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チキン南蛮

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますがあまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・出てくる客は毎回違います。ただしたまに常連になる客もいます

・何か、食べたいものがある場合は店員にお気軽にご相談ください。


以上のことに注意してお楽しみください。

リディアーヌが殻を突き破ってこの世にはい出てきたとき、母親は既にいなかった。


家族と呼べるのは血のつながらない父親だけで、彼は冒険者が持ち込んだリディアーヌの卵を買い取った魔術師だった。

研究所であり家でもあった塔とその周りに広がる森。それがリディアーヌの知る、世界のすべてだった。


父親が色々と足りないものを手に入れるために数日かけて街へ出るとき、留守番を任されるリディアーヌは、寂しいと思うこともあった。

だが父親には幼いころから塔から出てはいけないと教わったし、子供の頃、頑張って森を出て近くの村に一人で行って、悲鳴をあげられ、

武器を持った大人に追い回されたこともある。

そのことをきっかけに自分でも、自分は何なのかについて知識を深めていくうちにその理由を理解した。

塔には父親が長い時間をかけて集めた書物がたくさんあり、その中にリディアーヌが街へ出てはいけない理由も書いてあったのだ。


人間の女の身体と、蛇の尾を併せ持つ邪悪な魔物、ラミア。彼女らは人を襲い、男とまぐわい、そして食い殺すという。


人間を食べたいと思ったことはなかったが、脚の部分が黒い蛇であった自分がどうやらラミアであるらしいと気づいたのはいつだったか。

それからは、真面目に父親の研究を手伝いながら、真面目に暮らしてきた。

父親は数百年の時を生きるハーフエルフだったし、きっと自分より長生きするだろうから、この生活はリディアーヌが死ぬ日まで続く。


……そう思っていたのに、あっさりと風邪で死んでしまったときは途方に暮れることになった。


幸い、自給自足で暮らせるようにわずかながら庭で作物を育て、鶏を飼ってきた。

当面の間は塔の中で今まで通り暮らすこともできる。だが、それはずっとではない。

これまでだって年に数日、父親が村や町に行って森で取れた薬草やそれを調合した自作の薬、魔術を宿した石や紙などと言った品々と交換で、

この地で手に入れるのは難しい塩や布、鉄の道具などを手に入れてきていた。

増してや人間の世界を放浪して生きる術と、人間の付き合い方を知っていた父親と違い、リディアーヌにはそんな知識も経験も無い。


いずれは魔物と恐れられるラミアと同じく獣のように暮らすか、人間に追われ狩られる未来しか見えない。


頭の良いリディアーヌ自身が悟ったその事実が、リディアーヌの心に暗い影を落とす。

彼女は、本に書かれていたこと以外、何も知らないのだ。人間の世界のことも、魔物の世界のことも、時々庭に現れるようになった謎の扉のことも。



―――そして、いつか来るであろうと覚悟していた日が来てしまった。



きっかけは、ケインの師匠からの紹介だった。

旅立ちの際に聞き及んでいた、師匠が知っている大陸の賢者や隠者の一人だ。

詳しい事情までは知らないが、彼は自分の師匠の師匠の友人にあたるハーフエルフの魔術師で、既に百年は生きている。

田舎に塔を建てて引きこもる道を選んだ隠者であるが、数々の魔術や知識を持つ素晴らしい魔術師だという。


この大陸の各地には、研究のために俗世のわずらわしさを避けて人の殆どいない辺境の地に自分の庵や塔を建て、

自給自足で暮らす魔術師がいる。

それは、大抵は例えどんなに優れた技術や家柄のある魔術師でも人間の世界にいる限り出世の道が無いハーフエルフで、

このまま自分より年下で実力も劣る人間と共に俗世で暮らすことに価値を見出せなくなったものだ。


彼らは邪魔の入らぬ地で、自らの魔術をさらに磨いて暮らす……

そういう人たちを訪ね、技術や知識の交換するのもまた、魔術師が危険な旅に出る理由の一つである。

元より幼馴染であり、今は冒険者となったジャックとテリーの男三人、急ぐ旅でも無い。

そんなわけで今回は彼らと共にその魔術師を訪ねることにしたのだ。


「つまりその人にあって、色々教えてもらうってことか?」

「うん。そのつもり。だけど……」

歩く道すがら、村で一番体力があった悪ガキだったジャックの確認に頷きながら、昨晩泊った村で聞いた話を思う。

