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ジェノベーゼ

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・扉の使用は1日に1回だけとなっております。


以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。

路地裏にその扉がひっそりと佇んでいるのを確認し、帝国の騎士グレアム=ベルトランはほっと息をついた。

「良かった。今日は、あったか」

思わずそんな声が漏れる。

今から七日前、昼時の街中の見回りにかこつけてこの扉の元にやってきたとき、扉は既に消えていた。

今回が初めてでは無く、何度かあったことから、この街の誰かが『使って』いるのだろう。

自分のあずかり知らぬ、別の客がいるということは気に入らないが、そこに文句を言うわけにもいかない。

とにかく今日は自分が使う。


そう考えながら、扉に手を掛けて開く。

そして、グレアムの耳に十四日ぶりに軽やかな鈴の音が響き、扉が開く。

その音を聞きながらグレアムは扉をくぐる。


グレアムが踏み込むのは、閉ざされた地下の部屋。

その部屋は窓一つ無いにも関わらず昼日中のように明るく、暖炉も無いのに冬を感じさせぬほどに温かい、不思議な部屋。

「いらっしゃいませ。ヨーショクのネコヤへようこそ! 」

グレアムが入ってくると同時に、料理を運んでいた魔族の少女が笑顔で歓迎の意を表す。

「ああ、適当に座らせてもらうぞ」

その少女に返事を返し、グレアムは適当な席に座る。

「すまないがメニューを」

「は~い!ただいま! 」

座ると同時に少女を促してメニュー……この店で出せる料理をまとめた本を持ってくるよう頼む。

「それじゃあ、お決まりになりましたらおよび下さいね」

「ああ」

少女が仕事に戻ったのを見送りつつメニューを開き、何を食べるかを考える。

(……やはり陸の食べ物よりは海の食べ物だな)

メニューに載っている料理は豊富で、どれも美味なのは分かっているが、まずグレアムの目が行くのは海の幸……

魚や貝にクラーコ、シュライプといったものを使った料理である。

(……故郷にいた頃は毎日肉が良いなどと思っていたのだがな)

メニューを眺めながら、少しだけ懐かしく思う。

グレアムの故郷は、数十年前に帝国に飲み込まれた港町であった。

毎日ひっきりなしに他の東大陸の港やはるか西大陸から交易船が訪れ、人々が行きかっていた、潮の匂いがする街。

そこの代々の騎士の家であったグレアムの生家では毎日、魚の類が食卓に上っていた。

幼かったグレアムは交易品として運ばれてくる肉の方が好きだったが、こうして海など欠片も見当たらぬ帝国の内地に住み、毎日肉とダンシャクの実を食べる生活をしていると、無性に魚が食いたくなる。

更に帝国では都たる帝都ですら海の魚は貴重品で、騎士試験(帝国では騎士試験を突破すれば誰であっても騎士に叙せられる)を突破したばかりで大した俸給を貰っていないグレアムには手が出ない代物だった。

だからこそ、海の幸を使った料理をグレアムの手に届く程度の金額で酒付きで出してくれる異世界の料理屋は、グレアムにとって貴重な憩いの場であった。

(さて頼むのはフライか、グラタンか、ピラフか……いや、パスタか)

異世界食堂のメニューは、海の幸を使った料理を使った料理だけでも何種類もある。


上質な軍装を纏い剣を佩いた、グレアムより腕の立ちそうな騎士が好んで食べる油で揚げた料理。

どこかの平民の娘が好んで食べている、シュライプと王国風の騎士のソースを使った料理。

帝国風のドレスを纏った砂の国の貴族らしき娘が好む西大陸風の米を使った料理。

そして、海の幸だけではなく、様々な味付けを施された王国風の麺を使った料理。


グレアムは毎回悩みどころである。どの料理を頼むかであわせる酒も変わってくるのでなおさらだ。

(よし……今日は白い葡萄酒と麺だな)

