするのにゃ! さ、エスコートするのにゃ!」
ニャッフルは座っていたベッドから降りると、すたすたと祐樹に近づき、右手を伸ばす。
祐樹はしぶしぶといった様子で、その手を取って立ち上がった。
「あー、もう、わかったよ。お出かけすればいいんだろ?」
「最初っからそう言えばいいのにゃ♪」
二人は連れ立って、宿屋から街へと繰り出す。
しかし二人がいた部屋のドアの裏では、アオイが固まった状態で、ポカンと口を開いていた。
「でーと。師匠とニャッフルちゃんが、でーと……」
アオイはポカンと口を開けたまま、“でーと”という単語を繰り返す。
不思議に思った宿屋の店主に話しかけられるのは、それから少し後の話だった。
「さー! デートするのにゃ! 気合入れていくにゃ!」
ニャッフルはおー! と右拳を天に突き上げ、まるで戦いにでも行くかのような気合の乗り方である。
祐樹はおずおずと片手を上げると、そんなニャッフルに声をかけた。
「あ、あの、さ、ニャッフル」
「にゃ? どうしたにゃ?」
ニャッフルは背後からの祐樹の言葉に気付くと、不思議そうな顔をしながら振り返る。
細く長いしっぽはらせん状に回り、ニャッフルの回転の軌道を追った。
「い、いやその、なんで俺をデートに誘ったのかなー……なんて……」
祐樹はなけなしの勇気を振り絞り、バクバクと激しく動悸する心臓を抱えながら、ニャッフルに対して質問する。
ニャッフルは満面の笑顔で、それに答えた。
「あー、ギルドのおじさんから、“依頼の中には恋人のフリをするのもあるからデートの練習しとけ”って言われたのにゃ。それでユウキがいたから声をかけたにゃ」
「あのクソ親父いいいいいいい!! 普段無口なくせに余計なこと言いやがって! つうか俺って実験台!?」
「そうにゃ」
「即答!?」
祐樹はガーンという効果音と共に、頭に石でも振ってきたような顔でニャッフルの言葉を受ける。
ニャッフルは不思議そうに首を傾げ、言葉を続けた。
「どうしたにゃユウキ。元気ないにゃ」
「は、ははは……わかってた。わかってたさ、俺に春なんざこねーってな」
「???」
血の涙を流してぼーっと立ち尽くす祐樹を、不思議そうに見つめるニャッフル。
やがて祐樹は落ち着きを取り戻すと、再び脳をフル回転させた。
「ええい、俺も男だ! デートスポット案内くらいしてやらあ!」
「ほんとかにゃ!? 助かるにゃ!」
祐樹の言葉に、しっぽをぶんぶんと振って喜びを表現するニャッフル。
祐樹はニャッフルの手を取ると、一歩を踏み出した。
「行くぞ、ニャッフル! 王都のデートスポット行脚だ!」
「了解にゃ!」
祐樹とニャッフルはいつのまにか手を繋いで、早足で王都の中を駆け抜けていく。
その様子はデートというよりペットの散歩のようだったと、通行人たちは後に語っていた。
「と、いうわけで王都のデートスポットその一。“女神の噴水”だ!」
「はにゃー。綺麗だにゃあ」
二人の眼前には、端正な顔立ちをした女神の銅像を中心に置いた噴水が鎮座している。
その広場では、恋人たちが互いに愛を語り合っているようだ。
「ふっ。ニャッフルよ。この噴水は綺麗なだけじゃねえ。デートにぴったりな伝説があるんだぜ」
「ええっ!? そうなのかにゃ!? 是非しりたいにゃ!」
祐樹の言葉に興奮したニャッフルは、顔を近付けて言葉を紡ぐ。
祐樹は急に近づいてきたニャッフルの顔に驚きながら、返事を返した。
「だああ! 近い近い! あの女神像に恋人二人がコインを投げて、当たれば二人は永遠に結ばれるって話だよ!」
祐樹は近づいてきたニャッフルを両手で押しのけ、言葉を続ける。
ニャッフルは祐樹の言葉を聞くと、キラキラと瞳を輝かせた。
「ほんとかにゃ!? よーし、さっそくいくにゃ!」
「あ、ちょ、おい!?」
ニャッフルはズボンのポケットからがま口を取り出すと、パチンという音と共にそれを開く。
その中からコインを一枚取り出すと、大きく振りかぶった。
「いや、二人で投げないと意味が―――」
「いっけええええええにゃ!!」
ニャッフルは祐樹の言葉を聞かず、思い切りコインを女神像に向かって投げる。
コインは見事女神像の顔面に命中し、その顔の一部をボロリと落とした。
「……うーん。女神も感動のあまり涙を零しているにゃ」
「衝撃のあまり破片を落としてんだよ! お前今殺す気で投げたろ!?」
妙に納得しているニャッフルに対し、ツッコミを入れる祐樹。
ニャッフルはそんな祐樹に構わず、さらに言葉を続けた。
「さ、ユウキ! そろそろ次に行くのにゃ!」
「あ、ちょ、おい!? だから引っ張るなっつーの!」
祐樹はニャッフルに手を引かれ、王都を突き進んでいく。
残された泉には、痛々しい姿の女神像と、ポカンとしたカップル達だけが残された。