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チーズケーキ再び

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません

・フライングパピーのチーズケーキ三種類はそれぞれ、オレンジ、ストロベリー、ブルーベリーで味付けしています

帝国を拠点とする魔族の女傭兵『夜駆け』ヒルダはその日もまた、その森を訪れていた。

「うん。今日もあるな」

目的の場所にいつものように黒い扉が現れているのを確認し、手を掛けようとしたとき、不意に声をかけられる。

「おいおい、なんだいそのけったいな扉は?なんだってそんなところにあるんだい?」

「まあ、これで何が目的だったか、というのは分かりましたわね」

粗野な口調の帝国語と、わずかに西大陸の訛りが混じった丁寧な女言葉。

「な!?なんで貴様らがここにいる!?」

その言葉に反射的に愛用のクロスボウを構えて振り向き、文字通りの意味で『手が届く』位置にいる存在に狼狽する。

そこに立つのは、二人の女。

「なに、最近アンタがちょいと気になってね。つけてきたのさ」

「貴女らしくないのではなくって?わたくしたちの接近に気づかないなんて」

……彼女たちは、ヒルダの同業者であり、ヒルダと同等の力を持つ魔族である。


熊の上腕と、その膂力を加護として得ており、多くの敵を愛用の戦斧と剛腕で潰してきた『雌熊』アリシア。

西の大陸風の怪しげな魅力を持つ褐色肌の美女という外見とは裏腹に短剣に塗ってさせば魔獣すら殺せる毒を生む蛇の牙と天井にすら貼り付けるヤモリの指を持ち、幾多の敵を暗殺してきたという『毒蛇』ラニージャ。

帝国広しといえども魔族の女傭兵で、ヒルダに匹敵するほど有用な『加護』を得ている者などそう多くはいない。


魔族の強さというものはとにかく無限の生命と混沌を司るという魔族の神から得た加護によって決まる。

性別よりも年齢よりもまず魔族の神からどんな加護を貰って生まれてくるかが大事なのである。

かつて、魔族が『世界の敵』と恐れられていた時代、魔族の神の加護は凄まじい力を魔族に与えていた。

あるものには人間どころかエルフすら凌駕する魔力を生み出す大きな角と同時に複数の魔法を使える山羊の首を、またあるものには千の矢を全て弾き返せるほどに硬い蟲の殻と長く空を駆けられる蟲の羽を、そしてまたあるものには吸い込んだものを容赦なく殺すバジリスクの吐息と見たものを石化させるメデューサの瞳を……

魔族の神の加護はとかく気まぐれで、大した加護を持たぬ弱い魔族の子供が魔王として多くの魔族を支配できるほどの加護を得て生まれてくることもあればその逆もあったが、概ね人間との戦で活躍する魔族は一騎当千の化け物揃いであった。

その力ゆえに魔族は人間最古の国であった古王国を滅ぼし、およそ五百年ほどの間、人間との間で世界の奪い合いが続いていたのだ。


……今から七十年前、人間の中から当時の魔族を束ねていた多くの魔王を倒し、その果てに邪神すら倒してしまった四人の暗殺者(えいゆう)が現れるまでは。


後に人間たちによって邪神戦争と名付けられた戦いによって魔族の神が討たれ、神が魔族にもたらす加護が弱まった今、彼の『獅子王』のような加護の塊で生まれてくる魔族なぞ滅多にいるものではない。

だからこそヒルダたちのように三人はそれぞれにそれぞれのことを意識し、交流すらしていた。

「まあ、最近のお前さん、ぶっちゃけ怪しかったからな。用も無いのにこんな辺鄙な場所の森を訪れるような仕事ばかり受けてたみたいだしさ」

「そうですわ。最初のゴブリンの群れ退治ならば貴女に相応しい仕事だと思いますけれど、他に受けた仕事はどれも駆け出しがやるような下っ端仕事ばかりですもの。少し心配になりましてよ」

