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フルーツゼリー

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連になる客もいます。

・フルーツゼリーに使われる果物は季節ごとに変わります。


以上のことに注意してお楽しみだくさい。

不思議な匂いがする風と、目前に広がる、大きな、大きな泉。

「ふわぁ……」

そんな、生まれてから想像もしたことがないような光景に、ハーフエルフの両親から生まれたエルフの娘、アリスは間の抜けた声を上げた。

「海を見るのは久しぶりだけど、やっぱり大きいわね」

そのアリスの師匠であり、保護者でもあるエルフ、ファルダニアもまた、およそ五十年前に家族で旅をしたとき以来となる海に、最初に海を見たことを思いだし、顔を綻ばせる。

「それにしても、とうとう、海か」

ファルダニアが家出同然に村を飛び出して一年以上。その間に父の古い友人が住むエルフの都である森都や、何日か通いつめて秘密を探り出した、エルフ豆のシチューを出すハーフエルフが切り盛りする宿、アリスを拾った森、そして無数の人間の街や村を通ってきた。

その間に魔物と戦ったこともあるし、悪い人間に騙されそうになったこともある。冒険者と一時的に組んで、冒険の真似事や雇われ仕事をしたこともある。

それらは五十年ほど前、まだ母親が生きていた頃、家族揃って一年がかりで海のあるこの町まで旅行したときには無かったもので、ファルダニアはそれもまた旅で得たものだろうと考える。


そして、その旅路で拾ったエルフの幼子、アリス。

冒険者に見えるように一応は人間の魔術師が着るようなローブを着せ、マントを羽織らせてはいるがその顔にはファルダニアから見れば三十歳という幼さがくっきりと浮かんでおり(アリスをファルダニアの『姉』と勘違いするような見る目のない人間もいるが)、とても長い旅路に耐えられるようには見えない。

無論、ファルダニアとて一応は目的ある旅である以上、あまりゆっくりとするつもりもないが、昔の記憶が確かなら、この港町は、ついこの間まで魔族との戦いが続いていた戦場に近かったせいで寂れていて、その分穏やかに過ごせる町だったはずだ。

(ああ、だから私を連れてきたのか)

五十年も経って、父親と死んだ母親が考えていたことに気づき、苦笑する。

その穏やかさは故郷の小さな村のことしか知らぬアリスに世間を学ばせるにはちょうどいい。

きっと二人もそう考えて、まだほんの八十歳の子供だったファルダニアを連れてくる町として選んだのだろう。

「さ、行きましょ」

「うん!」

そんなファルダニアに対し、アリスは大きな声ではっきりと答え、最近見せるようになった幼い笑顔をファルダニアに向ける。

大好きだった父と母が死んで、森で迷子になっていたアリスを助けて、遠くまで連れてきてくれた、アリスより百年も長く生きている『ししょう』は、今やアリスにとって最も信じられる『だいすきなおねえちゃん』になっていた。

