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バーベキュー

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・賄い料理についてはご注文を受けておりませんのであらかじめご了承願います。


以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。

竹串に刺す。

一心不乱に刺す。

ちくちくと、薄いビニール手袋をはめた右手でひたすらに大きめに切った肉や野菜を刺していく。

「あ、あのマスター……何やってるんですか? 」

その声に店主は我に返った。

「ん?……ああ、ちょいと明日の売り物をな」

どうやら気がつかないうちにアレッタが来る時間になってたらしい。

それに気づき、店主はアレッタに向き直って、言う。

「明日、ですか?確か明日ってお休みじゃなかったですか? 」

「ああ、違う違う。明日っつっても店じゃなくてな、秋祭りで出す屋台の分だよ」

不思議そうに尋ねるアレッタに、手を軽く振りながら店主が言う。

そう、明日の日曜日は近所の神社で秋祭りがある。

店主も含めた商店街の連中は皆、その手伝いの一環として屋台を出すことになっていた。


洋食のねこやがある商店街は、飲食店が多い。

商店街にある店の半分が飲食店で、残った半分の更に半分がそれらの飲食店に食材を卸している肉屋や八百屋、魚屋などである。


近所にあるオフィス街には、社員食堂を持っている会社はほとんど無いためか、昼休みともなれば合計で1000を越える客たちが近場で美味しい料理を出すこの商店街に集まる。

それが昔から続いていた結果、こうなったらしい。


が、決して楽だというわけではない。

なにしろ商店街全体での客は毎日必ずある程度見込めるものの、場所柄、ここを利用する客の大半はリピーターである。

他の店には無い売りのひとつも示せ無くては1年もしないうちに廃れてしまう。


そのためか長年この界隈で『生き残ってきた』飲食店は、ねこやも含め評判が良い。

出す料理の種類こそバラバラだが、どこも『うちがこの商店街で一番美味い』と言う程度の腕はあるのである。


通常の営業では、出す料理の種類が違うということで『共食い』にはならない商店街の各店だが、唯一例外がある。

毎年この時期に、近所の神社で行われる秋祭りである。


近所の神社の、ささやかな祭りの出店は、毎年商店街にある店が担当している。

……1日という短い開催期間で、顔をつき合わせて屋台で料理を売るのである。

しかも客はほぼすべての屋台の売り物を見てから何を食べるか決める。

勝っても負けても何があるわけでは無いが、そこで負けると非常に悔しいと思うのが、人情というもの。


そんなわけで毎年、商店街の各店は、他の『ライバル』より売れる屋台にしようとしのぎを削る。

ギリギリ赤字にはならない程度に値段を抑えてしまえば、あとに残るのは如何に客を引き込める料理を作れるかという部分のみ。

(最近はそんな長年の勝負のお陰か、地元の神社のささやかな祭りとは思えぬ程度には客が来るようになってもいるし、

 毎年タウン誌が特集を組んでいたりする)

