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ホイル焼き

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・肉の日の日替わりは、とん汁に合わせて決定しています。

その日の洋食のねこやが異世界食堂へと変わる土曜日は肉の日であった。

「さてと、今日は何にするか」

グツグツと煮えて良い匂いを漂わせているとん汁の匂いを嗅ぎながら、店主は毎回の悩みどころであるそれを考える。

今日の、肉の日の日替わり定食を何にするかという、大事な問題を。

その日のお勧め料理を普通より安く提供するその料理は当然のことながらスープ類との調和を考えて選ばなくてはならない。

つまりは肉の日においての主役である『とん汁』と相性が良い料理を選ばねばならない。

(やっぱ肉に肉を合わせるとちいと重いよなあ。つっても向こうの客は洋食よりの料理が好きな客が多いから……)

しばし考えて、店主は今日の日替わりの料理を決定する。

(よし、ホイル焼きにするか)

ちょうど今の時期なら鮭が美味い。

そんなことを考えながら、いそいそと店主は準備を開店前の準備を始めるのであった。



太陽が沈みだす、夕刻。

東大陸でも北方に位置する小さな国の、更に辺境と言われる場所に居を構える木こりの妻であるエレンは、予期していなかった客困り果てていた。

「……それで、どうするんだい、あんた」

エレンはちらりと暖炉の前で炎に当たっている『お客様』をちらりと見て、ヘルマンへと問う。

「おう、どうしよう?」

一方のヘルマンもまた、困っていた。

「ここは本当に人間の住む場所なのか? 物置などではなく?」

「そ、そんなことないもん! うちはふつーだもん!」

「そうだそうだ! 変なこというとゆるさないぞ!」

窓を閉ざしてもすきま風の入ってくる小屋の寒さ高そうな衣服を来て、腰には立派な短剣を差した、年だけはカイと同じくらいに見える少年と、余り身分の差と言うものに詳しくないカイやボナが子供らしい喧嘩をしているのを見ているのは、エレンにとっては中々に心臓に悪い光景であった。

「本当に、どうすりゃいいんだ?」

「さあ……多分探しているお供の人とかいるんだろうし、ちょっと預かっといてやりゃあ良いとは思うけど……」

ヘルマンの仕事場である森で木にもたれかかって休んでいた子供を見つけたのは、昼前のことである。

クラウゼと名乗ったその子供は、察するに薪を売りに出ている街の、商人か町長の子供であろう……とは思う。

つまりしがない木こりの一家であるヘルマンたちとはまるで縁がない子供である。

そんな子供をまさか一人で森に置いておくわけにもいかず、ヘルマンはクラウゼをひとまず家へ連れ帰ったのだった。

「……おい、ヘルマン。僕はお腹が空いたぞ、食事を用意せよ」

とりあえずカイとボナに相手をさせていたクラウゼがふと思い出したように言い出した言葉にヘルマンとエレンは顔を見合わせた。

(どうすんのさ!? 多分だけどうちで普段出してるようなもんじゃ何言われるか分かったもんじゃないよ!?)

(そ、そりゃあそうだが、まさか今から街まで何か買い出しってわけにもいかねえだろ!?)

ボソボソと小声で言葉を交わし合う。

クラウゼがどこの子供なのかは分からないが、間違いなくヘルマンたちより遥かに良い暮らしをしているのは確かだ。

当然、食事も毎回卵が出るとか、ヘルマンたちには考えられないくらい良い食事をしているに違いない。

とてもじゃないが、ヘルマンたちが食べている歯が欠けそうなほど堅いパンだの燻製肉の欠片が入った塩水とでも言うべきスープで満足するとは思えなかった。

「食事ぃ~? もうすぐ冬だし、どうせうちにはロクなもんないぞ?」

そんな親の内心など知らぬというように、カイが言葉を口にする。

「そうなのか?」

「うん。もうおとうさんのおのもぼろぼろだから、せつやく? してかいかえないとダメなんだって!」

驚いた顔で聞き返すクラウゼに、ボナが家庭の事情を更に明かす。

(ちょいと! 余計なこと言うんじゃないよ!)

