第十八話:迷子の迷子の
「ふんふふーん♪ あ! あの鎧なんか良さそうだにゃアオイ! ……アオイ?」
ニャッフルは商店街を歩きながら、鎧専門店に飾られていた銀の鎧を見つけ、背後にいるはずのアオイへと声をかける。
しかしその声に返事はなく、また姿も見当たらなかった。
「ユウキ? アオイ?」
ニャッフルは不安に駆られ、二人の名前を呼びながらきょろきょろとしてみる。
しかしその視線に入ってくるのは、無機質な通行人たちだけだった。
「大変にゃ! 二人が迷子にゃあああああああああああ!」
ニャッフルは頭を抱え、王都の空へと声を響かせる。
しかしその声が祐樹たちに届くことは無く、ただ虚しく木霊していた。
「うーん、参ったにゃ。あの二人にも困ったもんだにゃ」
ニャッフルは腕を組むと、うんうんと頷いてひとりごちる。
やがてぱっと顔を上げると、そのまま商店街を歩き始めた。
「まっ、気にしても仕方ないにゃ! ニャッフルはニャッフルで買い物を楽しむにゃ! お金にゃいけど!」
ニャッフルはふんふんと鼻歌を歌いながら、呑気に商店街を歩く。
すると通りかかった商店のテントの屋根に、何か足のようなものが飛び出ている事に気付いた。
「にゃっ!? か、変わったデザインのお店にゃ。斬新だにゃ~……」
ニャッフルは興味をそそられたのか、恐る恐るその店へと近づく。
するとその店の店主らしき男が、すがりつくようにニャッフルへと近づいてきた。
「おお! 旅の方ですか!? どうか助けて下さい! 突然空から大男が降ってきて、うちの店の天井に突き刺さったんです!」
店主らしき男はニャッフルにすがりつくと、泣きながら助けを求める。
ニャッフルはポリポリと頬を掻くと、面倒臭そうに突き刺さった男の足を見つめた。
「にゃ~……でもにゃあ、ちょっと面倒くさいのにゃ」
「お願いします! あの男を引き抜いてくれたら、うちの商品全品半額にしますから!」
「困った人は放っておけないのがニャッフルにゃ! 任せておくにゃ!」
ニャッフルは店主の一言に態度を変え、自らの胸をどんと叩く。
やがて器用に屋根に上ると、突き刺さった男の足を掴んだ。
「んにゃ~……むぐぐぐぐ……」
「フレー! フレー! 旅の方!」
ニャッフルはほっぺたを思い切り膨らませ、男の足を懸命に引っ張る。
すると徐々に、男の体が見えてきた。
「むぐ……もう……ちょっと……!」
ニャッフルはさらに両手に力を込め、両目を瞑って最後の力を込める。
すると“すぽーん”という効果音と共に男が引き抜かれ、地面へと転がった。
「や、やったにゃ! 全品半額ゲットにゃ!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
ニャッフルは満面の笑顔でガッツポーズをし、店主はそんなニャッフルに、涙ながらにお礼の言葉を告げる。
しかし次の瞬間、倒れていた男が、ゆっくりと立ち上がった。
「いつつ……くっそあの野郎。絶対に許さねえ……」
「…………」
立ち上がった男の姿を見たニャッフルはその場に固まり、声すらも出せない。
やがて男は、自分を引き抜いた者のいる方向へと顔を向けた。
「おう。てめえが引き抜いたのか。ご苦労だった……な……」
ニャッフルの顔を見たその男は、ニャッフルの顔を見た瞬間、驚愕の表情で固まる。
しばしの沈黙の後、お互いは同時に、その沈黙を破った。
「ああああああああ!? てめえはあの時の猫野郎!」
「にゃああああああ!? ぐ、ぐぐぐ、グリードにゃああああああああああ!!」
王都に木霊する、二人の絶叫。
店の店主は不思議そうに、そんな二人を交互に見つめていた。
「うーん……いねえなぁ、ニャッフルの奴」
「そうですねぇ……」
一方ニャッフルとはぐれてしまった祐樹とアオイは、ニャッフルを探して王都の中を歩き回る。
その一方で祐樹の頭の中では、超高速で攻略本のページがめくられていた。
『落ち着け。この王都ではイベントが多い。その中でニャッフルが関連するイベントを考えれば、おのずと居場所がわかるはずだ』
祐樹は頭の中をフル回転させ、王都でのイベント一覧を思い出す。
どうでも良いイベントから重要なイベントまで、全て網羅している祐樹は、二つのイベントを思い出した。
『ま、まま、待てよ。まさかあのイベントを発生させたわけじゃねえだろな。いやいくらこの二人が不運でも、さすがにそれはないだろう』
祐樹は激ムズのイベントがこの王都に存在していた事を思い出し、その顔はみるみるうちに青ざめていく。
アオイはそんな祐樹を不思議に思い、声をかけた。
「師匠? どうかなさいましたか?」
