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大学いも

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、余り活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・一部の特別メニューは出すのに時間がかかりますので、あらかじめご了承ください。

西大陸の深い深い森の奥で、肌に焼けるような痛みを感じたセレナは久方ぶりに目を開いた。

(ふむ……何かあったか)

骨まで焼けそうなほどの痛みを感じている、火傷どころか染み一つない白い腕を撫でつつ、立ち上がる。

森と一体化し、森の生命力を分け与えられることで己の命を永らえさせる術の使い手であるセレナにとって、この森は命そのものである。

この森がある限り、セレナには寿命による死は訪れない。だが、この森が無くなってしまえば立ちどころに命を紡ぐことができなくなる。

それ故にセレナは森に多くの樹人形(ウッドゴーレム)を放ち手入れをさせることで森が枯れ果てて死ぬことが無いよう、保全に努めてきた。

老いて死にかけた木を切り倒し、代わりに若木を植える。空に輝く太陽の光が届かぬほど生い茂った葉は打ち落とし、地面まで暖かな命を紡ぐ光が地面に咲いた花まで届くようにしてやる。

晴れ続きでしおれかけた花に水を撒き、芽を出しすぎて共倒れになりそうな草は適度に抜いて健全なものが残るようにしてやる。

セレナと同じく、この森にある限りは魔力という命が尽きることもなく、永遠に続く森の世話に不満一つ漏らすこともない樹人形たちはただ黙々と、森を生きながらえさせる仕事を続けている。

だが、その樹人形に手に負えぬ事態……嵐が来たとか、火事になったとか、竜や魔獣の類がやってきて森を荒らしているときなどにはセレナは森の被害を痛みとして感じ取って瞑想をやめ、自ら対処する。

森から得た魔力を古く強力な魔法へと変え、その魔法で持って森を守るのである。


セレナが森の中心から離れ、問題の箇所に駆けつけたとき、森は炎で赤く染まっていた。

「これは……山火事じゃな」

文字通りの意味で身体を焼かれる痛みを受けながら、セレナは冷静に何が起こっているのかを察した。

恐らくは落雷か何かで火が付いたのが燃え広がっているのだろう。

赤々と燃える炎は木々や草花に燃え移り、焼き焦がしていく。

(この規模だと放っておけば半分は焼け落ちる、か)

セレナがこの森で暮らし始めてからの三千年で、およそ五、六回程度しかないほど燃え上がっている規模の火事。

見れば火を消そうと泉から水を汲んできては撒いている樹人形たちも一部焼け焦げている。

「さて、さっさと終わらせるとするか」

だが裏を返せば今までそれだけの数防いできた程度のものでしかない。

セレナは火を消すことにする。

(……なるほど、そういえばここしばらくは雨は降っていなかったの)

まずは近隣の雨雲を呼び寄せようとして、この辺りに雨雲が無いことに気づく。

「まあよいわ。こういう時は……」

だが、それでもセレナは焦らず、対処する魔法を完成させる。

一瞬、空気が凍りつき、勢いよく燃えていた炎が容易く勢いを減じて行く。

(うむ、これで問題なかろ)

地上に漂う空気の流れを変えて特定の場所からのみ空気を奪い去り、生きるために呼吸を必要とするものを抹殺する、広域魔法。

本来は力は強いが魔力の弱い巨人や多数の南大陸に住まう覇王の眷属のうち、竜へと変じる魔法を持たぬ者どもを単独で殲滅するために編み出した術だが、どうやら空気というものは炎が燃えるのにも必要なものらしく、こうして火を問答無用で消し去るのにも使うことができる、と気づいたのはこの森に住んで何年目だったか。

そんなことをつらつらと考えながら、防御の魔法により炎の中心にあっても焼け焦げることも、己の魔法で窒息することもなく確実に山火事を消していく。

やがてセレナは燃え広がっていた山火事の中心までたどり着き、全ての火を消し終える。

全ての炎が消え去ったあとに残った黒く焦げて炭になった大木を見て、少し寂しさを覚える。

(これでまた一つ『長老』が減ったか)

三千年という長いあいだ、丁寧に世話をしてきた森の木々は、千年の時を刻んだものすら珍しい程度には、若い。

寿命を終え、枯れ果てた木は樹人形の手で全て切り倒され、次の若木たちを育てる礎や新たな樹人形を材料にしている。

それ故にセレナが住み着いた三千年前から生き残っている木々はもう数えられる程度しか残っていない。

その一本がまた、こうして火事により燃え尽きたのである。

(まあ、気にしてもしょうがないがな……うん?)

