第百九話:一越祐樹は勇者ではない
「俺達の……勝ちだ。あいつはもう、俺達を倒せない」
「!? し、師匠。一体それはどういう―――」
アオイは祐樹の言葉の真意がわからず、質問をしようと口を開く。
しかしその言葉が紡がれるよりも先に、ルシファーが叫んだ。
『馬鹿な……そんな、そんなわけない。食らえ! ファイナル―――』
「りゅーしょーけん!」
『ぶはぁ!?』
ルシファーはいつのまにか飛び上がりながらアッパーをしてきていた祐樹の一撃を食らい、呪文詠唱をストップされる。
今度はニャッフルが驚き、声を荒げた。
「ゆ、ユウキ! 今の技は何にゃ!? 見たことも聞いた事もないにゃ!」
「ありゃ、知らねえか。世界的格闘ゲームなんだけどなぁ……ま、知らなくても当然だけど」
『がっふっあぐあああ!?』
祐樹はニャッフルと会話をしながら、空中でルシファーに連続コンボを決める。
ルシファーは口から血を吐き、やがて羽の折れた鳥のように、地面へと叩きつけられた。
『馬鹿、な。僕が負けるわけが無い。この、僕が……』
「そうだな。普通なら、まず勝てない。だから、俺がいるんだ」
『???』
ルシファーは祐樹の言葉の意味がわからず、二本の剣を杖の代わりにして、フラフラと立ち上がる。
やがて祐樹は、さらに言葉を続けた。
「普通なら、まず勝てねえよ、お前には。お前はきっとこれまで何千、何万というゲーマーの心を、へし折ってきたんだろうなぁ……」
祐樹はしみじみと天井を見上げ、言葉を紡ぐ。
ルシファーは祐樹の言葉の意味が全くわからず、イライラとしながら言葉を返した。
『わけのわからないことを……貴様一体、何が言いたいんだあああ!』
「!? 師匠、危ない!」
ルシファーはかろうじてその羽を羽ばたかせ、無防備な祐樹へと切りかかる。
しかし祐樹は再び「りゅーしょーけん!」と叫びながらアッパーカットを放ち、飛び込んできたルシファーを空中へ打ち上げた。
「つまり……お前はこれまで最強だったろう? だが、お前が倒してきた奴等の中にこの俺は、いなかったからなぁ!」
『!? ほざけ、ただの雑魚風情があああああああああああ!』
ルシファーは完全に血管が切れてしまったのか、怒りをあらわにして半狂乱で叫ぶ。
しかし祐樹は逆に落ち着いた様子で、アオイへと声をかけた。
「アオイ……わりーけど、俺をあいつのところまで剣で飛ばしてくれねーか。俺からの、最後の頼みだ」
「し、師匠……?」
アオイは穏やかな笑顔を携えて声をかけてきた祐樹に対し、ただならぬ何かを感じ、不安そうにその顔を見つめる。
祐樹はそんなアオイの不安を感じ取ると、その頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「だーいじょうぶ。全部、うまくいくから。だから……今は、俺を信じてくれ」
「師匠……」
アオイは真っ直ぐに見つめてきた祐樹の瞳を見て、嘘や偽りがそこにないことを悟る。
そして、剣を構えた。
「いいですか、師匠。いきますよ!」
「おおよ! 頼んだぜ、勇者様!」
アオイの「せああああ!」という声と共に、剣の上に乗っていた祐樹が、空中のルシファーの元まで到達する。
ルシファーはかろうじて動く頭を動かし、祐樹へと片腕を突き出した。
『ファイ、ナル、ジャッジメント……!』
「だーから無駄だっての。もうキャンセルしたよ」
『!?』
ルシファーは祐樹の言葉に驚愕し、その両目を見開く。
その様子を見て満足した祐樹はやがて、その両腕を左右に広げた。
「さて、と……これでお前との因縁も、これまでだ。対象のヒットポイントをゼロにする、究極魔法によってな」
「なっ!? 馬鹿な。僕はそんなもの、この世界に作っていない! 何を馬鹿な―――」
「馬鹿かどうか……食らってみりゃ、わかるさ」