そんな彼女たちだから分かったのだろう。ヒルダの怪しい動きが。

ヒルダはこれで、それなりに名の知れた傭兵である。

当然、受ける仕事も難易度が高く、その分、身入りが良い仕事が多い。

そんなヒルダが、早急に金がいるというわけでもないのに、同じ方面に向かう、安い仕事ばかり受けている。

そのことに何かあると勘づき、二人はヒルダを追ったのである。

「んで、その扉はなんだい?どっかの遺跡の入口かなんかかい?」

「いや、違う」

アリシアの言葉に、ヒルダは観念して首を振る。

ここまでつけられているのに気づかなかった己の失態と、こうして扉を見られたという事実。

もはやこの場所を『独占』することは難しいだろう。

「この先にあるのは、異世界の料理屋さ……うまい菓子を安い金で出す」

そんな考えから、ヒルダは二人に簡単に事情を説明する。

「はぁ?たかが菓子でそんなに秘密にしてたのかよ!?」

「まあまあ。でも、気になりますわね。ヒルダさんがそんなにお菓子に執着するなんて」

簡単に信じては、貰えなかったが。


チリンチリンと鈴を鳴らし、三人は扉をくぐる。

「あ、いらっしゃいませ。ヒルダさん。お連れの方も、はじめまして」

アレッタは最初、馴染みの客に気づき、いつも一人で来ていた彼女が仲間を二人も連れてきたことにちょっと驚くが、すぐに笑顔を作り、朗らかに挨拶をする。

料理屋の給仕は愛想が大事なのだ。

「ああ、また来たよ。悪いけど、メニューを持ってきてくれ」

「はい。少々お待ちくださいね」

いつもはスフレチーズケーキばかり頼んでいるヒルダはメニューを基本見ないが、今日は連れもいる。

メニューを持ってくるよう頼んで三人で卓を一つ囲む。

「しっかし、異世界の菓子を出す飯屋、ねぇ……いや、なかなか面白そうな奴らが揃っているじゃないの」

店の中を軽く見回し、店の客に人間の手練や、魔物の類が混じっているのを確認し、獰猛な笑みを深める。

(なるほど、ここは異世界だ。こんな連中が一箇所に集まったら普通は確実に殺し合いになるもんな)

元々魔族らしい闘争本能が強いアリシアは、その光景を想像し、舌なめずりをする。

「ええ。流石に少し目を疑いましたわ」

ラニージャもまた、驚くべき存在を目に捉え、己の目を疑っていた。

褐色の肌に整った顔立ちを持つ故郷の砂漠の第一王子とその妹、そして彼らと談笑するのは、帝国の姫ではないか。

(なるほど。最近砂の国が帝国との友誼を結ぼうとしているという話は聞いていましたが、こういうことですのね)

ラニージャは裏の社会で出回っている噂の真相を妙なところで掴むこととなった。


この店は、おかしい。

新たな客二人が同じ結論に至った頃。

「お待たせしました。メニューをお持ちしました」

これまた小奇麗な格好はしているが加護は弱い魔族の娘がメニューなる本を持ってくる。

「ああ、ありがとう……ほら、二人共、メニューだ。ここにこの店が出せる料理が書いてある。おすすめはチーズケーキだ」

それを受け取り、二人の前に開いて見せる。

「ふぅん。こいつがお前がご執心の異世界の菓子か」

「随分と数が多いんですのね。チーズケーキとやらだけでもみっつもありますわ」

気を取り直し、二人はその菓子の一覧が書かれた項を眺めていう。

「ああ、ここの菓子は、すごくうまいんだ。前に帝都で一番だと評判の菓子を買ってみたが、がっかりさせられたよ。ここの菓子の方が何倍もうまかった」

値段はここの十倍以上したのにな、笑いながら続けて見せる。

「まあ、あたしにゃあ何がうまいかなんざよく分からないがね。菓子なんざ、最後に食ったのはいつのことやら」

「確かに。帝国ではお砂糖が随分と高いですものね」

ここの菓子の味の味を嬉しそうに語るヒルダに少し呆れながら、アリシアが声を張り上げる。

「おい!そこの!注文を頼むよ!この、チーズケーキってやつ全部、三つずつ持ってきてくれ!」

「はい!ありがとうございます」

とりあえず、どのチーズケーキが美味いのかはわからなかったので全種類、一人ひとつずつで頼む。

アリシアはあまり学はないので正確な値段は分からないが、一個が銅貨で何枚、という単位で売られているものだ。

それだけ頼んでも大した額にはなるまい。

「さてと、ここの菓子に興味が沸いた。せっかくだから、食べ比べてみようじゃないか」

アリシアの提案に、二人も同意する。


そして、三人の前にそれが並べられる。

「お待たせしました。チーズケーキ三種類です」

大きめの皿に三つの菓子が並べられている。

つるりとした純白の『レア』と表面が狐色に焼きあがった『ベイクド』、そしてベイクドよりも柔らかそうに膨らんだ『スフレ』という、同じチーズケーキでありながらまるで見た目が違うそれらを眺める。

「それじゃあ、食っちまうか」

アリシアの言葉にヒルダとラニージャも頷き、三人はそれぞれにフォークを手に取り、チーズケーキを食べ始める。


アリシアが最初に手を出したのは、どっしりとしていて狐色の焼き色がうまそうな、ベイクドチーズケーキであった。

(おお。こいつは確かにうめえな!)

