第二章 A
第二章 Aパートです。
今回は咲夜雪子の妹である咲夜桜子の視点で物語は進行していきます。
――七月。夏は益々その盛りへと向かう。
昼間こそ灼熱のような陽光が降り注ぎ、コンクリートを熱し、陽炎を生む。
だけど早朝ではそれとはまた異なり、暑さも幾分かマシで微風も吹いて清々しい。
ハッ、ハッ、と呼吸を意識的に整える。
私はいつもの日課であるランニングをしていた。体を動かす事が好きで、試しに始めたら思いの外気持ちよくて、習慣になっていた。
携帯の音楽プレーヤーで好きな音楽をかけ、自分のペースで黙々とただ走る。
段々と気分が晴れて、自由になれるような気さえする。
そうしていつものコースを巡って、家に帰って来た。
無駄に大きい洋館。
咲夜雪子と咲夜桜子――お姉と私は数年前にここへ移り住んで来た。
最初は映画に出てくるような、欧州など外国にあるお城のような外見に少し興奮したけれど、私達が住むには広すぎて手入れも大変だ。
前の住人がどんな人だったかは知らないし、想像もできない。
ただ空家になっていたこの場所を本部が押さえ、支部にしたと聞いた。
そうして私達はこの地域の現象対策を一任されて、移住し今に至る。
「――桜子、お疲れさん。ほらよ」
一度屈伸して家に入ろうとした時、玄関に立っていた男からタオルが放られて来た。
「ありがと」
神山龍一。
それがこの男の名前。
お姉の助手兼、使用人として最近ここへ来た。
お姉から聞いた話では、うちを廃墟と勘違いして好奇心から浸入したらしい。
「それただの不法浸入じゃん。何で通報しなかったの?」
などと抗議したけれど、お姉は依頼人だと思ったようだ。
それから龍一は妖怪化狸による現象の被害を受け、お姉の懇願により解決の為の協力者となる。
その後色々あって大変だったけれど、現象は解決した。
まあ……私としては封印してないから解決とは言えないし、それが不満でもあるけれど。
「タオルありがと――それじゃ洗濯よろしく」
「おい、それくらい自分で洗濯機に入れろ――」
何か後ろでガミガミ言っているけれど、わざと聞いていないフリをしてさっさと浴室へ向かい、シャワーを浴びることにする。
運動着、下着を脱いで洗濯機へ入れ、そのままお風呂場へ。
本当はさっきみたいな事なんてする必要はなかった。
分かってる。
だけどイジワルしてあげた。だいたいあの男は優し過ぎる……いや、お人好しと言った方がいいかもしれない。
キュッ、と蛇口をひねり、温度を調整して頭からシャワーを浴びる。
運動後の火照った体をやや冷たいシャワーで流す。
汗も疲労も、そして心でさえも洗い流される気がした。
――
私は現象を憎む。だから現象を許さないし、それらはどんなものであろうと封印されなければいけないんだ。
改めてその誓いを何度も言い聞かせた。気持ちが揺るがないように、ブレないように。
超自然現象、通称「現象」は人々に災いをもたらす。
だから私達は絶対にそれを封じなければならない。
あんな悲劇を繰り返さないためにも。
幸か不幸か分からないけれど、私達にはそれを封じる力があった。
狗神憑き――お姉と私はそう呼ばれる呪われた家系に生まれた。
そして霊的な、超自然的な力を発現し身につけた。
この力のおかげで、私達は現象に対抗し封印することができる。
だけど、この力のおかげであの悲劇も――
私は自由になりたい。普通の人間になりたい。こんな力いらない。
「もうやめよ……馬鹿みたい」
そう呟いてはぐらかさないと、気持ちはどんどん負の世界へ落ちてしまう。
シャワーを一度止めて、頭と体を洗う事にする。
私は現象を憎む。
だからあの男の行動は理解できない。
ふと龍一の顔が脳裏に浮かぶ。
(あのお人好し、主婦男)
龍一は現象の一種であるあの女を、化狸を庇ったのだ。
後から化狸の事情をお姉から聞いたけれど、それが真実かどうかなんてわからないし、騙してる可能性だってある。信じられない。
その上彼はお姉の押しに負けて助手を引き受けた。
確かに助かるけど、だけど。
(あのお人好し、場面流され男)
今朝だって、いつもならまだここに来る時間じゃないのに、私が朝走ってると分かったらわざわざ早めに来て――
「もう……ばーか!!」
なんだかむしゃくしゃする。
小さく叫んで、最後にもう一度体を流して風呂場を出る。
――
「あっ」
「あんた――」
唖然、呆然。
「す、すまんっ!!」
「馬鹿! 変態!」
せっかく心を切り替えたのに。
「何でここにいるのよ!」
「洗濯機回そうと思ったんだよ!」
風呂場を出た瞬間、目の前にいたのは龍一。
信じられない……人がシャワー浴びてる時に浴室に来るなんて……!
