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スコーン

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・春のイチゴフェア特別企画中、今ならケーキの代わりにフライングパピー特製ジャムをプレゼント中です。


以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。

上の階にあるケーキショップ『フライングパピー』の店長が来訪したのは、とある土曜日の夜、異世界食堂が無事営業を終えた後のことであった。

「よぉ。夜遅くにすまねえな……よし、アレッタちゃんもいるな」

片づけを終え、遅い夕食を食べてこれからアレッタが帰ろうかと言うタイミング。

その瞬間をしっかりとおさえて、彼はやってきたのである。

「おう。珍しいな。こんな時間に尋ねてくるなんて」

幼馴染でもある店長に対し、店主は不思議そうに尋ねる。

フライングパピーは閉店時間は午後七時。

そこから片付けや翌日の仕込みその他を考えても、ねこやが閉店して更に片づけまで終える時間まで残っているのは珍しかった。

「ああ、実はな、春休み明けくらいからやろうと思ってる企画があってな。店閉めた後、色々やってたんだよ」

店主の問いかけに店長は左手に持ったものを見せる。

綺麗な布が被せられた籠。

そこに手を突っ込み、取り出して見せるのは……

「わあ、綺麗……」

それを見たアレッタが思わず声を漏らす。

整った形の、金属の蓋がついた透明な硝子の瓶。

その中には濃い赤の透き通ったものが入っている。

「ほう。イチゴのジャムか」

それを見て、すぐに店主は正体に気づき、店長に尋ねる。

「おう。春のイチゴフェア期間限定。スタンプ二十個でケーキ一個の代わりに今だけ交換可能、ってな。

 使ったのはちいと形が悪い規格外だが、味は保障するぜ。んでコイツは……」

店主の問いかけに店長もまた頷き返し、ビンをアレッタの方に渡す。

「え?え? 」

ひんやりとした、つるつるの硝子ビンを思わず受け取りながらもアレッタは困惑する。

そんな困惑した様子のアレッタに笑いかけながら、店長が言う。

「アレッタちゃんにプレゼントだ。一応砂糖多めにして日持ちはするようにしてるが、一回開けた後は涼しいところに置いて、早めに食ってくれな」

「……え!?いいんですか!? 」

ようやく事態を飲み込んだアレッタが驚いた声を上げる。

店主の友人であり、この店で貴族のお姫様や、人間の偉い神官様がたを魅了する魅惑の菓子を作れる、異世界人の菓子職人。

その職人が作ったジャム……果物の砂糖煮である。

流石にクッキーより高値がつくとは思えないが、それでも相当に高価なものになるはずだ。

「もちろん。アレッタちゃんはうちのお得意様だぜ?週一で一番でかいサイズのクッキー缶買ってってくれるしな」

驚くアレッタに対して店長は大きく頷く。

従業員向けの割引価格とは言え一番大きい、贈答用のクッキー缶を七日に一度買っていく客など、そうそういるものではない。

そういう事情もあり、店長はアレッタのことを『お得意様』として扱うことに決めていた。

「んでまあまずは味見してもらおうと思ってな……コイツを作ってきた」

そう言いながら店長は籠に被せていた布を取る。出てきたのは、最初にアレッタに渡したものより一回り小さい真っ赤なジャムの瓶に、小さめの握りこぶしほどの大きさの小麦色のパンがいくつか。

「おっ。スコーンか。珍しいな」

その正体を見抜いた店主が店長に尋ねる。

「ああ。やっぱジャムの味を味わうにはこういうシンプルな奴が一番だからな、焼いてみた。

 お前の方は紅茶でも入れてくれ。ま、ちょっとした夜食ってところだな。一緒に食おうぜ」

それに頷くと店長は厨房から出て手近な卓に腰を下ろす。

「おう、じゃあ早速紅茶入れるか。アレッタ、手伝ってくれ」

「はい。ありがたく頂きますね」

店主とアレッタもその誘いに乗り、手早く紅茶の準備をして同じ卓に腰を下ろす。

「んじゃま、遠慮なく食ってくれ。俺のおごりだ」

二人が席についたのを確認したそんな店長の言葉と共に、深夜のお茶会が始まった。


アレッタはまず、スコーンを一つ手に取り、何もつけずに食べてみる。

(あれ?あんまり……甘くない?)

