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カルパッチョふたたび

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、余り活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・当店の料理はすべて店主が自信を持っておすすめしています。


文章が変になってたのを修正しました。 11/15追記

ちょうどドヨウの日にぶつかるように非番をあわせ、昼間から異世界食堂へとやってきたハインリヒは、いつものようにエビフライを食べながら、とある客を見ていた。

「あ、このお魚、いつもよりもっとおいしいかも! これ、もう一回ちょうだい!」

「ああもうイリス! そんなに騒いじゃだめだよ! すいません。

 同じものをください」

騒ぎ声を上げながら料理を食べているのは二人組みの客。

一見すると二人の少女に見えるが、しゃべり方からして男女のつがいなのであろうその客は、背中から生えた翼をだらりとたらしながら実に美味そうにその料理を食べていた。

(しかし、生の魚など、食べても大丈夫なのか? 魔物だからなのか?)

公国にある海辺の町の領主の家に生まれたハインリヒは、その二人が海の魔物として恐れられるセイレーンと呼ばれる種族なのは知っている。

海辺に住む、鳥の魔物である以上、魚を好むのもまあ分かる。セイレーンが火を使うという話は聞いたことが無いので、火を通さぬ魚を好むのも当然であろう。


ハインリヒの故郷では、魚は生で食べてはいけない食べ物であった。

煮るか、焼くか、内臓を取り除いて干すか、はたまたかちかちになるまで燻製にでもするか。

とにかく、生では食べなかった。火を充分に通さず食って魚の中に潜む虫や腐った魚の毒気に当てられて腹を壊したとか死んだなんて話も子供のころはよく言われたものだ。

(だが、実に美味そうだ)

その一方で、エビフライを食べ終えつつ、ハインリヒは思う。

そう、実に美味そうなのだ。生の魚という、常軌を逸した料理でありながら。


この異世界の店は何が一番美味いか。

それは誰に尋ねるかで大きく変わる。

あるものは油で揚げた肉料理が一番美味いというし、この店の真価は新鮮で味のよい野菜やきのこにありと答える客もいる。

パンこそ隠れた主役というものもいれば、米こそが至高と答えるものもいる。

昼に来て料理を堪能すべしと言う客がいれば、昼下がりに茶と共に菓子を食うのが一番よいという客もおり、夜に浴びるほど酒を飲みながら飯をかっくらうのが正しい楽しみ方だという客もいる。


そして、ハインリヒに言わせればこの店の真価は豊富な魚や海の幸にあると思っている。

何しろあの腐りやすいシュライプを新鮮そのものなまま、パンくずをまぶして斬新な調理方法で出すのだ。

おまけにあのシュライプの味を引き出す素晴らしきタルタルソース。

それらを食わせる場所は、この異世界しか知らない。

(……そう考えると、この店でなら生の魚すらも美味いのか?)

そこまで考えて、ハインリヒはふと、そのことに気づく。

確かにあれを食べているのは明らかに人間とは違う魔物だが、作っているのは異世界の民ではあるが間違いなく人間であり、素晴らしい料理の腕を誇る店主である。

あの店主の作る料理ということは、少なくとも店主自身はあの料理を金が取れる、立派な料理と考えていることになる。

(いやいや、店主とてわざわざエルフ用に腐った豆のソースを使った麺料理を作っているくらいだ。きっと魔物専用なのであろう)

立ち上った疑問と好奇心をそう考えて振り払う。

あの、昼時にふらりと店を訪れるエルフの剣士らしき男や、人間の魔術師らしき女と共に訪れる二人のエルフの娘。

あの腐った豆などと書かれている料理を平気で、むしろ美味そうに食うのはこの店ではエルフだけだ。

そう結論付け、ちょっとだけ沸いた生の魚への好奇心を振り払った、そのときだった。

「やっほー! 来たよー!」

「ひっさしぶりー! 元気だった?」

チリンチリンと響く鈴の音と共にけたたましく騒ぎながら、二人の新たな客が入ってくる。

ざらざらと砂埃がついたマントのフードを下ろすと現れるのは、日焼けした肌にくりくりの巻き毛と少しとがった耳を持つ二人の子供。

「この前じいちゃんとばあちゃんから砂漠にも扉があるって聞いたんだ! だから来た!」

「とりあえずお水ちょうだい! のどからから~」

(あれは……ハーフリングか)

とてとてと小走りでハインリヒの隣に座った二人を見て、ハインリヒはその正体を察する。

子供のような姿をした永遠の放浪の民、ハーフリングである料理人の夫婦、ピッケとパッケは遠い西の大陸からある意味では見慣れた異世界食堂の風景に、目をくりくりさせながら笑いあった。