それは商店街では一番の古株の一つであるねこやでも例外ではなく、毎年技術の限りを尽くした屋台料理を出しているのだ。


そして、今年店主が選んだ料理は……

「コイツは屋台で売る用の串焼き……まあバーベキューだな」

大きい竹串に通した肉と野菜を見せて、店主が言う。

「バーベキュー……? 」

「おう、他のバイトにも昨日試作した奴を食ってもらったが、美味いって評判良かったんだぜ?ソースも自家製だしな」

店主が言いきる。

去年は店主が高校の頃バイトしていた師匠とでも言うべき中華料理屋『笑龍』の特製肉まんにあと一歩及ばなかったが、今年は自信がある。

向こうがもうもうと上がる蒸気で来るならこちらは炭火で焼いた肉と野菜、それと別の鉄板で焼く海鮮焼きの焼ける匂いで勝負だ。

店主のやる気は充分であった。

「ま、アレッタちゃんにも賄いで出してやるから楽しみにしといてくれ。流石に朝からバーベキューだと重いから、夕方にな」

ついでに味を見てもらおうなどと思いながら、店主が言う。

「はい!楽しみにしてます! 」

店主がこれだけ言うならば、きっと美味いのだろう。

そんな確信すら覚えながら、アレッタは力強く頷いた。


昼日中にはあちこちから訪れた客で賑やかな異世界食堂といえど、日が暮れる頃になれば大分静かになる。

異世界食堂に繋がる扉は得てして人里離れた辺鄙なところにある。

日が暮れた後に出向いてしまえば、帰りつくのはまず間違いなく月の輝く夜になる。

夜を主な活動の場所にする危険な獣やモンスター、アンデッドが出てくる夜道をわざわざ歩くくらいなら、太陽が空に輝く昼間のうちに訪れるのが普通。

いくら異世界食堂の客といえど、扉のある場所に住んでたり、扉の前で野宿上等なんてハーフリングばかりではないのである。


そして夕方。昼間と比べれば大分忙しさが緩んだ時間帯。

卓を2つつないで占拠する一団があった。

「おうおう!やっぱ酒はウィスキーが最高じゃのう!」

「おう!このフライとあわせるとたまらんわい!」

まるで水か何かのようにカパカパとドワーフの職人コンビ、ガルドとギレムがウィスキーを飲み干していく。

「へっ。わかってねえなあ。しょうちゅうこそこの店の酒の華よ」

「そうさ。同じ強い酒でもこっちのがうまいよね。やっぱり」

そう言って同じように焼酎を飲んでいるのは、ドワーフコンビの倍は背丈があるオーガの夫婦、タツジとオトラ。

「そうかなあ?やはりこの店の酒ならばこのワインが一番だと思うけど」

「そうですね。こちらの世界のワインは赤も白も美味しいと思います」

そう言って蒼白い顔をほんのりと染めてワインを飲むのは闇の不死者たる吸血鬼、ロメロとジュリエッタ。

「ええ?葡萄酒ならやっぱブランデーだと思うけど。ってかそこのドワーフ、風の噂で聞いたけど、ウィスキー作れるんでしょ?

 ならブランデー造ってよ。セレスティーヌ様もお菓子作るのに必要だからって欲しがってたし、本物が作れるなら光の神殿として買い占めるからさ」

いつもどおりにパウンドケーキを堪能したあと夕刻前に引き上げて行った上司と同僚を見送り、1人だけ残ってブランデーを楽しんでいるのは、赤毛が印象的な光の神に仕える司祭、カルロッタ。


そう、彼等はそれぞれの事情により、夜中に向こうに戻っても一向に問題が無い『酒飲み』たちである。

……向こうの世界で出会ったら、互いに命がけの殺し合いになりそうな組み合わせもあったりするのだが、この店ではお互い争わないことを貫いている。


そんなわけでそれぞれ『好物』を食べ終えた彼等は卓を移動し、軽いつまみと共に酒を飲んでいた。

「おっと、ありゃあ給仕の娘っ子か。なるほど晩飯の時間か」

「……お、ありゃあ串焼きかね?……うまそうだねえ」

1本の串焼きを皿に乗せて持ってきたアレッタが、そのまま隅っこの空いた席に座るのを目ざとく見つけたタツジが呟き、オトラもそれに乗る。


異世界の住人たる店主に依れば『マカナイ』なるものは客に出すようなものではない料理という意味らしく、メニューに載っていない料理ばかりである。

毎回あの魔族の従業員が実に美味そうに食べているのを見て頼んでみたこともあるのだが『お客様に出すような料理じゃないものですみません』と断られることも多い。

「しかっし……今日のはまたいちだんと美味そうじゃのう……」

「いかにも酒とあいそうじゃなあ……」

ドワーフ2人も敏感に『美味の気配』を感じ取って唾を飲む。

食べられないとなればなおさらだ。

「ふむ……海の幸に野菜か……」

「白ワインとも合いそうですね」

吸血鬼の2人も魚介類と共に飲む白ワインの味を思い出して舌なめずりをする。

「う~む、私はお肉とかの方がいいかなあ。どうも海の幸ってあんまり食べないから、良く味が分からないし」

カルロッタだけが少し反応が鈍かった。


さて、そんな視線を気にすることなく、アレッタはそれを前に唾を飲む。

(冷めないうちに食べないと……)

普通は屋台で、そのまま渡す予定だという、海の幸と野菜の串焼き。

上からホタテなる貝、トウモロコシという黄色い粒のついた野菜、クラーコ、エリンギというキノコ、そして丸まったシュライプ。

海の幸と夏から秋にかけて特に美味しくなる野菜を交互に刺して、ショーユだけで焼いたと言う。

何でももう一つの売り物である『肉』が濃い味なので、こちらはあっさりめとのことだった。

「魔の眷属を束ねし我等が神よ。私に今日を生きる糧を与えてくださったことに感謝いたします」

丁寧に祈りを捧げてから、アレッタは串を持ち上げる。

口元に近づけることで串焼きの香りが強く感じ取れる。

新鮮な海の幸と焼けたショーユが混ざり合う独特の香り。

それをまず胸いっぱいに吸い込む。

その香りだけで口に唾が沸いてくる。

こくりと喉を鳴らしてそれを飲み込むと、アレッタはそれをほおばる。

(ん!……おいしい!)

