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第百話:アオイの気持ち

「あの……師匠、どうかなさいましたか?」

「うおっ!? あ、ああ、アオイか。良かった……」

「???」


 動揺した様子の祐樹に、頭に疑問符を浮かべて首を傾げるアオイ。

 その頬は少しだけ赤く染まっており、どうやら酒も多少は入っているようだ。

 もっとも、フレイほど酔ってはいないようだが。


「ほら、広間ってちょっと蒸すだろ? だから、夜風に当たってたんだよ」

「なるほど、それは良いですね。私もご一緒してよろしいですか?」

「おう。来い来い。こっからは眺めもいーぞ」


 祐樹はようやくいつもの調子を取り戻したのか、流暢に言葉を紡ぐ。

 アオイはにっこりと笑いながら「では、お言葉に甘えて」と呟き、祐樹の隣に立った。


「ほら。こっからだと街が一望できるんだ。星も見えて、綺麗だぜ」


 祐樹は右手で街の方角を指し示し、アオイへと言葉を紡ぐ。

 アオイは示された方角に目線を移すと、キラキラとした目でその光景を見つめた。


「わぁ……本当、綺麗です。本当に……」

「アオイ? どうかしたか?」


 アオイは夜景を見つめて微笑みながらも、少しだけ俯く。

 祐樹は気分でも悪くなったのかと心配し、そんなアオイに声をかけた。


「あ、いえ。私たちがこの街を守ったんだなぁって、今更ながらに実感したというか……」

「ははっ。そっか。なんか、アオイらしいな」


 勇者らしいその台詞に満足し、うんうんと頷く祐樹。

 しかしアオイは両手で自分の持ってきたグラスを持ちながら、さらに言葉を続けた。


「ですが……今日の戦いが勝てたのは、師匠のおかげです。本当に、ありがとうございました」


 アオイはグラスを持ったまま、深々と頭を下げる。

 祐樹は多少予想していた展開だけに、ぽりぽりと頬を搔きながら、苦笑いを浮かべた。


「ははっ、ありがとな。でも、みんなが頑張ったから今日は勝てたんだ。だからこれはみんなの勝利、だろ?」

「師匠…………はいっ! そうですね! さすが師匠です!」


 アオイは尊敬の念を込めた瞳で、真っ直ぐに祐樹を見つめながら返事を返す。

 その真っ直ぐな青い瞳に吸い込まれそうになった祐樹は、咄嗟に目線を外し、言葉を続けた。


「あー……その……なんかこの街も、懐かしいよな。思えば旅立ってから、初めての大きな街だったっけ」

「あっ……そうですね。あれから本当に、色々な事がありました……」


 二人は夜景を見つめながら、ゆっくりとした空気の中、言葉を紡ぐ。

 祐樹はこの世界に飛ばされてきた時のことから、順に思い出を辿っていった。


「いきなり弟子にしてくれー! なんて言われてさ。あん時は本当に驚いたよ」


 祐樹は優しい視線で最初の村、ザルニアの方角を見つめながら、言葉を紡ぐ。

 アオイはそんな祐樹の横顔に一瞬見惚れながらも、あわてて目線を外し、言葉を返した。


「あっ、そ、そうでしたね。あの時は失礼しました」

「いやいや、感謝してるよ。あの時誘ってくれなきゃ、みんなとも出会えなかったからな」


 祐樹は夜景から視線を外し、アオイへと視線を移す。

 金色の髪は夜風に揺れ、広間から挿してくる明るい光がその髪を美しく照らす。

 祐樹は今一度優しく微笑むと、アオイの目を真っ直ぐに見つめながら、言葉を紡いだ。


「本当……ありがとな、アオイ。お前に会えて、本当に良かった」

「師匠……」


 アオイはこみ上げてくる感情を押し殺し、かろうじて言葉を紡ぐ。

 その後一度俯いて呼吸を整えると、今度はアオイの方から、言葉を送った。


「こちらこそ、です。師匠。師匠に出会ったおかげで私は、ここまでこられました。本当の本当に、ありがとうございます」


 アオイはこれ以上ないほど頭を下げ、祐樹へと感謝の言葉を紡ぐ。

 祐樹は困ったように眉を顰めながら、ぶんぶんと両手を振った。


「お、おいおい。勇者様がモブに、頭なんて下げるなよ。お前は勇者だ。紛れも無い、な」

「師匠……」


 再び頭を上げたアオイの視界に飛び込んできたのは、これまでのどの表情とも違う、祐樹の笑顔。

 その瞳の奥にはとてつもない尊敬と、そして感謝の念が込められていることを、アオイは感じ取っていた。

 そしてそれと同時に、アオイの心に、一抹の不安が過ぎる。


「師匠……何か、心配事はありませんか? なんだか最近、遠くを見るような表情が増えている気がします」

「ふぇ!? い、いや!? なんもねえよ!?」


 それは、嘘だった。

 祐樹自身、感じている。このままシナリオを進めてクリアしたら、自分はどうなるのか。いや、それ以前に―――果たして奴を、倒すことができるのか。

 本当は、怖くてたまらない。唯一自分が攻略できなかった敵がもうすぐ、自分の前に現れる。

 その事実が祐樹の心に、重くのしかかっていた。


「……そう、ですか。なんでもないなら、いいんです」

「…………」


 アオイはどこか寂しそうに視線を下に落としながら、言葉を紡ぐ。

 祐樹はどう答えるべきかわからず、ただ沈黙を守っていた。


「……では、師匠、私はそろそろ会場に戻りますね。王様との謁見もありますし」

「お、おう。また、後でな」


 アオイは踵を返し、広間へと歩みを進めるため、一歩を踏み出す。

 祐樹はそんなアオイの背中を見つめ、何かを言おうとするが……うまく、言葉にできない。

 しかし、そんな祐樹の思考が走った刹那、アオイは突然振り向き―――


「むぐっ!?」


 祐樹の唇に、自分の人差し指を当てた。

 アオイは穏やかに微笑みながら、ゆっくりと、言葉を紡ぐ。


「今はこれが……精一杯。ここから先は……師匠の心配を全部、私がやっつけちゃった時です」


 アオイは珍しく歯を見せて笑いながら、ぐっと両手を握りこんでみせる。

 祐樹はしばらく唖然としていたが、やがて微笑みながら、言葉を返した。


「……ありがとな。アオイ」


 アオイはそんな祐樹の言葉に瞳で答え、そのまま広間へと戻っていく。

 そんなアオイの後姿を見送った祐樹は再び背後に振り向き、飲み物を一口、口に含んだ。


『こっからが正念場……か。やってやろうじゃねえか。な、みんな』


 祐樹にもう、迷いも恐れもない。

 祐樹はただ真っ直ぐに、穏やかな光を与えてくれる夜景を見つめ。

 静かな決意を、胸の奥に宿していた。


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