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#5

        ☆


 さて、祭ちゃんを無事送り届け、今度は未来ちゃんの番である。もちろん、手を繋ぐことは忘れない。というか離してくれない。

 祭ちゃんはあの通りとても元気な子で、いるととても賑やかになるのだけれど、その反動でとでも言うべきか、彼女がいなくなるとどことなく静かに感じられる。

 そんな、僕と未来ちゃんの間では特に重苦しいと思う事もない、むしろ心地の良ささえあるような沈黙を、そっと、恐る恐る破るように、未来ちゃんが口を開いた。

「あの、お兄さんは、どうして、私や祭ちゃんと遊んでくれるんですか……?」

「ふぇ?」

 未来ちゃんから投げかけられた予想外の質問に、僕はアホ丸出しに見えるような素っ頓狂な返事をしてしまう。

「えぇと、それって、どういうこと?」

「だって、お兄さんは、高校生じゃないですか……。私達は、まだ、小学五年生です。普通に考えたら、遊ぶ年齢差じゃない、じゃないですか……」

「そうなの、かなぁ……?」

 僕はあまり世間というものを気にしないので、考えたことも無かったけれども。

 しかし、実際のところはどうなのだろう?

 高校生の男子と、小学生の女子が遊んでいるというのは。

「僕は、別に問題ないと思うけどなぁ。そりゃあ、まあ、確かに、普通ではないのかもしれないけど。その分、おかしくだってないんじゃないの?」

「じゃ、じゃあ……」

 僕の返答を特に気にしているようには見えず、というよりも、他に気になって仕方がないものがあるような様子で、そしてそれを切り出すように、未来ちゃんが言う。

「お兄さんは、お姉ちゃんのこと、どう、思ってるんですか……?」

「え? 美希のこと?」

 僕が訊き返すと彼女は、はい、と薄い声で頷いた。

 なんで、今、美希のこと……?

 突然出てきた予期せぬ名前に、僕の頭が混乱する。だって、今は、僕という高校生が、未来ちゃんや祭ちゃんという小学生と遊んでいることがおかしいのかどうか、って話だったじゃないか。なのに、なんで、そこで美希の名前が出てくるというのだろ――

「――あぁ。なるほど。そういうことね」

 未来ちゃんの考えていることに気付いた僕は、ふむふむと頷く。自然と、顔がにやけているのが自分でも分かった。

 いやぁ、なるほどねぇ。

 本当に、可愛い子だ。

「つまり未来ちゃんは、美希に妬いているわけだね?」

「んにゃっ!? そ、そんなわけじゃ……」

 いつもからは想像のつかない大きな声を出して、それから未来ちゃんはあわあわと宙を漕ぎ始めた。彼女のここまで慌てた姿というのもなかなか珍しい。うん。実に可愛い。

「僕が未来ちゃん達と遊ぶのは、僕が子どもの面倒を見てあげる良い人だって、美希にアピールするため。そう思ったんでしょ?」

「うぅ……」

 確認するようにそう聞くと、未来ちゃんは観念したのか、恥ずかしさに打ちひしがれるように俯きながら、僕の言葉を肯定した。

 まあ、要するに未来ちゃんは、僕が彼女達小学生と遊ぶのは、その姉である美希に取り入ろうとしているからであって、別段、自分達と遊びたくて遊んでいるのではないのではないか。と考えていたわけだ。

「まったく……本当に未来ちゃんは可愛いなぁ」

 そんな風に、実の姉に対して焼もちを焼いている姿を見て、僕はたまらず未来ちゃんの頭を撫でてしまう。

 だって、しょうがないじゃん! 超可愛いんだもん! 撫でられるのを少し恥ずかしそうにしながらでも気持ちよさそうでその複雑さに戸惑いながらもでもやっぱり喜びが滲み出ている表情とかたまらなく可愛過ぎるんだもん!

 ……一旦落ち着こう。

 とにかく、脳内での理性から敵前逃亡を図った僕は、未来ちゃんに言って聞かせていく。

「いい、未来ちゃん? 僕は、美希に取り入るために未来ちゃん達と遊んでるんじゃないよ。僕は、僕が未来ちゃんや祭ちゃんと遊びたいと思ったから、こうして遊んでるんだよ?」

「でも……」

「未来ちゃんは、僕と遊ぶの、楽しい?」

 僕がそう聞くと、不意の質問にちょっとばかし驚いたような表情を見せながら、彼女はそれでも力強く頷いてくれた。

「それは良かった。ね? 僕も、未来ちゃんと同じなんだよ。僕は、未来ちゃんや祭ちゃんと遊ぶのが楽しいから、ただ純粋に未来ちゃんと遊びたくて遊んでるんだ。美希に取り入るためなんかじゃない」