ファルダニアのいうことに間違いはない。

そう信じているからこその返事であり、笑顔である。

そして、二人は町へと入り……ファルダニアは予想が大きく外れたことを悟った。


穏やかな港町だと思っていた町はいつもの喧噪に包まれていた。

「さあさあお立会い! はるか海を越えて運ばれてきた世にも珍しいカッファだよ! 帝国の皇帝陛下もお気に入りだともっぱらの噂の品だよ!」

「白砂糖の上物はあるか? 最近、光の神殿からよく注文が来るから、仕入れておきたいんだが」

「なんだこの値段は!? 如何に高い酒とはいえ、これ一本で海国のウメシュの上物が五本は買えるぞ!?」

「知らないのかい? こいつはドワーフの新しい火酒さ。噂じゃあ偏屈で鳴らしたアインガルドがこれを手土産にしただけで剣を打つのを引き受けたってくらいなんだぜ?」

「へぇ。帝国が戦でぶんどった唯一の港ってだけあって随分と賑わってるんだな」

「そうだな。ここ最近は海国だけでなく砂の国からの船もよく来るというしな」

「おい! そこの兄ちゃん! 港町が初めてならこいつを食ってかないか? 取れたての魚の串焼きだよ!」

「ほーれ! コロッケが揚がったよ! うちのは十日に一度は油を変えてるから味が良いよ!」

「絞ったマルゴーの汁はいかがですか~。搾りたてですよ~」

道いっぱいに人、人、人。

物売りや商人、素性の怪しい冒険者や旅人に、荷運びに、屋台。

彼らは精いっぱいに商売に励み、波の音に混じって人の声が響き渡っていた。

「……人間の町ってたった五十年でこんなに変わるものなの?」

自分の記憶の中にある光景とのあまりの違いに、ファルダニアは思わず頭を抱える。

思い描いていたのは、穏やかで静かな海の町だ。

ここで異世界で使われている『味付けに使える海の草』のことを調べようと思っていたのだが、こうもうるさいとさっさと出ていきたくもなる。

(困ったわね。アリスにもあんまり無理はさせられないし、しょうがないか)

ちらりと、見慣れぬ街並みと人ごみを興味しんしんで見ているアリスをちらりと見て、考え直す。

一人での旅だったころと違い、今は子供を抱えての旅だ。あまり無理はさせられない。

「じゃあ、行きましょうかアリス……ってアリス!?」

そこまで考えて側にいたはずのアリスの姿が見えなくなっていることに焦る。

どうやらファルダニアが色々と考え込んでいるうちにアリスは子供らしい好奇心でもって、ファルダニアの側を離れてしまったらしい。

「ああもう、これだから子供は!」

悪態をつきながら、慌ててアリスを探す。

はるか五十年前、自分自身が迷子になり、両親が必死で探し回ったことなど思い出すことも無いまま。



幸い、アリスはすぐに見つかった。

無数に並ぶ屋台の一つの売り物をじっと見ていたのだ。

「ふわぁ……」

アリスが見ていたのは赤くてピカピカ光る銅の器に入れられた、切り分けられた色とりどりの果物が浮かぶ、透明なもの。

それは水のようなのに、匙で触るとプルプルとふるえるそれは、アリスの知識にはない食べ物であった。

「いた! アリス、いつも言ってるでしょ。一人で勝手に行っちゃダメだって」

その屋台でじっと何かを見ていたらしいアリスを叱ったあと、ファルダニアもそれを見て訝しげに売り子に尋ねる。

「って、なにこれ? 食べ物なの?」

色とりどりの果物が浮かぶ、スライムのような不思議な食べ物。

ファルダニアの知識にはない代物である。

「まあね」

エルフらしい、率直で無遠慮な物言いに苦笑しながら、店の売り子はその正体を告げる。

「これは、フルーツゼリーって言うお菓子なんだ。よかったら食べてってよ。この前お姉さんみたいなエルフの人にも出したけど美味しいって言ってくれたよ」

岬の魔女曰く、まだ固くて不完全な代物らしいが、それでも十分に美味しい。

そのことを知る売り子は自信を持って勧め、ファルダニアとアリスは顔を見合わせる。

「……そうね。じゃあ、二人分貰える?」

「まいど」

少し考えて、ファルダニアは二人分を注文する。

(へへっ、きっと驚くな)

愛想よく、木の椀によそったフルーツゼリーを渡しながら、売り子は内心で笑う。

父親が子供のころにはもう岬に住んでいたという、歳を取らない魔女から教わった、魔法の粉を入れた特別なお菓子。

下等な魔物であるスライムのような外見だが、味は良い。

「へぇ、結構いけるじゃない」

「うん! おいひいよ! これ」

幸い目の前のエルフの二人も同意見らしく、食べた瞬間に顔を綻ばせる。

切り分けた果物を白砂糖を入れた水で軽く煮て、果物の汁を加えたものを魔法の粉で固めたフルーツゼリー。

ほんのりと冷えた果物の汁が混ざり合った甘酸っぱい汁が口の中で溶けていく逸品で、自分以外にも扱い出しているらしい。

(それにしても、あの魔女さんは一体どこでこれを知ったんだろうな……)

エルフの二人に請われてお代りをよそいながら、売り子はふと疑問に思う。

ただ美しいということしかわからぬ、古くからこの地に住まう魔女。

そんな彼女が数年前、気まぐれに試作し、作り方を教えてくれたのが、このフルーツゼリーである。

どこから来た、どんな出自を持つ者なのかは誰も知らないだけに、フルーツゼリーの作り方を知っていたのもそう不思議ではないが、それでもなんで教えてくれたのかは、疑問だ。

