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チョコレートパフェ

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・当店のパフェは生クリームとソフトクリームの両方を使用しています。

 どちらかのみがお好みの方はお申し付けください。


以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。

帝国の皇女、アーデルハイドは子供の頃、雲を食べたことがある。


アーデルハイドはそのときのことをおぼろげにしか覚えていない。

後から考えるに、あれは夏の盛りを迎えようとしていた頃、アーデルハイドは帝都から離れた避暑のための離宮にいたときのことだ。

確か、その年は毎年恒例となっている離宮への避暑に父である皇帝と皇后である母は参加しなかった。

後に歴史の教師から聞いた話ではその年、帝国は隣国を併呑するための戦の準備の真っ最中であり、それどころでは無かったらしい。

そのときにはまだ弟も妹も生まれておらず、遊び友達を兼ねた世話係は帝都に残っていた。

かくてまだ4歳だったアーデルハイドはたった1人で離宮に預けられた。


召使いと祖父に囲まれた涼しい離宮での生活は快適ではあるが幼いアーデルハイドには酷く寂しい場所だった。

帝都が恋しく、泣いたこともあるように思う。

そんなときだった。

祖父…退位した先帝ヴィルヘイムがアーデルハイドの手を引き『秘密の部屋』へと連れて行ったのは。


祖父は自らが命じて作らせ、退位後は終の住みかとしていたこの離宮のことを誰よりも知っていた。

そして、そんな祖父が飛び切りの秘密として案内したのが、秘密の部屋だった。


―――良くお聞きアーデルハイド。ここのことは皆には内緒だぞ。ワシの取り分がなくなるからな。


秘密の部屋の入口…猫の絵が描かれた黒い扉の前で、祖父はアーデルハイドに笑いかけ、その大きな手でアーデルハイドを撫でながら、そう言った。

その手はしわしわで、ひんやりとしていたのを覚えている。

それから祖父はそのひんやりした手でアーデルハイドの手を引き、扉を開いた。

鈴のついた扉はチリンチリンと綺麗な音を立てて開き、そのままアーデルハイドは秘密の部屋に入った。


秘密の部屋がどんな場所だったか…詳しいことは覚えていない。

ただ、椅子とテーブルが沢山あり、とても明るかったように思う。

そこで祖父はその部屋にいた老人と何かを話していた。

なにやら難しい話で、アーデルハイドにはさっぱり理解できない話だった。


―――おっとごめんよお嬢ちゃん。ヒマだったろう…

   そうだ、甘いもんでも出してやろうな。


じっと行儀良く椅子に座っていたアーデルハイドに気がついた老人が、アーデルハイドに笑いかけたあと、近くにいた男に言った。


―――おい!バカ孫!確かお前、大学にいたころ飛び犬んとこの倅と茶店のキッチンでバイトしてたって言ってたよな?

   ほれ…あれ、つくれるか?一応グラスだきゃああるんだがどーも俺はああいうのには向いてなくてな。

―――バカは余計だよじいちゃん!つーかあれじゃわかんね…ああ。分かった。なるほどな。


それだけで分かったのか男は頷き…しばらくして、それを持ってきた。


―――おまちどうさん。こっちのじいさんのおごりだ。遠慮なく食ってくれ。


それがなんなのかは、アーデルハイドには分からなかった。

ただ、食べるのがもったいないと思うほど綺麗で…そんな気持ちが一口食べただけで消え去ったのは鮮やかに思い出せる。


はじめてたべるそれはまっしろななかにくろいもようがあってふわふわしてやわらかくてあまくてつめたくて…

とにかく今まで食べたどんなものより美味しかったと言う記憶しかない。


―――良かったな。アーデルハイド。


はしたなく、口許をべとべとにしながら一生懸命食べていたら、祖父に撫でられた。


―――おじいさま!これなんですか!?


そんなことを尋ねた記憶がかすかにある。

そしてそのとき、祖父は少し困ったように笑ってこう答えた。


―――これはな…あ~うん…あれだ。雲だ。

―――くも、ですか?

