#6
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七瀬美希、という僕の幼馴染みは、僕にとってはあらゆる意味において特別な存在だ。
それは、僕の幼馴染みであるという意味であり、僕という存在と長いこと付き合ってくれる女子という意味であり、僕の秘密を知っている数少ない人間の一人という意味であり、基本的に女子は年下にしか興味のない僕が唯一興味を持った同学年以上の女子、という意味でもある。
興味、というのはもちろん恋愛ごとの意味合いなどではなく、純粋に、友人としてというべきか……兎にも角にも、という表現を僕は好んで使うし、それは全く関係の無い二文をあたかも前文が後文の理由になっているかのように見せることができるからであるのだけれど――それはともかく、恋愛感情は別として、異性として僕が興味を持つ珍しい年増という意味だ。いや、まあ、確かに冒頭の方で美希のことを年増とは言ったけれども。いくら僕だって、そんな幼馴染みのことを本気で年増扱いしたりしているわけではない。ほら、その……こういう人種の人間は嫌いだけど、友人のあいつだけは別、みたいに考えてもらえればそれで間違いないだろうと思う。僕にとっては中学を卒業した女なんてただの人類という動物種族のメスにしか過ぎないし、それは美希に対しても思うところは同じなのだけれども、でも幼馴染みだから彼女だけは普通に女性として扱う……。随分と複雑なような気もするけれど、この思考ゲームについては特に意味は無いので聞き逃してもらって問題ない。
兎にも角にも。
上羽紳士と七瀬美希は幼馴染みであり、美希は、僕が異性として多少なりとも意識している唯一の同年代女子、ということだ。
ちなみに僕が一番好きなのは未来ちゃんと祭ちゃんである。
「ねえ紳士。明日アタシとデートしようよ」
「それ『アシタ』と『アタシ』を掛けたギャグ?」
「んなわけないでしょ!?」
未来ちゃん達と遊んだ翌日の放課後。本日は世で言うところの金曜日であり、僕達はなんてことないただの公立高校へと通っていて、ゆとり教育とか騒がれている当事者からしてみれば問題はそこじゃねえよとお偉いさん共につっこみたくなるような制度も未だ健在のバリバリ現役生であるのだから、故に明日は休日だ。
折角の休日、いかに小学生達の自主警備に励もうか、まだ春だから市民プールに行ってもほとんど人はいないし、そもそも開いているのかも知らないし、やはりここはいつも通り部活中学生の成長振りを眺めに行こうかなぁとか考えていたところに訳の分からない申し出をしてきたのが、僕の幼馴染み様である。
「なに? デートとかふざけてんの? 未来ちゃんとならむしろこっちから誘いに行くけど」
「姉の前で堂々と言う事じゃないわよね……? てかあんた、また未来と遊んだんだって?」
「遊んだけど」
「変なことしてないでしょうね?」
「少しは幼馴染みのことを信用してもらいたいものだよ」
「たった今デートに誘いに行くとか言ってたわよ」
本当にこのロリコンは……。と美希が溜息まじりに嘆く。心外な。僕はロリコンなんかじゃないぞ。
「もういいわよそのやり取りは……。それで、明日よ明日。なんか予定あんの?」
「中学行ってまた可愛い後輩の面倒でも見てこようかと思ってたけど」
「それは元テニス部の先輩として純粋にコーチをするためなの? それとも中学生のテニスウェアを合法的に近くで見るためなの?」
「一桁でゼロ以外の好きな数字思い浮かべて」
「え、え?」
「はい、それに三を掛けて。次に四を掛けて」
「え、ちょ、待っ」
「はい、次は二で割る。そんで元の数字と六を掛けてそれで割る。さらにそれに四を足して二を掛けて」
「えっと、え、うん」
「その数字の割合で後者が目的」
「死んでもあんたを中学に行かせるわけにはいかなくなったわ」
ちなみに、今のはどんな数字でやっても最後は十になる。全部で十二を掛けたあと全部で十二と元の数字を掛けた数字で割っているのだからその段階でどんな数字を選んでいても一になるのだ。
こんなの、よっぽどの馬鹿じゃなければ気づくはずなんだけれども、突然言い出して勢いで押し切れば割と気づかないアホも多い。
つまり、女子中学生のテニスウェアを見るため十割。
普通だよね!