二人の無邪気な言葉に、エレンが顔を真っ赤にしてうつむく。

今はともかく、後でみっちり叱ってやらないと……そう考えていたエレンに、救いの言葉が届く。

「そうそう。だから最近は『ネコヤ』にもぜんぜん行ってない」

「ねー! きょうもとびらがあるのに、いっちゃダメなんだよ?」

二人の言葉にエレンはヘルマンと顔を見合わせる。

「ネコヤ? なんだそれは」

一方で聞きなれぬ言葉に思わず聞き返すクラウゼに、ヘルマンとエレンは口々に答える。

「ネコヤとは、遠い場所にある食事を出す店でございます。クラウゼ様」

「実はその、なんでかうちの納屋にそこに行ける扉がありまして……そうだ、せっかくクラウゼ様がいるのですから、今日の食事はそこで食いましょう! ほら、お前、いいだろう?」

「そうね! そうしましょう!」

白々しく言葉を交わし合い、ヘルマンとエレンは痛い出費を覚悟しつつ今日の昼を異世界食堂で取ることにする。

あの店なら、明らかに貴族であろう、目の前のクラウゼ以上に育ちが良さそうなお客も何人かいるくらいだし、豪華な食材を平気で使った料理を出してくる。

少なくともエレンたちのいつもの食事よりはクラウゼにも満足してもらえるはずだ。

「分かった。では案内せよ」

「はい! ……申し訳ありませんが、このボロ服で行くような場所ではございませんので、少しだけ、待っててもらえますか」

「よかろう。早くせよ」

クラウゼの言葉に二人は大きく頷き、ヘルマンとエレンは急いで晴れ着に着替えて、次に子供たちを着替えさせる。

「え!? 今日はネコヤ行くのか!?」

「いいの!? やったー!」

子供たちも両親の決定に大きく喜んでエレンが着替えさせるのを手伝う。

「いいかいアンタら。今日はくれぐれも騒がないでおくれよ」

そんな二人にエレンは必死に言い含めながらも、手早く着替えさせ、クラウゼを伴って納屋へと向かうのだった。



次の王をどちらとするか、兄たちの戦いに巻き込まれぬよう辺境の小国の中でも更に田舎にまで落ち延びてきた第三王子クラウゼは、チリンチリンと鳴り響く鈴の音を聞きながら、驚いて目を見開いた。

(なんと!? 斯様な場所が本当にあるとは……)

平民の、それもあまり裕福とは言えそうにない一家の案内で、場違いな黒い扉をくぐった先には、不思議な場所が広がっていた。

窓一つない地下室にも関わらず、寒さを防ぐために窓を閉ざしていたため薄暗かった小屋より遥かに明るく、温かな部屋。

そこには複数の卓と椅子が並べられ、それぞれの卓で客が寛いでいた。

(あれは、リザードマンとラミア、あれは帝国の恐らくは高位の貴族、あれは光の神の高司祭、あちらはエルフ……一体なんなのだここは?)

辺境の小国で生まれ育ったとは言え、この世界のことは家庭教師や本に教えられて多少は知っているクラウゼはこの店の客に驚いていた。

「ささ、こちらでございますクラウゼ様」

「うむ」

どうも目の前の平民たちに促され、クラウゼは行儀よく空いた席の一つに座る。

それからすぐに平民たちも一緒に卓についたのには少しだけ驚くが、こちらは助けられた身であることを幼いながらも理解しているクラウゼは、とりあえず何も言わないことにした。

「いらっしゃいませ。ヨーショクのネコヤへようこそ! ご注文、お伺いします」

(なんと、給仕は魔族か! 帝国では珍しくないとは聞くが……)

高価なものであることを伺わせる硝子の杯に氷を入れた冷たい水を運んできて、代わりに注文を取りに来たのが角を生やした魔族であることに内心驚きつつも平静を保ち、不安げに自分を見つめる平民の夫婦に鷹揚に頷いて見せる。