―――そうだよ。雪をたっぷりと溜め込んだ、冬の雲だ。冷たくて美味しいだろう?

―――はい!


その日、アーデルハイドはその年の夏になって初めて笑ったように思う。


…それがアーデルハイドの一番好きな食べ物が『雲』になった日の記憶のすべて。


無論、今年で16歳になるアーデルハイドにも分かっている。

恐らく、夢か何かであることは。


偉大なるヴィルヘイムはその年の冬、崩御した。

離宮の私室での、満足げに微笑んでの大往生だった。

まだ幼かったアーデルハイドには、死と言うものは良く分からなかったが、もう祖父に会えないと聞いて、悲しくて泣いたのを覚えている。


それからアーデルハイドは新たに生まれた弟…皇太子の姉として、皇族の1人としてなに不自由なく暮らしていた。

…若者がまれにかかる肺の病に掛かり、今や住むべき主人のいない離宮で療養生活を送ることになるまでは。


「それでは皇女殿下…お気をお落としになりませぬよう」

「ええ。だいじょう…ごほ!ごほ!」

アーデルハイドを迎え入れるため、帝都の私室にも負けぬほど豪奢に整えられた寝室…

この離宮で一番の部屋である先帝が使っていた寝室に案内され、アーデルハイドはため息を吐いて…咳き込んだ。

「だ、大丈夫で御座いますか皇女殿下!?」

「大丈夫です。ここまでの旅で少し疲れただけ。そんなに心配しないで下さい」

その様子に慌てて駆け寄ろうとする側仕えを手で制し、待つように大事無いことを伝える。

「そうですか、良かった…」

そう言いながらそっと、アーデルハイドから距離をとるように一歩下がる側仕えに、少し傷つく。

(薄情ではないですか…好きで病に掛かったわけではないのに)

理性では分かっている。

高位の司祭による癒しの魔法も効かず、数年間じっと療養することでしか治らぬが故に『貧民殺し』と呼ばれる病。

滅多にうつるものではないとはいえ、それを恐れる気持ちに、皇族も平民も無いと。

だが、感情はついていかない。

ほんの1ヶ月前まで、蝶よ花よと愛でられていたのに、病になった途端に掌を返されればなおさら。

(ああ、こんな場所で2年は暮らすことになるなんて…)

ヴィルヘイムが崩御してからはほとんど使われなくなったこの離宮には、数えるほどの使用人しかいない。

今までいた、華やかな宮廷とは対極に位置する場所。

ここでアーデルハイドは1人、植物のように静かに暮らさねばならないのだ。

今から気の滅入る話だった。

「それでは、何か御用がございましたら、いつでもお呼び下さい…」

それだけ言うと、世話係はそっと部屋を離れる。

「ううっ…」

世話係が部屋を出た後、アーデルハイドは豪奢なベットに倒れこみ、1人静かに泣く。

己の運命に対し、たった1人。

…そして、静かで陰鬱な暮らしが始まった。


アーデルハイドに転機が訪れたのは、それから3日後のことだった。

この地に移り住んで3日たったある日のこと、ただ暇をつぶすために、1人で本を読んでいたアーデルハイドの側に、ふわりと風が流れた。

…病気の身体に障るということで、窓を閉めているにも関わらず。

何事かと思い、風が吹いてきた方向を見たアーデルハイドは目を見開いた。

(…あんなところに、扉が?)

目の錯覚を疑い、アーデルハイドは目をこすって、扉があることを再度確認する。

こちらに来て3日間暮らしていたのにも関わらず気づかなかった…

否、昨日までは確かに存在しなかった、猫の絵が描かれた黒い扉。

明らかに周りの壁や扉からみて異質なそれが、寝室の壁に取り付けられていた。

(なんなのでしょうか…どこかで見たことがあるような…)

その扉の前に立ち、アーデルハイドは訝しげにそれを見る。

不思議なことだが、その扉にアーデルハイドは見覚えがあった。

何処で見たのかは思い出せないが、確かに昔、ここで見たような気がする。

ごくりと、口の中一杯に溜まった唾を飲み込み、アーデルハイドは扉に手を掛ける。

(一体何処に繋がっているのでしょう?)