「見ないで――さっさと出てって!」
「あ……すまん!!」
起動している洗濯機。
その規則的な音。
「あり得ない……ほんっとに、最悪!」
バタリ、とドアを閉め退室した龍一。
体を拭くことも忘れ呆然と立ち尽くす私。
怒りの叫びは洗濯機の音にかき回され、無残に消え去った。
――
「おはよ、お姉」
「桜子……おはよう」
長い、長いテーブルと、そこに並べられる幾つもの椅子。
髪を乾かし、制服に着替え、学校に行く支度を整えてから食堂へ入った。
既にお姉は席に着き朝食をとっている。
「今日は私が作ったの――どうかな? 作ったと言っても簡単なものだけど」
お姉の向かい側の席に置かれた朝食。
焼魚と卵焼きなど、和食中心のメニューが並べられていた。鼻腔をくすぐり食欲を刺激する匂いが漂っている。
「冷めない内に食べちゃってね」
「美味しそう。ありがとお姉――あ、そういえばあの男は?」
「そんな言葉使いはだめ。龍一さんでしょ?」
「ごめんなさい」
「龍一さんはお部屋のお掃除をしていらっしゃいます……どうかしたの?」
私の異変が悟られてしまったか――お姉が不安そうな面持ちで窺ってくる。
駄目だ、お姉を困らせちゃ。
「いや、何でもないの……頂きます」
「はい、召し上がれ」
これ以上異変を悟られぬように……私は機嫌が優れず不満が顔に出るのを何とか抑え、そうして何も言わずひたすら朝食を片付けていく。
「ご馳走様」
「はい、食器は私が片付けるから――行ってらっしゃい」
「うん、ありがと……行ってきます」
できるだけ早く朝食を片付けて、そうしてだだっ広いダイニングルームを出た。
歯を磨いてから家を出て、自転車に乗り学校へ向かう。
ここから隣町の高校までは結構時間がかかるけれど、四季折々で姿を変える景色を眺めながら自転車を漕ぐのが好きだった。だから私は電車を使わず自転車で登校している。
ペダルに足をかけ、今漕ぎ出そうとした時。
「桜子、弁当忘れてるぞ!」
後ろからあの男の声が。
振り返れば、玄関の前に立つ龍一。
「おい……いや、さっきは悪かった。すまん」
ため息が微かに漏れ出る。
あんたってホントに――だけど。
「あんたが作ったのなんかいらない」
「今日はお前の好物その二……を作った。だから本当に悪かったよ、許してくれ」
私の好きなものまで把握してるし。
食べたいよ。嬉しいけど……。
「今日は購買で買うからいい。じゃあね変態」
「お、おい! 待て――」
何だろう。
私って、本当に馬鹿みたい。
――
時間は流れる――気付けばもう午前中の授業は終わり、昼休みになった。
「――ねえ桜子、夏休みどっか行かない?」
「そうそう、海とか行こうよ桜子!」
昼休みはこうしていつも友人であるアミとリョウコと共に昼食を摂る。
夏休みが間近に迫った昨今、学校中がその話題で持ち切りとなり解放的になっていた。
そうして生徒達は浮かれ気分で……友人二人も同様だ。
「私はバイトがあるし、バイトない日だったら行きたいけど……」
「桜子はバイト熱心だね、少しくらいサボっちゃいなよ」
「そうだよ、仕事人間だからね桜子は」
「さすがにそれは駄目よ……まあ、私も息抜きしたいし考えとくね」
友人達には対策室の仕事はバイトという事にしてはぐらかしている。
だいたい言っても普通の人間ならまず信じられないし、個人的にはあまり口外していいものだとも思っていない。
「――そういえば桜子、今日は弁当じゃないね?」
一人物思いに耽っていると、リョウコは私が持つ調理パンの存在に気づく。
(はあ……また思い出しちゃったじゃない。リョウコったら)
彼女は何も悪くないけれど……。
「あ、今日はちょっと寝坊しちゃってさ」
精一杯の笑顔で、精一杯の誤魔化しをしてみせる。
「そうなんだー」
「桜子ってさ、ずっと購買だったけど……最近はお弁当作ってきてたよね? もしかして好きな人とかできた!?」
「えっ――何でそうなるのよ!? ないない!」
今度はアミが。
好きな人なんているわけないじゃん。
本当に女は恐ろしい……私も女だけど。
「だって、好きな人にお披露目する為に料理の練習でもしてるのかなーと思ってさ。弁当やけに豪華で気合い入ってたし」
「違うわよ……ただ単に私も料理しないとなーって」