「……まかせる。僕はここにどのような料理があるか知らぬ。お前たちが決めよ」

「……日替わり定食五つでお願いします」

クラウゼの許可を得て、エレンはすぐに注文を出した。

一番安い日替わり定食だが、この店の料理は一番安いのでも十分に美味しいので、多分大丈夫だろう。

「はい。日替わりですね。今日はシャケというお魚のホイルヤキですが、いいですか? それと、本日おにくの日になっていますが、スープはどうしましょう?」

給仕の言葉を聞いて、平民の一家が一瞬顔に喜びを浮かべるのを見て、クラウゼは何か良いことでもあったのかと考える。

「もちろん全員トンジルでお願いします。それとパンを」

「すぐにな。すぐに頼む!」

キャッキャと喜んでいる子供たちに、笑顔で言葉を返す夫婦に、何か特別なことがあったのだろうと察する。

「はい。では少々お待ちください」

二人の言葉に給仕の娘は頷き、奥にあるのであろう厨房へと歩いていく。

「……して、トンジルとやらはどのような料理なのだ」

その様子に興味を覚えたクラウゼが問うと、子供たちが答える。

「ここでもたまにしか出ないすごいスープだよ。肉とか野菜とか、たくさん入ってる」

「いくらたべてもいいの! いつもたくさんたべているんだよ!」

その言葉を紡ぐ二人には変わらず笑顔がある。

「そうか。では期待しておくとしよう。それで、ホイルヤキとはどのような料理なのだ?」

その言葉に、一応だがクラウゼも期待して待つことにした。

「……わかんない」

「日替わりだから、多分食べたことないやつだ」

「……そうか」

……一抹の不安を覚えてもいたのだが。

そんなクラウゼの内心を知ってか知らずか、給仕の娘が料理を運んでくる。

「お待たせしました。本日の日替わりのホイルヤキと、パン、それからトンジルをお持ちしました」

給仕の娘が手早くクラウゼたちの前に料理を並べていく。

脂の乗った豚の肉と無数の野菜がごろごろと加えられ、腹を直撃する茶色いスープ。

焼きたてらしく艶々と天井から降り注ぐ光を返す茶色いパン。

そして、目の前の純白の皿に盛りつけられた、切り分けられた黄色い果実と銀色の塊。

「ホイルヤキのこの銀色は食べられないので、こうして剥いで食べてくださいね」

クラウゼが不思議に思っていると、目の前で給仕の娘が銀色の塊を剥いでいく。

どうやらこの銀色のものは薄い紙のようなものらしく、簡単に開くことができるようだ。

「あと、このホイルヤキにはレモンの汁とショーユがあうとマスターが言っていましたのでよろしければお試しください。それでは、ごゆっくりどうぞ」

銀色の包みを開いた瞬間、ホイルヤキから香ばしいバターの香りが漂ってきて、クラウゼは思わずゴクリと唾を飲んだ

開かれた包みの中身は、細く切られ、下に敷かれたオラニエやカリュート、上に乗せられた茸に彩られた、魚の切り身。ピンク色の身と、銀色の皮を持つ魚は、クラウゼでも見たことがないものだった。

(これはもしや、海の魚なのか……? こんな辺境にあるものなのか?)

見慣れた川の魚では見たことがない色合いの魚に、クラウゼは内心驚く。

海が遠いこの国では海の魚は高級品である。

特に身が赤い魚は脂が乗っている分腐りやすく運ぶのに魔法が必要となるため、王宮ですら滅多に出ない代物だ。

「……では」

料理を前にして、食べたそうにしながらも必死に我慢している様子の一家……子供たちは手を出そうとして母親に手を叩かれていた、を見て、気を取り直したクラウゼはナイフとフォークを手に取り食べることにする。

上品に一口大に切り分け、オラニエと共にフォークに刺す。

持ち上げると黄金色のバターが皿に滴り落ち、臭みのない魚の香りが漂ってくる。

その香りを吸い込みながら、口へと運び、食べる。

「……美味いな」

思わず言葉が漏れた。

見た目通りよく脂の乗った魚から溢れる瑞々しい魚の味。腐りかけの魚が持つ臭みはなく、ただただ肉とは違う旨味だけがあった。

火が通りすぎても、かといって生焼けでもない絶妙な加減に仕上がった魚は十分な水気を持って柔らかい。

そして、その魚の旨味を高めているのが、この魚の味付けに使われたのであろうバターの風味である。

(魚の肉とバターがこれほど合おうとは……いや、この脂の強さがあってこそか)

魚の持つ脂とバター、種類の違う二つの脂はお互いを殺し合うことなく引き立てあっていた。

ほんのりとした塩気を帯びたバターの香りと風味が食欲をかきたて、ピンク色の魚の肉がその食欲に応える。

(なるほど、付け合せの野菜はこの旨味を逃がさぬためか!)