普通に考えれば隣の部屋だが、この広々とした元はヴィルヘイムの寝室だったこの部屋に、隣部屋は無い。

ならばこの扉は一体何処に繋がっているのか…不明である。

だが、アーデルハイドの心には、何故か不安は無い。

あるのはこの退屈を紛らわせてくれること、そしてこの先にある『なにか』への、期待。

そう、アーデルハイドは無意識に期待していた。

この先にあるものに、思い出せないままに。


チリンチリンと音を立てて、扉が開く。

「いらっしゃい…うん?」

中年の、華美ではないが縫い目がきっちりした、仕立てのよい服と腰布をつけた男性がアーデルハイドを見て、首を傾げる。

「あの…すみません。ここは、どこでしょうか?」

ずらりと並んだ小さな卓と椅子。窓も無いのに昼間のように明るい部屋。

離宮とは明らかに違う。だが確かに見覚えがある。

そんな記憶に困惑しながらアーデルハイドはこの部屋の住人であろう男性に尋ねる。


「あ、ああ…ここはねこやって料理屋ですよ。お嬢さんみたいな『向こうの人』からは異世界食堂って…ああ」


一方の店主も、初めて来たはずの、だが確かに見覚えがある客の正体をようやく思い出した。


「思い出しましたよ。お嬢さん、確かヴィルヘイムさんのお孫さんでしょ?」

この異世界食堂では近くにある高校の学生より若い客、まして異世界人の幼い女の子なんて滅多に訪れないので、覚えていた。

もう10年以上店に来ていない常連だった老人が連れてきた、孫娘。

時が立ち、随分と綺麗になっていたが、確かに面影がある。

そのときもこんな、不思議そうな顔をしていた。


「まあ!?おじいさまのお知り合いですか!?」

その言葉に、アーデルハイドは目を見開く。

無論、およそ帝国臣民であれば偉大なる賢帝と称えられた祖父ヴィルヘイムの顔と名を知っているのは当然だが、実際の知り合いとなると少ない。

まして、仮にも帝国の長であったヴィルヘイムに敬称すらつけないで呼べるものなど、皇族かヴィルヘイム自身が友と認めた一握りの人間のみだ。

それをなしうるこの男は何者なのだろうか?


「ええまあ。うちのことは随分とご贔屓にして戴きました。

 …どうです?今日のところはサービスにしときますんで、うちの料理、食べていきませんか?」

ここ10年以上…自分が店を継いでからは会っていなくてすっかり忘れていた懐かしい顔を思い出した店主は、アーデルハイドに優しい言葉を掛ける。

思えば先代の作るコロッケが大好物だったあの老人には、自分の料理を食べてもらったことは無い。

ならばせめて、その孫だと言う娘に位は、良くしても良いだろう。

そう、考えたのだ。


「料理を…あ」

一方のアーデルハイドもまた、店主の言葉を聞いた瞬間、ふと思い出す。

そうだ、ここで自分は…


「それでしたら…その…『雲』を食べたいのですが…」

とても美味しいものを食べたのだ。


「雲?…ああ、そう言えば…」

前にこの娘が来たときのことを思い出し、店主は頷く。

店主もまた思い出していた。この可愛らしいお客に出した料理がなんなのか。


「分かりました。少々お待ちを。すぐにお持ちしますんで」

そう言うと店主は厨房に引っ込み、作る用意を始める。

…先代の頃は裏メニューで、自分の代になってから『デザート』としてメニューに載せるようになったその料理を。


そしてしばし後、ついにアーデルハイドの『雲』を店主が運んでくる。


「お待たせしました。ご注文の雲…『チョコレートパフェ』です」

そっとアーデルハイドの前にそれが置かれる。

「まあ…」

その姿…食べ物らしからぬ華やかな姿にアーデルハイドは1つ言葉を漏らした。

「それじゃあごゆっくり」

魅入られたようにパフェを見つめるアーデルハイドに店主は一声掛けてから、奥へと引っ込む。

そして、異世界食堂のテーブルには、アーデルハイドとチョコレートパフェだけが残された。


(食べ物と言うよりは鮮やかな細工物のようですね…)

