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モンブラン

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・ケーキ類はお持ち帰りも承ります。


以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。

王国出身の冒険者、トーマスはその素晴らしい味に驚いた。

(なんだこりゃあ!?菓子ってなあこんなに美味いもんだったか!?)

その菓子……マローネをふんだんに使ったそれは、トーマスの知る菓子というものからは大きく外れた存在だった。


上に乗せられた、芯まで甘く煮られた、鮮やかに黄色く艶々と輝く一粒のマローネ。

口の中で崩れて溶けていく恐らくはマローネが材料である全体を覆う毛糸のようなもの。

その下に隠された、どこまでも柔らかく、甘く溶けていく乳の味がする白い何か。

そしてその下に敷かれた、淡い黄色の柔らかく甘いパンのようなもの。


そのうちどれか一つでも充分に貴族の菓子として通用しそうなものを、1つにしてしまった菓子。

柔らかな甘さが口の中で溶けて消え、思わずもう一口食べたくなる。

そしてそれを繰り返せばあっという間に皿の上から消えてしまい。

「おう!魔族のお嬢ちゃん!これ、このモンブランってのもう1つくれ! 」

「はい。少々お待ちくださいませ! 」

すでに2回繰り返したやりとりをもう1回やらざるを得ない。


そして、次が来るのを待つ間、トーマスは座り心地の良い椅子に背を預けながら、考える。

(依頼を受けたときはたかが菓子1つ探し出すのに銀貨3,000枚なんておかしいとは思ってたが……)

なるほど、これならばあの破格の報酬も納得できる。

(こいつはメイド頭のばあさんに感謝、だな)

不謹慎ながらトーマスは昨年の冬に天に召されたと言うメイド頭に感謝する。

そう、彼女がここのことを秘密にしていなければ、トーマスは銀貨3,000枚で仕事を依頼されることも、この店の存在を知ることも、このモンブランという菓子を食べることも無かっただろうから……


―――とあるものを探し出して欲しい。


銀貨3,000枚という報酬に釣られ、その依頼を王都の冒険者である『探し屋』トーマスが受けたのは、今から10日前の出来事であった。

王都から馬車と徒歩を駆使して約3日の場所にその街はある。


街の東には良く手入れがされたマローネの樹が立ち並び、秋に収穫する大量のマローネで栄えてきた街。

王都でこの時期になると出回る焼きマローネや茹でマローネに使われるマローネの大半はこの街で取れたものであり、ある意味において王国にとっても欠かせぬ街。

そんな出自のためか街本来の名前より『マローネの街』と呼ばれることのほうが多いこの街の領主の奥方であるエレアノール。

……夫である現領主が入り婿である関係上、実質的な街の支配者。

それが今回の依頼主であった。

「で、ではその……」

「はい。マローネを使った菓子を探し出して欲しいのです」

思わず耳を疑ったトーマスの確認にエレアノールは20代も半ばで子持ちとは思えぬほどの色気で艶然と微笑みながら頷く。

どうやら本気らしい。

(本気か?たかが菓子に銀貨3,000だなんて)