(あの人は『最近少しずつ増えているから』と言ってたけど……まあ、気まぐれなんだろうな)

結局、考えてもわからないので、そう結論付けてまた商売に戻る。

魔女が何者であれ、どんな人であれ、恩人には違いないのだ。

それだけわかれば、充分であるとばかりに。


港のあるその町の外れにある、海に近い岬。

その地にカミラが住み着いてもうすぐ六十年の月日が過ぎようとしていた。

「ふぅ」

岬に建てられた、小さな家の地下と繋がった、海の水が流れ込む洞窟。

はるか海の底まで、様々な薬の材料と食糧を探しに行っていたカミラは集めてきた戦果を抱えて帰ってきた。

「結構色々採れましたね」

採ってきたのは海藻や貝、あとは海の底で身の程知らずにもカミラを襲った鮫の牙といった戦利品を改めて確認し、顔を綻ばせる。

仲間たちから遠く離れた地で、ただ一人暮らす『人魚』である彼女にとって、こうした日々のちょっとした喜びこそが孤独を癒す糧となるのである。

「水を支配する青の神よ、我に加護を。我に陸を踏みしめるための脚をくださいませ」

その戦利品を抱えたまま、カミラは素早く祈りをささげる。

人魚の尾びれを、人間の脚に変える祈り。

カミラの、海の青を宿した美しい尾びれが、海色の鱗と青鋼石の硬さを持つ爪を備えた強靭な武器でもある龍の脚ではなく、白くたおやかな人間の脚に変わる。

この脚は武器と呼ぶにはいささか弱いが、この大陸で、人間のフリをするには使えるものだ。


カミラは青の海の底に築かれた永遠の大帝国で、青の神に変わらぬ信仰と忠誠を誓った人魚であり、帝王たる青の帝王、すなわち青の神より直々に特別に加護を授けられた、大神官である。

通常、大神官ともなれば部族を代表するもの、すなわち長として仲間を束ねるのが仕事なのだが、カミラの場合は事情が違う。

七十年前、当時の青の海で最も優れた大神官であった彼女は、王であり、神である青の神から特別な命を与えられ、こうして北方の大陸に赴任した。

そう、かつてこの地では魔族と呼ばれている邪教徒たちの手でこの地に蘇ろうとした『万色の混沌』の監視である。

遥か数万年もの昔、六柱の神々がそれまで多くの強き存在を滅ぼしては喰らい続けてきた万色の混沌を滅ぼし、世界を支配する存在となった時、六柱の神々は三つの盟約を結んだ。


ひとつ、六柱の神々同士では互いに争わぬこと。

ひとつ、己の加護を受けし眷属同士の戦いには、直接かかわらぬこと。

そして、最後のひとつ。もし、再び混沌が誕生することがあれば、六柱全員で協力し、どんな犠牲を払ってでも再び滅ぼすこと……


数万年の時を経ても偉大なる六柱の神は決して忘れない。

かつて自分たちが力を結集し、それでもなお辛うじて滅ぼすのがやっとであった怪物のことを。

だからこそ、七十年ほど前に混沌が再びこの世に現れたとき、青き帝王は己を信奉する大神官の中でも特に力が強かったカミラに不老長寿の加護として己の血を一滴与えて送り込み、何が起こったのかを調べさせ、再び混沌が現れる日が来ないか、長い監視を命じたのである。

それは、青の神の信徒として万を越える人魚を導き、総べるべき立場にあったカミラにとっては左遷とでもいうべきものであり、カミラの一族たちは己の一族の麒麟児が青の神の思し召しとはいえそんな暮らしをせねばならないことを随分と嘆き悲しんでいたが、カミラ自身は今の、色々なものが慌しく変わり行くのを眺める生活も悪くはないと思っている。


カミラの仕事は、その大部分が既に終わっていた。

混沌はこの地では魔族と呼ばれる、邪教徒が復活させたが、強い黒の神の加護を受けた勇者を筆頭とした四人の英雄の手で再び滅ぼされた。

そして、万色の混沌が一度は蘇りながらも再び滅ぼされたせいで邪教徒たちは強い加護を受けることができなくなり、衰退したらしい。

今、北の地は人間が支配する土地となった。

それがカミラが自らの編み出した『人間の脚』を手に入れる秘儀でもって人間へと化け、人間の魔術師(仮にも大神官として、人間たちの信奉する水の神とやらの信徒を名乗る気にはなれなかった)として、十年間の間あちこちを旅して得た結論であった。