最初に食べた時は幼かったが故に良く覚えていなかったが、この雲…チョコレイト・パフェは食べ物とは思えぬほど華やかだった。

まず、器に使われているのは透明度が高い、透き通った杯。

一切の凹凸がない完璧に整った造詣。杯の縁のだけが花のように波うっているのも美しい。

そしてそこに飾り立てられているのものもまた、負けずに美しかった。


まず、最初に目に入るのは雪山のように白い雲。

ピンと尖った白い雲の上に、黒いものが上から掛けられており、なだらかに流れて優美な模様を描いている。

さらにその上には色鮮やかな粒が散らされており、白と黒で構成された山に彩りを添えている。

その山の縁には色とりどりの果物や焼き菓子。

しっかりと焼かれた小麦色の焼き菓子の片面には山に掛けられたものと同じ色合いの黒いものが塗られており、その対比が美しい。

さらに半分に割られた赤いベリーの実、黒い粒が散らされた緑の果実、スライスされた生成り色の果実が飾り立てられ、山すそに鮮やかな色を与えている。


そしてその下…山の下は白と茶、そして小麦色の層となっておりその綺麗に3層に分かれた様子が、透明なグラスを通して見ることが出来る様も良い。

これだけ様々な色合いの加わった華やかな食べ物は、帝国の皇女として世にある贅沢は一通り経験しているアーデルハイドにとっても珍しい。

正直、食べるのが惜しいほどであった。


(…そろそろいただきましょう)

とはいえ、いつまでも見つめていても仕方がない。

アーデルハイドは静かに沈黙を保ったまま、良く磨かれた柄の長い匙を取り、パフェを食べ始める。

まず食べるのは、山の頂…黒いものがたっぷりとかかった白い山。

そこに匙を潜り込ませる。

匙が入れられたパフェは、まるで雲のように抵抗なくすっと切れる。

かくて、匙の上に築かれた小さな三角形の山。

たっぷりとした黒いものに覆われたそれをそっと口に運ぶ。


(…まあ)

その儚さに、アーデルハイドは思わず息を飲んだ。

それはアーデルハイドの記憶にあるどんな食べ物よりも儚かった。

(甘いけど…あまり甘くありません)

かすかにほろ苦くて甘いものがすっと口の中で溶けて消える。

甘みと苦味が交じり合う美味の後に感じるのは、濃厚な乳の味と…甘み。

その味に、アーデルハイドは好感と共にある種矛盾した感想を抱く。


帝国においてアーデルハイドが普段口にするような『贅沢な菓子』は、総じて甘い。

菓子というものは高価な砂糖をふんだんに使えば使うほど贅沢で美味とされる。

そのため、文字通りの意味で帝国で最も高貴な女性の1人に数えられるアーデルハイドが普段食べる菓子は、恐ろしく甘かった。


(でも…この方が間違いなく美味しいです!)

普段出される菓子が甘すぎると感じて余り好まないアーデルハイドは夢中で一匙、一匙と掬って食べ進む。

甘さが控えられているためか、甘味以外の味もしっかりと感じる。

乳の味がする白と、ほろ苦くてそれがまた甘味を引き立てる、黒。

それが口の中で溶けて消える。

後に残るのは夢のような味。

(この果物の甘酸っぱさも…ああ!)