精一杯の笑顔で、精一杯の誤魔化しを……。
またあの男を思い出しちゃったじゃない――もう最悪。
料理はできないわけじゃない。あいつが来る前はお姉と交代制でやっていたわけだし。
弁当はあいつが「育ち盛りなんだからちゃんとしたもの食わないと成長できないぞ?」とか気持ち悪い事言って一方的に寄越してきているだけ。
それに流される形の私……。
私も人の事言えないな。
場面流され女。
ある事ない事で姦しい二人を適当にやり過ごす。
購買のパン――私が好きなもののはずなのに、今日は何故か美味しいと感じられない。
――
「それでさ――知ってる? 桜子」
「――え? ごめんなさい、聞いてなかった」
「桜子何か今日変だよ? 大丈夫?」
「ごめん大丈夫……何の話?」
今日はもう気分が優れる気がしない。ボーッとしていて友人の話が耳に入って来なかった。
「ほら、最近噂になってるじゃん」
「噂……何の?」
「もう、桜子どんかんー」
噂……何だろう? 人の興味を引くようなスクープ話なんて聞いたことないし、私はそういう話に疎い。
「もう、知らないの――? 呪いのDVDの噂」
――
良くある話。
いわゆる心霊スポットと呼ばれる廃病院があった。
そこにとあるテレビ局のスタッフと芸能人が潜入したらしい。
カメラが回され、芸能人はわざとらしくあれこれ煽り立て恐怖を演出する。
一同は病院内をくまなく探索し、ある事ない事を騒ぎ立てる。
そうして順調に「おいしい」シーンの数々がカメラに納められた。
やがて一同は「一番危ない場所」と謳い文句をつけて、そこをクライマックスにする。
カメラには霊安室と決めつけられた部屋が映された。
ヤバい、ヤバい――わざとらしく喚く芸能人。
しかし一同が仕立て上げたはずのクライマックスは真実となってしまったのだ。
良くある話――その部屋で「本物」が映ってしまったのである。
――
「それで、それはお蔵入りになっちゃったらしいんだけど……その一部始終を収めた映像がどういうわけかDVDに焼かれて出回ったらしくて」
「らしいよー。それでDVDが自分のところに回ってきたら、それを絶対観なくちゃいけないんだって……じゃないと呪われるらしいよ。でも、ただ単に観ればいいわけじゃなくて――」
夏だというのに周囲の気温がサーッ、と下がった気がする。
悪寒じみた空気が背中をなぞる。
今度こそ聞き逃さないように耳を立てた。
だけど、まあ……季節柄よくある話って感じで、集中して聞く必要もなかったみたい。
「そうなんだ……まあ、夏だものね」
「あー、桜子……その顔信じてないね! ここからが重要なんだよ?」
まあ、重要なら一応聞いておこう、一応ね。
「DVDが回ってきたら必ず観なくちゃいけない――そしてDVDを観てると、その部屋のシーンが映るわけ。そしたら急にテレビの調子が悪くなるらしいの。いきなり電源が落ちちゃったりね」
「うん、それで?」
「それでテレビが再び点くと、そこにはどアップで血だらけ……軍隊の格好をした男の顔が……!」
「うん……怖いなー怖いなー」
「反応薄くない? まあいいわ……。そしたら幽霊が『お前が盗ったのか?』って言うんだって」
「盗る……そしたら?」
「そしたら絶対に、絶対に『あなたのことは忘れません。勿忘草はいずこへ』って言わなくちゃいけないんだってさ……。そうすれば見逃してもらえるらしいよ。そしたら後はそのDVDを違う人に渡さないとやっぱり呪われちゃうんだってー」
「その言葉、長すぎて忘れそう」
勿忘草だけに――ごめんなさい。
「まあ、よくある噂ね――さあ、授業始まるわよ?」
「あー、ひょっとすると桜子怖いんでしょ?」
「そんなわけないでしょ」
「この学校の生徒にも回って来たらしいよ……怖いよねー」
どこにでもある噂話。
くだらない話だけど、友人が面白そうに話してくれたおかげで少しは気分が良くなったかもしれない。
それからチャイムが鳴り、午後の授業が始まる。
噂話は余韻を生み、何故か私の頭から離れなかった……。
――
「よう、桜子――帰るのか?」
最悪だ。
今日に限って何でこんなに龍一の顔を見なければならないのだろう。
学校が終わり、私は下校した。