「あ、ああいや、なんでもない。ちょっとした老婆心ってやつさ」
「???」
アオイはイマイチはっきりしない祐樹の返答に小首を傾げ、頭に疑問符を浮かべる。
祐樹はどうかあの声が聞こえませんようにと神に祈りながら、王都を歩き続けていた。
しかし、運命というやつは、いつだって非情なもので―――
『ああああああああ!? てめえはあの時の猫野郎!』
『にゃああああああ!? ぐ、ぐぐぐ、グリードにゃああああああああああ!!』
「…………ぴっ」
祐樹は耳に響いてきた絶望の声を聞き、思わず変な声を出す。
人間本当に驚いたときは、こんなものである。
「!? し、師匠! あの声、ニャッフルちゃんですよね!?」
「あ、ああー、うん。そうだね。でも、他人の空似じゃないかなぁ?」
「師匠!? いくらなんでも似すぎですよ!」
イベントをスルーしようとする祐樹に対し、ツッコミを入れるアオイ。
やがてアオイは、声のした方向へと走り出していた。
「とにかく、急ぎましょう! ニャッフルちゃんが心配です!」
「あ、ちょ、待てアオイ! ……ちくしょー!」
走り出したアオイの後ろを、泣きながら追いかけていく祐樹。
やがて叫び声のした場所にたどり着くまでに、そう時間はかからなかった。
「な、なんでお前がこんなとこにいるのにゃ!? アオイに吹っ飛ばされたはずにゃ!」
ニャッフルは引き抜かれたグリードに対し、びしっと指を差して言葉を紡ぐ。
グリードは首をグキグキと鳴らしながら、言葉を返した。
「お前こそなんでこんなとこにいやがる! ぐっ……いてえ!? まだいてえぞこの野郎!」
「にゃあああ!? ニャッフルはその件とは無関係なのにゃ!」
当然襲ってきたグリードに対し、その攻撃を回避するニャッフル。
しかしグリードは、やがて店の店主を人質にとった。
「へっ、正義の味方さんよぉ。こういうのはどーよ?」
「ぐっ……ひ、卑怯だにゃ!」
グリードは店の店主を片腕で持ち上げ、その首に大斧を突き当てる。
店主は恐怖のあまり声も出ないのか、カタカタと震えていた。
「へっ。大人しくしてろよ……おう、てめえら、そいつを捕まえろ!」
「へい、兄貴!」
「まってました!」
「にゃああああ!? お前ら、どっからわいて来たのにゃ!?」
ニャッフルはいつのまにかグリードの子分たちに周りを囲まれ、やがてロープでその自由を奪われる。
グリードは勝利を確信し、高笑いを始めた。
「わはははは! いくらすばしっこくても、縛られちゃどうしようもねえよなぁ!?」
「くっ……」
店主を片腕に持ち、笑うグリードを、睨み付けるニャッフル。
その両腕と両足はしっかりとロープで固定され、もはや逃げることもできないだろう。
そしてその瞬間―――ニャッフルの背後から、声が響いた。
「ニャッフルちゃん! 大丈夫ですか!?」
「ニャッフル! てめー勝手にイベント発生させんなよ!」
「アオイ!? 祐樹!?」
背後から聞こえてきた声に驚き、思わず振り返るニャッフル。
その視線の先では、息を切らせた二人が、ニャッフルを見つめていた。
「こいつは好都合だぜ! てめえらもほれ、これを見な!」
グリードは嬉しそうに二人を見つめると、右腕に抱えた店主を見せる。
すぐに剣に手をかけるアオイだったが、その手を祐樹が制した。
「やめとけ、アオイ。お前の裂衝斬じゃ店のおっちゃんまで怪我すっぞ」
「師匠!? ですが……!」
自分の動きを止めた祐樹に対し、顔を向けるアオイ。
しかし次の瞬間祐樹は、真剣な表情で言葉を紡いだ。
「いいから聞け。ていうか耳貸してくれ」
「えっ!? あ、は、はい……」
祐樹の“耳を貸せ”という言葉に反応し、祐樹の顔に耳を近付けるアオイ。
少し赤くなった耳を不思議に思いながらも、祐樹は言葉を続けた。
「いいか? 俺がグリードの攻撃を受け続けるから、隙を見てアオイはニャッフルを助けるんだ。いいな?」
「!? そんな、師匠! いくら師匠でも、無茶です!」
アオイは祐樹の言葉を受けると、当然大反対し、言葉を返す。
祐樹はため息を一つ落とすと、さらに言葉を続けた。
「いいから……アオイ。俺のヒットポイントの高さを信じろ」
「ひ、ひっとぽいんと……? えっと……」
祐樹の意味不明な言葉に反応できず、頭に疑問符を浮かべるアオイ。
祐樹はそんなアオイを見ると、あちゃーと天を仰いだ。
「いかん。悪い癖だ、忘れてくれ。とにかく……俺を信じてくれ、頼む。アオイ」
「ひゃ。は、はひ……」
祐樹はずいっと顔をアオイに近付けると、信じてくれと言葉を紡ぐ。
アオイはその距離の近さに真っ赤に顔を赤く染め、噛みながら言葉を返した。