そんな気持ちを振り払い、セレナはまた、森の中心である森一番の巨木でもある、万の年月を生きた己の住処へと戻ろうとして、気づく。

黒々とした、燃えた木々のすぐ近くに、別の黒がある。

燃えたのとはまた違う、艶やかな猫の絵が描かれた黒。

「なるほど、今日はドヨウの日であったか」

恐らくは木々が燃えて魔力の流れが変わったせいだろう。

セレナはこの森に現れた、二つ目の扉に手を掛ける。

(確か、オシルコスープは無いのだったな)

あの豆のスープの温かな甘味を思いだし、セレナは少し残念な気持ちになる。

まだ年が変わるまでは一ヶ月ほどある。あれは年が変わる時期にしか出さぬと聞いたことがあるので、置いてはいないだろう。

(まあよい、なんぞあるだろう。最近妙なものを置くようになっておったし)

そんなことを考えながら、扉を開く。


チリンチリンと鈴の音が鳴り響くのを聞きながら、セレナは扉をくぐり、異世界の料理屋を訪れた。



チリンチリンと響いた鈴の音に何気なくそちらを見たファルダニアは思わず息を飲んだ。

(なにあれ……えっと、エルフ、よね?)

鈴の音と共に扉をくぐって現れたのは、ゴーストのように音を立てずにひっそりとしたエルフの女であった。

磨かれた黒曜石のような艶やかなストレートの黒髪と、雪のように白い肌。

西大陸風の、汚れ一つない装束を纏い、すらりと長い耳を持つ女。

「わあ。きれいだね~」

ファルダニアにつられるようにエルフの女を見たアリスが素直に感想を漏らす。

まだ、ファルダニアからほんの少しだけ魔法を習っただけのアリスは、気づかない。

(物凄い魔力……)

ファルダニアが驚いたのは、その魔力の強さであった。

端的に言って、いくら魔力が強いエルフという中にあっても人外の領域だ。

下手をするとファルダニアが未だ出会ったことがない最強の魔物、ドラゴンをも凌駕する。

おまけに年齢が読み取れない。

魔力が膨大すぎると同時に、練りこまれ過ぎてて魔力で大まかな年齢を見通せるファルダニアの目を持ってすら、見極められないのだ。

(この店、変な人が多いのは知ってたけど……)