そのことを知ったトーマスは小さく驚きの声をあげた。


事の発端はエレアノールの祖父の時代からこの家に仕えてきたベテラン中のベテランであるメイド頭である。

彼女は何年か前から秋になるとこの街の特産であるマローネを使った素晴らしい菓子をどこからか買い付け、主人に供してきた。

それは今までの菓子がすべて霞むほどに素晴らしい菓子で、エレアノールも含めた領主一家をあっという間に虜にした。

そして毎年この時期を楽しみにしていたのだが。

「その人が亡くなってしまったら、どうやって手に入れていたのか分からなくなった、と」

「ええ。そうです。これでも随分と手を尽くして探したのですけれど」

聞くところによるとメイド頭は結構な歳であったせいか冬に風邪を引いたと思ったらあっという間に天に召されてしまった。

ほんの数日の出来事であったと言う。

まあこれは仕方が無い。人間死ぬときはあっさり死ぬものだと割り切るしかない。


問題は、彼女の抱えていた秘密がそのまま秘密として墓の中に埋もれてしまったことである。

長年領主家に仕え、身寄りらしい身寄りもいない彼女は結局生涯を独身で過ごし子供はいなかった。

彼女が何年か前から目を掛けて自分の後継にと育てていた今のメイド頭も、彼女がどこでその菓子を手に入れていたかは知らなかったらしい。

最初、エレアノールは季節になればすぐに手に入ると思っていた。

何しろその菓子はこの街の特産であるマローネをふんだんに使ったもの。

普通の菓子とは一線を画すできばえとはいえ、この街の職人が作ったものと見て間違いない。

だからこそ、秋になり、その菓子が出回る季節になると同時にエレアノールは己の権力を駆使して街中の民にその菓子について確認し……

亡くなったメイド頭がどうやってその菓子を手に入れたか誰も知らないということが分かったのである。


「なるほど、それで俺……私に依頼を」

「ええ。そうです。ジゼル亡き今、いまや幻となってしまった菓子『モンブラン』を探し出してください。街の繁栄のためにも」

そう、その菓子……モンブランをエレアノールが求めているのは何も己が食べたいがため、だけではない。

モンブランは特別な客人に振舞うようにしていた結果、この街でしか食べられぬ、魅惑の菓子として随分と有名になってしまっていた。


東大陸で最大の信徒の数を誇る光の神に仕える高司祭や王都でも有力な大商人、果てはどこで聞きつけたのかその魅惑の菓子を求めてわざわざ街を訪れた甘党の貴族。


この時期になると時折、普通であればマローネ以外見るものが無い田舎町を訪れることが無いような者たちがそのモンブラン目当てで来るのである。

たかが菓子一つといえども、求められて供することが出来ないというのは、この街の領主家としてはいささか問題だし、何より彼等が対価にもたらすものは大抵大きい。

よって多少の出費を覚悟してでも是非ともモンブランを再び手に入れる方法をおさえておきたい。

……そのためにわざわざ王都まで遣いを出し、銀貨3,000枚という中々の報酬まで用意して、トーマスを招いたのである。

「……分かりました。お引き受けしましょう」

話を聞き、トーマスは快く依頼を承諾した。

トーマスは元々戦いよりはこの手の調査に長けた冒険者……元トレジャーハンターなのである。

使い込みすぎたせいか目が悪くなり、細やかな技を求められるトレジャーハンターは続けられなくなったが、トーマスが培ったもう一つの技術……お宝探しの知識と勘は未だ衰えていない。

戦いではなく、調査を専門とする冒険者。

それが今のトーマスである。

「任せてください。そのモンブランとか言う菓子、必ず見つけ出してみせます」


かくしてトーマスは調査に乗り出した。それが8日前に起こった出来事である。


トーマスが依頼を受けて3日目。

「やっぱり、誰も知らない、か……」

毎年この時期になると王都でも出回るようになる焼きマローネを口に放り込みながら、トーマスはため息をついた。

当然とでも言うべきか、モンブラン探しは難航していた。

元々、基本的な聞き込み……メイド頭がどこでモンブランを手に入れていたかは既に領主家によって行われており、既に誰も知らないことは確認済みであった。

一応トーマスの方でも改めて聞き込みをしてみたが(領主のお墨付きであったため、皆協力的であった)成果はやはりなし。

それどころか街の有力者から『モンブランの出所が分かったら教えてくれ』と言われる始末であった。

(参ったな、誰も知らない……逆に言えば、メイド頭のばあさんは街の誰にも知られない方法でモンブランを手に入れていたわけか)

ふと、そのことに気づく。

普通に考えればメイド頭が、他の住人に一切知られずに『モンブラン』を手に入れるのはかなり難しかったはずだ。


まず、自作は出来ない。メイド頭は簡単な料理くらいなら作れたらしいが、専門の職人でも作れないような菓子を作れる技術は無い。

そもそもそんな菓子を家で作っていたなら今頃幻になっていない。


それに、長年領主家に仕えてきたメイド頭である彼女は町の住人に随分と顔を知られていた。

子供でも知ってる、とまでは言わないが、少なくともこの街で育った大人ならば大抵は一度は代々の奥方に影のようにつきそう姿を見かけたこともある。

街中に出ていれば誰かしらは気づいたはずだ。ましてやモンブランを入れていた箱……


鮮やかな空色の紙で出来た、翼の生えた犬の魔物が書かれた箱なんて珍しい代物を抱えていれば。


だからこそトーマスはその可能性に気づく。

(つまりメイド頭がモンブランを手に入れた場所は……屋敷の中、か?)

