第十三話:乙女のピンチ
「はあっはあっ……にゃ、ニャッフル。お前はもう少し落ち着きを持ちなさい」
王都から飛び出した平原で、息を切らせた祐樹は、ニャッフルへと注意を促す。
ニャッフルはガーンという衝撃音と共に、祐樹へと言葉を返した。
「にゃっ!? ユウキまでおかーさんと同じ事言うにゃ!」
「お母さんにも言われてたんですね……あはは」
アオイは額に大粒の汗をかきながら、ニャッフルへと言葉を紡ぐ。
すると祐樹は、こほんと一つ咳払いをして、その場を締めた。
「まあ、とにかく森に向おう。そこなら思う存分、スライム退治ができるはずだ」
今祐樹たちの立っている街道は、人の行き来が多いこともあり、モンスターとの遭遇率は低い。
しかし森の中となると、一気に遭遇率が高まるのだ。
「わかったにゃ! じゃあニャッフルが先陣を―――」
「アオイ、先頭頼めるか? お前剣士だしな」
祐樹はニャッフルの言葉を完全スルーし、アオイへと言葉を紡ぐ。
アオイは嬉しそうに笑うと、剣を鞘から抜き、両手で剣を持って答えた。
「あ、はい! 師匠がそうおっしゃるなら、一生懸命やらせて頂きます!」
「ちょお!? ニャッフルの意見は完全無視かにゃ!?」
ニャッフルは再びガーンの効果音と共に、祐樹へと言葉を紡ぐ。
祐樹は穏やかな笑顔を浮かべると、ニャッフルの肩をぽん……と叩いた。
「ニャッフル……お前は最終兵器なんだ。だから、二番手で頼む」
「にゃっ!? さいしゅう、へいき……」
ニャッフルは祐樹を言葉を受けると、うっとりとした表情で、天を見上げる。
恐らく彼女の頭の中では、大活躍している自分の姿が鮮明に映し出されているのだろう。
「わかったにゃ! このニャッフルに任せるにゃ!」
「ん、任せた」
祐樹は『ちょろい』と内心思いながらも、微笑ましげな笑顔を浮かべ、再びニャッフルの肩を叩く。
ニャッフルは「やるぞー! にゃー!」とやる気満々、いや殺る気まんまんで、アオイの後ろについた。
「アオイ! 後ろは心配するにゃ! ニャッフルがついてるにゃ!」
「はい! 心強いです!」
アオイはぐっと剣を握りしめ、ニャッフルへと返事を返す。
こうして三人は、うっそうとしてモンスター蠢く森の中へと、入っていった。
入っていった、のだが。
祐樹は事態を飲みこめず、ただ茫然と、森の中でただ一人、ぽつんと立ち尽くす。
事態が起こったのは、森の中に入ってすぐの事だった。
「アオイ! スライムだ! まず攻撃を防御しろ!」
「はい! 師匠!」
祐樹は後方から、アオイへと指示を出す。
アオイはその声に答え、スライムから伸ばされたげんこつ形をした体の一部を、剣で受け止めた。
「そこでニャッフルがすかさず攻撃だ! スライムの核に狙いを定めて、距離を詰めて接近戦!」
「了解にゃ! はあああああああああああああああ!」
ニャッフルは一瞬にしてスライムとの距離を詰めると、その体の中心にある核のような物体に、正拳突きを叩き込む。
たまらずスライムは爆発四散し、アオイたちの勝利となった。
「!? や、やりました師匠! パーティの初勝利です!」
「おう! やったな!」
満面の笑顔で喜ぶアオイと、同じく笑顔で喜ぶ祐樹。
しかし、ニャッフルはというと……
「にゃっ!? ニャッフルの“ニャッフルセンサー”が働いたにゃ! あっちに敵がいるにゃ!」
「あっ!? ニャッフルちゃん! ちょっと待って下さい!」
突然駆け出したニャッフルを追いかけ、駆け出すアオイ。
そしてそのまま二人は、森の奥へと消えていった。
「いやーしかし、俺の作戦ズバリだったな。まず敵の攻撃をアオイが受けて、ニャッフルが反撃。完璧な連携プレイだったぜ」
祐樹は両目を瞑って先ほどの戦闘を思い出し、うんうんと頷く。
そして、両目を空けた時―――そこにはもう、誰もいなかった。
「……ん? アオイ? ニャッフル?」
祐樹の声に反応するものはなく、ただ不気味な鳥のような鳴き声だけが森の中に木霊する。
祐樹は大きく息を吸い込み、そして叫んだ。
「さっそくはぐれたあああああああああああああああああああああああああああ!!」
はぐれたー……と森の中に反響する、祐樹の声。
そして現在に至る。というわけだ。
「マジかよ……俺一人? ロンリー? ロンリーウルフなの?」
祐樹は意味不明な言葉を呟きながら、森の中を散策する。
しかしながら、一方その頃。
ニャッフルとアオイは、もっと大変な事になっていた。
「にゃ、にゃ……」
「ニャッフルちゃん! 勝手に先行しちゃダメです……よ……」
二人の眼前には、大きく聳え立つ、青色の塊。
それは先ほど倒したスライムとは比較にならないほどの大きさで、その中心には核のようなものが見える。
体長はゆうに6メートルは越え、近づいてしまったら、その全体像は見上げてもとらえきれないほどたった。
「…………」
「…………」
二人を包む、沈黙の空間。
そんな空間を破ったのは、完全に二人同時だった。
「ええええええええええええええええええええええええ!?」
「にゃああああああああああああああああああああああ!?」
森の中に木霊する、二人の乙女の叫び声。
その声は祐樹に届かず……ただ木霊だけが、空しく響いていた。