そもそも僕がテニス部だったのは後輩のテニスウェアを眺めるためなわけで、つまり僕のテニスの腕など砂利以下なのだからコーチするも何もまず教えられないのである。
「とにかくデートよデート! 良いわね!」
「美希、よく恥ずかし気もなくそんなこと叫べるよね」
「言うんじゃにゃ――」
どうやら焦り過ぎて噛んだらしい。本当は『言うんじゃないわよ!』と言いたかったのだろう。顔が真っ赤だ。
「お前みたいな年増が猫語言っても萌えない」
「なんでアタシはこんなのをデートに誘っているんだろう……? あとついに面と向かって年増って言いやがったし……」
「高校生は年増でしょ?」
「とりあえず全国の十六歳以上の女子に謝りなさい」
「高一の女子はいいの?」
「全国の高校生以上の女子に謝りなさい!」
「ごめん僕の中じゃ高校生以上は美希を除いて女子じゃないんだ」
「ちょっと嬉しいけどやっぱりここは女子としてあんたをぶん殴っておくべきだと思うわ」
「美希が? 僕を?」
「そのムカつく笑いを堪えた表情を今すぐ止めろ!」
「(笑)」
「だからって笑うなバカ!」
思いっきり顔面めがけて飛んできた美希のパンチを僕は軽々しくかわす。そのままバランスを失って前のめりになった彼女のポニーテールの先をふさふさと触って遊ぶこともきちんと怠らない。
「なんで今日に限ってこんなに侮辱的なのあんた……?」
今すぐ怒りを爆発させそうに頬を膨らませながら、どのみち敵わないと思ったのか、口をわなわなと震わせてはいるものの、美希はそう聞いてきた。
「それを言うなら、なんで美希は今日に限って、デートなんて使い慣れてない単語を使ったのさ」
「うっ……それは、その……」
美希はモテる。客観的な事実だけで言えば、僕よりもモテる。
おそらく、ルックスの可愛さ、というのもあるのだろうが、しかしそれ以上に、姉御肌で面倒見が良い、という部分が大きいのだろうと思う。頼りになるしっかり者で、それなりに美人であり、その上運動も勉強もできるという化け物染みたスペックを持っていれば、モテるのも頷けた。というのがあの薄汚いメガネ噛ませ犬による美希の評価だ。
しかし、モテるというのに、だ。
美希は色恋沙汰にめっぽう弱い。
僕の知る限りでは、こいつが彼氏なるものを作ったことはないし、男と二人きりになるようなことも僕以外とは極力避けてきていたはずだ。
もちろん下ネタには実に初な反応を寄越すような奴で、美希自身の口からデートなる単語が出てきたこと自体がもはや人類滅亡の危機ばりに驚愕的な事なのだ。
僕のツッコミに、しばらくは頭を抱え込むようにしながら悶えていた美希だったが、やがてどうしようもなくなったのか、ついに「うがーっ」という効果音でもついていそうな感じで、
「もう! なんでもいいでしょ! とにかく! 明日! デート! いいわね!」
と吐き捨てて足早に立ち去って行ってしまった。
「普通に遊ぼうって言えばいいのに……ってか、時間も場所も何も指定されてないんだけど……」
うーん……参ったなぁ。別に美希と遊ぶのは構わないんだけれども、如何せん、あいつが『デート』という単語を使ったのが引っ掛かるのだ。どうにも嫌な予感がして仕方がない。
というより正直、そんなことしてないで女子小学生を愛でていたい。
具体的には未来ちゃんと祭ちゃんと遊びたい。
「……待てよ?」
美希は、待ち合わせの時間も場所も指定していかなかった。つまり、これは明日行かなくても、それを言い訳にすることで許されるんじゃないのか?
よし、それで行こう。もう決めた。何があっても意見は変えない。例え後でメールが来て待ち合わせの詳細を指定されたとしても行かない。
なんとしてでも小学生を愛でるんだ!