今、訪ねようとしている魔術師らしき人は、毎年祭りの時期になると村に下りてきて、色々なものと物々交換で必要なものを手に入れていたらしい。

だが、去年は姿を見せていないという。

「もしかしたら、死んでるかも知れない、と?」

言い淀んだケインの言葉の続きを村長の息子の一人で剣術を習っていたテリーが紡ぐ。

「うん。こういう辺境の地に住む魔術師だとね……辺鄙な魔術師の家を訪ねるときは、遺産にも注意しろって師匠も言ってた」

優れた魔術を修めた魔術師と言えど、怪我や急な病、老いなどで死ぬことはままある。

そして、そうなったときに残るのが既に死んだ魔術師の亡骸だけとは限らないのもこの世の常という奴で。

彼が用意していた防犯用に用意されたゴーレムや研究用に育てていた魔法生物、異界から呼び出して使役されていた悪魔、弔われずに放置されてアンデッド化したご本人。

魔術師の塔や庵にはそういう『遺産』が残されていることも珍しくないらしい。

「つまり、何がいるかわからねーってことか。腕がなるぜ」

「何か事情があり、たまたま出てきていないだけかもしれん。用心するに越したことはないだろうが」

何度か冒険を経て、より戦士らしくなってきて不敵に笑うジャックと、慎重さを増したテリー。

その二人を頼もしく思いながら、ケインは言う。

「まあ、とにかく行ってみよう。行かなきゃ、何もわからない」

こうして三人は、魔術師の塔へと向かった。


深い森の真ん中に、その塔はあった。

大きな樹々に紛れ込むほどの、五階建てほどの塔。

石造りの土台の上に、木で建て増しがされた、簡素な出来栄え。

塔の前は柵で囲われ、手入れがされた庭と狐にでも荒らされたのか壊れてはいるが補修の跡がある家畜小屋が見える。

「なんか、いるなこれ」

塔の前の庭を見て、ジャックが二人にぽつりと言う。

雑草が抜かれ、薬草らしき草が奇麗に植えられている。

農村の出身であるジャックの目から見ればそれはちゃんとした畑に見える。

雑草が生えるに任せたほったらかしの荒れ地とは、全然違うものだ。

「……ここの主殿が、たまたま村に姿を見せていないだけだったか?」

その言葉にテリーも同意する。

塔は古びてはいるものの、入り口が掃除されていたり誰かが住んでいるような気配がある。

少なくとも、誰も住むものが居なくなった廃墟には程遠い。

「いや、多分だけど魔術師の人は死んでると思う。それで命令通りに動くゴーレムとか、獣並の頭しかない魔物じゃない何かが、いる」

ケインが気づいたのは、庭の片隅、目立たないところにひっそりと置かれた磨かれた石。

その下には土を掘り起こした後があり、石には魔術師の名前が刻み込まれていて、さらに石の前には花が置かれている。

「きちんと埋葬して、お墓を作れるのなら、人間並みの知性があるはず……それなら、村の人々と交流しないのは何故だ?」

村の人の話では、この塔には魔術師だけが住んでいるだけだったはずだ。

住みついたのが数十年前で、時折自分たちのような魔術師や冒険者が訪ねてくることがあったというが、妻や子供の類がいたという話は無かった。

「何か、表に出せない……っ!?」

がさり、という音がして反射的に三人ともそちらの方を見る。

「あ、うあ……」

そこには、水桶を担いでおびえた顔をした、美しい少女が一人いた。つばひろの帽子をかぶった下から覗く流れるような長い黒髪に白い肌。

足元まで隠れるような長いすそのローブをまとい、腰には小さな杖をさしている。


……だが、最も目立つのはそのローブの下から見える長い蛇の尾である。

少女の背丈よりなお長い蛇の尾。それが彼女の正体を如実に表していた。

「に、人間……と、盗賊!?」

「ちげえよ!」

わたわたとしながら失礼なことを言う少女に、ジャックが思わず怒鳴り返す。

だが、客観的に見れば武装した男が三人。彼女から見れば確かに恐ろしい賊に見えてもしょうがないのかもしれない。

「ひゃっ!?」

その言葉にびくりと体を振るわせた後、少女は森の方へ逃げ出そうとする。

「ま、待ってください!僕らはヨシュアさんを訪ねてきただけの冒険者です!」

「察するにこの塔の住人の方とお見受けする!こちらは危害を加えるつもりはない!……例えラミアだとしても、だ!」

二人の言葉に、少女はピタリと歩み……うねりを止める。

どうやら正解だったらしい。

「ら、ラミアのこと、知ってるの……?」

警戒心ありありで、こっちに向き直り尋ねてくる。

その姿はおびえた小動物のように震えているが、同時に好奇心も感じさせた。

(多分この子はラミアがどう思われてるかは知っていて、討伐を恐れている)