今まで集まっていた情報から出た結論は、いささか奇妙なものとなったが、そうとしか考えられない。

家の仕事を取り仕切っていた彼女ならば屋敷内部のどこにいても不思議ではない。

また、彼女がモンブランを主人に供するのは大抵7日に一度だったと言うことから、7日に1度しか手に入らない代物だとも考えられる。

(エレアノール含めた領主家が何度か7日に1度以外にも供するよう頼んでも断られていたという)

そう考えてこの屋敷で働くメイドたちに尋ねてみれば、メイド頭の不思議な言動が見えてきた。

エレアノールの幼い頃使っていた玩具や少女時代に着ていたドレスが収められた、物置。

定期的に掃除はするものの、それ以外の用事ではほぼ使うことが無いその場所をメイド頭は定期的に訪れていた。

本人は『歳を取ったせいかお嬢様との思い出にひたりたい気分になることがある』と言っていたらしいが、あまりに頻度が多すぎる。

(間違いねえ。モンブランの出所はそこだ)

トーマスはベテランのトレジャーハンターであった。

その彼の勘がお宝の在り処を告げていた。

それから一応調査する傍ら怪しいと睨んだ部屋を1日に3度は見回るようにし……5日目に猫の絵が描かれた黒い、魔法の扉を発見したのである。


「おいおい……なんだこりゃ? 」

昨日までは確かに存在しなかった、魔法の扉。

それが物置の中に現れていた。

「普通に考えりゃ、この扉の向こうが出所、か」

考えるのは少しの間だけ。

意を決し、トーマスは扉に手を掛けて……開く。


チリンチリンと言う軽やかな鈴の音と共に扉が開く。

「おや、いらっしゃい。随分と早いご来店ですね」

その先に広がるは、見たことも無い不思議な部屋。

随分と大胆に脚が出た服を着た魔族の少女と共に部屋を掃除していた中年の男……この店の店主がトーマスに朗らかに声を掛ける。

「ああ、ちょいとな……えっと、ここ『モンブラン』って菓子はあるか? 」

「モンブランですか?……もしかして、ジゼルさんのお知り合いですか? 」

今まできたことが無いはずの客の問いかけに、ここ半年ほど見かけていない、ケーキ好きの常連のことを思い出した店主が尋ねる。

「……直接顔は見たこと無いけどな」

間違いない。ここが謎のモンブランの出所だ。

トーマスは仕事の成功を確信し、笑みを浮べた。


そしてトーマスはモンブランを注文し、それが噂に違わぬ味であること、そしてこの場所『異世界食堂』についてのことを知った。


モンブランを都合4つ食べ、大いに満足して『持ち帰り』を頼んだトーマスは、考える。

(さてと……依頼は果たしたが、少しもったいねえな)

この素晴らしい菓子は恐らくもうトーマスの口に入ることは無い。

手土産と共に報告すれば報酬と引き換えに屋敷からは出て行くことになるし、使わせてくれと言って使わせてもらえるはずも無い。

(まあ、やりようはあるか……)

だからこそ、トーマスはひそかに決意する。

この店に居座るうちに扉をくぐってきて、思い思いの様々な料理を食べる、貴族から庶民、魔族やら魔物までいる、様々な客たち。

少なくともこの客の数だけ『扉』があるのは間違いない。

(ま、探してみるかね……)

案外王都の近くにもあるかもしれない。

そんなことを考えながら。

「お待たせしました!モンブラン6個、お持ちしました! 」

「おう。あんがとよ」

トーマスはこれまで注文したモンブラン10個分の代金である銀貨3枚と引き換えに銀貨3,000枚の値がついた菓子を受け取るのであった。

今日はここまで。

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