「すまない。注文を頼む」

しばし悩み、頼むものを決めたグレアムは給仕を呼ぶ。

「はい。ご注文はお決まりですか? 」

「ああ、今日は白いワインを瓶で。それと、麺……そうだな、まずは魚介のジェノベーゼを頼む」

選んだのは、香しい香草の風味を持つ、緑の麺料理。

「はい。少々お待ちください」

「うむ」

注文を受けて、厨房に向かう給仕の娘を見送りながら、グレアムはゆったりと背もたれにもたれかかりながら待つ。


辺りから聞こえるのは、この店を訪れる客たちの声。

あるものは席を同じくした他の客と朗らかに会話を交わし、またあるものはグレアムのようにじっと目当ての料理が来るのを待っている。

その種族は様々で、来るたびに驚かされる。

(それだけ、ここの料理が美味ということか……)

その気持ちは分からないでもない。

彼自身、半年前にここを見つけてからは扉が現れるドヨウになるたびに日参しているのだから。

「お待たせしました!お酒とお料理をお持ちしました! 」

そして、待ち望んでいた料理が届けられる。


美しく形が整った、葡萄酒の入った緑の瓶と、緑色の麺料理。

「それじゃあ、ごゆっくりどうぞ! 」

「ああ、そうさせてもらおう」

給仕の娘の言葉を聞き流しながら、グレアムは早速とばかりに料理を食べ始める。

(まずは……酒だ)

瓶を封じている木製の栓をそっと抜き、華奢な脚つきの硝子製の杯に、酒を注ぐ。

緑色の瓶からあふれ出すのは、かすかに黄色を帯びた、白い酒。

それが注がれると同時に香しい葡萄酒の香りがグレアムの鼻をくすぐる。

(うむ、よき香だ)

まずはその香りをひとしきり楽しみ、それから口へと運ぶ。

広がるのはほんの少しだけ甘みを帯びた、酸味と酒精。

異世界で飲む雑味の混じらぬそれはは、瓶一本で銀貨二枚だと言う値段を越える上質な葡萄酒の味がした。

(これが帝国で出回ったら、向こうの酒商人の商売がなりたたんな)

騎士であっても商売にはそれなりに通じている交易都市の生まれとして、そんな考えがふとよぎる。

値段の割に、異常に質の良い店。

入り口があのように不便なつくりの『扉』で無ければ、今頃もっと流行っていただろう。

(さてと、冷める前にこちらにも手をつけるか)

ひとしきり酒を味わったところで、料理の方にも手を伸ばす。

鮮やかな緑の香草を刻み、新鮮で上質な油で和えたソースをまぶした麺料理。

その料理には具材として、ごろごろと大ぶりな海の幸が踊っている。

(まずは、麺だ)

グレアムはフォークをそっと麺に刺しこみ、巻き取る。

ソースによって緑に染まった麺が、天井からの光を受けて、鮮やかに映える。

その美しさと香りにごくりと唾をひとつ飲み……口へと運ぶ。

(うむ、この味!これこそが麺の良さだ!)

堅すぎず、さりと柔らかすぎない茹で上がりの麺にはいくつもの味付けが複雑に絡み合っている。

具材として使われている、魚や貝、クラーコやシュライプの旨み。

緑色のソースに使われている香草の香りと香ばしい炒った豆の味。

そしてそれらを引き締めるトガランの辛み。

それらが一つにまとまることで、ジェノベーゼは完成された一皿の麺料理となっている。

(うむ、うむ……)

その味にグレアムは無言となり、無心に食べ続ける。

麺を巻き取って口に運び、時折り麺に混じりこんだ、具材を食べる。

何口か食べるごとに葡萄酒を一口飲んで爽やかな風味を楽しむ。


グレアムとて、若い男である。

そんな風に食べていれば、あっという間に皿の上のジェノベーゼは、尽きた。

(ふう……まずはこんなところだろうか)

とりあえず人心地ついたグレアムはそっと腹の上をなぜた。

(さて……)

無論、この麺料理一皿では、グレアムの、働き盛りの若者の胃袋が満足しようはずも無い。

グレアムは再びメニューを開いた。

(次は、どれに手を出すか……)

目に写るのは、この店の様々な料理の数々。

グレアムはそっとメニューに手を当てて指差しながら、次に頼むメニューを決めるのであった。

今日はここまで。

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