実際、この状況でなかったら討伐推奨なのは間違いない相手だ。

だが、ケインを含めた三人は知っている。ラミアとは……

「はい。危険な魔物だとは聞きますが、話が通じる人も居るのは知っています。恐らくは、貴女もそうでしょう?」

多分、話が通じる種族である、と。

「は、はい!そうです! 私、人を襲ったりはしない!だから、その……」

必死になりつつも敵意が無いことを示す少女に、ケインは言う。

「良ければ話を聞かせてもらえませんか? 何か、力になれることもあるかもしれない」

「わ、わかりました。わ、私はリディアーヌです。お父さんと同じ魔術師で……こ、こんなところでは何ですので、こちらへどうぞ……」

そういってゆっくりと、少し震えながらも三人に近づき……通り過ぎて塔の扉を開ける。

ちらりと促して塔の中に入っていくのを見て、三人は頷きあい、塔の中に入った。



塔の中に入ると、エントランスのど真ん中に黒い、猫の絵が描かれた扉が立っていた。

「あ、これ……その、最近現れるようになって。どういうものか分からないけど、触らなければ勝手に消えるから……」

少女……リディアーヌはその不審な扉について慌てて説明する。

何か、強力な魔術がかかった扉で、ほんの少し開けたら、扉の向こう側から光が漏れて、何かが複数いる気配がしたので慌てて閉めた。

それからは興味より恐怖が勝って何もしていない。

「うわ。これ異世界食堂の扉じゃん。今日だったんだな」

「本当にどこにあるか分からん扉だな。偶然か?」

「さあ……ただ、聞いた話だと新しい扉は魔力が強く集まる場所に現れることが多いらしいから、それでじゃない?」

だが、この三人はこの扉について何故か詳しく知っているらしい。怖がる様子もなく近づいてしげしげと見ている。

(ぼ、冒険者って大胆なのね……)


