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親子丼

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますがあまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・会食や待ち合わせ場所などにもご利用ください。

生まれも育ちも山国で、今も山国の山々の間や上に点在する村々や町で様々な芸を見せて旅を続ける旅の芸人であるハチロウは手製の地図を手に、まだ日が登ったばかりで薄暗い山道を、警戒しながら山道を歩んでいた。

山国の山道は、旅慣れたものであっても危険が多い。

一歩踏み外せばあっという間に谷底に真っ逆さまに落ち、命を失うような細道も珍しくない上に、山を覆う森の中には危険な獣や魔物、獣人が住み着いて、己の縄張りに近づいた旅人を襲う。

罪を犯し、人里にいられなくなった破落戸どもが侍衆の目が届かぬ山の中に住み着き、賊となって罪なき旅人を襲い、不運にも山で死んだ哀れな旅人がこの世を恨んで屍人(あんでっど)と化し、生きるものに死を振りまく。

『山の道は黄泉(よみ)に通ずる』という山国の言葉は、そんな山道の険しさを表す言葉なのである。

(おっとうとおっかあは元気にしているだろうか……)

だが、そんな険しい道を、汗を吹き出しながら歩くハチロウの顔は晴れやかである。

春が終わり、夏が訪れようとする頃、ハチロウは『おっとう』と『おっかあ』に会いに行く。

今日はまさに、その日であった。

「ようやくついたか……」

すっかり明るくなった頃、ハチロウは目的の場所につく。

ハチロウの目の前には、見慣れた扉……黒い、猫の絵が書かれた扉。

ここに来るまでにかいた汗を手ぬぐいで丁寧に拭き取り、空に輝く太陽が中天に差し掛かったのを確認して扉に手をかける。


チリンチリンと軽やかな音を立てて扉が開き、ハチロウは扉をくぐる。

(おっとうとおっかあはまだ来てない、か……)

素早く相も変わらず『変な客』がたむろしている店内を見渡し、目当ての二人がいないことに気づいて、少しだけ不安になる。

(もしやもう……いや、まさかな)

また来年、夏の初めのドヨウの昼に会おうと約束して、ハチロウはおっとうとおっかあと別れた。

つまりはこの、国のあちこちに点在する『扉』をくぐり、二人に最後にあったのがもう一年も前のことになる。

一年前に会ったときの、年老いたしわくちゃの顔が頭をよぎって不安になるがそれを振り切って捨てる。

(なに、大丈夫だ。たまたま遅れてるだけだろう)

簡単に死ぬようなたまではない。

そう自分に言い聞かせ、飯でも食いながら待つことにする。

「いらっしゃいませ。ヨーショクのネコヤにようこそ。お客様、初めてですか?」

入口で色々考えて立ち止まってたせいだろうか。

『新顔』と見られたのか、去年までいなかった金色の髪に黒い巻角が生えた、脚が大胆に出た異世界風の服を着た魔族の娘……

恐らくはこの店の給仕であろう娘がハチロウに尋ねる。

「いや、違う。来たのが一年ぶりでちょっと戸惑っただけだ」

都でもちょっと見ないほど小綺麗で、艶やかな金髪の娘に戸惑いつつも言葉を返したそのとき。


チリンチリンと扉が開く音がして、ちょろちょろと何かが入ってくる気配がする。


「ふう。歳はとりたくないもんじゃのう。あんな小山登るのにこんなに時間がかかるとはのう」

「ほんにねえ……おんや、ハチロウでねえの。待たせちまったかのう」

足元から聞こえてくるのは、聞きなれた声。

「おっとう!おっかあ!」

その声に思わずハチロウは二人を抱きかかえる。

「おうおう。やめんか。いい年なんじゃから、恥ずかしかろう」

「ほんにハチロウはいつまでたっても童のようじゃのう」

そんなハチロウを、しわくちゃの二人は愛おしそうに撫でる。

己の倍ほどもある背丈の、可愛い息子を。


物心ついた頃、口減らしのために山の中に捨てられたハチロウを拾ったのは、子供が独り立ちして随分と経った、気の良い旅小人(はぁふりんぐ)の夫婦であった。

彼らは生まれた村のこと以外何も知らぬ童であったハチロウに山道の歩き方と、身の護り方、生きるための大道芸の技を教え、共に十年も旅を続けた。

そうして十年の歳月が過ぎ、ハチロウが立派に独り立ちできる若者に育った頃、旅小人にとってはそれが当然だというように『おっとう』と『おっかあ』はハチロウと別れ、また夫婦二人の気ままな旅へと戻っていった。

