第九話:ニャッフル登場
「ちょっとキミ! どういうことにゃ!? そのおねーさんはニャッフルが助ける予定だったにゃ!」
カウンターの上に立ったニャッフルは、びしっと祐樹を指差し、文句をつける。
祐樹はニャッフルの言葉を受けると、ゆっくりと視線を逸らした。
「えーっと……さ、さあ? その人、勝手に転んだんじゃないっすかね?」
「転んでカウンターに突き刺さるってどんだけ器用にゃ!? 無理があるにゃ!」
祐樹のカウンターも空しく、ニャッフルから間髪入れずにツッコミが入る。
まさしくおっしゃる通りである。
「あー……まあ……とにかく、悪党は滅びましたーってことで、いいんじゃないっすかね? じゃあ俺はこの辺で……」
そそくさとその場を立ち去ろうとする祐樹。
しかしそんな祐樹の肩を、ニャッフルの手がガッシリと掴んだ。
「待つにゃ青年。事情を説明するにゃ」
「嫌だぁ! 俺はただのモブなんで! モブなんですんません!」
祐樹はじたばたと暴れ、ニャッフルの手から逃れようとする。
しかしニャッフルは力強くその肩を掴み、言葉を続けた。
「“もぶ”って何にゃ!? 意味わかんないこと言うにゃ!」
ニャッフルはいつのまにか祐樹におんぶの形で乗っかり、にゃーにゃーと耳元で喚く。
祐樹は振り払おうと体を動かそうとするが、下手をすると怪我をさせてしまう可能性を考え、抵抗できない。
「本来ならあのウェイトレスさんをニャッフルが助けて、あの鎧の人に認められるところだったにゃ! どうしてくれるにゃ!?」
ニャッフルは己のプランが上手くいかなくなった事に納得できず、祐樹の背中に乗ったまま、にゃーにゃーと騒ぎ立てる。
祐樹は振り払う動作をしたまま、言葉を返した。
「知るかぁ! だってあいつ突き刺さっちゃったんだもん! しょうがないじゃん!
……ん?」
ニャッフルの発言に違和感を覚えた祐樹は、思わず抵抗するその動きを止める。
そして冷静な頭で考え、返事を返した。
「ちょっと待て。なんでアオイのことを知ってる?」
「にゃっ!? な、なんのことにゃ!? ニャッフルよくわからないにゃ!」
祐樹の冷静な態度から紡ぎだされた言葉に押され、ニャッフルは祐樹から視線を逸らす。
しかし、祐樹の追撃は緩まなかった。
「嘘つけえ! お前さては俺とアオイの会話盗み聞きしてたな!? それで何が正義の味方だ!」
祐樹はニャッフルを背負ったまま、背後のニャッフルへと声を荒げる。
ニャッフルは逆切れするように、言葉を返した。
「う、うるさいにゃ! ニャッフルは大物になるために里を出てきたんだにゃ! 王様と謁見するくらいだから、きっと凄い人にゃ! だから仲間になるにゃ!」
「ひでえ動機だなおい!? わかったお前バカだろ! バーカ!」
「にゃあああ!? ばかって言う方がばかにゃ!」
祐樹は離れようとしないニャッフルに対し、声を荒げる。
ニャッフルもそれに負けじと、言葉を返していた。
『ん? 待てよ。確かニャッフルが仲間になるのって、酒場で絡まれてるのを勇者が助けたから……じゃなかったか? ってことは……』
「またストーリーが狂ってるじゃねーか馬鹿野郎! どうしてくれんだ!」
「“ストーリーが狂う”って何にゃ!? 意味わかんないこと言うにゃ!」
ギャーギャーと喚く二人だったが、さすがに喉が渇いたのか、次第にその勢いを無くしていく。
やがてどちらともなく離れると、酒場の椅子にそれぞれ腰を下ろした。
「はあっはあっ……で、お前結局何がしたいんだ?」
祐樹は呼吸を整えながら、ニャッフルへと言葉を紡ぐ。
もう狂ってしまったシナリオは元に戻らない。ならばせめて、現状を把握すべきだろう。
「はあっはあっ……だ、だから言ってるにゃ。大物に、BIGになるって」
ニャッフルは祐樹と同じように呼吸を整えながら、言葉を紡ぐ。
しかしその意味不明な言動に、祐樹は即座にツッコミを入れた。
「BIGってなんじゃい! 不良少年かお前は! 具体的になんだよ!」
「BIGはBIGにゃ! 具体的には、えーっと…………大物にゃ!」
ニャッフルはぽんっと両手を合わせ、これだ! という表情で言葉を紡ぐ。
しかし、全く的を得ていない。
「いや何にも情報増えてねえよ!? お前さてはノープランだろ!」
祐樹はニャッフルとのやり取りで確信めいた何かを感じ、ズバリ言い当てる。
ニャッフルはさらに声を荒げ、言葉を返した。
「そんなことないにゃ! さっき思いついたにゃ! あの鎧の人についていこうって!」
「それを世間ではノープランって言うんじゃい! 完全に思いつきじゃねーか!」
ニャッフルのフリーダムすぎる理由に、ツッコミを入れる祐樹。
しかしニャッフルは何かを思いついたのか、突然静かになり、やがて言葉を返した。
「ていうか、あの人は結局何者にゃ? 王様に謁見するなんてよっぽどにゃ」
「あ? ああ……あいつはな、勇者なんだよ。あと女の子だぞ」
祐樹はニャッフルに合わせ、落ち着いた様子で言葉を紡ぐ。
そもそも仲間になるはずのキャラだ。正体を明かしても良いだろう。
「ゆうにゃっ!? ……噛んだにゃ。勇者にゃ!?」