そのことに戸惑いと……少しの羨ましさを覚えながら、奥の居間へと案内する。

あまり広いとは言えない部屋で、食堂も兼ねている。

大き目の卓に椅子が……一つしかない部屋だ。

「あ、ご、ごめんなさい! 私、椅子を使わないから……確かお父さんの書斎と寝室に椅子が……」

そのことに今更ながら気づいたリディアーヌが謝罪し、椅子を取りに行こうとする。

この塔では椅子を使うのは父親だけだった。リディアーヌは普通の椅子だと座りにくく、とぐろを巻いて立っていた方が楽だったのだ。

「いや、別に気にしねえよ」

「約束もなく訪れたのはこちらだ。気にしないでくれ」

「そうそう、立ったままでも平気だし」

初めての『お客様』に混乱しつつ応対しようとするリディアーヌをフォローする。

「ご、ごめんなさい。お父さんを訪ねてくる人がいたときは、いつも隠れてたから……それで、どのようなご用件、でしょうか?」

どうやらリディアーヌはお客を迎えたことが無いらしい。だが、教育が良かったのか、言葉には淀みがない。

それで慣れていないのかと納得しつつ、ケインが言う。

「僕らはヨシュアさんと魔術について情報交換を、と思っていたのですが……お亡くなりになっているようですね」

「はい……一年ほど前に……ですが、私も魔術師としての手ほどきはお父さんから受けてますし、研究についても色々知ってはいます」

そこでいったん言葉を切り、じっとケインたちを見ながら、先ほどから感じていた疑問を問う。

「それで……もしよければお聞かせ願えませんか? 話が通じるラミア、について」

先ほどの会話で、チラリと出てきた存在。それはリディアーヌにとってはとても重要な存在だ。

ラミアは恐ろしい化け物で人間と相いれないというのは、この世界の常識なのだから。

「どうって、まあ話をしたことはねーけど、普通に人間のにーちゃんと仲良さそうにしてるの見てたしなあ」

「ああ。あの格好を見るに、恐らくはラミアの方は貴人だろう。毎回違うラミアだったし、恐らくは大きな町や国の出だろうな」

「肌の色からすると、砂の国にいるラミアなのかな? 砂の国の人たちは肌が茶色くて変わった服を着ているって聞いたことがある」

だが、目の前の男たちにとってはそれは違うらしい。

当然のように人間と馴染んでいるラミアがいるという話をしている。

「えっと、どこで見たの?」

それはいったいどこにいるのか。そこでなら自分も受け入れられるのかも知れない。

そう思い尋ねると、三人は一斉に塔の入り口……先ほどの扉があった場所の方をさして同時に言う。


「「「異世界食堂」」」


どうやらあの扉がその入り口らしいことは、リディアーヌにも分かった。



チリンチリンと、鈴の音が響き扉が開かれる。

「え……?」

三人と共に扉を潜り抜けたリディアーヌは突然昼間の外のように明るくなったことに驚きながら目を細める。

扉を抜けた先は、窓がない部屋だった。

地下室のようだが、とても明るく空気も淀んでいない。

熱くも寒くもない快適な温度でじめじめした様子もない。


……そして部屋の中にはたくさんの人と、人ならざる存在がいた。


(え、あれ、エルフと、魔物……?)

リザードマンにオーガ、セイレーン……魔物の研究家でもあった父の本で説明されていた姿そのままの存在がちらほらと見える。

噂に聞くラミアこそいなかったが、どれも恐ろしい魔物と言われていた種族で、だが店内の人間はそれを気にした様子もない。

「いらっしゃいませ。ヨーショクのネコヤにようこそ」

その様子に驚き戸惑ってると、黒い髪の女性に話しかけられる。

変わった服装に、リディアーヌよりも大分黄色い肌。顔立ちもだいぶ違う。

彼女は一瞬だけリディアーヌの尾を見るが、特に気にした様子もなく続ける。

「こちら、初めてですか?」

「いや、俺らは何回かきてる。頼む料理も決まってる。こっちの子は初めてだ」

三人組の方は何度も来たことがあるらしく、慣れた様子で女性……多分この店の、料理を運ぶ給仕、という奴なんだろうに自分たちのことを告げる。

「はい、かしこまりました。お席に案内しますね」

その言葉に納得したように給仕は一つの席に案内する。

大き目の卓に、椅子は三つ。よく見ると別の給仕が一つ運び出してどかしている。

(ラミアへの対応、慣れているんだ……)

そんなことを考えつつとぐろを巻いて卓の前に立つ。

「えっとですね、こちらの料理は日本……まあ異世界のお料理を出すお店なんですが、味ですとか、食材ですとか、何かリクエストはありますか?」

リディアーヌが準備出来たと見たらしい給仕が、、どんな料理を食べたいかを聞いてくる。

「割とこの店、なんでもあるから……甘いお菓子や生で食べられるくらい新鮮な魚とかまであるらしいよ」

それを補足するようにケインがこの店の特徴を言う。

(だったら、何がいいかな……?)

それを聞き、リディアーヌは考える。

異世界なんだし珍しい料理を頼んだ方がいいのか、それともあえて普段食べられないけどよく知っているご馳走がいいのか。

しばらく考えて……

「えっと、だったら……その、鳥のお肉と卵が食べたい、です」

出てきたのは、狐に小屋の鶏を全滅させられてから食べられなくなった大好物だった。

父親と暮らしていた頃は自分たちで焼いたパンに焼いたり茹でたりした卵が定番だったし、卵を産まなくなった鶏をつぶしてつくるお肉のスープはご馳走だった。

何が食べたいか、と言われると自然と出てきた食材だ。

「はい。鶏肉と卵……お米は結構好き嫌い分かれるし……チキン南蛮とかいかがでしょう? 油で揚げた鶏肉に、甘酸っぱいソースと卵たっぷりのタルタルで味付けしたお料理なんですけど」

