第十五話:覚醒
『ど、どどどどどどういう状況だこれ!? あいつってマザースライムだよな!? 確かにこの森でもエンカウントすっけど、めっちゃ低い確率だぞ!? あいつらどんだけ運悪いんだよ!』
祐樹はあわあわとしながら、戦う二人をただ見守る。
しかし一度深呼吸して冷静になると、頭をフル回転させた。
『どうする? 参戦するか? いや、これは彼女たちにとっても良い経験だし、経験値的にはかなりうまい。しかも善戦してるし』
祐樹は曲げた人差し指を顎の下に当て、考える。
そして、一つの結論を出した。
『よし、決定! 見守って、ヤバそうなら行こう!』
祐樹は草陰から二人を見守ることを決定し、その戦いを見守る。
しかし祐樹がそうしている間に、スライムはいつのまにか、ノーマルサイズまで小さくなっていた。
恐らく、呪文発動と攻撃を、数十回以上繰り返した努力の結果だろう。
「!? このサイズなら、もういける! ニャッフルちゃん!」
「あいあいさーにゃ! どりゃあああああああ!!」
ニャッフルはスライムを蹴り上げ、空中へと吹き飛ばす。
アオイは剣を鞘から抜き、上段に構えると、そのままスライムに向かって跳躍した。
「せああああああああああああああああああああああ!!」
アオイの振り下された剣は、スライムの核を真っ二つに切り裂く。
スライムはそのまま爆発四散し、二人の勝利は確定した。
『!? よ、よし! やった! すげえぜ二人とも!』
祐樹は草陰でぐっと右手を握り締め、二人の勝利を密かに祝う。
やがて二人は、互いの背中に背中を預けて、座り込んだ。
「はあっはあっはあっ。やった、にゃ……」
「はあっはあっ……やりました、ね」
アオイとニャッフルは満面の笑顔で、お互いの勝利を喜ぶ。
そして祐樹は、草陰から姿を現した。
「おーい、二人ともー。いやあ見てたぜ! すげえ戦いだった! 俺感動しちまったよ!」
祐樹はうんうんと頷きながら、二人へと近づいていく。
二人は背を預けて座ったまま、動かない。
「あ、あれ? 二人とも聞いてる? ていうかもしかして……怒ってる?」
祐樹の言うとおり、二人が怒るのも、無理はない。
最大のピンチに、仲間の一人が草陰に隠れていたのだから。
「いやあの、あれは、違うんだよ。作戦を練ってたつーか、なんつーか、うう……」
祐樹はおどおどした口調で話しながら、二人へと近づいていく。
やがて二人の元に辿りつくと、二人が穏やかな寝息を立てていることに気が付いた。
「すう、すう……」
「にゃ……むにゃむにゃ」
「はああああああああああああ……なんだ、寝てるだけかよ……」
てっきり怒らせてしまったかと思っていた祐樹は、思いっきり安堵し、ガックリと肩を落とす。
しかし、次の瞬間、森の奥から蠢く巨大な物音を感じた。
バキバキと木々をなぎ倒しながら近づいてくるその物体は、まさに―――
「はい! マザースライム二体目入りましたー! どんだけ運悪いんだよお前ら!」
祐樹は目の前に現れた二体目のマザースライムを見ると、半分ヤケクソ気味に叫ぶ。
しかし二人は起きる様子もなく、そのまま寝息を立てていた。
そしてマザースライムは、そんな二人のいる方角から、二人を狙って近づいてくる。
『うーん、やべえ。どうしよう。こいつ確か物理無効属性持ってるんだよな。俺のパンチ効かないじゃん。あれ? これ詰んでね?』
マザースライムは警戒しているのか、ジリジリと二人に近づいてくる。
その瞬間祐樹の脳内は、再びフル回転を始めた。
『考えろ。考えろ考えろ考えろ。何かいい手があるはずだ。いっそのこと、逃げるか? いや、女子を抱えるってちょっと抵抗あるし、いやでもそんなこと言っている場合じゃねえし……』
祐樹が考えている間にも、マザースライムは徐々に近づいてくる。
『やばい。やばいやばいやばいやばいやばいやばい。どうする? 俺に魔法が使えりゃいいけど、最初試して駄目だったし、アオイみたいに使えれば―――ん?』
祐樹はある点に気が付き、はっと顔を上げる。
そして次の瞬間には、勝利を確信していた。
『そうか……そう、だよな。大事な事、俺、忘れてたんだ』
徐々に近づいてきたスライムは、巨大なげんこつを作りだし、二人に向かって振り下ろそうと、天に向かってそれを伸ばす
その瞬間祐樹は、巨大スライムを睨み付け、言葉を紡ぎ始めた。
「騒がしき者共よ、今こそ安息の地へ赴くがいい。永久の静寂を……」
ブツブツと言葉を紡ぐ祐樹。
やがてスライムのげんこつは、二人に向かって振り下ろされた。
「悪いな……こいつら今日、頑張ったんだ。だから寝かせてやってくんねーか」
祐樹はスライムを見上げ、言葉を紡ぐ。
しかしスライムに言葉が通じるわけもなく、げんこつは容赦なく、二人に向かって振り下ろされていた。
「……アブソリュート・ゼロ」
二人に残り数センチまで迫ったげんこつに向かって左手を突き出し、最後の呪文詠唱を終える祐樹。
その瞬間、げんこつはその場で制止し、げんこつの先から徐々に浸食するように、スライムの体全体が氷漬けにされていった。
「……じゃーな」
祐樹は右手を突き出すと、制止したげんこつに向かって、デコピンを放つ。
その瞬間マザースライムの体は、核ごと粉々に崩れ落ちた。
「呪文詠唱……忘れてたわ。そりゃ、魔法も使えねえわな」
祐樹は悪戯に笑いながら、眠っているアオイの横顔を見つめる。
そのままニャッフルへと視線を移し、二人を交互に見つめた。
「ほんと、良く頑張った。すげーよ、お前ら」
祐樹は二人の様子を見ると、嬉しそうに、悪戯な笑みを浮かべる。
そして次の瞬間、周囲の森の中から、無数のスライムの群れが出現した。
「……うーん。この二人は本当、前世で大罪でも犯したのかねえ」
祐樹はポリポリと頬を掻き、相変わらず穏やかに眠る二人を見つめる。
周囲のスライムたちは、じりじりと距離を詰めてきていた。
「さーて、こっからは、俺の出番だあああああああああああああああ!!」
数日後、王国周辺の森からスライムが激減したとの報告が、王様の耳へと届く。
喜ぶ国民たち。しかしその原因は、未だに誰も知らない―――