#4
☆
「ん……! いた、い……そ、こっ……! ぁん……! いや、ぁあっ…やめ……っ!」
実に色っぽい、小学五年生の女の子の声が部屋中に響き渡る。顔を真っ赤にし、若干の恥じらいを見せる少女に対して、僕は容赦なく手を動かし続けた。
「ぁあっ…! いや…、だ、めぇ…や……」
「ほぅら。これで! どう! だ!」
「んぁ……! ぁあっ…だ、だめぇぇぇぇぇ!」
『YOU WIN!』
という表示と共に、少女の操作するキャラクターが地面に倒れこむ姿が画面には映し出されていた。その隣では僕の操作していたキャラクターがガッツポーズを決めている。
ん? ただゲームをしていただけだよ? 僕はただ、小学生の女の子と格闘ゲームをして遊んでいただけだよ?
決して、やましいことはしていない。
えっちなことはしていない。
というか、できるものならやってみたい。
「ふふん。まだまだだなぁ、祭ちゃん。僕に挑むには修行が足りないよ修行が」
「ああんもう! ずるいよおにいちゃん! 少しはてかげんしてよー」
「獅子は兎を狩る時でも全力を出すんだよ」
「意味わかんない!」
小学生にはまだ難しい表現だったようだ。
「おにいちゃんもう一回! 今度はぜったい勝つもん!」
「ダーメ。次は未来ちゃんと交代でしょ?」
「そうだよ祭ちゃん。私もお兄さんとやりたい……」
いいだろうか。今の『やりたい』には決して性的な意味など含まれていない。絶対だ。
「うぅ……わかった。いい、みく? 祭のかたきうちだからね! ぜったい勝つんだよ!」
「任せておいて……」
そんなやり取りがあって、二Pコントローラーの操縦者が、鮮やかな金色にほぼ近い茶髪をした祭ちゃんから、艶やかな黒髪を長く伸ばして腰辺りにまで下ろしている未来ちゃんに代わる。
この、実に可愛らしい小学生達が、僕が僕という『超能力者』を語る上で絶対に欠かすことのできない二人だ。
黒髪の女の子、七瀬未来。
先にも今にも述べたように、艶やかな長い黒髪が最も特徴的な女の子だ。と言うと、黒髪以外には特徴が無いように思われてしまうかもしれないので、本来的には僕はこの表現を好まない。
なので、もう少し彼女について詳しく触れていく。
察しの良い人は名字で気づいたりするのだが、七瀬未来ちゃんは、僕の幼馴染み、七瀬美希の妹だ。姉が随分と強気な性格なのに対し、妹の未来ちゃんはかなり控えめで大人しい子である。
年齢は十つ。小学五年生。
自分から誇る特技は無し。なので、僕の推薦により特技は歌と謳っている。実際、僕がそう言ってからは、自分の歌に多少の自信をつけてきたようだ。
趣味は読書。とは言っても難しい純文学とかではなく、漫画や児童文庫が中心。たまに、ライトノベルやミステリー小説にも手を出してみてはいるらしいのだが、あまり肌に合わないらしくそれ以降はそんなに読んでいないらしい。
図書館にいそうな可愛らしい女の子、というのが未来ちゃんである。
次に茶髪の女の子、四宮祭。
こちらも先にも今にも述べたように、鮮やかなほぼ金色に近い茶髪が特徴的な女の子だ。と言うと、やはりそれだけの子と思われてしまいそうなので、もう少しだけ触れていくと。
年齢は未来ちゃんと同じく十歳で小学五年生。
すなわち祭ちゃんは未来ちゃんの同級生であり、未来ちゃんのお友達である。
性格は未来ちゃんとは正反対で、とにかく活発な女の子。元気という言葉を色々と言い換えてみて、その全てが綺麗に当てはまるような女の子だ。
特技は自称、運動全般。さすがに自負するだけのことはあり、その高い運動能力には少々目を見張るものがある。本気で体操なりなんなりをやらせたらオリンピックも狙えるのではないだろうかと、素人目で思える程度には運動ができる子だ。
趣味は今のところ特になし。というのも好きなものがないのではなく、単純に様々なことに手を出して沢山遊ぶのが楽しいだけである。言い換えれば趣味は遊ぶこと。
とまあ、実に子どもらしい子どもの女の子、というのが祭ちゃんである。
こんな幼女二人がどうして僕の物語を語る上で欠かせない存在なのかと言うと、それはもはや改めて説明するまでもない。
というのも、今述べたのがそうだからだ。