ケーキに豪快にフォークを刺し、一口で半分ほどをかじりとったアリシアは、口の中一杯に広がる味にヒルダが随分とここにご執心だった理由に納得する。

表面に残る僅かな香ばしさと、どっしりと重めの食感を持つケーキが滑らかに口の中で崩れていく。

ホロホロと崩れていくチーズケーキに含まれている、わずかに酸味があるチーズの風味と、上質な砂糖の甘さが混ざり合った味、そして表面に並べられた、橙色の果実を薄切りにした皮ごと煮込んだ砂糖煮の苦味と酸味が混じった甘さが心地よい。

普段食べ慣れたチーズも、こうして砂糖で味付けして焼き上げれば十分にご馳走になる。

今まで知らなかったことを知りつつ、アリシアは都合三口でベイクドチーズケーキを平らげた。

(足りねえ。追加するか)

そんなことを考えながら。


ラニージャが最初に手を伸ばしたのはレアチーズケーキであった。

(あら、これは、焼いていないのかしら?)

独特の観察眼でそのことに気づいたラニージャが少し不思議そうに端っこを切り取って眺めてみる。

白くて、つるりとした、不思議な菓子。

それは他の二つと違い焼いた気配は無く、ただ何をどうやったのか綺麗に固まっている。

(まあ、食べてみればわかるわね)

スライムを思い出す感触に少しだけ躊躇するが、仮にも王族が利用するような店だ。

変なものは出すまい。

意を決して、ラニージャは食べなれぬそれを口に運ぶ。

(……まあ。これはチーズ、なのかしら?)

その食感に驚く。

それは絹のように滑らかで、すっきりと口の中で溶ける。

故郷の菓子に比べると随分と甘さは薄いが、それが良い。

また、口の中で溶けていくレアチーズケーキに使われているチーズは、ラニージャたちがよく知る熟成させたチーズとは違う味がする。

新鮮で、乳の味が強く、普通のチーズと比べて酸味が強いが、それが良い。

どこかヨーグルトにも似ているが、味は間違いなくチーズ。

そんなチーズがあることをラニージャは知らなかった。

(なるほど、このチーズだからこそ、この赤い実がよく合うのね)

そしてその菓子に合わせられているのは、赤いベリーの実であった。

ほんの少しだけ酸味があり、とても甘い実は、酸味が強めであるレアチーズケーキとよく調和している。

また、潰して上にかけた赤いベリーの実の砂糖煮はとても甘く、それがまた甘みの少ないレアチーズケーキの味を引き立てていた。


(ふふっ。どうやら気に入ってもらえたようだな)

ヒルダはチーズケーキを食べて驚き、それから無言で食べ進める二人に満足しつつ、一番の好物であるスフレを食べすすめる。

スフレチーズケーキのふわりと柔らかな食感で、柔らかに溶けていくチーズケーキのチーズの淡く柔らかな味とブルーベリーの甘酸っぱさ。

この味は何度食べても、飽きない。

他の二つも美味いと思うが、やはりチーズケーキの中ではスフレが別格だと、ヒルダは思う。

……彼女はまだ知らない。

他の二人がそれぞれスフレよりも別のチーズケーキの方が美味いと思っていること。

そして、どれが一番美味いかで喧嘩になることを。


……帝国でも有名な女魔族の傭兵三人。

彼女たちが正式に手を組み、一緒に仕事をするようになるのは、もう少し先の話である。

今日はここまで

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― 新着の感想 ―
[良い点] 色んなチーズケーキが登場してどれが一番か揉める! サンドイッチのような展開で好き! 新たなパーティー結成も示唆され新しい物語に発展しそうで楽しみ(^-^) [気になる点] 一緒に仕事するよ…
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