スプーンで掬い上げられるよう、一口大にカットされた緑の果実と、赤い果実。

色味が美しいこの2種類は、あえて余り熟していないものが使われていた。

甘味はあるが、しっかりと酸味も含んだ果実。

だが、それが甘味に慣れた舌を休ませて、更に白と黒の雲の甘さ、美味しさを引き立てる。


(この焼き菓子と果物も…)

焼き菓子は匙では掬えないのではしたないのを承知でほっそりとした2本の指で摘み、かじりつく。

白いものがついた黒と小麦色に染まった焼き菓子は、やはり甘さが抑えられていて、パリッと砕ける香ばしさがある。

そして、最後の1つ、生成り色をした果物は雲とはまた違う、果物らしい甘味がある。


(一体いくつの味を…きゃっ!?」

無言のまま、無数に口の中に広がる甘い味の競演を楽しんでいたアーデルハイドは、思わず声を上げた。

食べ進んだ白いものが…雪のように冷たくなった。

(これは…上に乗っていたのとは別のもの!?)

まさかの不意打ち。

ふわふわの雲の下に隠れていたのは、見た目は良く似た、まるで別の…冬の冷たさを孕んだ雪雲。

それは滑らかで、上の雲よりも長く口に残り…雪のように冷たい。


(…こんなお菓子が存在したなんて!?)

温かいアーデルハイドの舌の上で儚く溶けていく雪雲は、絹のように滑らかに、甘味が広がる。

宮殿で、魔法で生み出した氷を細かく砕いてハチミツや砂糖を山ほど入れた果物の汁をかけた菓子を食べたことはあるが、それとは異質の味。

アーデルハイドにとっては未知の…人生で2度目の経験だった。


(雪をたっぷりと溜め込んだ、冬の雲…それに)

祖父の言葉を思い出しながら、食べ進んでいくと、やがて匙がそれを掘り当てる。

土色をした、丸い塊。

一見すると菓子らしからぬ風体のそれを、アーデルハイドは躊躇なく口に運ぶ。

(甘くて苦い…これは…)

上の白い雲より固く、甘味が抑えられている。

上に乗っていた黒いものの風味を持つ、冷たい菓子。

それのもつ僅かな苦味が、たっぷりと甘味を楽しんだ舌に染み込んで、心地よい。


(…ああ、終わってしまいます…)

最後に上に残った丸い塊と白い雪雲から吸い込んだ甘味の他は甘味がほとんどない、小麦の香ばしさが強い焼き菓子を食べながら、アーデルハイドは寂しさを覚える。

この素晴らしい味の競演がとうとう終わりを告げることが酷く残念だった。

だが、そのときは無常にも訪れる。

焼き菓子の最後のひとかけまで食べ終えて、アーデルハイドはそっと匙を置く。

「…ふぅ」

ため息に込められたのは、少しの口惜しさと、たっぷりの満足感。

アーデルハイドはそっと座ったまま、空になった杯を眺める。


(そう言えば…こんな気持ちになったのは久しぶりです)

その満足感に、アーデルハイドは自然と微笑む。

…思えば病に掛かってからは初めての笑みだ。


「元気、出たみたいですね。良かった良かった」

満足げなアーデルハイドを見て、店主は笑いながら言う。

「この店は7日に1回やってますんで、気が向いたらまた来てください…ま、次からはお金貰いますけどね」

こうして、旨いものを食べて元気になった客を見ると、何となく嬉しい。

そんなことを考えながら、店主はアーデルハイドに告げる。

「…はい。必ずまた来ますね」

それに対し、アーデルハイドもまた、笑みを浮かべて答えた。


そして、アーデルハイドは再び離宮の己の部屋に戻ってくる。

(お金…金貨を何枚くらい用意すれば足りるのでしょうか?)

あの素晴らしいお菓子は、本来であれば一体どれくらいの金貨が必要なのだろう?

そんなことを考えながら、アーデルハイドは寝室のベッドに寝転がる。


満ち足りた腹と気持ちのせいか、すぐに眠気が襲ってくる。

すうすうと、昼前の寝室に安らかな寝息が広がる。

アーデルハイドは久しぶりに、微笑みを浮かべながら昼のまどろみを楽しんだ。


アーデルハイドは夢を見る。

いつか元気になる夢を…7日後に訪れる至福の時を待ちながら。


…彼女は知らない。

7日後、メニューに並ぶ幾つもの『パフェ』の文字に、どれを頼むか大いに悩むことになることを。

今日はここまで

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