まだ焼いてからそんなに時間が経っていないそれはほんのりと温かく、麦とかすかにバターの味がするが……甘くない。

「うん。小麦の味がしっかりしてて中々うまいな」

「だろ?まあ木村さんとこのパンにはかなわねえけどな」

一方の店主と店長もまた最初は何もつけずに食べてみたらしい。

「よし、次はコイツで食ってみてくれ。そのために持ってきたんだ」

そういうと一回り小さい方のジャムの瓶を開いて匙を突っ込み、アレッタに手渡す。

「粒がしっかりしてるから乗っけるみたいにしてな」

「は、はい。では……」

店長に促され、アレッタは匙でジャムを掬い上げ、スコーンに乗せる。

すこしとろりとしていて、しっかりと小ぶりなベリーの粒が残ったジャム。

それは天井の光を受けて透き通る鮮やかな赤色を魅せて、まるで宝石のように美しかった。

(ちょっと食べるのがもったいない、かも)

そんなことを考えつつも、かぶりつく。

広がるのは、甘酸っぱいイチゴの風味。

砂糖を多めに入れて作られたジャムの甘さをイチゴの持つかすかな酸味が引き立てている。

口の中でとろりと広がるジャムの風味を感じながら噛むと、まだ形が残っていたベリーが潰れて果汁が漏れ出す。

(そっか、パンが甘くなかったのは、このためだったんだ!)

そして、先ほどのスコーンとか言うパン。

単体では甘みが抑えられていたそれは、ジャムの強い甘さが加わることで、バランスが取れる。

スコーン単体ではパンだったそれが、ジャムが加わることで立派なお菓子となっていた。

「うん。いける。確かにこれなら店で出せるな」

「だろ?今年のは特に出来が良いと思ってたんだ」

店主と店長もまた、その味に納得する。

これは、売れると。

「しかしこれ……よし、ちょっと待ってろ」

そしてその味にとあることに気づいた店主が厨房へと行き、何かを乗せた皿を持ってくる。

「それは?」

「クリームチーズだ。このジャムなら、こいつも合うと思う」

そう言ってテーブルの上に匙を沿えて皿を置く。

「おお!冴えてるな!確かにジャムとチーズはあうからな」

店主の持ってきたクリームチーズに嬉しそうな声をあげ、店長がスコーンにジャムとクリームチーズを盛り合わせて、かぶりつく。

「うん。やっぱ合うな。すきっ腹に染みるぜ」

心底美味そうに食べ、紅茶を飲んで、ため息と共に言葉を漏らす。

「あんま食いすぎると太るぞ」

店主もそんな親友の様子に苦笑しながらも、クリームチーズとジャムを乗せたスコーンを食べる。

(本当だ!ジャムとチーズって本当に合う!)

そんな二人を見て、同じく真似をしてみたアレッタが、その味に深く納得する。

乳の風味がを含んだチーズの酸味と、ジャムに使われたイチゴが持つかすかな酸味。

この二つが小麦の味が強い土台の上で互いの味と交じり合い、引き立てあう。

(そういえばヒルダさんにお出しするチーズケーキにもジャムをつけるものね)

思い返すと、今ではすっかり常連となった魔族の傭兵の大好物にもベリーのソースが使われていた。

その意味をアレッタはこのとき深く理解した。

「ふぅ……」

「なんだかんだで全部食っちまったな」

「おう。ちいと食いすぎか?」

最後に締めの紅茶を飲み、三人は深く満足して息を漏らす。

「で、どうだった?うちのジャムは?」

一息ついたあと、店長がアレッタに尋ねる。

「美味しかったです。その……ものすごく」

その問いかけに対し答えるアレッタが浮かべるのは、笑顔。

やはり異世界の料理はどれも美味しい、とアレッタは心の底から思っていた。

「そっか。ならまあ、持っててくれよ。どうせだから二つともな。……ま、かたっぽは使いさしで悪いけどよ」

そういうと、店長はアレッタに開けていないものと、ついさっき開けたもの、二つの瓶が入った籠を渡す。

「ありがとうございます。大切に……食べますね」

(片方……開けてない方はシアさまにお渡ししないと)

このジャムはクッキーをいつも買っていることへの礼として渡されたもの。

ならば、より良い方はそのお金を出している、雇い主の妹に渡すべきだろう。

そんなことを考えながら、アレッタは受け取る。

(でも、開けちゃった方は……すぐ食べなきゃだから、いいよね?)

一方でちゃっかりとそんなことを考えながらだが。


後日、この『木の実の砂糖煮』を巡って、雇い主とその妹が軽く喧嘩をし、正直に渡したアレッタの評価がちょっとだけ上がったのは、余談である。

今日はここまで。

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