「いらっしゃいませ。お久しぶりですね。お水とオシボリ、お持ちしました」

ばさりと砂を落としながらマントを脱ぎ去った二人にアレッタが笑顔で水差しと手ぬぐいを複数持ってくる。

「ありがとー!」「うんうん。やっぱきれいになると気持ちいいよね!」

がやがやと騒ぎながら一息に水を飲み干してお代わりしつつ手ぬぐいで顔や手を綺麗にぬぐっていく。

そして、二人してため息を一つついたあと、早速空っぽのお腹を満たす算段を始めた。

「久しぶりだし、沢山食べようねパッケ!」「うん! いっぱい食べたいねピッケ!」

そういうと二人はくりくりと店内を見渡して、おいしそうな料理を食べる二人の少女に目をつけた。

「うん! まずはあれ、あれを僕とパッケの分でちょうだい!」

「そっかあ! 今こっちはシャケの季節なんだね! おいしいよね! シャケ!」

ピッケはぴしりと二人の少女が美味そうに食べてる料理を指差し、言う。

年中暑い砂漠では季節の感覚が失われてしまうが、目ざとい二人は、橙色の魚の肉を見て、今の季節を知った。

秋から冬までの間にネコヤでよく食べられているシャケとか言う異世界の魚。

それは、血の気の多い赤い身の魚とも血の気の少ない白い身の魚とも違う、独特の味を持った魚で、脂がよく乗っていて生で食べても美味なのを、二人は知っていた。

「はい。スモークサーモンのカルパッチョですね。少々お待ちください」

二人の小さな客の注文に答え、厨房へと戻ろうとしたときだった。

「あ~、すまない。アレッタと言ったか? そのカルパッチョとやら、私にも頼む」

「はい? ……はい。少々お待ちください」

ハインリヒはついにアレッタを呼びとめ、カルパッチョを注文する。

魔物ならいざ知らず、この店でも様々な料理を食べていて舌が肥えているハーフリングすら美味だと言うならば、本当に美味いのかも知れないし、毒ではなかろう。

そう考えたとき、ハインリヒにはもはやためらう理由は無かったのである。


そして、すぐにその料理がハインリヒにも届けられる。

「お待たせしました。スモークサーモンとクリームチーズのカルパッチョです」

そんな言葉とともにことりと置かれた皿には、色鮮やかな橙色の魚の肉と薄切りにしたオラニエに純白のチーズの塊が散らされ、白いソースが加えられた一皿であった。

(やはり、生なのか……)

サーモンと言う魚の肉が、火を通された魚の肉とは違う、生であることを伺わせる透明感を持っていることに、ハインリヒは少しだけ頼んで良かったのかと考えつつ、フォークを手に取り、食べることにする。

「うん! おいしい!」「やっぱり新鮮な魚なら生に限るよね! これ燻製だけど!」

隣の席のやかましさを無視しつつ、フォークで魚の肉とチーズを一塊刺して、持ち上げる。

かすかに透き通った橙色の肉に、鮮やかに白い、日持ちはしないであろうチーズ。

そして肉と共に取った、やはり透き通った薄いオラニエ。

緊張からか期待からかごくりとつばを一つ飲んだ後、口に運ぶ。

(……おお、うまい。うまいぞ!)

それを食べた瞬間、ハインリヒは心の中で一つため息をついた。

生まれて初めて食べる生の魚の肉は、火を通した魚とは違う、独特の歯ごたえを持っていた。噛んでも口の中で崩れず、かみ締めるたびにゆっくりと千切れていく。

そして、そのたびにあふれ出すのは、魚の肉に含まれた油。

それは確かに魚のにおいを持つが、古くなった魚の生臭さはまったく無く、魚のうまみを余すところ無く含んで舌にしっかりとなじんで行く。

そしてその旨みを引き立てているのが、新鮮なチーズにオラニエの組み合わせ。

チーズの、上にかけられたソースとはまた違う酸味と、火を通さないオラニエの、鮮烈な辛味。

この二つが油っ気の強い魚の味を引き立てている。

(……しかし、タルタルソースとは、生の魚にもあうものなのだな)

そしてなにより上に線を引くようにかけられた白いソース。これが素晴らしい。

この店に通い続け、エビフライとカキフライを何度も食してきたハインリヒにはその正体はすぐに分かった。

独特の酸味と臭みの無い油、それから卵の味。

刻んだ卵やハーブこそ入っていないが、これは間違いなくタルタルソースであった。

海の食べ物には欠かせないほどにあう、タルタルソース。

それは例え、魚に火が通っていないとしても同じなのであった。

「アレッタちゃーん! 悪いけど焼かないパンを持ってきて!」「すぐにね! これ挟んで食べるの!」

「アレッタよ。私にも頼むぞ」

となりからやかましく聞こえてくる導きの声に従い、ハインリヒもパンを所望する。

(なるほど

程なく届いた焼いていないパンと共にカルパッチョを口にしてハインリヒはその味に納得する。

素晴らしく美味な生の魚の肉は確かに焼いていない、柔らかく甘いパンにも合い、とうにエビフライが入って空腹ではないハインリヒの舌にも良く馴染み、瞬く間に一皿が空になった。

(やれやれ。異世界とはすごいものだな)

一皿を綺麗に平らげて満腹しながら、ハインリヒは改めてそう思う。

生の魚の肉すら美味に仕上げてしまう異世界の料理屋。

きっとまだ食べたことが無い料理にも、逸品が隠されているのだろう。

そのことに満足しながらハインリヒはゆっくりと席を立ち上がり、勘定をして己の世界へと戻っていくのだった。

今日はここまで。

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― 新着の感想 ―
[一言] お寿司の日、スシdayを設けて、登場人物に楽しませてあげてくださいませ。かなりの在庫を抱えることは必須になると思いますがw
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