一方の給仕はリディアーヌのリクエストに首を傾げ、少し考えこみ、聞いたことがない料理の名前を言う。

「えっと、じゃあそれで……」

リディアーヌは給仕の提案に頷いた。

油で揚げる、も甘酸っぱいソースも、卵たっぷりのタルタルなるものもよくは分からない。

そのことが逆に好奇心を刺激し、食べてみたいと思わせたのだ。

「はい。かしこまりました。付け合わせはパンとスープにしておきますね。それで、他の方はご注文いかがしましょう?」

「ああ、俺たちは全員ハンバーガーをセットで。飲み物は全員コーラでいい」

「はい。かしこまりました。少々お待ちください」

給仕が全員の注文を取り終えて厨房があるらしい裏へと言ったのを見送った後、リディアーヌは尋ねた。

「それで、ここはどういうところなの?」

ずっと気になっていること。ここが何なのか。

警戒は、失せた。明らかに客も給仕もこの店のありように慣れている。

だからこそ、根本的な疑問だけが残った。

「ああ、ここは、異世界食堂。世界中から飯食いに人が集まってるところだ」

「人だけでなく、人ならざるものも、な」

「さっき通ってきたあの扉、それが色んな所に現れてて、それが全部ここに繋がってるんだ」

リディアーヌの問いに、もはや常連と言ってもいい三人は口々に答える。

ここは自分たちにとっても冒険へと憧れるきっかけとなった場所だ。とても大事な場所の一つなのだ。

「あの扉が……」

「そう、だから、この店に来る客は世界中から集まっている」

また扉がチリンチリンとなる。

リディアーヌは思わずそちらの方を見て、ぎょっとなる。

(……ええ!?)

その音と入ってきた客は、褐色の肌の青年と、赤い髪と尾を持つラミア。

そう、自分と同じラミアが、当然のように入ってきて、適当な席を一つ選んで座る。

他の客もラミアの登場にそれほど驚いた様子もない。思えば先ほど自分が入ってきたときも対して騒ぎにもならなかった。

自分と違う種族の客も来る……異世界食堂の客たちはそれが当然のこととして過ごしている。

(そっか。ここだと大丈夫、なんだ……)

その事実にむず痒く、うれしくなる。

窓が無いのにどこからか吹いてくる涼しい風に、明るい店内。手入れの行き届いた卓や椅子に、卓上に置かれた見たことも無いような何か。

(これが、異世界……)

それは、塔と森の狭い世界しか知らないリディアーヌにとって、新鮮な驚きで……もっと欲しくなるものだった。

「お待たせしました。チキンナンバンと、ハンバーガーセットです。ごゆっくりどうぞ」

先ほどの給仕とは違う人……金色の髪の隙間から覗く黒い巻角から見るに魔族だろうか。

彼女がゆったりと手慣れた動作でそれぞれの前に料理を置いていく。

(あ、これ美味しそう……)

甘酸っぱい香りを漂わせる、焼き立てのパンを思わせる色合いの鶏肉に、黄色と白が混ざり合ったソースがたっぷり。

傍らに添えられた、細く切られた薄緑色の野菜の束が色合いを引き立てている。

その皿の横には、焼き立てらしい小さなパンと、淡い黄色のスープ。

「よし、来たか。うっひょー、うまそう!」

「やっぱり異世界食堂なら、これだよね」

「ここ最近はご無沙汰だったからな」

三人は三人で、大きなパンの様な料理を嬉しそうに食べ始めている。

ならばこちらも遠慮することはないだろう。リディアーヌは傍らに置かれた銀色のナイフとフォークを取った。

(久しぶりのお肉……)

鼻に漂ってくるソースの香りに誘われるように、リディアーヌはその大きな鶏肉の端を切り取る。

とろりとした、半透明な茶色いソースをまとった肉からは、少しだけ、酢の匂いがする。

切り分けた断面を見れば、茶色いのは表面だけで、その内側には白い鶏肉が見えた。

こくり、とつばを飲み込み、口へと運ぶ。

(わ、なにこれ……鶏肉?)

その味は、まさしく鶏肉ではあった。あふれ出す肉汁に、油で揚げられたせいかさくりと小気味よい皮の食感。

砂糖か、蜂蜜か。何か甘いものを混ぜてあるらしくほんのり甘みがある酢の酸味で引き締まった味のその肉は紛れもなく鶏肉だ。

(ものすごく、柔らかいし……臭みも無い)

だが、彼女の知る鶏肉とはもっと硬くて匂いが強いものだ。卵を産まなくなるほどに老いた鶏なのだから、それは仕方がない。

それだけに、柔らかく、それでいて歯ごたえのあるのこの料理の鶏の肉は未知の味で、リディアーヌにとっては初めての美味だった。


せかされるようにもう一口。

今度は、白と黄色が混ざり合った違うソースがかかった部分を食べる。

柔らかな酸味と卵の風味、それにしゃくりと歯ごたえを感じさせてピリリと辛い、生のオラニエが混ぜ込まれたソース。

それが油っ気と酸味を含んだ柔らかな揚げ鶏肉を柔らかく包み込み、口の中でじゅわりと交じり合う。

(この卵入りソース! これだけでも美味しい!)