祐樹はやがて広げていた両腕を中央にまとめ、その手のひらを両方、ルシファーへと向ける。
そしてそのまま、魔法を発動した。
「永久なる流れの中に生きる全ての者よ。今此処に、我は命ずる。永遠の終末。その終焉を。”エンド・オブ・エタニティ”」
『なっ、なんだ、この光は。あああああああああああああああああ!?』
祐樹が魔法を発動した瞬間、無数の光の槍がルシファーの体を磔にし、その体に無数の光の剣が突き刺さっていく。
その攻撃は、ルシファーのヒットポイントがゼロになるまで、終わる事は無かった。
『馬鹿な……そんな、そんな馬鹿なぁあああああああああああああ!』
ルシファーは全身から光を放ち、無数の槍や剣と共に、その場で掻き消える。
祐樹はため息を落とすと、ゆっくりと地面へと降り立ち、パーティメンバーの皆へと、振り返った。
「これで……ゲームクリア。俺の役目も終わりだ」
「師匠……?」
少し悲しそうに笑う祐樹の様子をおかしいと感じたアオイは、不安そうな表情で言葉を紡ぐ。
祐樹はにいっと笑うと、そんなアオイの頭を乱暴に撫でた。
「んな顔すんなって勇者様が! この世界を引っ張っていくのは、お前の役目なんだぜ?」
「ふふっ。師匠。ちょっと痛いです」
がしがしと頭を撫でられたアオイは、涙目になりながらも、笑って言葉を紡ぐ。
やがて祐樹はその手を放すと、穏やかに笑った。
「そうだ。それでいい。お前はいつも笑って、凛々しく、みんなを引っ張っていってくれよな」
「え……?」
意味深な祐樹の言葉に疑問符を浮かべ、首を傾げるアオイ。
しかしその瞬間、祐樹の背後に、白い渦のようなものが出現した。
「……どうやら、お迎えみてーだ。俺の役目は終わったんだから、当然だけど、な」
「!? し、師匠! 危ない!」
「「「ユウキ!?」」」
祐樹はゆっくりと渦の中に吸い込まれ、その体を空中に浮かせる。
とっさにアオイ達は祐樹の右腕を掴み、声を荒げた。
「師匠! 師匠も、私達の手を掴んでください! このままじゃ、このままじゃ吸い込まれてしまいます!」
「そうにゃ! 何やってるにゃユウキ!」
「早く、つか、んで……!」
「おいユウキ! 馬鹿なこと考えんな!」
アオイ、ニャッフル、レオナ、フレイの四人はそれぞれ、言葉を祐樹へとぶつける。
祐樹はそんなみんなに穏やかな笑顔を見せながら、言葉を返した。
「ありがとう……みんな。俺、マジで楽しかったよ。いままでも、これからも。いつまでも、いつも……俺は皆の事、尊敬してるから」
「師匠……! 手を、手を掴んで!」
アオイは大粒の涙を流しながら、祐樹の手を懸命に引っ張る。
他の三人も同様に涙を流しながら、祐樹の手を放すまいと、手に力を込め続けた。
「本当に……ありがとう。この世界のこと……頼んだぜ」
「!? 師匠!?」
祐樹は掴まれていないほうの手で人差し指と中指を立て、魔法発動の準備を始める。
その様子に気付いたレオナは、思わず叫んだ。
「!? だめええええええええええええ!」
「…………クリティカル・ジャンプ」
祐樹は一瞬その姿を消し、同時に掴んでいた腕の感触も失われる。
そして次の瞬間には、渦の奥部まで吸い込まれていた。
「師匠! ししょおおおおおおおおおおおおお!」
「アオイ! 危ないにゃ!」
「このままじゃ、私達まで……!」
「アオイ!」
祐樹の言葉の意味を飲み込んだメンバーは、追いかけようとするアオイを、懸命に止める。
アオイは大粒の涙を散らし……そして、叫んだ。
「ししょおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「…………」
アオイの言葉を受けた祐樹は、にっこりと笑って、渦の中へと飲み込まれていく。
そして渦は祐樹を飲み込むと、まるで満足したように、その姿を消す。
そうしてその部屋には……アオイとニャッフル達だけが、残された。




