開扉
「……黒崎夏陽……です」
黒板に、そう書いた少女は、見方によっては獣の耳のようにも見える、左右の短いクセっ毛を振りながら、静かに答えた。
「今日からこの〈カフカ魔術学園〉の、ギルド〈アルカディア〉に所属することとなりました。――宜しくお願いします」
あくまで冷静に、平然とした態度で、彼女は、答えた。
数刻前――
「お初にお目にかかる。私は、私立カフカ魔術学園の理事長を努めておる、鏡原烏翼というものじゃ。最初に言っておくが、私は女ぞ。何故かよく間違えられるでの」
「……はい。入力しました」
私立カフカ魔術学園、理事長室。
宮殿のエントランスほどあるのではないかと思うくらいに広く、ここにあるほぼ全てのものが、大きい。
上を見上げると、シャンデリアが。
その奥の、南側、つまり窓が張り巡らされている(これも大きい)側の一際大きいデスクに、人影が、一人。
早朝の為、朝日が差し込み、銀髪のボブのその頭が白金色に輝いている。
和服のような、奇抜な衣装が印象的である。
「君の親から話は聞いている。ええと……なつよだっけか?」
「〈夏〉の太〈陽〉と書いて〈かよう〉と読みます」
対して、出入り口の扉の前。
ここにも、一人の影がある。
夏陽と名乗ったその赤髪の、腰まである長髪で、黒い、胸の十字架のポイントが妙に目立つ制服を着た少女は、淡々とした口調で返事をした。
(……というか、こやつ、冗談抜きで端から端まで真っ黒じゃのぅ)
全身真っ白な烏翼に対し、髪は兎も角、胴体は制服が黒く、下は黒タイツを身につけているため、肌が殆ど目に映らない。
勿論、靴も黒のローファーだ。
「失礼した。この頃物忘れが多くての。困ったもんじゃ。して、夏陽。唐突に話は変わるが、ぬしの知っての通りこの学園は、基本的には今の時代を生き抜くための『魔術』というものを、普通教育と共に、初等、中等、高等、ギルドと、段階を分けて教えていく所じゃ」
今の時代――
我ら人間や他の動物達が住むこの地球に異変が起きたのはつい最近で、30年ほど前。
突如として現れたのは、後に、『魔物』と称される、禍々しき形状の巨大な化け物であった。
魔物達は、持ち前の恐ろしき力で、出現してから一日も立たずに、この地球の南半球を黒く染めてしまった。
そこで、地球上の魔術師達は、せめて北半球だけでも守ろうと、魔物共の住処となってしまった南半球との境界に結界を張り、地球を南北に分断させた。
そして、その結界のこちら側が『現世』、あちら側が『朽野』と呼ばれるようになった。
これが、地球変貌の歴史として名を残す、『地球南北隔離対策』である。
そして、
「このカフカ魔術学園を中心として広がっている学園都市は、朽野まで行き、領地を取り戻す為に魔物達を駆除する者、つまりハンターの溜まり場となっておる。この学園の生徒から鍛冶屋、薬剤屋、鍛錬屋等、十分と言える程の職人達から、それぞれ腕の効いた猛者共がうじゃうじゃおる所じゃ。店を利用する時は、自分に合った奴を見つけるといい。それから、敷地の広さも大分あるぞ。何せモノレールが通っとるほどじゃからな。あ、後でギルド長からモノレールの学園専用パスが貰えると思う故、忘れるなよ」
(……よく喋る人ですね)
一向に終わらない烏翼の説明に、夏陽は半ば呆れる。
昨日、入学説明とか言って大体の話は聞かせてもらったなんて、今更、口が裂けても言えない。
「あの、理事長……」
「うむ、何じゃ?」
夏陽は、延々と口を動かし続ける烏翼に割り入って、話題を変えようと、必死に脳内でネタを探す。
不意に、自分の胸元の、この学園専用のリボンが目に止まった。
「……このリボンは、確かその人の〈能力レベル〉を表すのでしたね?」
この学園の生徒ならず、教員までもが身につけている胸元のリボン。
生徒ならば、低い方から赤、青、緑と示され、教員やギルド長は黄、黒、白となる。
「能力レベル……まあ、そうじゃな。生徒はそうじゃが、教員などは職業で区別されておる。――ああ、ここで一つ注意点じゃ、夏陽」
「……何でしょう?」
「うむ。確かにそのリボンは、その者の能力値の目安じゃ。じゃが、あくまで目安じゃ。もし他の生徒と模擬戦等行う際、赤じゃからと言うて、弱者と判別するのは命取りになるぞ。というのは、その色の決まる基準が、その体に対する〈妖力〉の比率だからじゃ」
「妖力……魔術や妖術を扱う時に消費する……」
「そうじゃ。故に、この学園の中にも、赤判定で実戦に出ている奴は何人かおる。それだけは、頭に入れておけよ、〈赤〉判定さん」
(成程……つまり、私は妖力が微量ということですか)
夏陽の胸には、赤のリボン。
一番下の、赤判定。
「そして、赤の生徒は基本、力不足で魔物駆除の実戦までは行かぬ者ばかりだが、まあぬしは特別じゃ。それに、出陣するための能力試験も合格しておる。――何せ、ぬしはそういう目的でここに入ってきたのじゃろ?」