放課後に友人と少しの間まとまりもないくだらない話をして、別れて……こうして帰宅の途に就いていたのだけれど。
「その後ろの女、何?」
まだ彼と話すのは気まずい。
彼も私の裸を見ようとしてワザとああしたわけではないと思うけど……。
私も、彼がせっかく早く来て作ってくれた弁当を受け取らず突っぱねてしまった。
だから謝ろうと決心した――だけど。
原付に乗る龍一と……。
「あら、いつかのお嬢さん――ご機嫌よう、お久しぶりね」
「化狸、あなた何してるの……?」
「狸じゃないわ。ヒト科狸系女子よ」
「意味がわからない」
あの時封印できず、結果お姉も「人に危害を加えないなら」と見逃した化狸。
彼女が現代人の格好……しかも明らかに露出多めの服装で龍一が運転する原付の後方、その荷台に座っている。
龍一の腹部にしっかりと腕を回して、まるで抱きついているような形だ。
「私、ヤエって言うの。よろしくお願いね」
「あのね……龍一!」
「何だ!?」
「そういう原付って二人乗りは違反なんじゃないの――!? そして何で、この妖怪といるのよ」
「ヤエよ」
「――今すぐ消してあげるわ!」
「おいっ……止めろ桜子!」
――
龍一が止めなかったら、私はこの呪符で化狸を消していただろう。
「いやな、俺は駄目だって言ったんだけど……聞かなくて」
「あら龍一様照れなくてもいいのよ? デートしたかったんでしょ?」
「あんたたち……!」
「いや違うぞ桜子、本当だ――そう、夕飯の買い出しだ!」
どうやら夕飯の買い出しへ向かうところでこの女……ヤエに捕まったらしい。
「――それじゃ、気をつけて帰れよ!」
ああだこうだやり取りした後、龍一はそう言ってバイクのエンジンを何度かふかす。
いけない、今謝らないと――この好機を逃せば次はない。そう思う。
「龍一!」
「何だ!?」
エンジン音に負けないよう声を張り上げる――けれど。
「あ、あの……」
一言「ごめんなさい」と言えばいい。
そうすればこの気分も晴れるだろう。
だけど……その一言は何故かお腹の底で燻ったまま出てきてくれない。
「桜子……どうした?」
「あ、あのさ……!」
言い淀んで、沈黙が流れる。
バイクの低いエンジン音が虚しく響いていた……。
「桜子、本部から現象の連絡が入ったらしい。雪子が待ってるぞ」
言い淀む私を見かねて、龍一はそう言った。
「うん……分かった」
「それじゃーまたな」
遠くなる二人の背中。
「馬鹿みたい」
私の弱々しい呟きは、次第に遠くなるエンジン音と共に彼方へ消えていく――
――
「おかえりなさい桜子」
「お姉……ただいま」
学校で少しだけ気分を持ち直したのに、また最悪のどん底に落ちる。
もう隠し通せそうにもない。
「桜子……どうしたの? 具合が悪い?」
「ううん……ちょっとお腹が痛いだけ」
私は最低だ。
ごめんなさい。
「本当に……!? 大丈夫? 酷いようなら病院に――」
「いや……大丈夫! ちょっと痛いだけだから、多分もう治るよ」
「そう……。あの、本部から依頼が入ったの」
「私は大丈夫だよお姉、ごめんね――内容を聞かせて」
――
「それ、実は私も聞いたの。今日友達から……。学校に回って来てるらしいって言ってた」
お姉の仕事部屋で、私は本部から入った依頼内容を聞く。
「本当に……? それでは、その噂が本当なら早急に調査を始めないといけないわね」
お姉の顔が深刻なものへ変わる。
そう、お姉の口から告げられた、本部からの依頼――それは私が今日友人から聞いたあの噂話そのものと言える内容だった。
「通称、フォーゲット・ミー・ノット――つまり勿忘草に関する怪異。映像の中に閉じ込められた霊の残留思念が起こしている現象」
依頼の詳細を付け加えるお姉。
「何で勿忘草なんだろう?」
友人の噂話といい、勿忘草がどう関与しているのだろうか。
「どうやらその現象が『自分の勿忘草をどこにした、盗ったのか?』と見た者に聞くらしいの」
「それ、私も聞いた――あなたのことは忘れません、勿忘草はいずこへ」
答えれば見逃してくれるらしい救いの呪文を唱える。
「そう、その映像が密かに世間へ広まった結果……現象に遭遇した人の間で回避策が生まれ、成功したのがその言葉とのことだわ」
「それで、被害状況は……」