それから、青の神にことの次第を伝えた後、再び邪教徒が混沌を生み出そうとする日が来ないかを見張るよう命じられたカミラは大陸の外れ、海に近い小さな町に、地下が海と繋がっている家を建てて住み着き、時折訪れる町の民に海の薬を売り渡す魔女として暮らすことにした。

それは青の神直々の命令に従う意味もあったし、青の神の信徒であふれた海の底の国での、穏やかで、変わり映えのしない暮らしに飽き飽きしていたからという意味もあった。


この港町は、カミラの住み着いた六十年の間に、随分と変わった。

邪教徒が衰退して平和になったがために二つの大陸を大きな船で渡る交易が盛んになり、町は物が溢れて人が増え、どんどん大きくなった。

同時に様々な人々が住み着いて、静かだった町は随分とにぎやかになった。

かと思えば陸の上でいつの間にか大きくなっていたらしい帝国とかいう国が攻め込んできてあっという間にこの街を治めていた領主が帝国に臣従したことでこの街は帝国の領土となり、他に港を持たなかった帝国はこの地に随分と金をかけ、帝国の民を送り込み、町はさらに大きくなった。

カミラはそんな水の中の暮らしとは違うめまぐるしすぎる変化を係わり合いになるでもなく見守って暮らしてきた。

そんな変化をじっと見守る暮らしに少し変化が出来たのが、ほんの五年ほど前の話である。

「さてと、出かけるとしましょうか」

水から上がり、着替えた後、カミラは地下室の片隅に目を向ける。

長年カミラが住むうちに水の力を帯びるようになった地下室の片隅に突如現れた、黒い扉。

その扉に手をかけて開く。


チリンチリンと鈴の音が響いて扉が開く。

「いらっしゃいませ」

出迎えるのは、金色の髪を持つ邪教徒の娘。

「ええ、席に案内していただける?」

ちらりと、店の片隅でわれ関せずと言った様子で香辛料の効いたスープを楽しむ(ここ数万年の間、黒の神の信徒を含めて誰も見たことがないゆえに確証はないが)黒の神をちらりと見た後、席への案内を頼む。

「はい。こちらへどうぞ」

邪教徒の娘の方も慣れたもので、カミラを手早く空いた席に案内する。

「ありがとう。よく冷えたフルーツゼリーをお願いするわ」

席に座りながら、カミラはこの店で覚えた、最高の菓子を注文する。

「はい。少々お待ちください」

その注文に受けて邪教徒が厨房へと取りに行っている間、カミラは店内を見渡す。

(……やっぱり、神官が多いわね)

一見すると人間の魔術師にしか見えないカミラだが、青の大神官として、強い加護と経験を併せ持つ彼女は神の僕を正確に見分けることができる。

人間ながらカミラとも遜色ないほどの強い力を宿す白の神の大神官やラミアであろう赤の神の大神官、今は姿が見えないが秋から冬ごろ、クマーラの季節になると来るようになる金の神の神官に、最近西の大陸の出であろう人間を伴ってくるようになった、故郷を飛び出して着たのであろう自分と同じ青の神の神官、それから最近男連れで来るようになった緑の神の神官。

そんな、故郷である南方で生まれ育った神官たちの様子を見ると、懐かしさを少し感じる。

青の神の国で暮らしているときは異教徒と出会うこともほとんど無かったが、着ているものなどからなんとなく故郷を思い出すのだ。

(まあ、戻るわけにも行かないけど)

彼ら神官たちは脚も人間のそれで、格好も北方の民のもの、ついでに長年の経験で神官の力を隠すことに長けているカミラの正体には気づいていない。

カミラはゆっくりと彼らを見て、ぼんやりする時間が嫌いではなかった。

「お待たせしました。フルーツゼリーです」

そうして待っていると、邪教徒の娘が注文の品を持ってくる。

「ええ、ありがとう」

故郷であったら邪教徒は倒さねばならぬ敵だが、ここは異世界。

特に気にすることも無くフルーツゼリーを受け取る。

「それでは、ごゆっくりどうぞ」

そう告げて去った彼女を見送って、カミラは匙を取る。

目の前には、透明な硝子杯一杯に満たされた色とりどりの四角く切り分けられた果物と、それを包む、透明なスライムのように見える、ゼリー。

一口サイズに切り分けられ、丁寧に処理された色とりどりの果物が薄く色づいたゼリーに浮かんでいた。

(やはり美しいわね)

