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ナポリタン

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・当店のナポリタンは肉類をベーコンとウィンナーからお選びいただけます。


以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。

チリンチリンと言う音を聞きながら、扉をくぐると同時に、ジョナサンの目がそれを捕らえた。

「じゃあ坊ちゃん。後は……」

「ああ、任せる」

一応は上司であるシリウスに簡単に許可を取るが早いか、ジョナサンはアレッタに案内されるより先に奥のテーブルに向かい、座る。

「あ、いらっしゃいませ。すぐにお水をお出ししますね」

「ああ。それと、早速ですまないが注文を頼む……そうだなピザをシーフードミックスで頼む」

席に着くが早いか近寄ってきた給仕に注文を出し、じっと奥を見つめる様子に、シリウスは苦笑する。

(やれやれ。相変わらず熱心だな)

ジョナサン曰く、あの場所は『料理人にとっての特等席』らしい。

なんでもあの卓のあの位置からは少しだけ厨房の中が見え、異世界産の料理を作る様を伺うことが出来るという。

ジョナサンはシリウスの供として、何回か通ううちにそれに気づき、ああして特等席が空いているときはシリウスを置いてでもあの席に座る。

……知り合いらしき剣士を連れた商人の娘や、ときおりふらりと異世界食堂を訪れるエルフがいるときは大抵あの席は埋まっているので、どうやら気づいているのはジョナサンだけというわけでもないのだろう。

「さてと……」

注文すると同時に、じっと奥を観察し始めたジョナサンの仕事熱心さに関心しながら、満足げにシリウスは適当な席に腰を下ろす。

「ああ。すまないけど、注文を頼むよ」

ジョナサンの注文を伝え終え、再び仕事に戻った給仕を呼び止めて注文をする。

「はい。何にいたしますか」

「ああ、ナポリタンをウィンナーで。それと食後にカフェオレを頼む」

とりあえず今日のところの『研究』はジョナサンに任せることにしたシリウスが頼む料理は、ナポリタン。

異世界ではベーコンと呼ばれている燻製肉と、ウィンナーと呼ばれている腸詰めのうち、腸詰めを使ったもの。

この店で色々と食べた結果分かったシリウスにとって一番好みの料理である。

「はい。少々お待ちくださいね」

魔族には珍しく身奇麗にしている給仕の言葉に無言で頷き、シリウスはちらりと目を走らせる。

(……よくよく見ると、確かに出自が良く分からない客がいるな)

シリウスは、生まれも育ちも東大陸でも最も栄えている都である王都である。

また、同時に王族とすら取引がある大商人の家系の生まれであり、その人がどんな出自で、どんな人間かを見るのには慣れている。

だからこそ最近王都で流れている眉唾ものの噂に、ある種の信憑性を感じていた。


人間が今住んでいる大陸の南……竜神海の向こうには未知の大陸があり、そこには竜を神と崇める違う文化を持ち、人間以外の種族であっても人間と同じように文明を築いている民が住んでいる。

何でもとある冒険者がその存在を『発見』し、その見聞をまとめた書を別の冒険者に託した。


シリウスが王都で聞きおよんだ、怪しげな噂の一つ。

本来であれば、冗談やほら話の類であり、信憑性は全く無い。

そもそも人間が文明らしき文明を築いてからというもの、ただの一度も凶悪な海の魔物が跳梁跋扈する『竜神海の向こう』になどたどり着いたものなどいないのだから。

シリウスとて、少し前までなら、絶対に信じなかったであろう。

そう、この店に通うようになるまでは。

ここは異世界食堂……シリウスの住む世界のありとあらゆるところから客が集う場所。

その客を見れば、見えてくることもあった。

シリウスには見慣れた東大陸風の格好をした様々な人々に、見慣れてはいないがそれなりに交流はある西の大陸風の格好をした人々。

そもそも交流が無くて詳しいことは知らないが、それでも一応の知識はある獣人やリザードマン、オーガや妖精といったモンスター紛いの異種族。

それらに混じり、確かに人間やドワーフでありながら、シリウスが見慣れぬ様式の服を着た客がいる。

それらの客は西の大陸にあるという砂の国の民のように褐色の肌を持ちながら、砂の国の民が纏うような手や足のでないゆったりしたものとは違う、手や足が大胆に出る服装をしている。

また、それらの服の様式で見ると、普通、人間を襲う化け物として恐れられるラミアや獣人の中に、手入れの行き届いた、きちんとした服を纏った客もいる。

その事実が、シリウスに噂に対する一種の信憑性を感じさせていた。

(考えてみれば、その冒険者がどうやって帰還したかという問題も、この店でなら何とかなるのかも知れないな……)

そしてそう考えれば、何故その人間の歴史でも初めての大発見を成し遂げたはずの冒険者が自らの喧伝をせず、怪しげな噂レベルで収まっているのかも説明はつく。

シリウスとてこの店に出入りしている客を全て把握しているわけではない。

もしもここの『客』にその『竜神海の向こうに行った冒険者』がいたとしたら……

「お待たせしました。ナポリタンです」

そんなことを考えているうちに、シリウスの前に料理が届く。

「ああ、ありがとう」

料理が届くと同時に、シリウスは気持ちを切り替える。

アルフェイド商会は食べ物を扱う商会である。

故に食べ物には真摯に向き合わねばならない。

それが祖父であり、アルフェイド商会中興の祖であるトマスの教えである。


だからこそシリウスは余計なことを頭から追い出し、目の前の料理、すなわちナポリタンに向き合うのだ。

白い皿に盛られたそれは、鮮やかな色をしていた。

マルメットを使ったソースであるケチャップにより、赤みを帯びた橙色に染め上げられた麺に、時折混じる鮮やかな緑の野菜。

薄く切られた異世界のキノコに、ほのかに歯ごたえを残したオラニエ。

全体的に鮮やかな色を帯びたナポリタンは、菓子の類を除けば異世界食堂では最も華やかな料理の一つであると、シリウスは思う。

(では、頂くとするか)