きっかけは、最近知り合った人間の魔術師から、留守を頼まれたことだった。

なんでもこの時期の海の底でしか取れない薬の材料があるとかで一ヶ月ほど家を空けるので、その間、家を預かって欲しい。

ちゃんと掃除して、たまにくる客の相手をしてくれれば家を好きに使って構わないと言われたのだ。

その言葉は、ファルダニアに取っても嬉しい提案だった。

まだ若干三十歳の幼子であるアリスを連れての長旅は、中々に大変なものとなる。

ちょうど海の幸については研究したいこともあったのもあってファルダニアは了承し、ファルダニアとアリスは岬の家で少しゆっくりとすることにした。

そして、アリスと二人で暮らしていると七日に一度はアリスが行きたがるので仕方なく、仕方なく異世界食堂を訪れるようになっていた。

「そこな娘。なんぞ儂に用かの?」

予期せぬエルフの客に驚いて見ていたのを悟られたのだろう。

黒髪のエルフがファルダニアとアリスに視線を向けてくる。

「い、いえ何も……」

その、強い雰囲気に飲まれ萎縮したファルダニアは首をすくめて目をそらす。

「ふむ、そうか」

一方のエルフ……セレナもまた、ファルダニアの答えを聞くと視線を外し、適当な席に腰を下ろす。

「いらっしゃい。珍しいですね……申し訳ないんですが、今日はお汁粉はやってないんですが」

席に腰を下ろしたセレナに、少し申し訳なさそうに行ってきたのは、前に来た時に出迎えた魔族の娘ではなく、店主であった。

「うむ、オシルコがないのは残念だが、そこは言うても仕方あるまい」

セレナとてそのことは理解している。

ここ最近とんと姿を見かけぬ先代の店主にあれは年に一度、年明け最初のドヨウの日にしか作らないと説明を受けたのは、たったの三十年前だ。

そして今日がまだ年明けには大分早い時期であることは承知している。

「代わりと言ってはなんだが、なんぞ甘いものでもあるかの。出来れば温かいものが良いのだが」

だが、同時にセレナは信じてもいた。

来るたびに客が変わり、様々な料理を出すこの店には、必ずセレナが好む料理があると。

「そうですね……」

その言葉に店主は少し出す料理を考える。

温かい、甘いもの。

それだけならホットケーキでも出すところだが、もう一つ大事なことがある。

目の前のお客は、どうもエルフと呼ばれる種族らしい。

エルフというのは宗教的なものなのかアレルギー的なものなのか理由は分からないが、動物性の食材を極端に嫌う。

そうなるとエルフに出す料理というものは植物性の材料のみで作ったものでなければならないのである。

「そうだ」

果たしてそんな料理があっただろうかとしばらく考えて、店主はその料理に思い当たる。

先代の頃出してたもので、今はメニューに載っていないものだが、あれならば自分でも美味しく作れる自信はある。

「それなら、大学芋でどうでしょう? 出すまで少し時間がかかりますが、それで良ければ」

「ではそれを」

店主の確認に、セレナは頷いて許可を出す。

ダイガクイモなる料理がどんなものかは知らないが、こと料理に関してはセレナよりも知識と技術を持つ店主である。

甘く、温かく、そして獣の臭いが混じらぬ料理を出すことだろう。

「……さて、どんなものが出てくるのかの」

じっと先ほどのエルフの小娘から見られているのを感じながらも、セレナは食欲と好奇心を燻らせながら、じっと待つ。

元より一年の大半を思考と瞑想に費やすセレナに取って、待つことは決して苦とならなかった。


そして、しばらくして料理が運ばれてくる。

「お待たせしました。ダイガクイモです」

ことりと軽やかな音を立てて、セレナにその料理が供される。

「ほう。これは……なるほど。ダイガクイモとはクマーラのことか」

黒い粒が散らされた艶やかな橙色の衣を纏った、黄色い実と紫の皮を見て、セレナは懐かしそうに目を細める。

その料理のメインとなるそれは東にも西にも無く、ただあの恐ろしい覇王に仕える魔竜の眷属たちが南の大陸で食していた野菜によく似ていた。

(思えばあの頃はまだ若かった……)

その姿に常人の三倍を越える時を生き続けているセレナにとっても遠い記憶が思い出される。

まだ、セレナが都で探求に明け暮れていた頃、セレナは南の大陸に渡ったことがあった。

あの当時、己の求める不老不死の魔法を完成させるために文字通りの意味で不老不死であった覇王とその眷属たる竜を研究するためである。

当時すでにエルフの中にあってなお魔法の天才と称されていたセレナですら、何度か命を落としかけるほど危険な旅であったが、あそこで己や同じく探求に身を捧げた同輩たちは多くの新たな発見を為して、更なる探求を進めたものだ。

(確かアルトルーデの奴が好きだったのう……)

クマーラが好物であったエルフの同輩は、南の大陸の植物を大量に持ち帰り、魔法で南大陸と同じ環境を再現した施設で確かこれも育てていた。

特に自分が持ち帰ったクマーラは焼くと果物とは違う甘さがありうまいのだと笑っていたのを覚えている。

(やれやれ、時はめぐる、か)

そのアルトルーデもとうの昔に寿命で死んだ。

セレナとしてはあのくだらない魔霊(リッチ)に堕ちなかっただけマシだとも思うが、それでも顔見知りの死に随分と悲しく思ったものだ。

(……さて、そろそろ食うとするかの)

ひとしきり懐かしんだが、これは食べ物だ。食わねば勿体無い。

セレナは箸を手に取り、そっとそれをつまみ上げる。

とろりとした茶色い蜜が皿の上に滴り落ちる。

まだ温かいクマーラは香ばしく甘い香りを漂わせていて、空っぽのセレナの胃袋を刺激する。

(これは眺めているだけでも毒じゃな)

そう思い、セレナはちょうど一口で食べられる大きさに切り分けられたダイガクイモを口へと放り込む。

(ほう……これは甘いだけではないのか)

舌の上で転がしてその味と香りを堪能する。

甘い砂糖の味と、香ばしい黒い種の風味。その中にセレナは違うものが含まれているのを感じ取る。

塩気と、少しだけ親しみを感じる風味を持つそれは、恐らく元々は甘くないのであろう。

その風味がこのダイガクイモがまとっている甘味を引き締めていた。

(うむ、噛みごたえも良いし……なるほど、クマーラじゃな)

一通り口の中で転がしてから噛み潰すと、心地良い歯ごたえが返ってくる。

それはとろりとした蜜が固まった堅さと、水気を失って堅くなりかすかに香ばしい風味を持ったクマーラの表面がその歯ごたえを生み出しているようだ。

そして、その歯ごたえの先にあるのは、ほんのりと甘くて口の中で柔らかに崩れていくクマーラ。

ほろほろと崩れていく淡い甘味のクマーラが口の中に残った甘い蜜と混ざり合い、また別の味になる。

甘くて塩気と香ばしさを持つ蜜と、ホロホロと崩れる淡い甘味のクマーラ。そしてそれが合わさる瞬間に、ダイガクイモは完成する。

「……うまい」

その一言に万感の思いを込めて、呟く。

オシルコも美味だが、このダイガクイモも負けず劣らず、美味い。

(こりゃあ、年明けが楽しみだわい)

今度来るときは、オシルコと一緒にこちらも頼もう。

「ちょっといい? あれ、ダイガクイモっていうの、私も注文したいんだけど……」

「おいしそう。わたしもあれ、たべたい」

隣の席のエルフの小娘たちが何やら騒いでいるのを聞き流しながら、セレナは一人静かにダイガクイモを味わうのであった。

今日はここまで。

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