「数名、犠牲者が出ているらしいの」
そう言うと、お姉の顔は一層険しさを増す。
しんと静まり返る部屋……。
「その映像は人の手を伝い、渡って……各地で現象が発生しているみたい。渡った先、各地域の支部が対策、調査に当たっていたけれどそのDVDを見つけることは叶わなかった。そうして本部が『私達の方まで回って来ている』という噂を手に入れたみたいで、それを報告してくださったの」
「――という事は、私が聞いた噂が本当なら」
「桜子、調査を始めましょう……!」
(この学校の生徒にも回って来たらしいよー)
友人の言葉が蘇る。
あれが真実だったなら、一刻も早くDVDを見つけ出し私達が現象を封じ込めないと大変なことになる……。しかしどこに、誰が持っているかも分からない物をどうやって見つけ出せば。
――
「なるほど――呪いのビデオならぬ呪いのDVDか。やけに現代風になったな」
あれから夕食をおき、私達は龍一を交えて三人で案を出し合う。
しかし有効策が出せないまま、龍一の提案で一度休憩を挟むこととなった。
「龍一さん、すみません。もう終業の時間なのに……」
「いやいや、俺も助手だから二人をサポートしないとな」
いつもなら帰宅する時間だけど、龍一は何も言わず私達のために残ってくれている。
龍一が淹れた紅茶とコーヒーの匂いが部屋を巡って、そうすると張り詰めた空気も幾分か弛緩した。
「それにしても、今の中高生はビデオの存在を知っているのか? 今ビデオなんて売ってるとこ見ない気がするが」
「ビデオなら知ってるわよ普通に。馬鹿にしないで」
「そうか、それじゃ八センチCDは?」
「知ってるわよ、お姉が持ってるから。まあ、周りには知らない人結構いるけど」
「え……マジで?」
「――はい、私が中古のものを複数購入していたので」
本題の現象から話題は大きく逸れる。
「そうなのか……。そういえば、雪子はどんな曲を聞くんだ?」
「外国や日本のロック系が好きです。あとはいわゆるエモーショナルと言われているものだとか……。でも広く浅く割と色々なものを聞きますよ?」
「スゲー意外だな、俺もそこら辺が好きだな」
「本当ですか? 好きなグループとかあります!?」
あのね――犠牲者まで出ているらしいのに。
確かに息抜きは必要だけれど。
二人は音楽談義に花を咲かせている。
お姉も龍一もどこか天然というか……自分のペースがあるようだ。
お姉はお姉で凄い嬉しそうだし、龍一も真剣な顔で熱く語っている。
はあ……私もそのジャンル好きなんだけどな。
――
閑話休題。
「何かで聞いた事があるな……『私を忘れないで』、『真実の愛』、『友情』などがこの花の花言葉らしい。何でも何かの伝説から生まれたとかそうでないとか……」
「騎士が恋人のため川岸へこの花を摘みに行ったところ誤って転落し、それで流される間際――」
「――私を忘れないで。そのようなことを言って騎士が恋人へ勿忘草を投げ渡した事が花言葉になったという伝説があるみたいね」
「そうだな、確かそんな話だった気がする」
休憩の際に私はスマートフォンからネットに繋いで、何気なく勿忘草について調べていた。
私のスマートフォンを二人は覗き込み、それぞれ何か呟く。
「とにかく学校の生徒、そいつらの友人などに手当たり次第聞くしかないな。俺と雪子が学校へ行くわけにはいかないから、俺たちは俺たちで学校以外、周辺に聞き込みしてみる」
「そうね、明日から早速聞き回ってみるわ」
「それと休んだ奴がいないかも気にかけておいた方がいいな。もしそれを生徒が持ってて被害にあったら、そいつが持ってるってことだからな。そしたら学校に行くどころの話じゃない」
「そうですね……桜子、大変だけどお願いします」
そうだ、今回は私が中心になって動かないと。
二人に迷惑かけてるし――私がなんとかしないと!
「勿忘草の花言葉が何らかに関係しているかもしれないけど、まずはDVDを見つけることが先ね――とりあえず明日から学校で動いてみるわ」
そうして話は一旦落ち着いて、今日のところは解散となる。
「あなたのことは忘れません、勿忘草はいずこへ――」
もう一度その言葉を何気なく呟いてみる。
やがて私は言葉の余韻とともに眠りへ落ちていった。