第九十九話:フレイの気持ち
「おーいユウキぃ。てめえこんなとこにいたのかぁ? 探させやがってこのやろー」
フレイは若干酔っ払った様子で、再び祐樹の肩に腕を回す。
しかし祐樹はそんなフレイに反応を示さず、そのまま固まっていた。
「んん? ユウキ?」
「…………」
固まったままの祐樹を不思議に思ったフレイは、頭に疑問符を浮かべて酔った視線を送る。
しかし祐樹は固まったまま起動せず、やがてフレイはそんな祐樹の正面に立った。
「……ん~」
そのままゆっくりと、自分の唇と祐樹の唇を近づけるフレイ。
その瞬間祐樹の瞳に光が戻り、慌ててフレイの顔に手を被せた。
「うおおお!? な、なにやってんだフレイ!?」
「何って……気付け薬的な?」
「一生目覚めなくなるわ! ぼっちの豆腐メンタルなめんなコラァ!」
祐樹は真っ赤になった顔で、一瞬にしてフレイと距離を取る。
しかしフレイは相変わらず虚ろな目で、ふらふらと祐樹にもたれかかった。
「なーんだよつれねーなぁ。おめえ飲んでねぇのかぁ?」
「お前は飲みすぎだろ! どんだけ飲んだんだよ!」
再び肩に腕を回されて捕まってしまった祐樹は、フレイへと乱暴に言葉を返す。
フレイは祐樹の言葉を受けると、やがて上を見ながら指折り始めた。
「えーっと、何樽空けたっけな……いち、に……」
「いや、もういい。単位が樽の時点で頭痛がしてきた」
祐樹はフレイの言葉を遮り、片手で頭を支える。
しかし心のどこかでは、いつもと変わらないフレイの様子に、若干の安心感も覚えていた。
「しっかし、昼間の戦闘ではかっこつけてくれたなぁおい。正義のヒーローのつもりかぁ?」
「なっ……別に、そんなんじゃねーよ。倒したのはお前の実力だろ」
さらに顔を近づけて言葉を紡ぐフレイの唇に思わず視線がいってしまった祐樹は、明らかに目線を外しながら返事を返す。
フレイはそんな祐樹の様子を見逃さず、悪戯に笑って見せた。
「お? いっちょ前に意識してんのかよ。うりうり」
フレイは楽しそうに笑いながら、人差し指で祐樹のほっぺをぐりぐりとする。
祐樹はうざったそうにその手を払い除け、言葉を返した。
「や、やめろっての。ったく飲みすぎだろ……」
祐樹はため息を吐きながら、先ほどまでの出来事を反芻する。
ほっぺにキスとは、あまりに衝撃的すぎて未だに現実感がなかった。
「お、意識してんのは否定してねーな? なんだよ照れちまうなぁ」
「……っ!」
ケタケタと笑いながら頭をかくフレイの言葉に核心を突かれ、言葉を失う祐樹。
その様子に気付いたフレイは、先ほどまでとは別の意味で頬を赤く染めた。
「な、なんか、言えよ……」
「…………」
フレイは肩に腕を回したままそっぽを向き、どこか恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。
しかし祐樹から、その言葉への返事が返ってくることはなかった。
「…………ばーか」
フレイはいよいよ真っ赤になってしまった自分自身を自覚し、そっぽを向きながら声を漏らす。
祐樹は深呼吸を繰り返して平常心を取り戻すと、遠くに広がる街並みを見つめながら、言葉を紡いだ。
「昼間の活躍は……本当のことだろ。竜変化もせず、よく戦ったと思うぜ」
祐樹はからかわれたと感じているのか、どこかふて腐れながら、言葉を紡ぐ。
フレイは祐樹の言葉を受けると、星空を見上げながら、言葉を返した。
「竜変化……か。思えば竜族として売りに出されてたところを、お前に助けられたんだよな」
「!? お、おい、“お前”ってのは違うぞ。あれはアオイが……」
「バーカ。アタシを買うための金をお前が稼ぎ出した事も、オークションの期日を利用したことも全部、アオイから聞いてるよ。あの時は本当……ありがとな」
「っ!」
フレイは近距離で、にいっと歯を見せて笑ってみせる。
それはフレイという一人の女性の最も魅力的な表情のように思えて、祐樹は一瞬言葉を忘れ、それに見入った。
「お? また無言タイムか? さてはアタシに惚れたろ。そうだろ」
「…………」
祐樹はぷいっと顔を背け、そのまま無言の空間を作る。
すると今度はフレイが慌てた様子で、言葉を紡いだ。
「お、おい、ばか。な、なんか言えよ……」
フレイは組んでいた腕を放すと、わたわたと手を動かして言葉を紡ぐ。
祐樹は動揺したフレイの様子がおかしくて、つい吹き出した。
「ぷっ……フレイお前。意外と打たれ弱いよな」
「っ!?」
祐樹の言葉を受け、一気に紅潮するフレイの顔。
やがて祐樹を睨みつけると、そのままずんずんと近づいてきた。
「ちょ、フレイ? 怒るなって。悪かったよ」
本気の表情で近づいてくるフレイに対し、両手を盾のようにしながら言葉を紡ぐ祐樹。
そんな祐樹の様子に構わずフレイは近づき、やがてその頬にキスを落とした。
「へぁ!?」
突然の出来事にまたしても祐樹は対応できず、そのままの状態で固まる。
フレイはにいっと笑うと、祐樹の耳元に口を近づけ、小さな声で言葉を紡いだ。
「アタシを買った……ってのは、事実だからな。この先もできるかもしんねーぞ?」
「!!!?!!?!?!?!?」
祐樹はボンッと効果音のしそうな勢いで顔を紅潮させ、バッとフレイの方を向く。
フレイは歯を見せて笑いながら、酒を掲げて言葉を続けた。
「なーんて、な。おかえしだ。あっはっはっは!」
「ぐっ……くぅぅ……」
完全にからかわれたと感じた祐樹は、悔しそうに拳を握り締め、奥歯を噛み締める。
その後フレイが別のテラスで一人、真っ赤な顔を伏せていた事実は祐樹の知るところではない。
いずれにしてもこの短時間で、祐樹の精神的ヒットポイントは削りに削られていた。