第百六話:ルシファーの力
「師匠……どういうことですか!? ルシファーとは、一体!?」
アオイは現状についていけず、動揺した様子で祐樹へと質問する。
祐樹はルシファーから一瞬も視線を外すことなく、返事を返した。
「この世界の創造主にして、裏のボス……つまり、最後の敵だ」
「そんな!? 創造主って……神様ってことですか!?」
「ああ……そうだ。魔王を作り出したのも、結果的に魔物が活発化したのも、全部あいつが裏で糸を操っていたのさ」
アオイを含めたパーティメンバー全員が祐樹の言葉を聞き、息を飲む。
先ほどの攻撃から考えて、敵意があるのは間違いない。これから自分達は、ある意味“神”と言える存在と戦わなければならないのか。
緊張するなという方が、無理な注文である。
「だが……本来ならあんたは、クリア後の裏ダンジョン最下層にいるはずだ。そうだろ? ルシファー」
祐樹はルシファーを真っ直ぐに見据えながら、慎重に言葉を紡ぐ。
ルシファーは相変わらず貼り付けたような笑顔を浮かべながら、返事を返した。
「確かに……その通りだ。しかし勇者パーティの中に一人ゴミが混ざっているようだったのでね、ちょっと干渉させてもらったよ。そして今も、その“干渉”の真っ最中さ」
「つまり、俺を消す為に現れた……ってわけか。光栄だね、どうも」
祐樹は額に汗を流しながら、緊張した様子でルシファーと会話を続ける。
祐樹が緊張するのも、無理は無い。魔王など何百回と倒してきたが、このルシファーというボスだけは、一度も倒したことがないのだ。
この世界に突然送り込まれた時から薄々覚悟はしていたものの、いざ実物を前にすると、正直言って足が竦んだ。
「ちょっとあんた! さっきからひどいにゃ! ユウキはゴミなんかじゃないにゃ!」
「ニャッフル……」
プリプリしながら怒るニャッフルに対し、感激しながら振り返る祐樹。
ニャッフルはプリプリと怒りながら、さらに言葉を続けた。
「ゴミはいくらなんでも言いすぎにゃ! せめて“へっぽこ”くらいにしとくにゃ!」
「おいコラニャッフル。フォローになってねえよ」
しかし続けて発せられたニャッフルの言葉に、思わずツッコミを入れる祐樹。
ニャッフルは「んー、じゃあ“へたれ”でどうかにゃ?」と首を傾げて見せた。
「ああもう、ニャッフルは黙っててくれ。……それより、ルシファーさんよ、せっかくだから聞いておきたいんだが、なんで魔王なんか作ったんだ? この世界は戦争も差別もないし、平和にやってる。モンスターを活性化する意味なんて無いじゃねえか」
祐樹はポケットに両手を入れると、ルシファーに対して質問する。
ルシファーは貼り付けたような笑顔のまま、返事を返した。
「ああ、簡単だよ。この世界は平和すぎてちょっと暇だったものでね。魔王を作ることで争いを作らせてもらった。要するに、ただの“暇つぶし”さ」
ルシファーは一度小さく背中の羽を羽ばたかせると、相変わらずの笑顔のまま言葉を紡ぐ。
その信じがたい理由に、今度はアオイが反応した。
「暇つぶし……ですって? 一体それで、どれだけの人の命が……!」
アオイは剣を構え、ルシファーへ切りかかろうと一歩踏み出す。
ルシファーがそれに反応して動きをとろうとした瞬間、祐樹はアオイの前に割って入り、その動きを右手で制した。
「やめろ、アオイ。こいつに何を言っても、わかりゃしねえよ」
「師匠!? ですが……!」
アオイは悔しそうに、奥歯を噛み締める。
これまで信仰してきた神がこんな人物だったという事実と、あの戦場の凄惨な光景が、アオイの瞳にはこびりついているのだ。
「その“暇つぶし”とやらの代償。これからたっぷり払ってもらおうぜ。みんなで一緒に、な」
「師匠……! はい! わかりました!」
アオイは祐樹の言葉に納得し、笑顔で頷く。
その様子を見た祐樹は、安心したように小さくため息を落とした。
『代償を払わせる……? あっはっは! 愉快だね、君達は……しかし生憎僕も忙しくてね、そうそう構っていられないんだ』
「!? みんな、来るぞ! 注意しろ!」
祐樹はルシファーの雰囲気が変わったことを察知し、パーティメンバー全員に警鐘を鳴らす。
そんな祐樹の言葉を受け、それぞれが個別の反応を返した。
「わかりました、師匠! 皆さん、一箇所に固まって、陣形を組みましょう!」
「なんだかよくわかんないけど、わかったにゃ! とにかくあいつは敵ってことにゃね!?」
「今そこの話!? 最初に攻撃された時点でわかるでしょうが!」
「まあまあレオナ。とにかくやっこさん、余所見させてくれるほど甘い相手じゃなさそーだぜ」
普段おちゃらけているフレイさえも真剣な表情で槍を構え、歯を見せて笑いながらも、槍を持つ手にはいつも異常の力が入っている。
こうしてようやくパーティの全員が、臨戦態勢に入った。
『ふふっ。怖いなぁ。じゃあとりあえず、スピード勝負でもしてみようか、猫ちゃん』
「にゃっ!?」
突然視線が合ったニャッフルは驚き、耳をぴくんと立てる。
ルシファーはその隙を見逃さず、その翼を羽ばたかせて一瞬にしてニャッフルとの距離を詰めた。
「!? ニャッフル、来るぞ! 防御しろ!」
対応が遅れてしまったことに後悔しながらも、せめて声だけはニャッフルに届ける祐樹。