「ほん、とう……?」

 目を潤ませながら、未来ちゃんが上目遣いにそう聞いてくる。狙っているのか素なのか、おそらく天然でやっているのだろうけれど、両手を弱々しく、胸の前で握り締めていた。その姿がこれまた恐ろしく可愛らしい。ちくしょう。なんでこの子は僕の妹じゃないんだ。この可愛さを独り占めしたい。いっそ、僕の家に連れ去ってやろうか。どうせ家も近いんだし、言うほど問題にはならないだろ。いやそういう問題じゃねえよ。

「ほんとうほんとう。第一、もしも未来ちゃんの言う通りなら、未来ちゃんと遊ぶことを利用して美希も一緒にいさせるだろ?」

「あ、それもそうですね……」

 うん。どうやら未来ちゃんは納得してくれたようだ。誤解が解けて一安心。

 ……男子高校生が女子小学生と遊びたくて遊んでいるというのは、それはそれで社会的になんだかマズいような気もしなくもないんだけど、まあ、大丈夫だよね。

 男子高校生と女子小学生の友情なんて普通だ!

 ふと、未来ちゃんの方を見れば、誤解だったことがそんなに嬉しかったのか、今すぐにでもスキップを始めそうなくらいご機嫌だった。具体的に言うと、顔がメチャクチャ綻んでいる。

 笑顔だ。

 超可愛い。

「ほいっ」

「ひゃあっ!?」

 あまりの可愛らしさに我慢できなくなってしまったので、僕は未来ちゃんの両脇に手を差し込み(決してエロい行為などではない。やましいことは何も無い)、彼女の身体を持ち上げて、僕の肩に乗せた。

 いわゆる、肩車である。

「お、おおおおお、お兄さん!?」

「乗り心地はどうですか、お姫様」

 突如、視点が三倍ぐらい高くなったことに困惑しまくっている未来ちゃんに、僕は長年連れ添っている王子様のような気持ちを込めて言った。

 ……長年連れ添った王子様ってなんだ?

 僕は演技が得意なわけでもないというのに、イメージも意味不明なままだったから、もしかしたらものすっごく気持ち悪かったかもしれない。身の程を弁えようか。でもまあ、未来ちゃんが嬉しそうにしてくれているらしいことが伝わってくるからこれでいいかな。

 ところで、肩車である。

 そう。

 肩車である。

 肩車、と聞いて、その言葉から連想するその状況をそのまま思い出してみてほしい。ほぼ間違いなく、千人の内のおよそ九百九十三人ぐらいは同じ光景を思い出していて、それが今現在の僕達の状況であろう。何も、肩で地面を走っていたり海老だったりなどするわけではない。自分で言ってても海老ってのは意味が分からないけれど。無論、格闘術の技を掛けてなどもいない。

 普通に、普通の。

 肩車、である。

 よく父親が娘にやってあげているあれである。

 実に微笑ましい。

 しかし、だ。よく考えてみれば、あれが微笑ましいのは、やっている者達が親子や兄妹といった血縁関係にある者だからであり、それ以外の者、特に丁度よく思春期を迎えている健全な男子高校生が女の子を肩車しているというのは、つまり、そのいやらしい太ももで頭を挟まれ、後頭部には隠されるべき場所が当たっているということであって、肩車というその言葉はその瞬間、実に卑猥な物へと変化を遂げてしまうのではないだろうか。

 つまり何を言いたいかと言えば、今僕は未来ちゃんのすべすべでつるつるで兎にも角にも可愛らしく舐めたら甘いんじゃないかとさえ思えるほど眩しい輝きを放つ太のももに挟まれ、まだまだ汚れを知らない綺麗で小さくて無垢で天使のような手で頭を掴まれており、その後頭部には未だ砂漠でしかし瑞々しさのピークである小さな地割れを隠している純白で少し上質なおそらくシルクを使っているのであろう柔らかい素材が腰に巻いているミニスカートを無視して当てられているわけでもうなんにせよどうにもこうにも僕の全神経は頭部へと集中されていた。

 一言にすれば、最高である。

 言葉に表せないくらいの至福の気分。

 小学生って、たまんない!

 まじ可愛い!

 一歩間違えたら襲っちゃいそう!

「お、お兄さん……? なんだか、嫌な予感がするんですが……?」

「き、気のせいじゃないかな!」

 僕の理性は飛び級で総理大臣になれるくらい優秀だからきっと大丈夫だよ! きっと!

 と、そんな僕の内で静かに行われている理性VS欲望の大いなる聖戦は放っておくとして。

 放っておいて大丈夫でしょう。どうせ欲望が勝っても、精々遠回りして帰ってこの時間を長く続けることぐらいしかできないし。

 なのでそんなものは横にスライドさせておき。

「未来ちゃん」

「? なんですか……?」

「学校のお友達も、大事にするんだよ? 祭ちゃんだけじゃなくってね」

 ずっと、気になっていたことを、今の内に話しておくことにしておいた。

 未来ちゃんも祭ちゃんも、よく僕と遊んでくれているけれど。

 しかし、彼女達の年代というのは、同学年との付き合いの方が、やっぱり大事なのだから。

「……はい」

 僕の頭上で返事をした未来ちゃんの声は、なんだか寂しげで、怒っているような気がした。


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