こんな幼女二人。
幼女。
まあ、弁解するまでもなくそういうわけであり。
彼女達が、僕のお友達だからだ。
☆
未来ちゃんとの対戦でも情け容赦なく勝ちをいただき、心底悔しがりながらリベンジを挑んできた祭ちゃんを十三回ほど返り討ちにしたところで、まだ小学生である彼女達が帰る時間となった。ちなみに、遊んでいたのは僕の部屋だ。
「じゃあおにいちゃん、祭達そろそろ帰るね!」
「ん、もうそんな時間? じゃあ行こうか」
「うん……」
そうして、僕は未来ちゃんと祭ちゃんを従えて家を出る。
僕は基本的に紳士な人間だ。女の子を騎士も無しに家に帰らせたりはしない。
というわけで、彼女達を送っていくこととした。決してやましい気持ちなどはない。
未来ちゃんは僕の幼馴染みである美希の妹であるため、僕の家とは直線距離にして二十メートルとして離れておらず、なのでまずは家の遠い祭ちゃん宅まで三人で向かい、その後に未来ちゃんを送り届けるのが、僕達の中での遊んだ時の暗黙のルールとなっている。
今回もそれに従って、祭ちゃんの家へと向かっていた。
「もう! それにしても、おにいちゃんはおとなげが無さすぎるよ!」
「そうだよ……小学生相手に、あんなに本気にならなくても」
という女子小学生からの非難は僕にとって快楽としかならない。待とうか。僕は変態ではない。
「じゃあ、思いっきり手加減してボコボコにされてあげたらお姫様達は喜ぶのかな?」
「おにいちゃんをボコボコにしていいの!?」
「お姫、様……」
目を輝かせて今にも僕を殴り殺そうとしているのが祭ちゃんで、顔を真っ赤にしながら照れているのが未来ちゃんである。
どちらにしても可愛い。
なお、祭ちゃんも未来ちゃんも僕と手を繋いでいるため、僕を思い切り殴ることも顔を手で覆い切ることもできていない。そこがまた可愛い。
「いや、まあ、僕をじゃなくて僕が操作してるキャラクターをだけど……」
「あぁ、でもなぁ、ほんきのおにいちゃんをたおすから意味があるんだよなぁ」
「そうだよ祭ちゃん……手加減してもらったら、意味ないよ」
「そうだよね! よぉし! じゃあ、こんどは二人でおにいちゃんをやっつけよう!」
「え、それも少し違う気が……ううん、いいよ」
「へぇ。未来ちゃんと祭ちゃんのコンビでねぇ。いいよ。受けて立とう」
なんと最強のコンビだろうか。主に可愛さが。
何が可愛いって、左手は僕の右手を握ったまま、身を乗り出して未来ちゃんに話しかけ、そして右手でガッツポーズを作っているのである。えいえいおーっなどと腕を上下させて気合まで入れて。可愛い。なんだこの生き物は。持ち帰ってもいいだろうか。
などという非紳士的変態的な思考は一切持たないよう努力をして僕は彼女達の微笑ましいやりとりを眺めて満足するのだった。
と、そうこうしているうちに、祭ちゃんの家に到着する。
「はい、到着。気を付けてな祭ちゃん」
「えー! おにいちゃんもう帰っちゃうの!?」
「お前は今なぜここまで歩いてきたんだ」
帰るためだろう。
しかし、そうやって引き止めてもらえることほど嬉しいものはない。まったく、この子らはどうしてこう、毎回僕を必要以上に萌えさせてくるのだろうか。
ひたすらお兄ちゃん冥利に尽きるというものである。
可愛い。
「ほら、お父さんとお母さんが心配するぞー」
「うぅ……わかったよぉ」
僕が玄関の前まで行ってそう促して、ようやく祭ちゃんは、渋々といった様子ながらも帰宅を許容してくれた。どうしよう。この子本当に可愛いんだけど。クソど変態ジジイに狙われないか不安なんだけど。
「じゃあ、おにいちゃん! みく! また明日!」
「うん……また明日」
片手で玄関を開けながら、空いたもう片方の手を元気いっぱいに振りまくる祭ちゃん。千切れてしまうんじゃないかとさえ思えるほど強く大きく手を振って、内気な未来ちゃんもそれになんとか、できる限り大きく手を振ることで応えていた。と言っても、未来ちゃんの方は精々、顔の前で掌を振るぐらいにしかなっていなかったけれども、それでも未来ちゃんにしてはかなり頑張った方だ。
そんな姿が実に可愛らしく。
この二人を見ていて、心が和むのだった。