この店にはいくつもの菓子があり、どれも美味だが、美しさという意味ではこの透明なゼリーが群を抜いているとカミラは思う。

その透き通った色あいは、他の菓子には無いものだ。

カミラはいつものように果物と共に匙で透明なゼリーを掬って、持ち上げる。

プルプルと震える、果物を含んだゼリー。

それを口に運ぶ。

口の中でとろけるような柔らかさと、磨き上げられた石のようなつるりとした滑らかさがカミラの舌の上を滑り、喉を通って胃の中に落ちていく。

後に残るのは、クリームとは違う、爽やかで酸味を残した、冷たい甘み。

それは暑い陸地の夏の熱さに少し参り気味だったカミラには、染み透る。

(うん。やっぱりこの柔らかさは、まだ出せないわね)

ひとしきりゼリーの滑らかな甘さを楽しんだ後、カミラは改めて思う。

この、砂糖と水で煮ることで柔らかく、普通の果物よりも甘くなった果物を包み込むゼリー。

初めて食べた後、カミラは長年の経験から、これの作り方を考え出した。

海で取れる海藻の中に、洗って煮込んだあと乾かすと水を固める効果があるものが作れることは知っていた。

それを使い、カミラは似たようなものを作りだした。

それは向こうで幾ばくかの金……主にこの店で使うゼリー代を稼ぐために人間に作り方を教え、売らせたらちょっとした名物になるくらいには美味だったが、まだまだ固くて、この柔らかくて滑らかなゼリーにはまだほど遠い品物であった。

どうすればこの柔らかさと滑らかさにたどり着けるかは、まだ研究途上である。

(あとはこの異世界の果物。これも問題ね)

次にカミラは、ゼリーに覆われた果物を味わう。

橙色の酸味が弱いミケーレや、甘く熟したマルゴー、エメラルド色の宝玉を思わせる緑色で甘い葡萄、櫛形に切り分けられた白っぽくて甘い桃、丸い輪を切り分けたような形で口の中で縦に裂ける酸味が強めの黄色い果実に、それからこの時期にのみ入る、シャリシャリとした食感のベリーとは違う赤い果実。

あるものは生で、またあるものは砂糖水で煮込まれた、大量の果実。

器のゼリーの中に散りばめられた果物はそれぞれに違う味を持ち、ゼリーと共につるりと口の中を通っていく。

いくつかは似たようなもの、あるいはほぼ同じものがあることをカミラは知っている。

だが、その甘みはどれもカミラの知る向こうの果実とは段違いで甘くて美味い。

それは砂糖水で煮込んでいるからというだけで無く、果物そのものの質が違うのだろう。

(これが向こうでも手に入るなら、あのゼリーももっと美味しくなるのだけれど、でもここでしか食べられないからこそ、貴重なのかも知れないわね)

そんなことを考えつつカミラはゼリーを食べつくし、そっと匙を置く。

「ふぅ……」

思わず漏れる溜息に含まれるのは、大きな満足。

カミラにとって、七日に一度のフルーツゼリーは、何よりも楽しみなものであった。

「さてと……ごめんなさい。お会計をお願いするわ」

「はいよ」

店主を呼び、代金の支払いを済ませて、また地下室へと戻る。

「さてと、今日はあとは……」

これからの予定を考えながら、カミラは上へと昇っていく。


彼女はまだ知らない。この後、二人の耳の長いエルフ……かつての侵略者の末裔が訪ねてくること。

そして、その出会いが、カミラに新たな味との出会いをもたらすことを。

今日はここまで。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] さっきアニメでこの話見てきたけど、フルーツゼリーが完成したらエルフは食べられないね ゼラチン以外の何かでゼリーの柔らかさを超えるのかな?
[一言] 流石大神官にして眷属、黒の神に気付いてらっしゃる。 黒の新人眷属や白の眷属坊やは全く気付いてなかった。 坊やの方は摘まみだされてなお、あんな態度だったけど。 ゼラチンと寒天だとどうしても…
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