バターとケチャップが織り成す、胃袋を直撃する香りを胃袋に流し込みながらシリウスは傍らに置かれたフォークを手に取る。

まずは一口。

そう思いながら、麺を掬い上げ、口に運ぶ。

(……うん。やはり『炒める』と味わいが変わるな)

口の中に広がるのは、ただ茹で上げただけの麺には無い、香ばしさ。

しっかりと麺に絡んだケチャップの柔らかな酸味と、満遍なく麺が帯びたバターの味を吸い、一体化した麺は、それだけでご馳走である。

普段食べている麺料理には無いその風味の秘密は、調理法にあった。

ジョナサンが観察し、気づいたところによると、ナポリタンは、具材やケチャップと共に一度茹でた麺を底が浅くて広い鍋にバターを入れ、全体に満遍なく火を通しているという。

それは西の大陸にある海国でよく行われる、煮るや焼くという普通の方法とは違う、炒めるという調理の技。

それにより、ナポリタンはただ茹でてソースをあえただけのものにはない香ばしさをまとうのである。

(うん。やはり具材は美味いが、多すぎるとバランスを崩すな)

その麺に混ぜ込まれた具材を食べながら、シリウスは納得する。

麺と同じく、ケチャップで味付けされ、バターで炒められた数々の具材は、美味い。

歯ごたえとほのかな苦味を残した、細切りにされた緑色の野菜や、甘みがあるオラニエに、ソースと自身の汁の旨みを持つキノコ。

そしてベーコンと比べると脂の味と濃さでは一歩譲るが、その分肉汁を多く含み、口の中で弾けるウィンナー。

それらは確かに美味だが、量が少ない。

たっぷりの麺にほのかに添える程度の具材というバランスである。

だが、それこそが正解なのだ。

ナポリタンは、麺の風味を楽しむ料理であるとシリウスは考える。

これでナポリタンの味付けをされた具材が多すぎては、麺の味を楽しむのには不適である。

(やっぱり具材は麺を引き立てるためにあってこそだ)

さらによくよく味わって見れば、それらの具材にはもう一つ、麺に対する味付けという役割がある。

具材は麺と共に口に運ぶときに自身の旨みを麺に分け与える。

それがわずかな味わいの違いとなり、麺に別の風味を与えている。

麺と具材が一体となった料理。

それが、シリウスのナポリタンに対する評価である。

(さて、そろそろ味付けを変えるか……)

半分ほど味わったところで、シリウスは麺と共に運ばれてきたものと卓上に置かれたそれに手を伸ばす。

給仕が運んできたのは、小さな筒。

それの口を開いて逆さにして振ると、ほのかに黄色を帯びた白い粉が落ちてきて、ナポリタンの上に降りかかる。

入れすぎると調和を崩してしまうので、掛けすぎないように、慎重に。

さらさらと橙色の麺に淡い黄色の雪を降らせ、うっすらと覆われたところで、手を止めて、再びフォークを手に取る。

フォークで淡い黄色が色づいた麺を掬い上げ、一口。

その淡い粉……細かく挽いたチーズがナポリタンの味を変える。

柔らかなチーズの風味がナポリタンの酸味を和らげ、同時にチーズ独特の風味を与える。

(よし、これで最後だ)

そしてもう一つ、卓の上に置かれた赤いものが入った硝子瓶も振る。

そこから零れ落ちるのは、赤い雫。

シリウスは先ほどにもまして慎重に赤い雫……タバスコソースをナポリタンに振り落とし、味付けを変えて、一口。

シリウスを襲うのは、激烈な、辛味。

先ほどまでのナポリタンには無かった味だが、それがアクセントとなってシリウスの胃袋を刺激し、その手に持つフォークを突き進める。

ジョナサンによれば、トガランの酢漬けから作ったと思われるタバスコソースは、非常に味が強い。

とてつもない辛味を帯びており、少量ならば素晴らしいアクセントを産むがかける量を間違えるとおよそ人の食べるものではなくなってしまう。

(よし、味付けは完璧だ!)

だが、今回は美味く行った。

辛味が加わり完璧に自分の好みとなったナポリタンをはしたなく食べながら、シリウスは大いに満足する。

王都でも屈指の大商会であるアルフェイド商会の御曹司であり、貴族とも付き合いもある貴公子。

ゆくゆくはアルフェイド商会を背負うものとして、情報を集め、商会の更なる拡大を目指す野心家。

だが、今このときだけは、ただ一皿のナポリタンを大いに味わう、食べ盛りの若者であった。


気がつけば、皿には橙色の残滓を残すのみとなっていた。

「ふぅ……」

シリウスは膨れた腹をさすり、給仕が持ってきたカフェオレに砂糖をいれてすする。

ミルクと砂糖の甘みに、ほのかに酸味を帯びたカッファの苦味が交じり合った茶が、ナポリタンの余韻を洗い流していく。

「……よし」

一皿のナポリタンを味わい終えて、シリウスはまたいつもの野心家の顔を取り戻す。

七日に一度だけの息抜きの時間は終わった。

シリウスはきっちり料金分の銀貨と銅貨を置くと共に立ち上がり、確かな足取りで王都へと帰っていくのであった。

今日はここまで。

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