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プラナリア

作者: 鳴波

少年の両親は研究員だった。その事を少年が知ったのはごく最近のこと。両親はその事を、自分の子供にさえ内緒にしていた。だから詳しいことは、よく分からない。



国は貧しかった。民家は粗末でみすぼらしく、周囲には荒野が広がっている。時々武器を持った男達がせんそうに出掛けていった。だけど、家のそばまで戦火が届いたのは始めてだった。



夜、少年が薄汚れた毛布にくるまっていると、怒声が聞こえた。続けて、ドアが蹴破られる。3、4人の男達。皆手に光るものを持っていた。父が止めようとする。母が、少年と妹を抱き抱えた。叫び声。爆音。再び叫び声。


誰の声?


母親が少年の腕に注射針を刺した。痛みが、夢から現実に移行させる。母はそっと告げる。

「妹のことを頼んだわ」

不意に足元に黒い四角が生まれた。落とされて初めて、それが穴だと分かった。落ちた先には藁のようなものがあって怪我はしなかった。妹はまだ眠っている。また叫び声が聞こえた。





「お兄ちゃん、お腹すいた」

妹の声で、回想は打ち切られた。

「ちょっと待って」

そう言って穴に滑り込み、蓋をする。見た目は(やわ)な木の板だが、実際は重くて頑丈だから、幼い妹には動かせない。



ここには、草のむせるような臭いも、土の埃っぽさもない。あるのは、生き物らしさを感じさせない、平らな灰色の石で囲まれた空間。大きな木の机が三つ。その上の雑多な物と大量のガラスの小瓶達。山積みになった透明なケース。中に入れられたよく分からないモノ。壁に張られた走り書きの数々。ここが両親の研究場だったのだろう。真相を確かめる方法はないけれど。



少年は机の上からナイフを取り上げる。そっとなでると、川のせせらぎのように光った。指に沿って、どこまでも流れていく。しばらく眺めたあと、少年はソレを腕にあてがうと、冷たさが薄い皮膚を通して伝わってくる。ナイフを(かい)のように動かす。切れた肉片、飛び散る血。少年は悲鳴を泥水のように飲み込む。



血はすぐに止まる。傷口が盛り上がり、1分と経たずに元通りになった。さっきと変わらない腕で、少年は自分の肉を拾い、血を拭く。だが、肉の欠けた感覚は依然としてそのままだった。



母が少年の体内に入れた液体の正体は、失った部分を再生できる肉体に変化する薬、らしい。壁の走り書きはすべて、それの実験結果と考察だった。しかし、何故母があの場でそれを使用したのか、少年には解らない。



妹は美味しそうに、焼いた肉を食べている。それが何の肉かを知らずに。知らない方が幸せだろう、と少年はぼんやり考える。仕方がないのだ、生かすためには。残酷な優しい気休めは、いつまでも隠してはおけまい。それも仕方のないことだ。でもいい。その頃には、この虚実ももう必要ないだろう。



母との約束なんだから。





少年は妹に与え続けた。自分の肉を。

周りが少年を疑うまで。

妹が本当のことを知るまで。



少年の肉体の呪縛を知ったとき、

周りは、少年を(なじ)った。

男たちは、少年を利用しようとした。

妹だった少女は、喚いて、泣いた。



誰も少年の傍らにいてくれなかった。

少年は居場所を失った。





そして今、



彼は、





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