ニャッフルは祐樹の声にハッと意識を取り戻し、目前に迫っていたルシファーの攻撃を紙一重でかわした。
『ほう。今のを避けるのか……じゃあ、連続ではどうかな?』
「にゃああああああああああ!」
ルシファーはニャッフルに超接近戦を挑み、次々と拳を繰り出していく。
ニャッフルは咆哮を上げながら、紙一重でそれらの拳を全て回避した。
『なるほど……速いな。でも―――』
「にゃっ!? ……かふっ!」
ルシファーは突然戦闘スタイルを変え、超高速の蹴りをニャッフルの腹部に当てる。
ニャッフルは一瞬息が上がり、苦しそうに呻いた。
『でも後一歩、届かない。まあ、当然といえば当然だけどね』
ルシファーは『あはははっ』と楽しそうに笑うと、再び翼を羽ばたかせて元の位置に戻る。
祐樹はそんなルシファーを睨みつけながらも、ニャッフルへと駆け寄った。
「ヒール! 無事か!? ニャッフル!」
「だ、大丈夫にゃ。でもあいつ、めちゃくちゃ速いにゃ……」
「「「…………」」」
ヒールによって傷は回復したとはいえ、ニャッフルがスピードで敗れたということは、祐樹を除く全てのメンバーがスピードで負けたことになる。
そのショックは大きく、祐樹以外のパーティメンバー全員が言葉を失っていた。
『さて、では次は……パワー勝負かな? 竜族の娘、君に僕が止められるかい?』
「っ!?」
ルシファーはショックを受けているメンバーの様子などおかまいなしに、今度はフレイに向かって大きく翼を羽ばたかせて距離を詰め、その拳を突き出す。
フレイはかろうじて両手でその拳を受けると、どうにかその場に留まった。
『ほう……素晴らしいパワーだ。しかし―――』
「なっ!? ……くっ!」
ルシファーが地面に両足を着いて力を込めて拳を突き出すと、フレイの両手は後ろに弾かれ、そのまま数歩後ずさる。
それは、フレイがルシファーに力負けしたことを示していた。
『しかしこれもまた一歩、足りない。ふふっ、愉快だなぁ、君達は』
ルシファーは再び翼を羽ばたかせ、元いた場所へと転移する。
その様子を見たレオナは、怒りながら言葉をぶつけた。
「なんなのよ、あいつ!? さっきから遊んでるの!?」
「……ああ、悔しいが、その通りだ。あいつはさっきから戦闘を、楽しんでやがる」
祐樹は悔しそうに奥歯を噛み締め、レオナへと返事を返す。
やがてルシファーはぱち、ぱち、と拍手を送ると、続けて言葉を紡いだ。
「ではいよいよ、最後のお試しだ。勇者君と僕で、剣技勝負といこうか」
「っ!?」
ルシファーの声を聞いたアオイは、咄嗟に剣を構えて戦闘態勢を取る。
しかし次の瞬間、ルシファーは信じがたい行動に出た。
『全ての英知を切り裂くは、絶対の剣。創生せよ、絶縁の時を。”キャンセラー・ブレイド”』
「っ!?」
ルシファーの目の前にはキャンセラーブレイドが“二本”生成され、その姿を現す。
ルシファーは満足そうにその二本を手に取ると、軽く振り回して見せた。
「そんな……キャンセラーブレイドを二本同時に!? 一体どういうこと!?」
本来一つの魔法を使うたび、一回の呪文詠唱が必要となる。
しかしルシファーは、たった一回の詠唱で二本のキャンセラーブレイドを生み出した。これは明らかに異常だった。
「……多重詠唱だ」
「多重詠唱!? そんな、失われたはずの技術よ!?」
「それが出来るのが神様ってやつなのさ。だが―――」
『いくよ! 勇者君!』
ルシファーは祐樹の言葉を遮り、二本のキャンセラーブレイドでアオイへと切りかかる。
アオイは一振り目の攻撃は見切っているものの、二振り目の攻撃までは追えていない。
そのままでは大ダメージは必至だった。
「っ! それができるのは、お前だけだと思うなよ、ルシファー!」
『!?』
祐樹は咄嗟にキャンセラーブレイドを多重詠唱し、二本の剣でルシファーの攻撃を受け止める。
ルシファーそんな祐樹の姿に、両目を見開いて驚いた。
「し、師匠!? いつのまに!?」
アオイは剣を構えながら、いつのまにか目の前に移動していた祐樹に言葉をぶつける。
祐樹はルシファーの剣を弾くと、アオイ一人ではなく全員に対し、声を発した。
「いいか、確かに個々の力はあいつが上回ってる。でも俺達は、一人じゃねえ! それを忘れんな!」
祐樹は声を荒げ、パーティメンバーの士気を上げようとする。
その声を聞いた皆は、口々に返事を返した。
「は、はい! 師匠! 私、諦めません!」
「がってんにゃ! いつだってニャッフルたちは、そうして勝ってきたにゃ!」
「ニャッフルにしてはいいこと言うじゃない。でも、本当その通りね!」
「おおよ! やってやろうじゃねえか!」
「みんな……」
祐樹は力強いパーティメンバーからの声に感動し、思わず溢れそうになった涙を俯きながらかろうじて引っ込める。
次の瞬間、祐樹は俯いていた顔を上げ、全員へ指示を出した。
「いいか! 陣形はいつもの通りで良い! あいつの魔法攻撃は俺がなんとかするから、アオイとフレイは物理攻撃の防御に専念! ニャッフルとレオナでダメージを与え続けるんだ!」
「「「「了解!(にゃ)」」」」
祐樹の指示に頷き、戦闘態勢をとるパーティメンバー。
その瞳に絶望は無く、勇気だけがそこに宿っていた。