「しっ! 声がでけえよ! 周りに聞こえるだろが!」
祐樹は咄嗟にニャッフルの口を右手で塞ぎ、その声を封じる。
なんだか最近はそんなことばかりしているような気がするが、気のせいだろうか。
「もご……ぷはっ! 口を塞ぐにゃ! とにかく、あのおねーさんに会わせるにゃ!」
ニャッフルはやー! と元気よく両手を天に突き上げ、祐樹へと言葉を紡ぐ。
祐樹は一瞬にして瞳の光を無くすと、シンプルに返事を返した。
「えー……嫌だ」
「即答!? さすがにショックにゃ!」
祐樹のまさかの回答に、少なからずショックを受け、ニャッフルはしっぽをピンっと立てた。
「だってさー、なんかもーグダグダだしさぁ。これ以上ストーリーが狂うと俺の頭が狂いそうなんだよなー」
祐樹はいつのまにか地面にしゃがみ込み、床に“の”の字を書きながら言葉を紡ぐ。
どうやらシナリオの修正疲れで、少しいじけてしまったようだ。
「だ、だーいじょうぶにゃ! ニャッフルを仲間にすれば、いいこと満載にゃ!」
「……例えば?」
必死に自己アピールするニャッフルに対し、光を失った目で見つめて返事を返す祐樹。
ニャッフルはしゅしゅしゅっとシャドーボクシングをし、さらに言葉を紡いだ。
「ニャッフルの格闘術は並みじゃないにゃ! 素早さも桁違いにゃ!」
「ああ、それは知ってるよ」
攻略本で見たから。とは言えないものの、思わず口をついて出てしまった祐樹の言葉。
その言葉に違和感を覚えたニャッフルは、不思議そうに首を傾げた。
「にゃ? なんで知ってるにゃ?」
「むぐっ!? い、いや、なんでもない」
祐樹は、慌てて自分で自分の口を塞ぐ。
ニャッフルは不思議そうに首を傾げるも、さらに言葉を続けた。
「あとは、うーん…………肉球、触ってもいいにゃ」
「MAJIDE!?」
祐樹は一瞬にして飛び上がり、一瞬にしてニャッフルへと近づく。
ニャッフルは驚いたように“にゃっ!?”と声を上げ、しっぽをピンっと突き立てた。
「ちょっとだけにゃよ? くすぐったいにゃから」
「お、おう」
祐樹は、実は密かに夢見ていた。攻略本のイラストにあるニャッフルの肉球に、触ってみたいと。
実家で飼っているトラ(猫)の肉球も、実家に帰る度に触っているくらいの肉球好きなのだ。
「ほわぁ……肉球やわらかいナリィ」
「にゃははっ。くすぐったいにゃ」
祐樹は幸せそうな笑顔で、ニャッフルの肉球を触る。
ニャッフルはくすぐったそうに笑いながらも、右手を差し出していた。
「んーしっかし、本当獣人族はネコみたいだよなぁ。猫耳とかしっぽとかあるし」
「にゃっ!? 失礼にゃ! あんな下等生物と一緒にするにゃ!」
ニャッフルはシャーッと威嚇し、祐樹へと反論する。
しかし祐樹は実家の猫を思い出しながら、ニャッフルの首の付け根をナデナデした。
「おふ……テクニシャンヌ……」
ニャッフルは気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らし、目を細める。
その姿はまさに、猫そのまんまだった。
「…………」
祐樹は無言のまま、そのあたりに落ちていた紙を拾い、くしゃくしゃに丸めて空中に投げる。
するとニャッフルは即座に反応し、にゃっにゃっと言いながらその紙玉をてしてしと叩き始めた。
「……やっぱ猫じゃん」
「はっ!? にゃ、ニャッフルの弱点を知っているとは、お前何者にゃ!?」
「いや、全国のネコ愛好家なら全員知ってると思うぞ」
ニャッフルからの言及に対し、冷静に言葉を返す祐樹。
その時、奥のカウンターから物音がした。
「痛ぅ……小僧、てめえ一体何しやがった」
カウンターに突き刺さっていたグリードは、いつのまにかカウンターから頭を抜き、片手で頭を押さえて立ち上がる。
その様子を見た祐樹は歓喜に震え、飛び上がった。
「!? い、生きてた! グリード無事だった! わーい! ばんざーい!」
「なんで喜んでるにゃ!? 大ピンチにゃ!」
祐樹の意味不明な歓喜に、ショックを受けるニャッフル。
グリードは大斧を拾うと、再び祐樹と相対した。
「小僧……何したか知らねえが、覚悟はできてんだろうなぁ?」
グリードはその丸太のように太い首をゴキゴキとならしながら、ゆっくりと祐樹へと近づいてくる。
その時祐樹の脳は、再びフル回転していた。
『どうする? 戦うか? いやねーよ。それはない。じゃあ逃げるか? うん、それしかないな』
「逃げるぞニャッフル! っていねえし!」
振り返ったその場所に、ニャッフルはいない。
ニャッフル本人はいつのまにかグリードのはるか後方、カウンターの上まで移動していた。
「行動が遅いにゃ青年! 逃げるなら急ぐにゃ! ニャッフルの素早さを舐めてもらっちゃ困るにゃ!」
「素早さってそういう使い方じゃねえから! てかなんで誇らしげ!? でもまあ、意見には賛成だ!」
ニャッフルの言葉に同意し、逃げ出そうと足に力を込める祐樹。
しかしその一歩を踏み出す瞬間、視界にまさかの姿が映った。
「し、師匠!? これは一体、どういうことですか!?」
「アオイ!? このタイミングで戻ってくるのかよ!?」