「―――はい。尽力します」
「うむ、宜しい――」
コンコンコン。
夏陽の後方で、軽いノックの音が聞こえた。
「む、やっと来たな。入れ」
『失礼。お邪魔します』
扉の向こうで、夏陽は、男性の声を聞いた。
――ガチャ。
「遅いぞ、真凰」
「すみません、烏翼さん。ちょっと洗濯物干してて……」
「もうちっとマシな言い訳は出来んのか、お前は」
現れたのは、長身短髪の、眼鏡をかけた、如何にも「僕は理系男子です」というようなオーラを醸し出している男。
真凰と呼ばれたそれは、扉を閉めるとともに、夏陽のことは一切気にせず、それどころか、歩いてきた真凰は、夏陽の一歩前で立ち止まった。
「いやいや、本当ですよ。ホラ、水が冷たくて手が真っ赤に……」
「わかった、わかった。それより、貴様の新しい部下だ」
「部下?ああ、だから僕、呼ばれたんですね?この時期に珍しい……。……えと、いずこに?」
真凰は、辺りを見回す。
「――……下です、見下げてください」
「え?……うわっ!」
見下げた途端、夏陽のジト目が目前に。
どうやらこの男は天然のようである。
「び、びっくりしたぁ。ごめんごめん、気が付かなかったよ」
「成程、それは私に、遠回しに『貴方は背がとても小さいですね』と言ったも同然の言動ですね。確かに私は150センチでピタリとストップしてしまいましたが、まだ15歳ですし、これはこれで将来を期待しているのです。あまり私を『チビ』というならば、刺しますよ」
「いや、えっと、そういうつもりは……。ゆ、有能な部下ですね、理事長!」
「ピンチだからと言うて私に振るな、この愚か者」
真凰、四面楚歌である。
「……まあ、今回はいいです。初対面です故。――黒崎夏陽です」
「う、うん。僕は、ギルド〈アルカディア〉のギルド長、天満真凰です。宜しく」
(ギルド長……?あぁ、確かに“白”判定ですね。あれ、ということは……)
「私、最高学年に入るのですか?」
「うむ、勿論じゃ。実戦に出るには、ギルドでなければならぬ。――とくと励めよ」
夏陽は、思いもよらない事態に、少し遅いが、目を丸くした。
年齢的にも、入れて高等部だと思っていたからだ。
「というわけじゃから、真凰、後の事は貴様に頼むぞ」
「あ、はい。任せてください」
呆気にとられる夏陽。
「じゃあ、早速行こうか、夏陽ちゃん。もうちょっとで授業の時間だから。僕のことは適当に『真凰』とか呼んでくれていいからね」
「え?は……はい、ギルド長」
(あ、隔たり……)
恐らく、先程のいざこざのせいだろう。
真凰は、夏陽との距離を、静かに感じた。
「では、失礼いたしました、理事長」
そう言って、夏陽は、扉を開けて外に出る。
「じゃあ、僕も行きますね」
真凰も、その後に続く。
「ああ、真凰、貴様は後でまた来い。ちと話がある」
「話?……わかりました。では」
――パタン。
扉が閉められた。
「……朱雀」
「はい、お呼びでしょうか、主様」
烏翼しかいなかったはずの空間に、突如として現れたそれは、彼女の式神である、コードネーム:朱雀だ。
「どうじゃ、今日の〈波長〉は」
「はい。別に問題無いかと」
「そうか」
波長とは、こちらとあちらの〈気〉のことで、これらが一致することにより、ゲートが開き、それぞれが行き来できる。
「それより、あんな小さいのをギルドに入れて大丈夫なんですか。それに赤判定ですし。朱雀はそこが心配でございます」
「ふむ。私もそこは迷ったのじゃが、まあいけるじゃろ」
「左様ですか」
朱雀は、現れるついでに入れてきた緑茶を、机にそっと置いた。
「む、気が利くの。サンキューじゃ」
「貴方の式神です故」
「ぬしも言うようになったのぉ。お世辞」
「恐縮でございます」
「別に褒めてはないのじゃが」
そういうたわいもない話をするこの一時が、烏翼にとって結構大事だったりする。
「では――仕事に戻ります」
「うむ」
言ったが最後、いつの間にか朱雀は、そこから消えていた。
「……私も、もう少し伸びたかったのぉ〜」
う〜ん、と伸びをするとともに、そう叫んだ。
「朱雀を見とったら、哀れになるわい。もうちっとぺちゃっとさせておけば良かったかの……。――さて、仕事、するか」
そうして、起動したのはパソコン――ではなく、近代型の自立モニターだ。
烏翼の目の前に、電子板が現れる。
「書類びっしりじゃのー。よし、さっさと片付けるぞ」
そして、液晶モニターの下部の、入力装置モニターをせっせと打ち始め、もう、誰の声も聞こえなくなった。
初めまして。
幻月猫といいます。
ちょっと趣味で書き始めてみました。
初めてなので、時折文が変だと思います。うん。
更新に力を尽くします!