焼きたてでまだ熱い串焼きの熱気を逃がしながら、アレッタはその味を堪能する。


最初に口に飛び込んでくるのはショーユを塗られ焼かれた貝の味。

普段、衣をつけて揚げて出すことが多いそれはショーユをつけて焼いても美味だった。

噛み締めるたびに貝がほぐれ、貝の旨みをたっぷり含んだ汁がアレッタの口の中に広がって行く。

大ぶりの貝はそれだけでも充分ご馳走である。

だが串焼きはまだまだ終わりではない。

トウモロコシの甘さに、クラーコの歯ごたえ、ショーユが染み込んだキノコに、最後の締めに来るシュライプ。

海の幸と野菜を交互に味あわせるそれは、ショーユのシンプルな味付けであるが故に素材の味を存分に味わうことが出来るものであった。

アレッタは瞬く間にかなりのボリュームがある串焼きを1本平らげる。

(美味しいけど……足りない!)

その味に食欲を刺激され、アレッタは切実に思う。

もっと食べたい、と。

そんなときだった。

「ほい。肉のほうもって来たぞ。熱いから気をつけてな」

そう言いながら店主はそれをアレッタの皿の上に置く。

「いいんですか!?」

「もちろん。っていうかあれ1本じゃ足りないだろうし、元々両方味見してもらうつもりだったからな」

店主が笑いながら頷く。

「はい!ありがとうございます!」

それに答えるようにアレッタは店主が見ている前でその串焼きに手を伸ばす。

(あ……これ、ソースが美味しい!)

かぶりついた瞬間、アレッタはそのソースの美味しさを感じ取った。

甘くて、辛くて、酸っぱい。

3種類の味を同時に含んだ……強い味のソース。

その味が口いっぱいに広がる。

その強いソースが染み込んだ肉は……牛の肉。

丁寧に店主が下ごしらえしたことで柔らかなそれは同時に強い肉の味を持つ肉汁をたっぷり含んでいて、ソースにも負けていない。

更に、肉と肉の間に挟まれた野菜は、オラニエとダンシャクの実。

あえて充分に火を通さずに辛味と歯ごたえを残したオラニエは口の中で小気味よい音を立ててソースの味を中和し、一旦茹でてから食べやすいサイズに切った皮つきのダンシャクの実は口の中で崩れる。

それらはどちらも肉の余韻を一旦消し去って……2つ目、3つ目の肉を美味しく食べる用意を整える。

お陰で濃い味付けにも関わらず美味しく食べられて、アレッタは満足した。

食べ終るまではあっという間であった。それほどに、美味だった。

「で、どうだい?美味かったか?」

「はい!どっちも凄く美味しかったです!」

店主の問いかけにアレッタは笑顔で頷く。

心の底から同意する。

というか、この味だったら、貴重な給金の一部を使って買いたいと思えるほどの味であった。

「そうかそうか……よっしゃ。これなら明日もがっつり売れそうだな」

その言葉に店主もちょっと安堵してほっと息を吐く。


……彼等は気づかない。すぐそばで聞き耳を立てていた一団にその言葉を聴かれたことを。


「おい!店主、それ、売り物なのか!?」

「へ!?あ、まあ、そうですけど……」

唐突にやたら大きい鬼の男に聞かれ、驚きつつも店主は頷く。

その反応に何故かタツジだけでなく、卓に座っている一団全員がきらりと目を光らせた、気がした。

(あれ?なんか俺……まずったか?)

そんな嫌な予感を感じた直後。

「おう、そういうことならワシにもあの串焼きをくれ!とりあえずあの海の幸の奴を5本ほどな!」

「肉の方も5本じゃ!早めに頼むぞ!」

「俺等はとりあえず10本ずつくれ!それとしょうちゅうを瓶で追加だ!」

「じゃんじゃん持ってきとくれよ!あいつは絶対しょうちゅうに合いそうだからね!」

「では、私たちもそれぞれ1本ずつお願いするよ」

「ガレオ抜きで、お願いしますね」

「あ、じゃあ私もお肉の方お願いね。お酒はブランデーよりビールの方が合いそうな気がするから、そっちで」

卓の全員から注文を受ける。

「へ!?あ、その……分かりました」

店主はその注文に困りながらも、頷く。

元々は客に出すつもりで沢山作った料理だ。

それが異世界の住人だからといって出せないとは言えなかった。


……その後、合計で3桁に届く本数のバーベキューを平らげられ、下ごしらえ込みで作り直しに深夜までかかることになるのだが、それはまた、別の話。

今日はここまで。

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