「ほれほれ。そろそろ下ろしてくれんかの」

「そうじゃ。わっしらもう腹が減ってかなわん。朝もなんも食うとらんのでな」

「ああ、そうだったな……」

その言葉に我に返り、ハチロウは照れながら二人を下ろす。

「おう。そこの娘さん、アンタ、この店の給仕じゃろう。卓に案内しとくれ」

「腹が減ってたまらんから、メニューもすぐに頼むわい」

一瞬で見極めたのだろう。二人が給仕に口々に頼み事をする。

「はい。こちらへどうぞ」

そんな二人に苦笑しながらも、給仕の娘は朗らかに笑って空いた席へと案内する。

「それじゃあ、すぐにメニューもお持ちしますね」

「あ、ちょっと待ってくれ」

席に案内し、すぐさまメニューを取りに戻ろうとした給仕を呼び止める。

「はい。なんでしょう?」

「早速で悪いが、注文をしたい」

ハチロウがそう伝えると、他の二人も頷く。


そう、ここの料理は色々とあってどれも美味いし、おっとうとおっかあはその老いた外見からは考えられないほどたくさん食うが、最初に頼む料理は決まっている。

「親子丼を三つ頼む。すぐに持ってきてくれ」

それこそがこの老いた旅小人たちの大好物であり、ハチロウにとっての思い出の味であった。


それから三人は、積もり積もった一年の話をする。

「なんと、砂の国まで行っていたんか!?」

「おう。あっちは暑くてかなわんわい」

「もう何回か行ったことがある国じゃが、相変わらず砂ばっかりじゃったのう、あすこは」

ハチロウの問いかけに二人は背をそらしていう。

旅小人はその生涯を旅に使う。

そのため、大陸中の国々をすべて回ったなんてものすら珍しくはない。

目の前の二人もまた、そんな者たちであった。

「じゃがのう。珍しいもんにあったぞい。海を越えた旅小人じゃ」

「じゃな。なんでも船で海を越えてこっちまで来たっちゅう若い旅小人の夫婦でな、船の上っちゅうんはひどく退屈だったから二度と乗りたくないちゅうとった」

だからこそ、どんな言葉が飛び出すか分からぬ二人の言葉は面白い。

「そっか。山国は相変わらずだよ。あ、でも最近長く都の討伐隊すら撃退した(おうが)の夫婦が住み着いてた街道が、鬼がいなくなって安全になったって聞いたかな」

二人の言葉に相槌を打ちながら言葉を重ねる。

一年間の空白を埋めるための言葉。

それは、一年ぶりに顔を見る店主が親子丼を運んでくるまで続いた。


「そんじゃいただくとするかのう」

「やっぱり冷める前に食わんとねえ」

届いた、蓋付きの器を前に待ちきれないと言うように、箸を手に取り、蓋を開ける。

「ほおお。良い匂いじゃのう」

「ほんに。何度食うてもこの匂いは腹に答えるわい」

ふぅ~と、一息吸い込んでからガツガツと食べ始める元気な二人に目を細めながら、ハチロウも蓋を取る。

ふわりと、甘さと塩気を感じさせる匂いが鼻をくすぐる。

その香りに胃が締め付けられるのを感じながら、涎を飲み干して、箸を手に取り、その料理を見る。

目に映るのは一面に染まった鮮やかな卵色。

親子丼と呼ばれる、異世界の料理は純白の米の上に鶏肉の卵とじを乗せこんだ贅沢な料理である。

(ああ、たまんねえ)

その美しさを目で楽しみ、その匂いを鼻で楽しみ、その重さを手のひらで楽しむ。

そこまでやったらもう、後は食うしかない。

ハチロウはそっと箸を差込み、最初の一口を取る。

箸の上には大きめに切り分けられた、脂ののった皮付きの鶏の肉が適度に火が通って透き通った卵をまとい、茶色い汁を含んだ純白の飯が土台に敷かれている。

鮮やかな緑と白の葱が彩りを加え、美味であるからすぐにでも食えとハチロウに訴えて来る。

ハチロウは我慢できぬと言うように親子丼を口に運んだ。

(ああ……)

口に運んだ瞬間、ほろりと親子丼がほどける。

口の中に広がるのは、複雑な旨み。

鳥の皮が持つ脂と、柔らかな肉の旨み、葱のシャッキリした食感と、米の甘みに、あまじょっぱい汁の味。

それらが一体となりハチロウの舌を楽しませる。

(うめえなあ……本当に)

その味に思わず涙すらこぼしながら、ハチロウは噛み締める。

思えば親から捨てられてまもない頃、運良くおっとうとおっかあに拾われて命だけは拾ったものの、生みの捨てられたという事実にひどくふさぎ込んでいたとき、おっとうとおっかあは幼かったハチロウの手を引き、扉をくぐった。

そして、不思議な店で、年老いた先代が作る親子丼を三人で食べたのだ。

その、あまりの美味しさにそれまでの悲しい気持ちを忘れ、一心不乱に食うハチロウに、二人は目を細めて、言った。


―――こいつぁな、親子丼っちゅうんじゃ。親と子、一緒に食うでな

―――んでなぁ。思うんじゃな。こうして同じ卓で一緒に親子丼を食うたわっしらももう親子みたいなもんじゃて


その言葉は、ボロボロになったハチロウの心にすっと入り込み、灰色にみえていた世界が色を取り戻した。

その日から、ハチロウにとっての親は、目の前の小さなおっとうとおっかあの二人になったのだ。

(ああ、いかんなあ。これはもう我慢がきかない)

最初の一口を存分に味わったら、胃袋が猛烈な講義を上げた。

曰く、もっと寄越せと。

ハチロウももちろん我慢なんて聞かない。

丼に直接を口をつけ、ガツガツと目の前の二人と一緒になって親子丼をかっこむ。

時折り一緒についてきたミソの汁に手を伸ばして喉を潤し、しょっぱいおおねの漬物で口直しをしつつも手は止めない。

三人が親子丼を食べ終えたのは、ほぼ同時であった。


「ふう、くうた、くうたわい」

「まずは一杯、じゃのう」

満足げに箸を置き、おっとうとおっかあはそれが当然だと言うようにメニューに手を伸ばす。

「さぁて、次は何を頼む?」

ハチロウも自然と一緒になってメニューを覗き込み、何を頼むかを考える。

老いたとはいえ、とにかく胃袋がでかい旅小人と、まだまだ食い盛りのハチロウ。

どのみち親子丼一杯では欠片も足りない。

「ほうじゃのう……」

「ほんになあ……」

胃袋はともかく懐には限りがあるので、何を頼むか悩む。

そんな、幸せな親子の時間がゆっくりと流れていった。

今日はここまで

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