そして、ホイルヤキと共に焼かれたと思われる、オラニエやカリュートに、茸。

それもまた素晴らしい味に仕上がっていた。

どれも魚やバターから溢れ出た旨味を十分に吸い込んで、ただのオラニエや茸にはない風味がしっかりと宿っていた。

(そういえば、レモンの汁とショーユとやらをかけて食えとも言っていたな)

ひとしきり堪能したあと、クラウゼは先ほどの給仕の言葉を思い出す。

レモンというのはこの黄色い果実だろう。

「すまぬが、ショーユとやらはどれだ?」

ショーユなるものは恐らく卓の上に並べられた瓶のどれかだろうと当たりをつけつつ、猛然とパンとスープを中心に食べる平民の一家に尋ねる。

「あっ……この青いのがショーユでございます」

クラウゼの言葉に唯一反応した母親らしき女が、クラウゼにそっと青い瓶を渡す。

「うむ……」

だが、クラウゼも目の前の料理を堪能するのに夢中であり、気にしない。

受け取った青い瓶からショーユをかけ、黄色い果実を絞ってふりかける。

(見た目はあまりよくないが……)

青い瓶から食べ物にはあまり見えない黒い水が溢れたのに少しだけ不安を覚えながらも、再びホイルヤキを口にし、目を見張る。

(なんと! これはむしろ必須ではないか!)

レモン汁の酸味が味を引き締め、黒い水の塩気が魚の味を引き立てる。

どちらも量の加減を間違えれば味を損なう気配はあるが、それさえ間違えなければ、文字通り一味もふた味も違う美味さを生み出していた。

「ああ、美味かったな」

ホイルヤキを全て食べ終えたクラウゼは満足していた。

満足して手をつけていなかったスープを口にして……再び驚く。

(なんと!? このスープも絶品ではないか!?)

無数の野菜と脂のよく乗った豚の肉、それからバターと独特の香りを帯びた調味料の味。

これらが渾然一体となったスープは、つい先程食べたホイルヤキと比べても勝るとも劣らぬ素晴らしい出来栄えであった。

(パンもこれは一体どうすればこのようなものができるのだ!?)

おまけにパンもまた、この世のものとは思えぬほど柔らかく、同時にほのかに甘味まで帯びた、クラウゼでも食べたことがないほど上質の白パンであった。

パンとスープに驚いているクラウゼを前に、その存在を忘れたかのように平民の男が大声を上げる。

「パンとスープ、お代わりをじゃんじゃん持ってきてくれ! これだけじゃ全然足りねえ!」

「あ、わたしも!」

「俺も!」

「アタシも頼むよ!」

なんと、このパンとスープはいくら食べても良いらしい。

「ぼ、僕も頼むぞ!」

その言葉に急かされるようにクラウゼも行儀悪く大きな声を上げてしまう。

「はい! ただいまお持ちします!」

その言葉に、少し遠いところにいた給仕の娘が元気よく言葉を返した。


「世話になったな。ヘルマン、エレン」

「いえいえそんな!」

「そうですよ! そんなの、当然ですとも!」

家に戻り、くつろいでいたところで、ようやくクラウゼを見つけた護衛の騎士たちが駆けつけた。

最初は人さらいかとあわや剣を抜き放ちそうになる危険な場面もあったが、クラウゼの取りなしで無事収まり、クラウゼは別宅へと戻ることになった。

「礼は後日届けさせよう。楽しみにしているがよい」

そうして平伏しているヘルマンとエレンにクラウゼは笑みを浮かべ、そんな約束を口にする。

……後日、ヘルマンの元に錆一つない新品の斧が届けられ、大いに驚くことになるのは、もう少し先の話である。

今日はここまで。

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[気になる点] 読み返して気づいたんですが、醤油の瓶って赤じゃないでしたっけ? [一言] 最新刊発売待ってます
[気になる点] 以前ボナが将来金持ちと結婚すると言っていたが、まさかクラウゼとw [一言] 次回のエレン一家はクラウゼ親も一緒にねこやに行く話になるのかな?
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