さらにこの卵入りのソースは、シャキシャキとしてきりりと冷えている葉野菜やとてつもなく柔らかなパンにも合う。

鶏肉、野菜、そしてパン。卵入りのソースさえあればいくらでも食べられる。

再び鶏肉を一口、野菜と共に一口、パンに乗せて一口……様々な食べ方を試す。

リディアーヌは黙々と食べ進め、あっという間に料理を食べつくした。

口直しに、最後に残ったスープを飲む。それは、まるでお菓子のように甘い。

満足した……そう思った。

「僕らはもう一皿頼もうと思うけど、いる?」

「……うん」

だが、ケインの提案に、リディアーヌは一も二もなくうなずいた。



都合二皿分のチキンナンバンを食べ終えて、今度こそ満腹になったリディアーヌは、満足げに息を吐いた。

今までの、父親が死んでからの暗い気持ちが、いつの間にやら消えたように思う。

今、この時だけは将来への不安、これからどうすればいいのか途方に暮れる気持ちを忘れることができた。


……そして、新しい展望が見えたのは、その直後だった。


「そういえば思ったんだけどさ……君、冒険者になってみない?」

「え……?」

ケインから発せられた予想外の言葉に困惑するリディアーヌをよそに、他の少年二人は納得したようにうなずく。

「なるほど。その手があったか」

「確かに、わるくねーかもな」

そんな三人に、リディアーヌはおずおずと言葉を切り出す。

「え……と? 私、見ての通りのラミアだよ?」

「んなの足から下が蛇でラミアに間違われる『魔族』ですって言われたらわかんねーだろ」

どこかからせき込む音が聞こえてきたが、無視してジャックは話を続ける。

「まぞ……く? あ」

本で読んだことがある。魔族は邪神を崇める邪悪な種族で、人間やエルフから生まれてくる種族。

確かその特徴は邪神の加護による異様な風体で……その姿は千差万別であるという。

「そうそう。魔族って冒険者には結構いるし、わりーやつばっかじゃねーしな。この店にも結構魔族の客もいるし」

ジャックは店の中を見回して、言う。リディアーヌもそれに釣られるように店の中を見る。

言われてみれば、どの魔物にも一致しない特徴を持つ魔族の客がいた。というかあそこで甲斐甲斐しく働く給仕の少女からして魔族だろう。

(本には魔族は凶暴で邪悪で人とは相いれない種族だって書いてあったけど……)

そこまで考えて思い直す。本に書いてあることがすべてなら、そもそも男を攫って食らうラミアである自分が人間とこうして食卓を囲むことも無かっただろうと。

「うん。一人で行動したらラミアとバレるかもしれないけど、僕らと……人間の冒険者と一緒にいれば大丈夫だと思うよ。

 町や村の人も、わざわざ旅の冒険者と揉め事抱えようなんて、普通はしないし」

「無論、人を襲わないのが大前提だ。人を襲う邪悪な魔物とは組めん。だが、道徳と良識を持つものであれば、歓迎する」

そんな三人の言葉の誘惑。

それにリディアーヌは……

「うん……よろしくお願いします」

泣きそうな笑顔で答え、一行の仲間が一人増えたのであった。



……後日、気になる話を聞いたとある魔王が調べた結果、自らの都に『足が蛇で女しかいない魔族の集団』が下町の一角に集まって暮らしているのを知って頭を抱えたのは、余談である。

今日はここまで

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― 新着の感想 ―
困窮している娘に救いが訪れる話はほっとしますね。 再会するのをいつまでも待ってます。
連載再開をお待ちしています
[良い点] 話のまとめかたがプロ、取捨選択が的確でプロ、登場人物の背景を物語の趣旨からぶれない程度の表現が的確で無駄な深掘りをせずに背景を広げる技術のプロ [気になる点] 鍵の強度 [一言] 定期的に…
2024/06/07 16:26 退会済み
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